「ワルキューレ」の夏、今年の夏


 ただいま、旅行先で書いています。したがって、いつものパソコン、いつもの辞書と違うので、固有名詞をちゃんと変換してくれなくて困っています。

 ここ最近、手持ちのレコードか、図書館で借りてきたCDなどで手一杯なので、新しく買うということがめったにない。今回めずらしくCDを買ったが、全くもって新譜ではない。ハイティンク1980録音の「ワルキューレ」である。

 今旬は、「ワルキューレ」をたくさん聴いた。今年の、曇天の多い夏は「ワルキューレ」の夏である。とりあえずフルベンの53年、54年、カイルベルトの55年、カラヤン66年も聴いてみた。ショルティ65年とベーム67年とヤノフスキとバレンボイム盤も引き続き聴く予定です。その他、第1幕が3種、第3幕が2種。記憶で書いているので、年代はちょっと違っているかもしれないが、有名な盤だけです。あぁ、そういやあ、昨年、マゼールのバイロイトライブも聴いたのだった。

 このあいだ採り上げた「タンホイザー」で、シェリル・スチューダーとライナー・ゴールドベルクを思い出したのだ。そうしたらたまたま、この二人が歌っているではないか。ジークフリートとブリュンヒルデを歌える歌手がいないとしても、それを歌えそうな歌手が、ジークムントとジークリンデを歌えば、かなり満足できる。(に、ちがいない)

 やっぱりスチューダーは、どの盤でもそうだが、ブリュンヒルデよりも立派な声を出している。ゴールドベルクは、やっぱり録音となると、実演のような圧倒的な力は感じられないが、ジークムントとしては十分だろう。同時期に録音された、レヴァイン盤ではジークフリートを歌っているぐらいだ。

 しかしこのワーグナー的声量のテノールは、実演では満足だが、録音となると、ちょっとほかの歌手に比べて「歌がヘタ」な印象はぬぐえない。カラヤン盤のヴィッカースに近いような声に聞こえるな。シェリル・スチューダーの歌っている箇所は、すべて満足です。したがって、丸トン(このように変換するのだ)とモリスの第3幕は、ヴァルナイとホッターなどに聴き劣りするのは、諦めが肝心だ。

 この「ワルキューレ」もそうだし、「魔法の笛」の時もそうだが、ハイティンクとレヴァイン盤が同時期に出たのだね、これが。同時期ということは、ただでさえ歌える歌手が少ないのに、歌手が分散するのだ。どんな策を弄したのかジェームズ・モリスだけは、両方でヴォータンを歌っている。スチューダーとゴールドベルクにマイアー、ポップにグルベローヴァと、どうみてもハイティンクとEMIの方が好みだな。

 シェリル・スチューダー讃ではないが、この6人の歌手で、彼女だけ生で聴いていないのは、本当に残念だ。
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[2011/08/09 00:34] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ワルキューレ第2幕 ロリン・マゼール指揮バイロイト1968
 この音の悪い、マゼールの「ニーベルングの指輪」を聴いてみようと思ったのは、以前聴いた「ワルキューレ 第1幕」、1990年にマゼールがピッツバーグ交響楽団と入れたものが、非常に気に入ったからです。(クラウス・ケーニヒ、スーザン・ダン、ペーター・メーフィン)。 スーザン・ダンのジークリンデがよかったのですが、マゼールの指揮も、肌にピッタリ張り付くような、他では見られない繊細なものでした。

 1968年、この時、マゼールは38歳です。サヴァリッシュの記録を塗り替えて、1960年に30歳という、最年少記録でバイロイトデビューをはたしました。この「ニーベルングの指輪」は、ベームの後を継いで、第2次ヴィーラント演出の最後の2年間を担当しました。

 しかもドイツ系の指揮者で、バイロイトで「ニーベルングの指輪」を指揮したのは、クロブチャール(聞いたこともない指揮者だ)という人のみ。サヴァリッシュがそうであったように、いかに当時のマゼールが鬼才として?期待されていたかわかろうというものです。


ワルキューレ  ロリン・マゼール指揮バイロイト祝祭管弦楽団
(1968年7月30日/バイロイト祝祭劇場にて、ライヴ収録/モノラル録音)

ヴオータン・‥‥…・…・………‥…‥‥…・……・‥‥……・‥…・‥テオ・アダム
フリッカ……・‥…‥‥…‥……………‥……‥‥…………‥…ジャニス・マーティン

ジークムント…‥……‥‥‥…………・・…・・………・・………ジェイムス・キング
ジークリンデ…‥…・・…‥‥…・……‥…‥……‥…………‥レオニー・リザネック
フンデイング‥…………・……‥‥……・……………‥……・…ヨゼフ・グラインドル

プリュンヒルデ……‥………‥……………………………‥‥‥ペリット・リンドホルム
ゲルヒルデ・・…‥…・…・……‥‥………‥エリーザベト・シュヴアルツェンベルク
オルトリンデ…・…・‥…‥・……・……‥‥‥……‥…‥………ヘルガ・デルネシュ
ヘルムヴイーゲ…・‥……‥‥…‥……・…・‥‥‥…・・‥‥…ライアン・シネック
ヴアルトラウテ‥…‥‥…・………………………‥‥‥‥…ゲルトラウト・ホップフ
ジークルーネ‥……………‥…‥………‥……・…‥‥‥インガー・パウスッイアン
グリムゲルデ‥‥……・……・………………・………・…マリー=ルイーゼ・ギレス
シュヴュルトライテ……‥………‥……‥‥……‥………ジークリンデ・ワーグナー
ロスヴァイゼ・…‥………‥…………‥………‥…‥…………ユンニ・ロクトヴェト


 前回「ジークフリート」を取り上げた、マゼールのリングの続きは、もう何も書く気はなかったのだが、ワルキューレ第2幕をかけてみたら、しばらくして、美しいソプラノの声が。ブリュンヒルデじゃなくて、考えるまでもなく、フリッカに違いない。

 その威圧感もあり、貫禄十分の素晴らしいフリッカを歌っているのはジャニス・マーティン。この人は一度だけ、そうショルティの「オランダ人」でゼンタを歌っていた。

 なんだかんだ言いながら、巧妙に避けているショルティの録音であるが、恥ずかしながら最初に買った「オランダ人」と「タンホイザー」のCDはショルティの録音であるし、「ニーベルングの指輪」全曲LPもショルティのしか持っていない。

 たまたま買いたいときに、売っていたというのもあるけれど、ショルティであれば、そんなに良くもないけれど、ひどく悪いこともあるまいという打算がはたらいていたのは間違いない。デッカ録音への信頼も、もちろんある。

 そのマーティンが良かったものだから、予想外の明瞭で強靱な声に圧倒されたものだから、その後、ベーム盤(こっちは愛するギネス・ジョーンズだが)を買っても、しばらく馴染めなかった。

 第2幕、フリッカとヴォータンの場面を嫌う人は多いが、私はその次にくるヴォータンとブリュンヒルデの長ったらしい場面よりも好きだ。今回は特に、ブリュンヒルデ役のペリット・リンドホルムの声が弱いのと、ジャニス・マーティンの威力で、よりいっそうフリッカの方が魅力的に見える。 

しかしまあ音質が…
ワルキューレ、わしゃあ、カイルベルト盤でももの足りねえ。

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[2010/01/06 19:13] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 第3幕 バレンボイム バイロイト祝祭管弦楽団 1992

ダニエル・バレンボイム指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
演出:ハリー・クプファー  ノルベルト・バラチュ(合唱指揮)
1992年6,7月、バイロイト祝祭劇場
Ⅲ.72m47s

ブリュンヒルデ=====アン・エヴァンス
ヴォータン=======ジョン・トムリンソン
フリッカ========リンダ・フィニー
ジークムント======ポール・エルミング
ジークリンデ======ナディーネ・ゼクンデ
フンディング======マティアス・ヘレ

 ヴァルトラウテ:シャーリー・クローズ
 ヘルムヴィーゲ:エヴァ・マリア・ブントシュー
 オルトリンデ:ルート・フローレン
 ゲルヒルデ:エヴァ・ヨハンソン
 シュヴェルトライテ:片桐仁美
 ジークルーネ:リンダ・フィニー
 ロスヴァイゼ:ヘーベ・ダイクストラ
 グリムゲルデ:ビルギッタ・スヴェンデン


 滑走路型の地面はそのままに、舞台全体を横切る長い階段がついている。右上から左へ、そこで折り返し左から右へ。「V」を右に倒したような、遠目には「く」の字の光が、画面いっぱいに横たわっている。その橋を、ワルキューレたちが降りてくる。

 中に日本人歌手、片桐仁美が混じっているが、丸顔なのですぐに分かる。異質な顔だ。ワルキューレたちは透明なアクリル板であるかのような丸い盾を左手に持ち、右手にはやりを持っている。頭には透明なヘルメット。自転車競技のタイムトライアルの時にするヘルメットみたいなものをかぶっている。みんな、ヴォータンやブリュンヒルデよりも安っぽい黒のトレンチコートを着ている。

 そこへ、ブリュンヒルデとジークリンデが飛び込んでくると、橋は上に、天界に消えていく。第2幕の終わり方からすると、二人よりもヴォータンの方が遅く登場するのは変だ。ブリュンヒルデの愛馬、グラーネはよほど速いのだろうか。

 後半いっぱいを使っているヴォータンとブリュンヒルデの別れの場面。第2幕前半同様、眠くなることがある場面だ。たいてい、恋人気分で別れを惜しむのが普通だが、背景が全く同じなため、ジークムントとジークリンデと同じような恋人関係になっているように見える。こっちもしっかりとした愛情物語だ。

 膝まくらしたり、額にキスをするのはもちろん、タイタニックのように前後に両手をつないで重なって歌ったりもする。このイチャツキぶりには目を覆う。だが、娘を持つ父親だったら、こんな気分にもなるのだろう。

 最終場面で、ブリュンヒルデを舞台中央に寝かせる。普通と違って、比較的前の方に、盾とヘルメットを添えて寝かせる。槍で地面を強く突き、ローゲを呼ぶと、レーザー光線の飛び交う中、赤いスモークで舞台が満たされる。中心部が火の玉になった瞬間、中央に四角い箱。箱といっても、レーザーのように、ひかる線だけが見える正四面体。それがブリュンヒルデの上にかぶさっている。さっき寝かせた位置と向きが、ぜんぜん違うから、本人ではなく、人形で作ってあるのかもしれない。こういうのは誰も気にしないのだろうか。

 暗い滑走路以外に出てきたのは、最初の橋と、最後の四角形だけ。シンプルでカッコ良いのだけれど、最後の火の場面は、光る線ではなく、もうちょっと渋く決めてほしかった。


 ハリー・クプファーの演出の力が大きいのだろうが、よくユニテル映像を担当している、ブライアン・ラージの時と違って、とても気持ちがいい。もしかして、ビデオ監督のホラント・H・ホールフェルトってすごい人なの。

 歌唱は、ジークムントやジークリンデ、ブリュンヒルデも、もう少し高くて明瞭なこえだったらさらに良いが、しかし、外見以外は、そんなに不満はない。いや、けっこういい線をいっている。なかでもヴォータンのジョン・トムリンソンが気に入った。この頃やたらと起用されている、ジェームズ・モリスよりも好きだ。

 第1幕こそ、サヴァリッシュ盤に劣るが、それ以降はなかなか善戦しているように思う。キツイ音のしない、ややマイルドな仕上がりではあるが、ゆったり長大、ひきずり女風バレンボイムの演奏、バイロイト劇場の特性とも相まって、たっぷりと『ワルキューレ』を堪能した満足感がある。

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[2009/09/21 22:58] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 第2幕 バレンボイム バイロイト祝祭管弦楽団 1992

 ジークリンデのナディーネ・ゼクンデには、いやーな記憶がある。1996年アルブレヒト指揮ハンブルグ国立歌劇場日本公演のエリーザベトが彼女だった。衣装がセーラー服風だったのもいけなくて、見かけ上最悪の映像だった。ニューハーフのオッサンが女装しているように見えて、画面を見るたびに悲しくなった。

 そのときほど気にはならないが、たぶん暗いからだろう。第3場でネグリジェに着替えて出てくると、なんとなくカバちゃんとか、イッコーさんを見ているような気持ち悪さを時折感じる。今回のブリュンヒルデも、若干その雰囲気がある。なにもカタリーナ・リゲンツァとかギネス・ジョーンズクラスでなくてもいい。今年の新国でのブリュンヒルデは美しかった。

 オペラにおいては、昔に比べて、実力よりも舞台映えが優先されるようなことも言われているが、それにしては、見苦しい映像がけっこうあることには驚かされる。

 ジークムントは歌についても、見かけも特に不満はない。帽子がターバンのようにも見えて、ボロボロの軍服に、なんていうか、イスラム商人のような雰囲気。

 第3場の途中、「冬の嵐は去り」のところで、屋根となっていた床は下がって元に戻る。滑走路に金色のトネリコの木という状態で最後まで行く。バレンボイム独特の、重厚感のある、のったりしたテンポのせいもあって、最後は盛り上がりきらないうちに終わる。



ダニエル・バレンボイム指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
演出:ハリー・クプファー  ノルベルト・バラチュ(合唱指揮)
1992年6,7月、バイロイト祝祭劇場
Ⅱ.94m08s

ブリュンヒルデ=====アン・エヴァンス
ヴォータン=======ジョン・トムリンソン
フリッカ========リンダ・フィニー
ジークムント======ポール・エルミング
ジークリンデ======ナディーネ・ゼクンデ
フンディング======マティアス・ヘレ


 幕が開くと、舞台前方中央にジークムントとジークリンデが抱き合って倒れている。意識を取り戻すと、奥へ向かって走り去る。

 横からヴォータン登場。ヴォータンはサングラスをしているが、右目にはレンズが入っていない。左目だけ黒くなって、片目を表しているのだろう。ファーのついたガウン、またはコートらしいものを着ている。フリッカもほぼ同様だが、ヴォータンは銀、フリッカは黒。ブリュンヒルデは長い金髪に艶のあるロングコート。

 フリッカが出てくるまで、二人は兄弟げんかのように対等に、組んずほぐれつ、仲良さそうに武術訓練をしている。ヴォータンの方が劣勢で、押し倒され、馬乗りされたりする。それほど仲の良さを強調している。フリッカのリンダ・フィニーは役にふさわしい。たいていどのビデオでも、フリッカ役は申し分ない。

 第2場のヴォータンとブリュンヒルデの対話の終わり頃、槍で床を強く「ドン!」と突くと、滑走路のような床に大きな穴が空く。手前から10mぐらい奥。頂点のひとつが手前にくる三角形。ただし相当に斜めになっているから細長く見える。大ざっぱに言うと、パンツを横に思い切り引っ張ったような形。この変化の少ない舞台装置では、いちばんの驚きの場面。たいていの場面で、回りより穴の中の方が明るい。

 この三角形の穴の仲の、手前の頂点に近い部分に1mぐらいの浅い部分があり、そこに入って、上半身だけ出してジークリンデが歌う場面は印象的だ。その後、ジークムントの膝の上でジークリンデが寝てしまうと、その穴の下からブリュンヒルデが登場する。やはり穴の中には、ゆるやかな階段が付いているようだ。

 ブリュンヒルデとの会話中、ジークリンデを起こさないように気を遣い、ジークムントは膝の上から、床の上に真っ直ぐに寝かせる。

 戦いを始める前、ジークリンデを穴の中に寝かせるが、ジークムントが去ると、ジークリンデはすぐに起きて穴から出る。ジークリンデが舞台前方、後方でフンディングとの戦いが始まる。だがスモークでよく見えない。

 戦いのさなか、ブリュンヒルデとジークリンデは穴の中にはいる。そして、まさにジークムントが刺されたあたりで、穴の中に消える。

 ヴォータンが剣を叩き折り、ジークムントはヴォータンの胸の中で、背後からフンディングに刺される。ヴォータンはそのままジークムントの額に口づけ。「行け!」の声で、フンディングも倒れる。

 ヴォータンはブリュンヒルデを追って、急いで奥へと走り去っていく。穴の手前には、ジークムントとフンディングが倒れている。ところが、それから穴の中から、ブリュンヒルデが出てきて折れた剣を拾い、ジークムントのふところから何かを引っ張り出し、持ち去る。

 第1幕のトネリコの木と家の場面は、ちょっとうざったかったが、第2幕は、地面に穴が空く以外は何も変化がなくて、そして素晴らしい。よけいなものがないと、歌唱に集中できるし、入り込んでしまう。「魔笛」の時もそうだったが、真っ暗で何もない背景の方が感動的だなんて、演出家は考えてほしい。
ここでのハリー・クプファーは天才だ。

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[2009/09/19 21:13] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』第1幕 バレンボイム バイロイト祝祭管弦楽団 1992
 年に一度の作品展のために、ちょっといそがしい時期に、リクエストしてあったオペラの全曲盤が大量に入ってきた。

新潮オペラCDブックが3つ
トゥーランドット 1961 メトロポリタン ストコフスキー、ニルソン、コレッリ
ドン・カルロ 1970 スカラ座 アバド、ドミンゴ、カプッチッリ、ギャウロフ
ドン・ジョヴァンニ 1970 RAIローマ ジュリーニ、ギャウロフ、ヤノヴィッツ

小学館DVDブックでは
こうもり 1983 コベントガーデン ドミンゴ指揮
椿姫 1992 フェニーチェ グルベローヴァ
ドン・カルロス 1996 パリ・シャトレ座 パッパーノ
ラインの黄金 1991 バイロイト バレンボイム

とまあ、ドミンゴの「こうもり」以外は、たっぷり楽しめるレコードです。
そこへもってきて、「ラインの黄金」に続く『ワルキューレ』が入りました。
久々に、体の方もトレーニングをしに行き、ワープロにも向かってみましょう。


 この長大な『ニーベルングの指輪』全曲ビデオとしては、過去に見たのは、
サヴァリッシュ レーンホフ バイエルン国立歌劇場1989
レヴァイン シェンク メト 1989
ブーレーズ シェロー バイロイトライブ(全部は見ていない)
ツァグロゼク シュトゥットガルト歌劇場 2002
の4組です。

 5組目の、バレンボイム、クプファー バイロイト、です。しかし、1992年て、サヴァリッシュ盤とレヴァイン盤の1989年にやたらと近い。この頃のバブルの影響で、こんな大曲を収録するプロジェクトが重なったのだろうか。

 この先の二組は、けっこう似通った歌手を起用している。ところが、このバイロイト盤は、年代が近いにもかかわらず、歌手は別の時代であるかのように、全く違っている。バイロイトでは1988年から92年にかけて演奏され、最後の年に、劇場にお客を入れない状態で収録したもの。



ダニエル・バレンボイム指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
演出:ハリー・クプファー  ノルベルト・バラチュ(合唱指揮)
1992年6,7月、バイロイト祝祭劇場
Ⅰ.65m42s

ジークムント======ポール・エルミング
ジークリンデ======ナディーネ・ゼクンデ
フンディング======マティアス・ヘレ


 この舞台装置は、基本的に、車線のない高速道路、または飛行場の滑走路のようなアスファルトの道が、遠近法によって舞台中央奥に向かって消えていく、といったもの。そして、ときたまスモークがたかれる。ワルキューレでは「ラインの黄金」のような左右の壁はない。

 第1幕では、左右に、床道の遠近法とは関係のない手前の壁がある。そして「トネリコの木」とはちょっと思いにくいブロンズ製の木らしいものが、やや右に立っている。人差し指を立てた手首の先に、鷹が留まっているような不思議な形をしている。

 そして第1幕は、フンディングの家の設定である。ここで「ラインの黄金」や第2幕を見てからでも、ちょっとした驚きを感じる動きが起こる。舞台前方の床が10mぐらいの高さで折れ曲がって持ち上がる。後ろにある、トネリコの木が見えなくなる、あるいは壁に当たりそうだと思ったら、その巨大な木の部分だけ抜いて、背景が見えるようになっている。

 斜めに持ち上がった床が、フンディングの家の屋根の裏側のようになる。木は部屋の中から生えて、屋根を突き破っているようだ。いつの間にか、部屋の中にはテーブルと椅子が置いてある。ここにジークムントが飛び込んでくる。

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[2009/09/15 21:16] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 新国立劇場再演 第3幕
新国3幕


☆救急病棟が後ろへ下がり、舞台転換するところ。


 3幕に入って、やっと、クロアチア帰りの時差ボケも、目覚めの時間に入ったらしく、ウトウトはほとんどなくなり、舞台に集中できるようになった。いや、激しく騒々しい、演出のせいかもしれない。

 初演時の演出はもちろんキース・ウォーナーですが、今回は彼はタッチせず、再演演出は演出補マティアス・フォン・シュテークマンらによるものです。私は初演時は見ていませんが、それは、とても成功していると言えるのではないでしょうか。なんだか、キラキラしている。(これも時差ボケのせいか?)

 休憩時間に、オーケストラピットを覗いてみると、右手にヴァイオリン、左手にチェロとコントラバスが置いてある。通常の反対。普通のコンサートでも、第2ヴァイオリンを右手に配置することはよくあるが、これはいったい。バイロイトを意識しているのか。

  舞台上は、灰色の中に、救急車の回転する光のようなものが10(または8)個見える。各扉の上に赤い救急燈が着いている。「ラインの黄金」の左右にふりわけた数字の表示板は10まであった。救急燈の数は、ブリュンヒルデ以外のワルキューレたちの人数分+ブリュンヒルデとヴォータンか。この光、スクリーン上に映している映像かと思ったら、照明が当たって、スモークが消えてくると、実際の舞台上にあるのだった。

 通常は馬に乗っているはずのワルキューレたちだが、それぞれが救急病院のストレッチャーを押している。死体を処理する手袋をはめているものや、衣服に血をつけている人もいる。上に乗っている病人あるいは死人らしい人は、戦死した英雄ということだろう。戦死した英雄は、途中で自ら立ち上がって、舞台奥にある「WALHALL」と書かれた扉の中に入っていく。

 ものすごく速い動きでストレッチャーを、ローラースケートのように動かして、ドアを出たり入ったりする。自らベッドの上に乗っかり、足をバタバタさせて、ドアに突入するところは面白かった。ドアを開けるときには、「ドスン」と大きな音を立てて、ストレッチャーをドアにぶち当てて入っていく。オペラ劇場で、こんながさつな音がするのは珍しい。箸が転んでもおかしい年頃の、無邪気なワルキューレたちを現しているのかも。

 ワルキューレの8人、日本人歌手ですが、悪いところは感じません。あんなに激しい動きをしていながら、歌は揃っています。双眼鏡で見ない限りダイジョウブです。それほど見苦しくありません。

 ヴォータンがやってきたところで、白い布を掛けたストレッチャーを舞台前方に5台並べ、その手前に、ブリュンヒルデが丸くなって、隠れている。衣装も白いから、かなり分かりにくいが、ヴォータンがストレッチャーをどかすと、舞台前方中央に、土下座をしているように丸くなった、ブリュンヒルデの姿が浮き彫りになる。


 さて、ここからの場面転換が、またおもしろい。『ラインの黄金』終景と同じように、真っ白な救急病院のセットが、ぐぐっ舞台後方に下がり、舞台前方に大きな穴が。すっ、すごい。お前はどんだけ穴が好きなんだと、言われそうな勢いだが、ここが描きたくて、またまた絵を描くことにしました。

 この穴は、全回の全開の穴と違って(穴ばっかり気にするなー)、1mぐらいの深さの所、前と後ろに板があり、横長の穴が開いた状態になっている。なんだか昔の、ポットンなんとかを思い出す。

 そしてその細長い穴から、巨大な馬の顔が現れる。この穴は、きっと深い。(笑うところです!)

 そして、どんどん馬の全容が現れると思いきや、腰のあたりで止まる。(それほど深い穴ではなかった?)馬の回りは、床を破って、びりびりに裂けているかのようなギザギザがある。意外と馴染みのある姿。おっと、これが新国のパンフレットの表紙にある絵ではないか。しかも、第2幕でブリュンヒルデが乗ってきた馬の巨大盤である。そういやあ、馬の足の板には「GRANE」と書いてある。

 ブリュンヒルデは、この馬の背にも乗ったりする。小さすぎても大きすぎても、滑稽なのだが、意味はわからない。なぜに子供用木馬か。

 この父と娘は、最初と最後に仲良く手をつないで歌ったり、キスしているのかと思えるほどの抱擁をしたりと、アツアツぶりを見せつけながら涙を誘う。ここんところ、わりと普通。観客を泣かせるには、常識的でないといけないか。

 一旦、前方に灰色無地のスクリーンが降りてきた。なんにもないと思っていたら、左右にドアがある。左のドアからヴォータンが出てくる。右の部屋のローゲを呼んだり、何かやっていたけど、気にしない。

 そのスクリーンが上に上がると、第1幕の巨大なテーブルのような、巨大なジュラルミンのベッド。その上には、ブリュンヒルデが寝ている。目覚まし時計と兜がおいてある。ヴォータンは左前方にいて、なにやら機械を操作している。火をつけるスイッチを押したのだろうか。

 「神であるわしよりも自由なものが、花嫁を獲得するのだ!」
 嫁探しではないが、(探していないわけでもないが)、ヴォータンよりも自由だという意気で、クロアチアツアーから帰ってきたばかりなのに、土曜日午前中の仕事のあと、名古屋へ行き、名古屋1泊、奈良2泊、京都は雨になったので、朝からさっさと帰ってくる、という暴挙をしてしまいました。さすがに桜は、ちょっと遅かったです。

 「わが槍の穂先を恐れるものは、この炎を決して越えるな!」て言いながら、ヴォータン、槍、持ってないし。

 最初はベッドではなくて、舞台の奥に、一列に赤い電灯がついて、火が付いたことを現していると思ったら、なんとそれが消えて、ベッドの周辺から、ガスバーナーのように、本物の火が出た。そして、なんと!そのままの状態で曲が終わった。

 舞台が暗くなったり、幕が下りたりしなかったものだから、音楽が完全に終わるまで、拍手は起きなかった。



ダン・エッティンガー指揮  キース・ウォーナー元演出
東京フィルハーモニー交響楽団

【ジークリンデ】マルティーナ・セラフィン
【ヴォータン】ユッカ・ラジライネン
【ブリュンヒルデ】ユディット・ネーメット★
【ゲルヒルデ】高橋知子
【オルトリンデ】増田のり子
【ワルトラウテ】大林智子
【シュヴェルトライテ】三輪陽子
【ヘルムヴィーゲ】平井香織
【ジークルーネ】増田弥生
【グリムゲルデ】清水華澄
【ロスヴァイセ】山下牧子


2002年初演時のキャスト
指揮 準・メルクル
演出 キース・ウォーナー
装置・衣裳 デヴィッド・フィールディング
照明 ヴォルフガング・ゲッベル
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

ジークムント ロバート・ディーン・スミス(ac)   アラン・ウッドロー(b)
フンディング ドナルド・マッキンタイア(ac)  長谷川顯(b)
ヴォータン ジェームス・ジョンソン(ac)  ドニー・レイ・アルバート(b)
ジークリンデ スーザン・アンソニー(ac)  蔵野蘭子(b)
ブリュンヒルデ リンダ・ワトソン(ac)  スーザン・ブロック(b)
フリッカ 藤村実穂子(ac)  小山由美(b)



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[2009/04/15 19:24] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 新国立劇場再演 第2幕 
新国2幕


☆公開されている写真をコラージュしてみました。

 第2幕も1幕同様の暗転した開始のしかたをする。

 舞台が開いて、まず、緑色の床の周辺部から光がもれている。そして床は、ほんの少し右上がりに傾いている。床のまだらな緑色の部分こそ、ジークムントとジークリンデが飛び込んだ場所だ。

 よく見ると地図のようだ。緑色が平地で、山の部分が黄土色っぽくなっている。地名らしいアルファベットも書かれているし、国境あるいは県境らしい、赤い線も入っている。前後の淵には17・18・19・20の数字がはいっており、右の淵には16・17・18・19…と数字が入っている。床面が傾いているのと、装置で見えない部分もあるが、規則的に列んでいる。地図上の経度と緯度のことなのかもしれない。

 ヴォータンとフリッカが争う場面では、左前に、ダンボールがたくさん置かれた、ヴォータンの部屋らしい一部分がある。映写機も置いてあるようだが、あまり意味は感じられない。ヴォータンは黒いサングラスの、左目のところがレンズを抜いていて目が見える状態にしている。つまり片目をあらわしているのだろう。

 今回、なんと言っても、非常識な登場のしかたをしたブリュンヒルデには腰がムケた。いや、抜けた。長時間のバスと飛行機で、あいかわらずお尻が痛いのだ。

 前後にゆらゆらゆれる木馬にまたがって、レッドカーペットのように、舞台前方、右から真ん中へ滑るように登場。木馬が小さいというか、ブリュンヒルデの体格が良すぎるのか、とにかく不格好な登場。そして、中央で降りて、その馬を左側に足で蹴っておいたてる。なんてひどい扱い。

 しかし、このブリュンヒルデ、さすがにブリュンヒルデだけあって、今回一番の良い声をしている。体つきも威丈夫といった、立派な威厳ある雰囲気。しかも顔がかわいい。ニルソンとグルベローヴァを合わせたような顔をしている。クローズアップに耐える。手放しで褒めていい。

 フリッカとヴォータンの独白部分は、時差ボケのため、30秒に一回、コックリ睡眠するわたしにとって、非常につらいところであったが、そんなに悪くないような気がした。

 さて場面が変わって、ジークムントとジークリンデの登場。左前にあった、ヴォータンの部屋らしい部分がなくなって、不自然に小さな平べったい家が置いてある。その手前には、右側を向いた槍のとがった部分の形で、床が1mほど沈み込んでいる。

 第1幕の時に下から5本飛び出した槍のように長い槍が、赤いのが3本上から右下にむかって突きだしてくる。そのうちの一本は、小さな家の上を指し、もう一本がジークリンデの動きを追って舞台前方右側まできて、ジークリンデが倒れ込んだところで止まる。

 ジークムントは舞台中央で大の字に寝る。そうしてからブリュンヒルデとの、心あたたまる会話が始まる。会話が終わってブリュンヒルデが立ち去ると、ジークムントはもう一度、寝る。つまり、二人の会話は、現実の世界ではなく、アストラル界、霊界または潜在意識の部分での出来事でおこなわれたものであることを現しているのか。

 その間ジークリンデは、舞台の回りを、牛歩戦術のように、ゆっくり歩いている。二人の存在にまったく気づいておりません、私はこの件に関与していません、という表明ともとれる。

 不自然な小さな家が、なんだかなー、と思っていたら、これまた『ラインの黄金』のローゲの登場に似ている。家の屋根が、パカッと左右に開いて、フンディングが現れる。2回目だが、ちょっとだけ驚いた。

 フンディングは手下を10人引き連れてジークムントを襲う。フンディング自らは戦わず、手下がよってたかってコテンパンにする。ひきょうな。

 しかし結局、あの緑の地図は、なんだかなー。
転換のほとんどない第2幕だった。
あまりパッとしないので、絵をかく気にならないもんね。


【ジークムント】エンドリック・ヴォトリッヒ
【フンディング】クルト・リドル
【ジークリンデ】マルティーナ・セラフィン★
【ヴォータン】ユッカ・ラジライネン
【ブリュンヒルデ】ユディット・ネーメット★★
【フリッカ】エレナ・ツィトコーワ★


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[2009/04/10 18:55] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
『ワルキューレ』 新国立劇場再演 第1幕 
新国ワル1


☆いろいろな場面を合わせました。


 オーケストラがピットに入ってチューニングしている間、舞台中央前方にはノートゥンクらしき赤い剣が立っている。

 『ラインの黄金』の時とは違って、指揮者が入ってきて拍手に応え、それから一旦、ピットも舞台も真っ暗になる。それからピットに明かりが入り、前奏曲?が始まる。舞台前方の剣のところで、ヴォータンが何やらしている。

 舞台中央には、『ラインの黄金』最終舞台転換と同じように、中央に大きな穴が空いている。その穴の向こう側のわずかな廊下のようなスペースを、左から右に、ジークムントが走り去り、それを追ってフンディング一派が通り過ぎる。

 それから、いよいよ、舞台の下から第1幕の巨大箱形セットが上がってくる。舞台上は、遠近法が大げさにつけられた台形の箱。つまり舞台前方の開口部から、奥の壁がぐっと小さくなる形で、左右上下の壁が内側に倒れてたくさん見える状態になっている。まあ、おぺらでは普通のことだ。

 中央に、人間の背丈の2倍ほどもある巨大なテーブルと椅子。写真として公表されているものには、テーブルの上が見えない状態で映っているので、1階席からは上の面が見えないものと思われる。私は3階だったので、ジークムントが入ってきたときに、テーブルの上になまめかしいポーズで寝ているジークリンデが見えました。

 左側壁には、等身大よりも1.5倍ある、フンディングとジークリンデの結婚式の時撮ったらしい額入り写真が立てかけてある。

 右上の方から、「赤い巨大矢印」が舞台真ん中を指すように、ちょっと左向きに降りている。その中央にノートゥンクらしいものが付いている。

 舞台の左右の壁には扉がある。右側の扉は舞台の方に開き、左側の扉は奥の方に開く。右側は部屋の外、左側は寝室の中、という設定のようだ。

 さて、歌手のことだが、それほど良くはない。フンディング役のベテラン、クルト・リドルはまったく申し分ない。というか、この役は、うまくても下手でもそれほど気にならない。

 ジークリンデ役のマルティーナ・セラフィンは、そこそこいいかなー。なんと言っても問題なのが、ジークムント役のエンドリック・ヴォトリッヒ。バイロイトでも歌っているだの、これからも歌う予定だのと、新国立劇場のページに載っていたが、なんでしょうこの声量のなさは。

 私が実演で聴いたときのルネ・コロのようです。声質はそんなに悪くないと思うが、たくましい筋肉質の立派な身体から、誰よりも劣る声量では、ワーグナーでは歌の善し悪し以前の段階で致命的欠陥です。

 したがって、『ラインの黄金』の時のような感動は感じられず。ジークムントのおかげで台無しです。なんだかオケも舞台装置も、どれもこれもパッとしないような気がしてきました。とても絵を描く気にもなりません。

 第3場?あたりで、床下から細長い「緑の矢印」が、テーブルと椅子のまわりをぐるりと囲むように、5本、左上に向かって突き上げる。床には、10cm×60cmぐらいの板が、パカッと前方に開いて、その穴から矢印が飛び出している。機械的になんだかぎこちない。

 最後の場面では、舞台奥の壁が開いて、数m床があってから、何やら緑色のようなものが見える。湖かしら。その中へ、二人が手をつないで、せーので、ぎこちなく飛び込んで消える。何となくここも、『ラインの黄金』第1場の、アルベリヒが水の中に飛び込むのに近い。あの緑色のものは何か?




ダン・エッティンガー指揮  キース・ウォーナー元演出
東京フィルハーモニー交響楽団

【ジークムント】エンドリック・ヴォトリッヒ
【フンディング】クルト・リドル★
【ジークリンデ】マルティーナ・セラフィン★

2009年4月6日(月)【2:00開演】         
1幕 2:00~3:10        
休憩 3:10~3:55(45分間)     
2幕 3:55~5:35        
休憩 5:35~6:10(35分間)     
3幕 6:10~7:25        

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[2009/04/08 20:28] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
『ワルキューレ』第3幕 ツァグロゼク シュトゥットガルト歌劇場 2002
シュトゥットガ

ローター・ツァグロゼク指揮 シュトゥットガルト州立管弦楽団
演出:クリストフ・ネル   装置&衣装:カール・クナイドル
2002年9月29日、2003年1月2日
Ⅲ.66m46s

ブリュンヒルデ=====レナーテ・ベーレ
ヴォータン=======ヤン・ヘンドリク・ローテリング
フリッカ========ティチーナ・ヴォーン
ジークムント======ロバート・ギャンビル
ジークリンデ======アンゲラ・デノーケ
フンディング======アッティラ・ユン

ヘルムヴィーゲ:マグダレーナ・シェーファー
ゲルヒルデ:エーファ=マリア・ヴェストブレーク
オルトリンデ:ヴィプケ・ゲーチェス
ヴァルトラウテ:シュテッラ・クラインディーンスト
ジークルーネ:ニディア・パラシオス
ロスヴァイゼ:マーギット・ディーフェンタール
グリムゲルデ:マリア・テレジア・ウルリッヒ
シュヴェルトライテ:ヘレーネ・ラナーダ


 上下2段になっている舞台。青と薄紫色の上の段に、盾ふうの翼を腕につけたワルキューレたち。ただし羽と衣装のデザインは各自ばらばら。そこへ、ジークリンデをつれて、羽をもがれた、ホワイト赤マンのようなブリュンヒルデ登場。

 ヴォータンが迫ってくると、ジークリンデは、黒い下の階の猫ドアみたいな、上に蝶番がついた小さなドアに入っていく。

 ヴォータンは下の階、ワルキューレたちは上にいる。お互いにほとんど目を合わすことなく歌う。下の階には、上の階の様子を映し出す白黒モニターが置いてあって、ヴォータンはそれを見たり見なかったりで、ブリュンヒルデとの会話をする。

 ワルキューレたちが去ると、しばしのあいだ、下のテーブルで新聞を読んでいる。上と下の世界は断絶しており、直接言葉を交わすことは出来ないという設定だ。二人とも別の方向を向いて歌う。

 第2幕よりは、納得の出来る演出であるが、見終わってわびしい感じが残る。「ラインの黄金」から2回見直したが、最後まで集中力を持って見切るのは苦しい。

 同時に、レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場の『ワルキューレ』も見た。名歌手揃いなので、歌はそこそこ楽しめるのだが、オケの演奏と演出がまったくつまらない。それにくらべれば、新鮮で刺激的な、今回のシュトゥットガルト歌劇場公演は悪くない。ただし後味は決してよくない。

 『ワルキューレ』に関しては、年始に取り上げたパッパーノ指揮のプロムスでの演奏が断然すばらしい。「リング」ビデオではやっぱりサヴァリッシュ盤しかないでしょう。



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[2008/10/30 17:25] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』第2幕 ツァグロゼク シュトゥットガルト歌劇場 2002
シュトゥットガ


ローター・ツァグロゼク指揮 シュトゥットガルト州立管弦楽団
演出:クリストフ・ネル   装置&衣装:カール・クナイドル
2002年9月29日、2003年1月2日
Ⅱ.1h29m18s  

ブリュンヒルデ=====レナーテ・ベーレ
ヴォータン=======ヤン・ヘンドリク・ローテリング
フリッカ========ティチーナ・ヴォーン
ジークムント======ロバート・ギャンビル
ジークリンデ======アンゲラ・デノーケ
フンディング======アッティラ・ユン


 第2幕になると、プレハブ小屋が2mぐらい宙に浮いた状態で、下は後まで見渡せるようになっている。第1幕と同じで小屋中央のとびらが開いている。とびらの中には人が入れるようになっていて、上と下の2階構造で話が進む。

 まず、ヴォータンが部屋でゴロゴロしている。Tシャツにジャージ、後でジャケットははおるが、みすぼらしいことに変わりなし。動くときは、長いススキを1本だけ持っている。

 全ての登場人物の中でも、もっとも不満なのがブリュンヒルデのスタイル。白いTシャツの上にジャケット。下半身が短めの赤のタイトスカート。なんだか半ズボンに見える。
お前は「ホワイト赤マン」かそれとも「勝股」か!

 フリッカは、ドレスに白のロングコート。普通の格好に見えるが、体格がジェシー・ノーマンに近い。その威厳でもって、ヴォータンの頭をつかんだり、こづいたり、たたいたり。ただでさえ弱いヴォータンが自閉症になるぞ。気分が悪くなる演出だ。

 ジークムントとジークリンデは、かなりの厚着で、コートを着て出てくる。旅に出るらしくスーツケースを引きずってくるのだが、中から枕を出して、ジークリンデを寝かせる。

 ジークムントに会うときのブリュンヒルデは「サモトラケのニケ」の羽根のようなものを盾のように前に持って出てくる。ブリュンヒルデの背中から上にひもが伸びているので、最後に宙にでも浮くのかと思っていたら、ジークムントを助けると決心したときに、その盾のような羽根が、さっと無くなった。ヴォータンの支配を切ったという意味もあるのか。

 クライマックスのジークムントとフンディングが戦う場面では、プレハブ小屋のとびらの中に剣を持った人形が立つ。二人の背後にはヴォータンとフリッカだと思われるが、背後霊のような人形が立ち、4体の人形が動く。それがまた見事に、信じられないぐらいに、ぎこちない動きをする。

 レコーディング日が、年をまたいで2日間になっているが、解説によると、このみすぼらしい人形劇が完全に上手く動いたのが、たった1日しかなかったそうだ。そして、その日には、ジークリンデがコートを着ないで舞台に飛び出してしまうというアクシデントがあり、演奏を止めるか止めないかで、もめたそうだ。

 純粋に音楽としては、よかったですが、理解に苦しむ演出です。


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[2008/10/25 18:54] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
『ワルキューレ』第1幕 ツァグロゼク シュトゥットガルト歌劇場 2002
シュトゥットガ

ローター・ツァグロゼク指揮 シュトゥットガルト州立管弦楽団
演出:クリストフ・ネル   装置&衣装:カール・クナイドル
Ⅰ.67m12s
2002年9月29日、2003年1月2日

ジークムント======ロバート・ギャンビル
ジークリンデ======アンゲラ・デノーケ
フンディング======アッティラ・ユン


 舞台は意外に狭く、ベニヤ板を繋いだだけのプレハブハウスのよう。板と板の間から光が射し込む。ジークムントは下着のような白い衣装。上はパーカーで、下は半ズボン。お前は勝俣か!その後、パーカーを脱ぐと黒いランニングシャツ。さらに最後は、腰に巻いてあった薄いウインドブレイカーと変わる。

 ロバート・ギャンビルは昨年、小澤「タンホイザー」の時にタイトルロールを歌っていたが、いささか力不足だった。ジークムントではまったく不満はない。

 ジークリンデは、白くて薄い下着の上に、黒のすけすけワンピース。後でフンディングが現れるときは、わざとらしく上着をはおる。二人とも見かけがひどく良くないが、フンディングはもっと良くない。太った中国人、あるいは北朝鮮の要人。見るからにイヤなやつ。中央に簡素なテーブルと椅子。どうにもこうにも貧相でみすぼらしい。

 フンディングが寝たところで、ジークリンデが、非常に薄い白い下着姿で飛び出してくる。シーツを体に巻いていたのだが、それはすぐに捨てる。部屋の真ん中の壁に、光で剣のシルエットが映っている。

 そして剣の光の前に立ち、自分のお腹に剣を写す。お腹の中から光っているように見える。そして、ジークリンデの体の中から、剣を取り出すという設定。
 「あっ、誰かが通った」のところで両側のドアから風と光が射し込む。カーテンが内側に向かってはためく。舞台中央壁面が開いて、大きな月と夜空。歌手の熱演に対して、オケは冷静。盛り上がりに欠ける。
最後は、窓の上に二人が乗って、月明かりの夜空に、二人が引き合うシルエットで終わる。

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[2008/10/18 23:43] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 二期会 飯守泰次郎 東京フィル 東京文化会館
二期ワル小


 恥ずかしながら、わたくし、『ワルキューレ』を舞台で見るのは初めてです。この点、ワーグナー愛好家のみなさまとは格段のキャリアの違いがありまして、みなさまのを読ませていただいただけで満足してしまって、いったい何を書いたものでしょう。

飯守泰次郎 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 東京二期会公演
演出:ジョエル・ローウェルス 東京文化会館 2008年2月21日(木)
衣装:小栗菜代子  照明:石井リーサ明理  舞台監督:小栗哲家                       
ブリュンヒルデ=====桑田葉子
ヴォータン=======泉良平
フリッカ========増田弥生 (押見朋子の代役、別キャスト日のグリムゲルデ)
ジークムント======大野徹也
ジークリンデ======増田のり子
フンディング======小鉄和広

 演出でドキッとしたのは、なんといっても第一幕、カーテン越しの部屋の奥にベッドがあり、ジークリンデの上にフンディングが、足を踏ん張り、しっかり乗りかかるのが見える、見えてしまった!ってところです。小澤「タンホイザー」の時も、(思いっきり横の席だったので体の前の方まで見えたのですが)、ヴェーヌスが一糸まとわず立っていたのにも驚きました。こんなもんなんでしょうかね。

 ビデオで見ていると、たいてい、ほとんど退屈で眠い「第2幕」『フリッカの説教にグウの音も出ないヴォータンの場面』です。しかし、面白かった。第2幕の中でフィナーレを除けば、ここがいちばん緊張感を持って、ワクワクしながら見れました。フリッカにはかないませんなー。
 サンマも言ってました「シウバに勝てるのは、大竹しのぶだけや」

 この演出では、さまざまな場面でヴォータンとフリッカが、劇の進行を見守っている、というか見張っている。睨んでいる。みんな行動ががんじがらめに縛られている。どこかの国民みたいだ。ブリュンヒルデみたいに、ちょっと羽目を外すと、羽根をとられるんだな。自由人ジークフリートの登場がまちどおしい。『ジークフリート』単独でやってくれるのはいつのことか。


 そんでもって、なにしろ『ワルキューレ』見るのは初めてなので、
「これが常識や!そんなことも知らんのか!」とイエローカードを覚悟の上で、気になってしょうがなかったこと。

★『オーケストラピットが低すぎる! おまけに蓋をしている。』★

 『トリスタンとイゾルデ』と『マイスタージンガー』は2回ほど見ているし、ただしNHKホール、『オランダ人』『タンホイザー』2回はここ東京文化会館で、昨年も若杉『ダフネ』と小澤『タンホイザー』で見ているが、こんな感じじゃなかったはず。一階でごらんの方は分かりにくいのかもしれないが、指揮者の飯守さんも登場して客席に挨拶するときだけ踏み台に登って体を出していたが、その後は頭も出ないぐらい沈んでしまう。後ろの方の座っているオケ部員の頭からピットの上まで1.5mぐらいある。ほぼブリュンヒルデ一人分弱。そして、オーケストラピットの舞台側に、1m幅ぐらいの覆いがついている。ちょっとだけバイロイトに似せているのか。一階後方の人には、この覆いが効果があったのかも。
ええい、伝わらないだろうから、図解します。

二期ワル図


 舞台装置と照明は概ね美しくてよかったと思います。斜めになった四角い舞台の、表面テクスチャがとても目障りの良いもので、その上で歌手が動き回るのを見るのを気分良くさせています。いつも、プロンプターボックスがあるあたりに、四角い井戸のような物が置いてあり、その中からきれいな光が漏れているのも、意味は分からないが、趣があります。

 それから第三幕、舞台奥にワルハラなのか天国なのか、かすかに見える扉に向かって階段を亡くなった英雄たちが登っていく姿も、伝統的西洋絵画『聖母被昇天』のように、魂の浄化の過程を見ているかのよう。同様に、最後にブリュンヒルデが火に包まれる所も、太い蝋燭っぽい火柱の中に、彼女が見え隠れするのも、ヴェネチアングラスの逸品を見ているような美しさがありました。

 歌手については、知ってる人は一人もいないので、なーんにも説得力がないが、男声陣は、ちょっとお疲れ気味の声だと思った。といってもそれほど悪いわけじゃない。いつもだいたい不満はあるものだ。女声3人、ジークリンデ、ブリュンヒルデ、フリッカについては、日本人としては、ほぼ文句のつけようのない立派な出来映えではないかと満足しています。

 オーケストラの演奏、多少のミスはみられたものの、音楽の流れが滞ることなく生きづいていて感動に浸りました。きっと『ワルキューレ』のような大曲を、そつなくまとめるだけでも大したことなのに、こんなにも音楽が心に染み込む自然な流れを作り出すとは!いや、飯守泰次郎さん、お見事です。


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[2008/02/23 22:17] | ワルキューレ | トラックバック(1) | コメント(6) | page top
『ワルキューレ第3幕』 サヴァリッシュ バイエルン国立歌劇場
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 休みを入れず、メトに続いて視聴した、バイエルン国立歌劇場による演奏。共に同じ年の録画であり、演奏時間もわずか1分24秒しかちがわないし、ブリュンヒルデは同じ歌手である。どちらの指揮者も、個性のある変わったことをするわけでもなく、中庸の生真面目な演奏である。

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場★  69m36s
ニコラウス・レーンホフ演出 1989年11月11,12,14日。12月2日。
NHK衛星放送からVHS録画
ブリュンヒルデ===== ヒルデガルト・ベーレンス
ヴォータン======= ロバート・ヘイル
ジークリンデ====== ユリア・ヴァラディ

 こちらは悪名高いニコラウス・レーンホフの演出である。宇宙ステーションからシベリア上空を見下ろしているような光景が真ん中いっぱいに広がっており、その回りを宇宙船の内部らしきセットが取り巻いている。しかし、どういうわけか、それほど違和感を感じない。ワルキューレたちは、半分ドレスふうの黒い戦闘服を着ているが、メトのガチガチの鎧よりも自然な感じがするから不思議だ。ベーレンスも別人かと思うほど、若々しくのびのび歌っている。

 ジークリンデのユリア・ヴァラディは、もう断然、ノーマンよりも良い。鋭く、せっぱ詰まった熱狂的な歌唱。リサイタルの時とはまったく違って情熱的。バイエルンの『さまよえるオランダ人』のときもこうだった。
 
 ヴォータンのロバート・ヘイルがちょっとした不満です。衣装が黒い日本の戦国武将の羽織袴に見える。細くてなで肩でジェームズ・モリスに見劣りがすることはなはだしい。そういえば、この立派なジェームズ・モリスはメトの『ホフマン物語』とバイエルンの『さまよえるオランダ人』で聴いたはずなのだけれど、印象には残っていない。

 最後のところ、ヴォータンがローゲを呼び、回りに火を放つところは、メトの方が分かりやすく感動的だった。バイエルンの方は、背景の地球の上に、核爆弾のキノコ雲が数発上がり、その後ドライアイスの煙が回りから出て舞台がほとんど見えなくなった。そして最後の最後に、宇宙船か戦闘機が飛び回っているような不思議な静止画が映って終わる。なんのことかわからない。

 先に言ったとおり、どちらの演奏も正統で生真面目な演奏のように聴こえたが、ときどき退屈しながらメトを見終わって、バイエルンになったとたん画面から目が離せなくなった。
とぐろを巻いた音楽が、生きて動き出した!
のっし、のっしとこちらに近寄ってくる!
先日のカイルベルト1955年リングもすごかったけれど、これぞバイエルン、伝統の底力か。メトとのあまりの違いに、あらためてビックリした。

 レヴァインは1度、サヴァリッシュは5度、実演に接したが、どちらも、どちらかというと、つまらないことが多い指揮者だ。この『ニーベルングの指輪』時の、サヴァリッシュはいったいどうしたのだろう。


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[2008/02/12 22:05] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ第3幕』 レヴァイン指揮 メト1989
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 先月の『ナクソス島のアリアドネ』2本連続視聴につづいて、『ワルキューレ第3幕』を夕方になって急に2本、休まず連続で視聴しました。前回メトが圧倒的につまらなかったのは、もしかして2本目に見たせいかもしれないと思い、今度は先にメトの方を見ました。

 このバイエルンとメトロポリタンの両『ニーベルングの指輪』は、同じ1989年に製作されたもので、両方ともNHK衛星放送で放映され、それぞれVHSテープ11本に録画しました。しかし、明らかにメトの方がつまらなかったので『ラインの黄金』と『ワルキューレ第2・3幕』を除いて消去しました。そこで残っていたものを引っ張り出してきて、見比べてみました。


ジェイムズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団 71m00s
オットー・シェンク演出 ブライアン・ラージ映像 1989年3~4月 
NHK衛星放送からVHS録画 1993.6.13
ブリュンヒルデ===== ヒルデガルト・ベーレンス
ヴォータン======= ジェームズ・モリス
ジークリンデ====== ジェシー・ノーマン

 予想通り、古典的・写実的な舞台装置と演出。だが『ナクソス島のアリアドネ』ほどひどくはない。変わったところの何もない舞台で、異様に見えるのはやはりジェシー・ノーマン。太い声(と体)は、どう考えても逃亡しているジークリンデではない。

 ブリュンヒルデはヒルデガルト・ベーレンスで決まり。サヴァリッシュ盤もベーレンス。この時は、この人しか考えられなかった。しかし映像的にはいまひとつ。ガチガチの鎧に身を包んだ中年のオバサンである。歌の方は、メトの演出とか伝統と関係があるのか、教科書的で堅めの歌い方。

 この頃、EMIがハイティンクで、DGがレヴァイン指揮で『ニーベルングの指輪』の録音をおこなった。普通はというべきか、同じ配役はしないものである。ところがヴォータンだけは双方ともジェームズ・モリスであった。そういえばショルティ盤とカラヤン盤ではミーメのゲルハルト・シュトルツェだけ共通で印象に残ったものだ。他に替わりとなる歌手がいないということですね。この映像でも、モリスがいちばん。

 メトのような凡庸な演奏・演出は、圧倒的に強力なワーグナー歌手がいないと始まらない。メトは歌手だけはすごかった。古いメトのライブCDを持っているけれど、フリードリッヒ・ショール、キルステン・フラグスタート、ラウリッツ・メルヒオールと、いつもメトはこんなもんさという感じが漂っています。ホッターにヴァルナイ、アダムにニルソン。やめられませんなー。

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[2008/02/11 21:39] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ワルキューレ』 プロムス2005 パッパーノ指揮
プロムス2 プロムス
 


これも『フィガロの結婚』同様、年越しで見ました。今までビデオで見た『ワルキューレ』は、サヴァリッシュ・バイエルン国立歌劇場、レヴァイン・メト、一部だけだとブーレーズ・バイロイトぐらいなものだが、これはそのどれよりも面白い。だいたい演奏会形式で、普通の舞台上演に比べて良かったためしなどない。それなのに、この演奏にはたいへん感動した。

アントニオ・パッパーノ指揮 コベントガーデン王立歌劇場管弦楽団
2005年7月18日 ロイヤル・アルバート・ホール 演奏会形式
Ⅰ.58m07s Ⅱ.88m15s Ⅲ.66m10s

ブリュンヒルデ===== リサ・ガスティーン
ヴォータン======= ブリン・ターフェル
フリッカ======== ロザリンド・プロウラウト
ジークムント====== プラシド・ドミンゴ
ジークリンデ====== ワルトラウト・マイアー
フンディング====== エリック・ハーフヴァーソン

 さて、演奏会形式ではあるものの、オケと指揮者の前方に3mぐらいのスペースがあり、譜面代などは一切なく、歌手はできる限りの演技をしながら歌っていた。女声の服装は、普通のリサイタル用のドレス、指揮者も含め男声は目立たない黒っぽい衣装をしている。客席に対する位置取りの違いのせいか、歌手の声がいつもよりハッキリ聞こえるし、同時にオーケストラと指揮者の奮闘も伝わってくる。

 指揮者のパッパーノの背中が、汗で上から色が濃くなっていくのがわかる。指揮姿が前から映る時には、袖などビショビショに濡れているように見える。第2幕最後は、濡れていないのはわずかに腰のあたりの20cmぐらいというところまできた。こんなのがハッキリ分かるのもめずらしい。

 歌手は、ドミンゴに僅かの違和感がある以外は、文句のつけようがない見事さ。それも、こちらが勝手にドミンゴのイメージを作っているせいかもしれない。そんなことは現実にはありえないのだが、映像の録音技術の進歩のせいか、全員がマイアー並の声量に聞こえる。

 2幕を見る前に、つまりブリュンヒルデが誰か知らないうちに3幕を見てしまった。重量級8人のワルキューレがずらっと並んで歌っているところで圧倒され、ブリュンヒルデはどの人だ?みんな立派な声だなあ、と思っていたら横からブリュンヒルデが登場。その後マイアー登場。こんな強力な女声陣見たことない。

 第3幕の最後がこんなに感動的だったとは、今まで知らなかった。ヴォータンがブリュンヒルデにキスして、抱き合って、恋人同士みたいに舞台を去るなんて。演奏会形式に反してビックリするほど感情表現が豊か。
生きててよかった!
シフォン・ケーキでも買ってくるか!!

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[2008/01/14 23:01] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
ワルキューレ第1幕  マゼール指揮 
マゼルa1


ワルキューレ 第1幕
ロリン・マゼール指揮   ピッツバーグ交響楽団
ジークムント====== クラウス・ケーニヒ
ジークリンデ====== スーザン・ダン
フンディング====== ペーター・メーフィン
プロデューサー ロバート・ウッズ   エンジニア ジャック・レナー
1990年10月1日2日  ピッツバーグ・ヘインズ・ホール  TELARC

 テノールは、ハイティンク盤「タンホイザー」で評判いまいちのクラウス・ケーニヒ。今回初めて聴いたのだが、古いタイプのヘンデン・テノールで、カラヤン盤「タンホイザー」のハンス・バイラーやフルトヴェングラー録音に出てくるズートハウスに近い。近頃の高くてきれいな声のテノールと違って、うっかりするとバリトンかと思ってしまうぐらいだ。後半のジークリンデとジークムントが交互に歌う場面では、ソプラノと声質がずいぶん違うので、ちぐはぐな印象はいなめない。しっくりしないテノールではあるが、わたしはそれほど嫌いではない。

 マゼール指揮のものは、今までそれほど聴いてはいないが、感心した覚えはない。ところがこの演奏はいい。ワルキューレ第1幕は、ワルター、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、ショルティ、カラヤン、ベーム、バレンボイムぐらいしか聴いていないが、この演奏は他の誰とも違う。室内楽的で繊細で、興奮をおさえたしっとりとした演奏。そういうとカラヤン盤みたいだが、それとも違う。サッパリと軽く演奏しているようでいて、深い奥行きを感じさせる、気持ちのいい後味。不思議だ。

 マゼールの冷静な指揮とは裏腹に思えるのが、スーザン・ダンのジークリンデ。無気力な男性歌手に対して孤軍奮闘、一人だけ全力投球でレコーディングに望んでいるかのようだ。テルデックの録音技術のせいか、彼女の声だけひどく明瞭に、音量の振幅も大きく聴こえる。バイロイトデビュー時のアニア・シリアを思わせる、若さで押し切る体当たり的歌唱。

 これで、たとえばテノールがルネ・コロだったりすれば、名盤と呼ばれるにふさわしい演奏だと思う。指揮者とテノールとソプラノ、それぞれがまったく違った様式のごった煮であるが、結局のところスーザン・ダンの魅力で最後まで引っ張られる。彼女の歌唱、もっと聴きたい。

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[2007/12/13 10:06] | ワルキューレ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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