『コシ・ファン・トゥッテ』 バレンボイム ベルリン02 第2幕フィナーレ
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 バレンボイムの演奏は、同時に1989年にベルリンPOと入れたCDも聴いてみた。CDの方は、力が入りすぎたり、テンポが不自然なところが気になってしまい楽しめなかったが、こっちのライブの方がずっと正統でいいと思う。歌自体は、どっちもどっちだが、演出は非常に楽しめる。歌手は歌いにくいと思うが。


フィナーレ前のアルフォンソと2人が「コジ・ファン・トゥッテ」と歌うところで、ピットロード、すなわちバレンボイムの後ろ(て言うか前というか)で歌う。

 第2幕フィナーレ。カーテンを開けると後ろから20人ほどのヒッピー集団が出てくる。背景はオレンジの夕焼けか朝焼けのままだが、部屋全体がオレンジっぽくなる。手前の床からピット回りは緑で、補色対比が美しい。他のみんなもバレンボイムの後ろを気軽に歩くようになる。

 披露宴みたいなものが始まり、部屋の上から、シャンデリア?照明?光る「POWER LOVE」と書いてある看板みたいなのが降りてくる。UFOのようにも見えなくもない。

 天蓋付きベッドの、天蓋みたいなモノを、4人で支えている。黒人のお祭りみたいな(青い)ペイントをした、ほとんど裸の4人が、支えている。4人は、2人ずつ、あるいは全員で、せまいここの中に入って歌う。

 ここでアルフォンソ、バレンボイムからも紙幣を奪い取ってくる。指揮者とも賭けをしていたという設定か。

 公証人はこんどはやけに変な声を出す。スーツ姿もかっこいい。ここで結婚が成立。朝焼けがジャンボ機の写真に変わり、出征していた元彼が帰ってくる。あわててカジュアルな衣装の上に、スーツを着る2人。アルフォンソも男2人もスーツ姿。いつものようにハラハラする再会風景。

 とぼけたアルフォンソが「なせここに公証人が?」、「いえ、公証人ではありません!」で、帽子を取り、髭を取って髪を整えるデスピーナ、またまたかっこいい。お父さんのワイシャツを着たボーイッシュな娘みたいだ。

 あのヒッピーは、私たちだったのだ。とばらすところでは、もらったブラを証拠として出す。アルフォンソが締める。「これで君たちは賢くなったのだ。」「抱き合いなさい」「笑いなさい」と、むりやり大団円に持って行かれるが、二組のカップルは、なんとも言えない気まずい雰囲気のまま終わる。ここのところは他と変わりがない。


 デスピーナも黙って不機嫌。彼女もこの展開に驚いて、アルフォンソに騙されたと思ったのだ。アルフォンソは賭に勝ったお礼分のお金を、彼女に差し出した。デスピーナはそれをはねつける。バカにしないでよ。さっきまで一人有頂天だった彼も、デスピーナの表情を見て暗くなる。これで、全員暗い。真っ暗だ。

 しかし、やっぱりお金ちょうだいと、デスピーナは手を差し出す。お金をもらうと、そのお金を、アルフォンソの内ポケットにつっこみ、彼に抱きついた。ヒッピーが植えていった花のオブジェを片付ける男2人。4人はバラバラ。アルフォンソとデスピーナが台所で抱き合ってキスをして幕となる。

 バカなカップルはほっといて、賢い2人は幸せになる。いつもと違って、ちょっと救われた気分になった。「男女はみんな同じではない」ということだな。
カーテンコールは、やっぱりピットロードへ出てきてごあいさつ。



ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
ドーリス・デリエ演出  2002年9月1日 2003年2月1日0:45~放映

フィオルディリージ======ドロテア・レシュマン
ドラベルラ==========カタリーナ・カンマーローアー
グリエルモ==========ハンノ・ミュラー・ブラッハマン
フェルランド=========ウェルナー・ギュラ
デスピーナ==========ダニエラ・ブルエラ
ドン・アルフォンソ======ロマン・トレケル




  

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[2011/06/12 18:17] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コシ・ファン・トゥッテ』 バレンボイム ベルリン02 第2幕 その1
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 第2幕始めのデスピーナのアリア、姉妹の2重唱が終わって出ていくと、ヒッピー風の男女20人ぐらいが入ってくる。珍しく合唱が入る部分だ。部屋の中に強大な花のオブジェの着いた棒を立てる。部屋の中が野外の公園のようになる。

 中にいるカップルはキスしたり、部屋の至る所でまどろむ。そういえばデスピーナは、はじめっからヒッピー風だったのだ。金髪ソバージュに、ジーンズ。他の男女が、徐々に後に引き上げていくと、いつのまにか、男声二人はもちろん、女声ふたりも、似たような服装をして、その場にいる。

 それぞれ二人組になる。デスピーナとアルフォンソも打ち合わせっぽくいっしょにいる。しかし、姉妹ペアよりも、脇役デスピーナペアの方が、背の高い普通の男女で、カッコイイのが、なんだかもどかしい。  

 ドラベルラペアは、ハートのペンダントがピコピコ光り(カラータイマーみたいだ)もう高まっている。ふたりはいよいよ、思いっきりキスをして出ていく。フィオルディリージはフェランドに追いかけられて、指揮者の後を駆け抜ける。これ以降、やたらとピット・ロード(って言わないか?)が使われる。

 フィオルディリージは、服もカラフルな下着風だし、髪が長い!。洗い立てでお風呂から飛び出してきたみたいだ。以前のサリーちゃん風髪型は、カツラだったのだ。一応、アリアでは、まだグリエルモの写真をしっかり持って歌うが、もうダメそう。

 背景が、真っ暗になる。夜になったのだ。通常のグリエルモが「彼女は、このロケットをくれたよ」と言うところを「このブラをくれたぜ!」となる。フェランドは「ぼくの名前が入っているブラを~」と叫ぶ。出征の時に、彼女に胸に書いていたのがこれだったのか。

 次のグリエルモアリアでは、ピットロードを歩き、右手にブラ、左手には懐中電灯を持ち、客席の女声を照らしながら、「あんたもそうでしょ」とばかりに歌う。当てられたお客は、無表情というか、緊張の面もち。笑えない。それを見せられるフェルランドは、墓穴を掘る。


 フィオルディリージは、サリーちゃんとは違うが、短い髪型になっている。今度は明らかにカツラだ。ここで、気持ちが折れたのだろうか。今回の歌手の中ではドロテア・レシュマンが、もちろんいちばん聞き応えがある。

 しかし彼女は、後年のザルツブルグでの伯爵夫人を見ても、フィオルディリージやロジーナを歌うには、いまひとつのような気がする。じゃあ他に誰がいるのか?。思いつかないけど。なにしろネトレプコのスザンナもダメだったし。

 ドラベルラはフィオルディリージに、彼にもらったハートのペンダントを見せる。どんどん妖艶に変わりながらアリアを歌う。歌いながら、バレンボイムのところに行き、意味ありげに手を伸ばし合う。指揮者参加型の演出。

 部屋の後が赤くなり、部屋の中も赤い光が去る。朝になったのだろうか。(事前にわざわざ厚着をしてたのだが、)フィオルディリージはフェランドにくどかれ、カツラを取る。やっぱり長いのが地毛だ。上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着風のドレスになり、…濃厚なキスを。
あかん! あかんて!(by宮川大介)

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[2011/06/10 20:16] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コシ・ファン・トゥッテ』 バレンボイム ベルリン02 第1幕 その2
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 男たちが出征する場面で、アパートのあった背景に、[Cosi]と書かれたジャンボ機が映し出される。お別れに、フェランドは、ドラベルラの胸のジッパーを降ろし、左胸ブラに、ペンで書き込みをした。

 そして、ここでいよいよ、デスピーナの登場。懸念される、ちっちゃめ色黒とかじゃなくて、普通の人でよかった。ダニエラ・ブルエラは、ちょっとグレた、レシュマンより背が高い、普通の魅力的女の子(風?)。姉妹より美人そう、シンデレラか?

 取り残された女声2人は、枝桐バサミや、首つり用のひもを使い、死にたいのをアピールする。デスピーナは、「恋人に死なれて、死んだ女はいない!」「あの男たちが持っているものは、他の男だって持っています」「男はどれも同じで、値打ちなんてない!」という思い切った発言をする。この段階で、もう?、このオペラの主題ではないか。

 デスピーナにばれたらマズイなーと、アルフォンソが隠れて様子をうかがうときに、舞台手前を緑の1mぐらいの垣根を、自ら押しながら、小さくなって移動して来るところは、なんだか古典的な。「デスピーナ、用事があるんだ」「あなたのようなお年寄りが、若い娘に出来ることなど何もないわ」。なんてキツイ女だ。救いようがない!

 変奏した、男2人が入ってくる。普通はトルコ風の衣装のはずであるが、ここではアメリカンヒッピー風。デスピーナのおともだちがピッタリで、とてもお嬢さんにふさわしくない外見だ。これで気を引くのは無理だろう。

 男2人は、誘惑に走る。グリエルモが脱ぎだした。スーツの時は、ガリガリに痩せているのかと思ったら、「脱いだらすごいんです」と、カッコイイ体型だ。ズボンの方も脱ぎだしたら、フィオルディリージが、部屋の真ん中にスリット式のカーテンを引いて、自分たちが隠れる、が、当然、覗いてみる。


 第1幕フィナーレの前にある、フェランドのアリア。『フィガロ』第4幕のスザンナのアリアのように、ドタバタの間にある、静かで内省的な名曲。シュライアーとか、アライサで馴染んでいるが、今回の彼は、歌はいいが、見かけに難がある。

 このステージは、前方が緑の芝生のようになっているが、それがそのまま2mぐらいの幅で、オケピットをとりまいている。したがって、オケの回り、指揮者のバレンボイムの後ろでドタバタも出来るのである。お客だったら楽しそう。それでいきなり、姉妹が体にタオルを巻いて、そこに駆け込んできた。

 タオルを巻いているのは、お風呂とか着替えとかじゃなくて、海水浴場とかプールで、水着の上にタオルを巻いている状態を表しているようだ。サングラスもしているし、ビーチ風のイスにねころぶし。

 男2人が入ってきて、ポリタンクのガソリンを飲んで苦しむ。そして、姉妹2人がゴロゴロしていたイスに倒れる。これが、毒を飲んだということだ。

 デスピーナ医師は、今さら何をだが、トルコ風のターバンを巻いて、長い髭を付けている。黒縁メガネもかけていて、その前の状態よりも、何だかカッコイイ。端整な顔立ちがハッキリし、より美人に見える。ここでは、声はほとんど変えていない。ダニエラ・ブルエラって、いいなー。

 フィナーレは、キッチリ硬めの演奏ながら、いつものように盛り上がる。最近のバレンボイムは、厳しすぎるような気がする。以前は、もうちょっと自然体なモーツァルトをやっていたのではないか。


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[2011/06/07 18:16] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コシ・ファン・トゥッテ』 バレンボイム ベルリン02 第1幕
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ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
ドーリス・デリエ演出  2002年9月1日 2003年2月1日0:45~放映

フィオルディリージ======ドロテア・レシュマン
ドラベルラ==========カタリーナ・カンマーローアー
グリエルモ==========ハンノ・ミュラー・ブラッハマン
フェルランド=========ウェルナー・ギュラ
デスピーナ==========ダニエラ・ブルエラ
ドン・アルフォンソ======ロマン・トレケル


 何度も言うように、「コジ・ファン・トゥッテ」というオペラは、実演の機会が少ない割には、レコード、ビデオの優れた製品が多く出ている。この演出も、非常に楽しめる。

 ベルリン国立歌劇場での序曲の演奏は、どういうわけか、お客の入っていない時の演奏が納められている。何らかの不都合があって、後で取り直しをしたのだろうか。序曲の間、リハーサルや打ち合わせ、舞台転換、ロビーで待つお客様などの、客席に着く所、ライブ感満載の映像が映し出される。

 第1幕の入りは、空港のカウンター。係の赤いユニフォームの女子がひときわ目立ち、奥上方には、ジャンボ機の写真。男声3人は、ごく普通のスーツ姿のビジネスマン。白黒ストライプの床。こっ、これは現代的で冷たそうな演出では!と危惧された。ワーグナーなんかでも、現代的スーツ姿の演出があるけど、そんなの止めてほしい。

 第1場の男声3曲が終わり、軽快なテンポで場面が変わる。床面の白黒布が奥に引かれ、背後の壁が手前に降りてきて、女声姉妹の部屋が現れる。床は緑で、この緑は、ピットの裏、指揮者の後ろ側まで続いている。テレビと電話が真っ赤で目立つ。2人の姉妹は、自分の彼氏を自慢するが、お互い相手の彼氏には関心がないようす。

 姉妹2人は、歌の途中に電話のダイヤルを何度も回したり(つながらない)、お酒を飲んだり、鏡を見たり、脇に消臭スプレーをかけたりとグダグダしている。いつものような貴族的な雰囲気は微塵もない。フィオルディリージはサリーちゃん風の髪型と衣装。ドラベルラは普通だが、衣装の白黒デザインが、ソファーのデザインとほとんど同じ。ほんのちょっと違うだけだが、同じ細かさの、同じ色。どういう意味だろうか?

 部屋の上の方は、書き割りの背景となっており、先ほどはジャンボ機があったが、今度は、となりのアパート群のような建物がある。出入り口は、真ん中奥と、左側キッチンにある。右側には車庫のようなものがあるが、(首を吊ったりするときに)建物の上に乗るだけで、他に使うようすはない。


 男声3人が登場するが、オープニングのスーツ姿のまま。今回の歌手たちの映像的見栄えは、かなり素晴らしい。ビヤ樽や鬼瓦のような、いかにもオペラ歌手という感じの歌手はいない。まあ、フェルランドのウェルナー・ギュラだけチョットだが。このごろのイタリアオペラでも、テノールのみ、大幅に見かけが悪くなっているのだが、どういうことなのだろう。今回も低音ほどスリム傾向になっている。

 男声3人が、チョット個性的な顔をしているのに対して、女声3人は、全く正統な(そんなものあるか?)美人歌手である。レシュマンがもう少し大人っぽかったら、申し分ない。ビデオ編集のここ数日では、マリン・ハルテリウスをよく見た。見栄えがする歌手って少ないんだな。





  


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[2011/06/06 18:51] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コシ・ファン・トゥッテ』 ムーティ 1983ザルツブルグライブ
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リッカルド・ムーティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ミヒャエル・ハンペ演出 1983年7月ザルツブルグ音楽祭

フィオルディリージ======マーガレット・マーシャル★
ドラベルラ==========アン・マレイ★★
グリエルモ==========ジェイムズ・モリス
フェルランド=========フランシスコ・アライザ★★
デスピーナ==========キャスリーン・バトル★★
ドン・アルフォンソ======セスト・ブルスカンティーニ★★


 かつて小澤征爾も「コジ・ファン・トゥッテ」でザルツブルグ音楽祭デビューしたが、ムーティもオペラでの初登場。先のポネルの映画とは打って変わって、自然で全く問題を感じないすばらしい演奏だ。ベームの名演が続いてきた後に、よくこれだけの成果をあげたものだ。ムーティの演奏の中でいちばん好きかもしれない。

 歌手もみんないい。主役のマーガレット・マーシャルだけは、他で聴いたことがないのだが、グルベローヴァより真摯な歌い方だ。グリエルモのジェイムズ・モリスは、確か2回ほど実演で聴いて、すばらしい歌手だが、モーツァルトのバリトンとしては、先のフルラネットの方が合っていると思う。

 デスピーナのキャスリーン・バトルもピッタリ。この人もこの頃よく出てきたが、デスピーナやツェルリーナが最高だ。しかし、スザンナとかツェルビネッタをやると、ものすごくもの足りない。フランシスコ・アライザは、ペーター・シュライアー後の定番というか鉄板でしょう。

 ドラベルラのアン・マレイ。ムーティ指揮ではケルビーノとドンナ・エルヴィーラも歌っている。ショルティ指揮でもエルヴィーラを歌っている。他では覚えがないが、最高だ。この素晴らしい配役の中でも、なくてはならない歌手だろう。

 名前を見て不思議だった。カラヤンのEMI1954年盤でもセスト・ブルスカンティーニってあるが、これって同じ人?、全くもって、はまっている。

 ジャン=ピエール・ポネルの後によく名前を聞くようになったのがミヒャエル・ハンペ。これがザルツブルグ音楽祭初演出で、このあとカラヤンの『ドン・ジョヴァンニ』とハイティンクの『フィガロの結婚』でも見事な冴えを見せる。

 ポネルの映画に、ずーと昔にベームの映画も見たし、ムーティにはスカラ座のライブもあるが、『フィガロ』のようにベームのライブ映像でも出てこない限り、これが最高の『コジ・ファン・トゥッテ』ビデオではないか。ちょっと古いか!



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[2011/05/30 16:15] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コシ・ファン・トゥッテ』 アーノンクール ポネル1988映画
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ニコラウス・アーノンクール、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
装置・演出ジャン=ピエール・ポネル ユニテル1988

フィオルディリージ======エディタ・グルベローヴァ
ドラベルラ==========ドロレス・ジーグラー
グリエルモ==========フェルッチョ・フルラネット
フェルランド=========ルイス・リマ
デスピーナ==========テレサ・ストラータス
ドン・アルフォンソ======パオロ・モンタルソロ


 昨年末からBSが見れるようになり、メトロポリタンオペラを主に、20本ぐらいオペラ放映も見た。しかし、ワーグナーは1本だけだし、モーツァルトに至っては1本もない。そこで古いのを引っ張り出して、本当の音楽を、久しぶりのモーツァルトを。

 『コジ・ファン・トゥッテ』は、人気の割に、販売されているディスクも、テレビ放映も意外と多い。かつて、ムーティのザルツブルグとスカラ座、アーノンクールのチューリッヒとポネルの映画、バレンボイム・ベルリンSOのものを、つまり5本も見た。

 そのなかから、映画となっているポネル演出のものを。
この手のユニテル映画は、好きではない。セリフ部分は映像と同時に音声を収録、歌の部分は先に録音しておいた音楽に合わせて映像を撮るという、アフレコものだ。

 先日、島田紳助さんの番組で、7にんほど歌手が出てきて歌うのだが、どの人が本当に歌っているのか、クチパクかを当てるゲームをやっていた。紳助は、さすがプロや!難しいと、いろいろ能書きを言うが、理屈なしにカンタンだった。クチパクなのは、歌い出したとたんにわかる。

 その番組よりも、いつもこの手の映画版の方が明らかに歌と口がずれている。たとえ口が合っていても、声を出して歌っていない歌手の顔というのは変なものだ。なんでこんな不自然なもので、演出家や指揮者が納得するのか不思議だ。

 しかし、このポネル盤は、(彼の最後の作品のようだが)同『フィガロの結婚』などと違い、ましな方ではないかと思う。アーノンクールの演奏が、意外なことに(失礼!)とても素晴らしい。アーノンクールのモーツァルトでは、『フィガロの結婚』ザルツブルグ音楽祭のはダメだが、1993のコンセルトヘボウCDはとてもよかった。

 だいたいウィーン・フィルとアーノンクールは相性が悪いはずだが。少なくともこの頃までは。普通よりゆっくり過ぎるテンポの部分もあり、きつい音がする部分もあり、快活で美しいところもあり、両者の長所がうまくでているような気がする。

 歌手ではグリエルモのフェルッチョ・フルラネットとドン・アルフォンソのパオロ・モンタルソロが適役だ。フルラネットはカラヤンのレポレロだが、恐らくフィガロやパパゲーノや、いやドン・ジョヴァンニでもいけるだろう。

 デスピーナのテレサ・ストラータスは、「ベームのサロメ」でしか名前を聞いたことはない。いいのか悪いのか良くわからないが、医者と公証人での裏声は、高い変な声を強調しすぎていて気持ちよくない。

 問題はフィオルディリージのグルベローヴァ。映像的には文句ないし、声も綺麗だが物足りない。フィオルディリージとかロジーナは、シュワルツコップとかヤノヴィッツとか、あと数人?、特別の人でないと満足できないものだ。彼女の声は、低い方は苦しそうな割に、高い方は軽々と出すぎてしまう。が、軽々と歌ってはいけないのだ。

 演出はいたって正統的。ちゃんと貴族の邸宅で、ドレスや騎士の正しい?衣装を着けているように思える。最後に、デスピーナも騙されていて、驚いて、私でなくて良かった、と安堵するところ、こんなお話だったっけ?

 まあ、音楽の演奏が素晴らしいのだから、演出はあまり目を引かないでほしい。



  



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[2011/05/26 22:06] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
“三大”だけがモーツァルトではあるまいに
ド・キーン


 二十年以上前から、文庫本でくりかえし読んできた本が、普通サイズの本であるのを発見した。タイトルも違っているが中身はまったく一緒だった。
『ドナルド・キーンの音楽風刺花伝』
1975年から1976年にかけて「レコード芸術」誌に掲載されたものです。

 ここ数年のテレビ放映されたオペラのなかで、通常の人気に比べて多く目についたのがモーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』でした。このブログでも以前、コジ・ファン・トゥッテはビデオで見るのに適しているオペラなのではないか、という文を載せたこともありました。

 源氏物語と日本の古典芸能とオペラに詳しいドナルド・キーンは、今日のコジ・ファン・トゥッテ人気を予見したのでしょうか。

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 三という数字は、人間にとって特にウマの合うものだろうか。日本三景や音楽家の3Bのみならず、『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』をモーツァルトの三大オペラと称し、この天才音楽家のその他のオペラをかげに押しやる傾向も説明されようというものだ。

 『コジ・ファン・トゥッテ』のようなオペラの場合、その重唱の成功は、いうまでもなく大部分その指揮者の手柄に帰するのが妥当というものだろう。しかしながら、歌手たちにとっては、自分たちを奮起させ、導いてくれるシュワルツコップのような歌い手の存在は、指揮者に劣らぬほどの重要性を持つものではないだろうか。

 『コジ』の台本は、モーツァルトの神々しいばかりの音楽がなければ、耐え難いほどに愚かしいものでしかない。シュワルツコップほどの比類なき才能の芸術家にして初めて、舞台のうえのあやつり人形を真の人間であるかのごとく感じさせることができるのである。音楽の全レパートリーの中でも、この『コジ・ファン・トゥッテ』ほど美しい音楽は、めったにないのだから。

 数多くのモーツァルトの才能のうちでも、もっとも希有なものは、人間の声のために作曲するその超人的な能力である。幸いにも、彼の音楽にふさわしい台本を得ることが出来た場合には、人類文明のふたつの勝利ともいうべき『フィガロの結婚』と『ドン・ジョヴァンニ』といった傑作が生まれてきた。『コジ・ファン・トゥッテ』や『魔笛』のように、台本に恵まれなかった場合でも、モーツァルトの音楽は言葉を超越して、他の音楽家がほとんどよじ登ることさえできないほどの高みへと到達したのである。

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[2008/08/10 19:58] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『コジ・ファン・トゥッテ』 カラヤン フィルハーモニア 1954
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 ベームのデッカ55年盤をちょっと聴いてから、カラヤンEMI54年盤を聴いてみたら、これがなかなか良かったのです。


カラヤン指揮 フィルハーモニアO.1954.7.13~17、19~21 EMI

フィオルディリージ======エリザベート・シュワルツコップ
ドラベルラ==========ナン・メリマン
グリエルモ==========ローランド・パネライ
フェルランド=========レオポール・シモノー
デスピーナ==========リザ・オットー
ドン・アルフォンソ======セスト・ブルスカンティーニ


 カラヤンはこの頃、頻繁にEMIオペラをレコーディングしています。1955年には『ナクソス島のアリアドネ』と『コジ・ファン・トゥッテ』の2つを1ヶ月内に続けて録音。1955年には『こうもり』『蝶々夫人』、1956年に『ファルスタッフ』『トロヴァトーレ』『ばらの騎士』を録音。この年、デッカに遅れて『ファルスタッフ』と『ばらの騎士』がやっとステレオで録音されました。

 私は、この頃のフィルハーモニア録音の音を好みません。名盤といわれる『こうもり』『ばらの騎士』やベーム1962年の『コジ』も、なんともいえない不自然さや硬さが鼻につきます。オケだけでなく、歌手の声にも違和感を感じます。もちろんデッカにもそういうのはたくさんありますが。

 ところがこの1954年『コジ』は、カラヤンの颯爽とした指揮のせいだけではなく、自然に楽しめました。シュワルツコップの歌唱も、定評のあるベーム盤よりも、自然で力強く感じます。そういう意味では、ベームの1974年盤に次ぐ好感の持てる演奏家もしれません。ベームの録音は1955年DECCA、1962年EMI、1974年グラモフォンですから、この盤はそれより以前に発売されたもので、『コジ』初の全曲盤でもあります。

 フィオルディリージは「フィガロの伯爵夫人」のようにシュワルツコップが極めつけと決めつけられませんが、ヤノヴィッツ、スチューダーあたりが素晴らしいのは間違いないでしょう。シュワルツコップも、もう数年前だったら、もっと良かったかもしれません。

 これを聴いてデスピーナは(も)ルチア・ポップ、と思いました。何盤に入っているかわかりますか?
ついでに「夜の女王」もルチア・ポップでお願いします。



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[2008/02/05 23:15] | コジ・ファン・トゥッテ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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