『影のない女』を見てから『トゥーランドット』を買う。…買えた。
マリイン2s



2月13日のマリインスキー『影のない女』公演。
 外来オペラでは、サヴァリッシュの1992年の公演以来の『影のない女』。1984年のドホナーニ・ハンブルグが最初ですから、今回でやっと3回目の『影のない女』です。
(この際、昨年の新国はカウントしない。)
この先、公演があるのは、何十年後でしょうか。
当方、シュトラウスの最高傑作と思っているのだが。

 しかもたった2日しかない公演なのに、空席が目立ち、ネット上では直前までチケットの安売りが目につく。チケットが高騰したのは、昨年7月の「トリノ歌劇場」と年末年始の「新国トリスタンとイゾルデ」だったような。ロイヤルオペラの「椿姫」も、直前は格安で売っていた。その安くなる前にチケットは買っていたけれど、行ってみればネトレプコがヴィオレッタを歌うという僥倖にめぐりあった。

 私は初めてなのでわからなかったが、ゲルギエフとマリインスキー歌劇場の評判が、どうも今一つのようだ。「期待できないので、チケットは買わない」という意見もちらほら見かけた。そのおかげで、公演が近づくにつれて安く売っている。初日、公演日の朝にオケが到着するとか、短い期間の間に多くの演目をやりすぎるのも問題があるのかな。


 その『影のない女』も、演奏様式の違和感もあり、特に良いところはなかったが、雰囲気は悪くなかった。と言うか、気持ちはわかった。もう一つぐらい聴いてもいいかな、とは思ったのだ。それに一昨年の我が社の「レコード大賞」はザルツブルグ音楽祭2002、ゲルギエフの『トゥーランドット』DVDなのだから。

 …で買えた。『影のない女』の2日後には、もう宅急便でチケットが届いた。最近よく、コンビニ発行のチケットを見るにつけ、これって本物なのだろうか?、私でも印刷できそう!と疑ってしまう。幸い、使えなかったことはないが。
(言うまでもないが、安い日の、いちばん安い席ですよ!)

 「トゥーランドット」の公演は3日間ある。初日は、グレギーナが出ないので、ちょっと安い。
3日目が、日曜日でもあり、有力歌手が勢揃いする日なので、…買えない。
今回、1日目と、3日目に
ウラディーミル・ガルージンVladimir Galuzin(カラフ)と
ヒブラ・ゲルズマーワHibla Gerzmava(リュー)という興味深い歌手が歌う。

 最近も書いたが、グレギーナについては、4年ほど前、プラハ国立歌劇場公園「アイーダ」。1991年のサントリーホール・オペラコンサートシリーズでの「オテロ」と「トロヴァトーレ」の3回見ている。それも、まったく覚えていない。印象が薄い。今回調べてみるまで忘れていたのだ。

したがって、グレギーナより安さを…、いっ…いや、ガルージンとゲルズマーワの方を取る。

 ゆめゆめ、期待しないで出かけましょう。

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[2011/02/17 17:24] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
『影のない女』 ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場来日公演
マリインs






ただいま行ってきました、マリインスキー歌劇場来日公演の『影のない女』です。私としては4回目の『影のない女』です。東京文化会館の今までで一番良い席(1階18列)で聴きました。会場は空席が目立ち、私の前4列、20人ほどの席がゴッソリ開いています。非常に見やすい。

 今まで聴いてきた演奏に比べて、良い点はべつにありません。(キッパリ)
2日しか公演しないのにダブルキャストで、初日の昨日の方が有力な歌手がいました。全体的に歌手が小粒な上に、最初に出てくる皇帝の声がひどくて、こんなんじゃ最後まで聴けないな、と思っていたら、体調不良で降板に。

 指揮者が出てくる前の、オケの音出しで、金管が思いっきりマーラー交響曲第6番の旋律を出していた。何となく笑ってしまったのだけれど、この曲は今回の演目にはない。音出しの確認に良いフレーズなんだろうか。

 バラクの家のセットはしっかりしたもので、場面が変わるときに前後に移動するようになっているみたいだ。洗濯機か乾燥機のドラムが3機ある作業場で右にベッドもある。左には運搬用の車もある。こりゃあ、現代的すぎるように感じた。この奥にはコンビニのように蛍光灯がずらっと並んでいるが、左端に取って付けたような、つり下げた2本の蛍光灯がある。それだけ人が出入りするたびにひどくゆれて心配だった。

 おおむね美しい冥界の場面では、左側に盆栽のような幹にハデな花びらを付けたような木があるが、幕が進む毎に大きくなる。場面転換の時に吊られて上にあがるのだが、客席からハリボテの木の下の穴が見えて、どうもいけません。

 第3幕では、バラクの家のパーツがつり下げられ、空中にバラバラに浮かんでいる。右に浮かんでいる箱みたいなものは何かと思っていたら、車が前を下にしてつり下げられている。左側にある木は、巨大化して舞台の上からはみ出すぐらい。その木は地面から引っこ抜いたみたいに、毛細管いっぱいの根がむき出しになっている。

 その後、この巨大な木は、上にあがって消えそうになるのだが、根っこだけ見えている。右側につり下げられた車はそのまま。したがって、皇后の長大な歌以降の感動的な、舞台にはほとんどなにもない感動的な2重唱とか4重唱の時も、いや最後の最後まで、舞台の左上には木の根っこ、右上には車がつり下がったままだった。特に車は、歌手の上に落ちてきそうで気になる。

 日本語対訳が、ものすごく変だった。普通の文に、カタコト風カタカナ文、文語体入り交じって、統一感がない。あきらかに女性にふさわしくない言葉遣いもある。

 合唱と、金管楽器の一部が、舞台後方、恐らく4階センター席からきこえる。サラウンド効果抜群、と言いたいところだが、注意散漫、音が出るたびに後ろが気になってしまう。

 カーテンコールで、出てくる順番が不思議だった。鷹とかの脇役が終わると、皇帝、バラク、乳母、皇后、バラクの妻という順序でご挨拶に現れた。うーん、なんかいつもと違うでしょ。

 皇后、バラクの妻はちょっと良くて、新国立劇場の公演の時のように、第3幕最後で尻すぼみになるようなことはなく、力強かった。しかしまあ、良い席の割には、みんなの声が弱かったな。

 でも『影のない女』って、本当に良いですね、ってフォローになってない!?。


ワレリー・ゲルギエフ指揮
マリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団

皇帝:オレグ・バラショフ(第1幕)→ヴィクター・リュック(第2・3幕)
皇后:エレーナ・ネベラ
乳母:エレーナ・ヴィトマン
バラク:エデム・ウメーロフ
バラクの妻:エカテリーナ・ポポワ
王の使者:ニコライ・プチーリン
宮殿の門衛:オクサナ・シロヴァ
鷹の声:タチアナ・クラフツォーワ
天上からの声:エカテリーナ・クラピヴィナ

2/13(日) 「影のない女」東京文化会館 13:15 開場/14:10 開演
第1幕 ≪65分≫  15:15 休憩 ≪30分≫
第2幕 ≪65分≫  16:50 休憩 ≪30分≫
第3幕 ≪65分≫  18:35 終演

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[2011/02/13 22:26] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■『影のない女』 ショルティ1992DVD 第3幕 その2■
影女ショル


 もう一度、舞台上を見ると、全体には半円のわく、中央に真っ黒い穴に見えていたモノが、湖に浮かぶ氷山みたいな色に変化している。その氷山と、水に写る氷山の影が一体で、さっきまで黒い穴に見えていたのだった。氷山の前には別の石がある。上に顔が付いているようなので、皇帝が石にされているのだ。

 皇后の「Ich will nicht!」のあと、噴水が沸き立つような音楽になる。その前後に、「しきいの護衛者」という者が現われる。噴水の音楽に合わせて、光る2本の柱。柱の中は、ソーダ水のように泡が立ち上っている。その2本の間を通って、奥から出てくるのだ。

 「しきいの護衛者」は、これまた妙に日本風である。白い和服が広げて吊してある状態、の胸の位置に顔が付いている。ジャミラみたいだ(わかるかなー)。石になった皇帝、「しきいの護衛者」ともに、皇后が歌っているクローズアップなどの、カットが変わると突然舞台上にある。そして消えている。どうやって移動したのかわからない。

 皇帝はいったん、後ろの黒い穴と同化して見えなくなる。右後ろからの光で明るくなると、白い衣装で現れる。皇后も白い衣装に、紫のガウン。ここで台本上は「Change of Scene」となるが、今回はなにも変わらない。

 台本上の第4場となり、左右に分かれていたバラク夫妻。染物屋でちょっとだけ見せていた仕草であるが、皇后が巻いている布を手にとって、左にいる妻の方から、床に布を曳いて、右のバラクのところまでもっていく。レッドカーペットのように、左右の世界をつないだのだ。

 その道の両側から、バラク夫妻が歩いてきて、中央で出会う。ここでのバラクの歌い出しから、ショルティらしからぬ(失礼!)ゆったりしたテンポになり、皇帝夫妻との、『ばらの騎士』の3重唱のような、感動的な4重唱で最後を締める。

 4人が手をつないで丸くなり、頭を下げる。祈っているのか、ちょっと意味がわからない。背景がカンディンスキーの絵のパーツが飛び交うものに変わり、子どもたちが30人ぐらい入ってくる。

 それを見守るように、左にバラク夫妻。右に皇帝夫妻。客席に背を向け4人で手をつなぐ。そして、静かに、音楽が終わるちょっと前に、今までと同じデザインの幕が下りる。

 さすがに、ショルティといえども、ザルツブルグ音楽祭。新国の舞台のように尻すぼみになったりしない。チェリル・ステューダーの皇后も、マリヤーナ・リポヴシェクの乳母も完璧だし、なんといっても全体の完成度が違う。



  

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[2010/06/06 19:05] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
■『影のない女』 ショルティ1992DVD 第3幕 その1■
影女ショル



 この第3幕第1場のみ、他と違うセットになっている。地下のカイコバートの国。舞台前方、石積の模様を描いた壁に、穴が二つ空いている。2m×6mの奥行き1mぐらいだが、左側が20度ぐらい上がって傾いている。そしてその左半分には、壁表よりもほんの少しだけ引っこんで、上に登る階段がついている。この階段は傾いていない。したがって変な傾きの空間になっている。

 この穴が、左右二つあり、左に妻、右にバラクが入っている。2人とも、右側から、左の階段にもたれかかるように座っている。最初に妻が歌い始めたときは、バラクはまったく動かない。まるで壁面に描かれた絵みたいに、静止している。2人には互いの姿は見えず、声も聞こえない。その後、感動的な2重唱となるが、2人の世界はまったく別々。最後に、バラクは階段を登って消える。

 ここで間奏曲。ショルティが映り、しばらくして幕が上がり、場面転換。ここから第2場と書こうと思ったら、リブレットには、今までと違って第1場とか第2場とかの表示がない。セットの上では、ここまでとこれ以降は全く違っているのだが、同じカイコバートの世界で、第3幕は一本の場なのか?

 以上は、ベーム55年のLP盤リブレットによっていたが、それが第3幕は「場」が書いていない。ベーム77年外盤CDには、他の幕と同じように「Change of Scene」と入っていて、4場に分かれている。


 さて第3幕における、この演出の、ほとんど唯一の場面転換である。しかし、幕を下ろしている間に、バラクと妻のいた壁面を片付けただけ。もとの、真ん中に半円があり、左右に縦ブラインドがある状況は変わらず、このまま最後まで行く。

 その中央巨大な半円の真ん中には、亀石のような不定型な、真っ黒な穴(のようなもの)がある。ゆで卵を半分に切ったような。その穴をを塞ぐように、左側から穴よりちょっと巨大な石が移動してくる。黒い穴は、右側が少し見えるところで落ち着く。

 この石は、真ん中で割れていて、開いたり閉じたりする。皇后が間から中に入ると閉じたりする。カイコバートの世界の入り口を表しているのかもしれない。その後、そこから伝令使が現れる。その隙間から見える、黒かった穴が、真っ赤になっている。ここでの乳母は、ハーゲンみたい。悪そう。英語の対訳で「ナース」と出ているが、イメージと違いすぎる。

 ここで皇后と乳母の長い会話のあげく、あんたはもう必要ないと、皇后が去り、その後、伝令使から、船に乗せられ、乳母はこの世界から追い出される。正確に言うと、石が右に動き、石といっしょに引きずられるように消えていく。ここで「Change of Scene」のはずであるが、この演出では変わらない。

 石が右に動いたので、中央の穴が丸見えになる。いつの間にか中央穴から皇后が現れ、左右のバラク夫妻と、3人、別々の世界で歌う。

 それから、静かなヴァイオリンのみの演奏があって、皇后の長大な歌のあと、感動的な「Ich will nicht!」が発せられる。英語字幕で見ていたら「I-will-not」だった。やっぱり英語だと、日本語でも、変だ。


あれっ、終わらなそうなので、今日はここまで。 つづく。


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[2010/06/03 20:21] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■『影のない女』 ショルティ1992DVD 第2幕 ■
影女ショル


 第2幕が開くと、背景に前同様の半円形のわくがあるが、暗くて目立たない。中央にバラクの家、左右には壁面がある。この壁面は、縦に細長く割れて、ブラインド状になって、背後の夜の空のような青が見える。若い男もここから出てくる。

 バラクが30人ほどの子どもたちと一緒に戻ってきて、音楽が盛り上がると、皇帝を思わせる間奏曲がかかって第2場に入る。遠景が湖であるかのような、青い水平線が見える。真ん中に円があり、右に岩と松と、削りかけの鉛筆のような六角形の建物が建っている。

 赤い鷹が立っていて、右へ動き、松の下で控えると、左から皇帝が現れる。手に弓を持ち、背中に矢をさしている皇帝は、鷹に話しかけるように歌う。そのとき、こそこそと帰ってくる、皇后と乳母が見える。

 第3場は再びバラクの家。バラクが眠っている間に、若い男が現れ、ガウンを脱いで真っ白な衣装になる。ブルーの光が当たって、バラク家全体もブルー。横たわった若い男に、黒い布をかけて隠すと、バラクが目覚める。ここでバラク夫妻の激しいやりとり。

 いったん幕が下りて、第4場。再度、第2場のような皇帝の世界。舞台真ん中に、先の削りかけの鉛筆建物があり、その前に皇后が横たわりもだえている。紫の衣装に身を包み、ぐあいが悪そう。乳母が必死にめんどうを見ている。巨大な石が、左から右へ移動する。

 第5場、三度バラクの家。いちいち幕を下ろして舞台転換するのは止めてもらえないか。だんだん不快になってくる。幕に映っているのは、赤っぽい雲に光が射している状態。

 家の前で火が出る。全体に赤くなる。バラクの兄弟たちが、妻に影がない!と叫び出す。音楽がどんどん盛り上がり、バラクはスターウォーズの剣を、光る剣を取りだす。妻は「私を殺して!」と叫び、煙が上がり、稲光も走る。 

 ベートーベンやワーグナーのように盛り上げられなかったシュトラウスであるが、ここは決まっている。第2幕怒濤のフィナーレに、乳母が最後に大見得を切る。「私のところに力が来る。」

 ここでの乳母:マリヤーナ・リポヴシェクはとてもいい。サヴァリッシュのライブでも歌っていた。ただ最初に見た公演の乳母がヘルガ・デルネシュ。カラヤンのブリュンヒルデとイゾルデだ。ものすごい迫力だったので、それを越えるものは、未だにない。




  



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[2010/06/01 16:53] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■『影のない女』 ショルティ1992DVD 第1幕 ■
影女ショル


今回の予習も含めて、再度、ショルティのDVDを見てみました。


ゲオルグ・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ゲッツ・フリードリヒ演出 1992年8月、ザルツブルク音楽祭収録
Ⅰ.63m36s  Ⅱ.64m08s  Ⅲ.66m32s

 皇帝:トーマス・モーザー(T)
 皇后:チェリル・ステューダー(S)★
 バラク:ロバート・ヘイル(Br)★
 バラクの妻:エヴァ・マルトン(S)
 乳母:マルヤーナ・リポヴシェク(Ms)★
 伝令使:ブリン・ターフェル(Br)
 鷹の声:アンドレア・ロスト(S)
 若い男の霊:ヘルベルト・リッパート(T)
 天上の声:エルズビエータ・アルダム(A)
 宮殿の門衛:エリーザベト・ノルベルク=シュルツ(S)
 片目の兄弟:マンフレート・ヘム(Bs)
 片腕の兄弟:ハンス・フランツェン(Br)
 せむしの兄弟:ヴィルフリート・ガームリヒ(T)
 生まれざる子供達:ザルツブルク少年少女合唱団
 侍女たち:ウィーン国立歌劇場合唱団
 夜警たち:ウィーン国立歌劇場合唱団


 最初に見たときの感動とは裏腹に、全体の前半は、それほど面白くありません。フロアー型スピーカーで鳴らせばそうでもないのですが、ヘッドホンで聴くとオケの音が大きすぎて、歌手の声が小さく聞こえます。それで、昼間、ちゃんとスピーカーで鳴らして聴きました。

 前半、それほど面白くないというだけで、ショルティの他の録音のように、不満があるわけではありませんが、他の大指揮者の演奏に比べれば、コクがないのは明らかです。しかし、第2幕の途中からは、ショルティの特性に合っているのか、俄然、盛り上がってきます。

それでは、第1幕第1場から見てみますか。

 大きく見ると、舞台は半円形、つまり円の上半分だけが明るくなって見えている。舞台上には、乳母だけがいる。カイコバートの伝令が現れる。白地にハデな隈取りで、歌舞伎みたいな顔をし、衣装の鎧も日本っぽい。あれっ、このビデオ、猿之助演出の方だったっけ?と一瞬考えてしまった。

 舞台の左手から、中央に向かって桟橋のようなものが伸びている。大きめのベンチと言うか、ヴェネチアで水位が上がって足が濡れるときに道に出すテーブルのようなものがある。その中央の最後に階段があるが、それを隠すように、その前には、したがって舞台の真ん中には、亀石のような2mほどの石が置いてある。

 いったん出てくる皇帝には、水兵さんのような部下が3人付いている。乳母がいったん桟橋から右手に去り、皇后に伴ってふたたび現れる。その時、左手にレッド・ファルコン。

 古い対訳には「鷹の声」(ヴォイス・オブ・ア・ファルコン)となっているが、ここでは声ではなく、はっきりと姿を現す。パパゲーノのように全身毛で覆われている。もちろん真っ赤な羽で。アンドレア・ロストなので、カッコイイ赤い鷹。出てきて歌いはするけれど、表情はうつろで、特に誰とも目を合わせない

 乳母は、宇宙人ぽいダブダブの衣装に、髪型が自転車競技の筋の入ったヘルメットのように結ってある。皇后は、薄紫の昇天するマリア様の絵のような、まさにその通りの衣装。

 第1幕第2場に入る時には、間奏曲があるためショルティが映っている。この演出は、幕が変わるたびに、幕が下りてきて舞台を隠す。幕が上がるところから舞台が再び映し出される。

 丸い枠に囲まれているのは変わらないが、真ん中にバラクの家がある。不自然なくらい極端に客席側に傾いた2階建ての建物。2階建ての屋根部分を外して中を見えるようにしたモノか、1階建てであるが、壁のある屋上部分があるか、どちらかだ。1階の入り口も大きく開けてあり、中の様子がある程度見えるようになっている。

バラクのロバート・ヘイルもけっこうたくましい男なのだが、妻のエヴァ・マルトンに比べるから、優しくて痩せている男のように見えてしまう。妻は赤、バラクは青っぽい服を着ている。バラクの腕は、仕事のせいで赤に染まっている。

 3人の兄弟を追い出したあと、2人で布を広げて乾かす作業をする。ここで、子どもが出来ないと嘆くところから、バラクが出て行くまでの音楽がとても美しい。

 バラクが荷物をかついで左に去ると、真っ暗になり稲光が!宇宙人みたいな乳母が現れる。皇后も質素な衣装で、後ろで待機している。

 乳母が妻に冠を被せると、薄い水色のカーテンが降りてきて、その中から女性がたくさん出てくる。妻は女王様になったよう。若い男は声がするが、姿は、カーテンに映るだけ。乳母はかっこよく左右に火をおこし、夕食のしたくもする。

 しかしその後、子どもたちの合唱が聞こえる。音楽が寂しくなり、舞台上も暗くなる。大きな荷物を持って、バラクが帰ってきて、料理などにビックリ。彼は何も付けずに、外のビーチマットのようなモノの上に寝る。舞台上の混乱とは裏腹に、夫婦愛を讃える、美しい夜番の歌声とともに第1幕が終わる。




  


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[2010/05/25 19:22] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『影のない女』 新国立劇場2010
新国立劇場 2010年5月20日 19:00開演
エーリッヒ・ヴェヒター指揮 ドニ・クリエフ演出 東京交響楽団 新国立劇場合唱団

皇帝…ミヒャエル・バーバ
皇后…エミリー・マギー★
乳母…ジェーン・ヘンシェル
バラク…ラルフ・ルーカス★
バラクの妻…ステファニー・フリーデ★★
霊界の使者…平野和
宮殿の門衛…平井香織
鷹の声…大隅智佳子

アバウトな演奏時間
第1幕 5:00~6:10pm
  休憩25分
第2幕 6:35~7:40pm
休憩25分
第3幕 8:05~9:05pm


新国影絵1

☆第1幕とバラクの家の基本配置

 五つのパーツに別れた家の平面図のようなものが立っている。手前床にはその影であるかのような形の、厚みのある白い台がある。家の出入り口と窓の穴と同じ位置に穴が空いている。床の穴は、真っ黒であったり、そこだけ光が漏れていたりする。この白い床はずっとこのままで動かない。5つの家は、バラバラに動く。

 バラクと妻などが家の中にいる場面では、5つあるうちの一番左のパーツが、裏側を見せて、真ん中に入り込む。つまり左から2番目と3番目のパーツは左へずれる。ちなみに、裏側は、右上のようになっている。基本的には中央の一個だけ裏を向く。一度だけ、全面裏返しになったときもある。

 後ろに、縦長の壁が8枚立っている。この壁は、最上部が崖のように不定形をしており、間から細かい光が漏れるように壁面は穴だらけ。五つの家も八つの壁も、黒子が押して動かす。それもちょくちょく場面転換のたびに大げさに動き回る。

 手前にプロンプターボックスがある。バラクの兄弟など大勢で出ているときに、時々、指揮者のように白い手がでて、表紙を取ったり指さしたりするのがはっきり見える。



新国影絵2

☆主に第2~3幕での影の出方と、カイコバートの力が出るときの塀。

 家の裏側も、塀の裏側も、支えがあって、いかにも大道具さんが作りました仕様。リングの時のように、舞台機構を使ったり、もうちょっとカッコつけたセットにしても良さそうなものなのに、簡素で、しかも人力で動かす。

 人間の世界ではないときは、家は後退し、壁面が前面に出てくる。左側に緑の木も降りてくる。第三幕で、それまで真っ直ぐ列んでいただけの塀が、裏側を外に向けて丸くなり、八角形になり、中から光が漏れるところが非常に神秘的に映った。


 歌手では、今までの公演でもそうであったように「バラクの妻」が最も立派な声をしていた。以前はギネス・ジョーンズとジャニス・マーティンという大歌手。それに劣らずステファニー・フリーデも最高だった。少なくとも二月ジークフリートの時の、ブリュンヒルデよりも、ずっと良いと思う。

 皇后のエミリー・マギーもなかなかのものだった。ただし第三幕の後半になると、力不足が露呈してきた。これはおそらく指揮とオケにも言えると思うが、第二幕第4場~第三幕前半はとても素晴らしいと思ったが、最後までその出来は持続しなかった。


 字幕が非常に簡素な日本語なので、対訳などよりもわかりやすく、三回目なのに、いまさら、こんなお話だったっけ?とビックリするところがあった。今年の中では、『神々の黄昏』に次ぐ感銘を与えられた。やっぱり『影のない女』って、ほんとうにいいですね。



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[2010/05/21 20:01] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
『影のない女』 3回目の上演を迎えて
影aru女

☆ちゃんと影のある、イギリス・チェスターの婦人。


 いよいよ、新国による、サヴァリッシュの1992年の公演以来の『影のない女』が始まります。1984年のドホナーニ・ハンブルグが最初ですから、今回でやっと3回目の『影のない女』です。その予習も含めて考えてみました。

 音楽は『ばらの騎士』や『ナクソス島のアリアドネ』に近い。第3幕なんて、『ばらの騎士』最後の3重唱がずっと続いているような気分に酔っていられる。あらすじだけ知っておいて、あとは『魔笛』だと思って、お話は気にしないでも、いけるのではないか。

 ホフマンスタールの小説版『影のない女』も読んでいるが、このお話の世界が、今一つつかめない。しかし、過去2回の公演では、最高に楽しめたのだから、シュトラウスの音楽によって納得させられるところがあるのだろう。


 このオペラの筋は、何度聴いても、ものすごくわかりにくい。ワーグナーのように、うっとうしいぐらいの状況説明をバッサリ省き、いきなり本題の混迷の中に視聴者を引きずり込む。歌手が何でこんな急に、激高して歌っているのか理解できない。

 そこでお話に入る前の、知っておくべきバックグラウンドを少し。
『影のない女』の前史。「オペラ鑑賞ブック」より引用。

 霊界の大王カイコバートは、人間の女との間にもうけた一人の娘を、島で隠し育てていた。彼女は白いカモシカの姿に化けて遊んでいたところを、皇帝が放った鷹の羽で眼をおおわれ、走ることができなくなり、皇帝に捕獲された。カモシカは美しい女性に変身。皇帝はその娘を皇后にして、間もなく12カ月になろうとしている。皇后は皇帝を愛しているが、彼には深い悩みがあった。霊界の女と結婚して1年を経過しても子供を授かることがなければ、その夫は石になってしまうというのだ。元来人間ではない彼女には影がない。影がないことは子供を宿すことができないことを意味している。カイコバートは娘が人間と結婚したことを不快に感じているが、彼女に与えた護符が皇帝の鷹に奪われてしまったため、手元に呼び戻すことができない。


-ポール・ハーガーによる『影のない女』の要点-
 ≪影のない女≫ は結婚というものを歌った〝歌の中の歌〝である。この作品は神の意志である人生の目的としての夫と妻との其の結び付きをほめたたえている。『千夜一夜物語』の世界のおとぎ話のテーマがこのオペラの基本モティーフとなっている。正真正銘の結婚とは子供たちに喜んで生命を与える気持ちにおいて頂点を成すのである。そしてこのオペラが語っていることは、二組の夫婦を通してこの目的が罪の意識と運ノ命によってどのように危うくなり、また犠牲や愛、天の慈悲によってどのようにかなえられるかという論証である。影が人間に属するように、母性は女性の本質に属している。影は多産の「聖書」的シンボルでもある。“影のない女〝とは故意に出産の希望を捨てる女性のこと、つまり子供を慮むという願望をもつのに十分な感情的成熟をしていない女性のことである。





-『影のない女』のキャスト、3公演-

■ハンブルグ国立歌劇場日本公演1984年
 クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮  クルト・ホレス演出
 皇后:レオニー・リザネク★
 乳母:ヘルガ・デルネシュ★★
 皇帝:ロベルト・シュンク★
 染物師バラク:フランツ・フェルドナンド・ネントヴィク
 染物師の妻:ギネス・ジョーンズ★★
 ハンブルグ国立歌劇場管弦楽団&合唱団


■バイエルン国立歌劇場日本公演1992年
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮  市川猿之助演出
 皇后:ルアーナ・デヴォール
 乳母:マルヤーナ・リポヴシェク
 皇帝:ペーター・ザイフェルト★
 染物師バラク:アラン・タイタス
 染物師の妻:ジャニス・マーティン★★
 使者:ヤン・ヘンドリク・ロータリング
 バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団


■新国立劇場 2010年
エーリッヒ・ヴェヒター指揮 ドニ・クリエフ演出 東京交響楽団 新国立劇場合唱団

皇帝…ミヒャエル・バーバ
皇后…エミリー・マギー
乳母…ジェーン・ヘンシェル
バラク…ラルフ・ルーカス
バラクの妻…ステファニー・フリーデ
霊界の使者…平野和
宮殿の門衛…平井香織
鷹の声…大隅智佳子


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[2010/05/19 10:33] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
影のない女 カラヤン ウィーン国立歌劇場 1964年 その2
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 このCDの録音日:1964年6月11日のあと、6日後の6月17日に再度、カラヤンは指揮台に立った。リブレットによれば、それはグンドゥラ・ヤノヴィッツが初めて皇后役に挑戦した晩であったと書いてある。6月17日の演奏らしいものは、他レーベルから発売されているはずだが、リザネクが歌っているものと、ヤノヴィッツが歌っているものと両方あるようだ。ダブルキャスト、またはヤノヴィッツが控えとしていて、リハーサルの録音もあるようだ。

 この点、良くわからないのだが、カラヤンが『影のない女』を、この2回しか指揮しなかったのは間違いない。得意の演目と思われるだけに残念なことである。カラヤンはザルツブルグ公演『仮面舞踏会』直前になくなったわけだが、その次の企画として『影のない女』が予定されていた。その両方とも、ショルティが振ることになった。


 『影のない女』のライブ録音は、カイルベルト、カラヤン、ベーム、シノーポリと発売されているが、全部かなりのカットがおこなわれている。その他のスタジオ録音盤と比べて大幅なカットがあるのはもちろん、ライブの中でもカラヤン盤のカットがいちばん多いように感じられる。

 感じられると言っても、漠然とそう思うのではなくて、ちゃんとベーム1955年のスタジオ録音の対訳に、その場所をメモ書きしているのだが、第2幕を除いてベーム盤との違いはわずかだ。ベームがカットしている箇所にさらに2行カット、など、ほんのちょっとカラヤン盤の方が多いぐらい。

 ところが第2幕は大幅な変更があるので、他と比べようがない。第1場から細切れに、そしてアンサンブル部分もカットされ、第2場はそのまま、第3場がなくていきなり第4場に入ったかと思うと、第4場と第5場の間にそのカットされた第3場のほとんど全部が入れられている。いつもと違いすぎて混乱する。


 CDの解説によると、シュトラウスの作品に精通し、今でも十分読むに値するシュトラウスの伝記を書いているハインリヒ・タラーリクが、彼は、大のカラヤン・フアンだが、「いかんせんやりすぎだ」と次のように評している。
「私たちのオペラ・ハウスで上演された、息を呑むような素晴らしい公演を聴いて、カラ
ヤンがなぜこの作品にこれほど多くのカットを加えたのかが、ますます理解できなくなっ
た。この作品を多少知っている者にとって、いくつかの重要な場面が聴けないのは、何と
も悲しい。劇的・音楽的に特に違和感を感じたのが、第2暮の第3場と第5場をつなげた
ことだ。バラクとともにひとり残された皇后が、苦悩するバラクに同情し、初めて人間的
な感情を持つ場面が失われてしまうからだ。皇后の心の変化を描くうえで、この場面は決定的ともいえる重要なものだ。“皇后は、染物師の妻ではなく自分自身が影のない女であることを自覚した瞬間、人となる。


 この公演では、カラヤンが指揮だけではなくて、演出もおこなっている。カラヤンが国立歌劇場の監督であったときに、いくつか演出も手がけ、カラヤンがウィーンを去った後も使われ続けた演出もあった。

 70年代に凝っていたカラヤンのビデオ撮影について、土屋 邦雄がかつてこう話していた。この時のベルリンフィルの演奏ビデオは、音を先に録っておいて、それに合わせて後で演奏風景を録画するもの。レコード録音のような音だけの時と違って、ほんのわずかであるが、さすがのカラヤンでも、演奏の精度が、あるいは集中力が弱まる。そんなようなことを言っていた。

 演出まで引き受けていては、最高の演奏が出来るのだろうかと疑ってしまうが。
同じく解説によると:

 だが面白いことに、当時ほとんどの観客や音楽批評家たちがこの舞台を、抵抗なく受け
入れている。この作品にカラヤンは「新たな光を当てることに成功した」、「話の展開を引き締めることで、より生き生きとした舞台効果が得られており、こうした手直しは大いに歓迎すべきことである」と評した

 一方、『エクスプレス』紙のカール・レーベルは、音楽面での出来栄えを次のように絶賛している。「この素晴らしい晩で最大の奇跡を起こしたのがオーケストラだった。ここ数ヵ月間、ウィーン・フィルハーモニーについて批判的な記事を書くことが多かった私は、4時間の公演中、心の中で彼らに手を合わせて陳謝していた。初日のこの晩、彼らの演奏はまるで神業のようだった。カラヤンの指揮が紡ぎ出す音楽は最高に素晴らしくゴージャスで、あまりにも完壁で魂がこもっていたため、今自分が聴いている響きが現実か錯覚か、一瞬考えてしまうほどだった。カラヤンにとっても、生涯最高の指揮が実現できた日になるかもしれない。」


 このCD、私も最初に聴いたときは、音が悪いから、他のステレオ盤を聴いた方が楽しいかなと思ったものだ。たしかに、ヘッドホンやラジカセで聴くと、もの足りないのであるが、今回ちゃんとオーディオで鳴らしてみた。マンションであるから普段はよくヘッドホンなので聴いているのだ。

 それで、昼間、オーディオでスピーカーをちゃんと鳴らして聴いたら、聴き比べたら、これがベーム77年のステレオライブよりも、気持ちよく充実した演奏に感じられるのだ。あらためてカラヤンの実力に恐れ入った。



 


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[2009/11/25 21:39] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
影のない女 カラヤン ウィーン国立歌劇場 1964年 その1
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 このCDは、1998年4月5日、カラヤン生誕90年、ドイツグラモフォン社のウィーン国立歌劇場ライブシリーズとしていくつか(4つだけ?)出されたもの。
わたしが聴いたのは
ピッツェッティ「大聖堂の殺人」カラヤン 1960.3.9
タンホイザー カラヤン 1963.1.8
影のない女 カラヤン 1964.6.11の3つです。
聴いてないのは「ポッペアの戴冠」カラヤン1963.4.1。

 このブログは「タンホイザー」の特集に始まって、しかも、CDで真っ先に取り上げたのが、このカラヤン盤でした。この「タンホイザー」は、主役の歌い損ないもある、ある意味破綻した、そしてすばらしい演奏でした。

 その時にも書きましたが、今回の『影のない女』の方がずっと、歴史的意義のある記録でしょう。編集なしのライブであるのが不思議なくらい、完成度の高い出来に思えます。

リブレットの解説によると:
 リヒャルト・シュトラウスの生誕100周年にあたる1964年6月11日に素晴らしい計画が実現された。それは、1911年にウィーン国立歌劇場で世界初演された ≪影のない女≫ を総監督カラヤンが自ら演出し、指揮するというもので、惜しくもこの公演は、彼がウィーンのオペラ・フアンに残した最後の贈り物となった。公演の初日を迎える以前に、カラヤンはすでに辞表を提出しており、その後間もなく、同歌劇場における指揮者としての活動にも自ら終止符を打った。カラヤンは国立歌劇場を去ると同時に、二度とウイーンで指揮をしない、と宣言したのである。



リヒャルト・シュトラウス   RICHARD STRAUSS(1864-1949)
影のない女   DIE FRAU OHNE SCHATTEN   3幕のオペラ
台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール Libretto:Hugovon Hofhannsthat

ウィーン国立歌劇場合唱団 ChorderWienerStaatsoper
ウィーン国立歌劇場管弦楽団 OrchesterderWienerStaatsoper
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤンHerber・tvon・Karajan
録音:1964年6月11日 ウィーン
くウィーン国立歌劇場でのライヴ・レコーディング(モノラル)〉



皇帝                        ジェス・トーマス(テノール)
Der Kaiser Jess Thomas
皇后                       レオニー・リザネク(ソプラノ)
Die Kaiserin LeonieRysanek
乳母                   グレイス・ホフマン(メッゾ・ソプラノ)
Die Amme Grace Hoffman
伝令使                       ヴァルター・クレッベル(バス)
DerGeisterbote WalterKreppel
神殿の敷居の護衛者                  ルチア・ボップ(ソプラノ)
Der HuterderSchwelledesTempels Lucia Popp
若い男の声                  フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
DieStimmeeinesJunglings FritzWunderlich
鷹の声                       ルチア・ボップ(ソプラノ)
DieStimmedes Falken Lucia Popp
天上からの声              マルガリータ・リロヴァ(メッゾ・ソプラノ)
EineStimmevonoben Margarita Lilowa
バラク(染物師)               ヴァルター・ベリー(バス・バリトン)
Barak,der Farber WalterBerry
バラクの妻               クリスタ・ルートヴィヒ(メッゾ・ソプラノ)
Seine Frau ChristaL甘dwig
バラクの兄弟:
Des Farbers Bruder:
兄弟1 ジークフリート・ルドルフ・フレーゼ(バス)
Der EinauIglge SiegfriedRudolf Frese
兄弟2    ルートヴィヒ・ヴェルター(バリトン)
DerEinarmlge  LudwigWelter
兄弟3      エーリヒ・マイクト(テノール)
DerBucklige   ErichMajkut

       
子供たちの声/生まれざる子供たちの声:
DieKinderstimmen/DieStimmenderUngeborenen:
       ルチア・ボップ(ソプラノ)LuciaPopp
       オリヴェラ・ミリャコヴィチ(ソプラノ)oliveraMitjakovic
       ローランス・デュトワ(ソプラノ)Laurence Dutoit
       ユーディト・ヘルヴィヒ(メッゾ・ソプラノ)Judith Hellwig
       マルガレータ・シューステット(メッゾ・ソプラノ)MargaretaSjostedt
                            
侍女たち:
Die Dlenerinnen:   ルチア・ボップ(ソプラノ) Lucia Popp
       ローランス・デュトワ(ソプラノ)Laurence Dutoit
       マルガレータ・シューステット(メッゾ・ソプラノ)Margareta句6stedt

ソロの声:
Solostimmen:        ルチア・ボップ(ソプラノ)Lucia Popp
オリヴェラ・ミリャコヴィチ(ソプラノ)OliveraMitjakovic
       ローランス・デュトワ(ソプラノ)Laurence Dutolt
リーゼロッテ・マイクル(ソプラノ)Liselotte Maikl
マルガレータ・シューステット(メッゾ・ソプラノ)MargaretaSjostedt
マルガリータ・リロヴァ(メッゾ・ソプラノ)Margarita Lilowa

物もらいの子供、侍従の霊、霊の声
Bettelkinder・Dienende Geister・GelSterStimmen  
          
      
            
 ここでちょっと驚くのは、まだ駆け出しだったルチア・ポップの名前が5回も出てくることだ。確かに、重唱場面では、当時「夜の女王」も歌っていたポップの声(恐らく)がひときわ目立って聞こえる。「若い男の声」という、ほとんど姿を現さない役でフリッツ・ヴンダーリヒも歌っている。



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[2009/11/18 20:37] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
「影のない女」 ベーム55年デッカ盤CDを、田舎で見つける
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☆ベーム1955年「影のない女」、1984年LPと1991年CDジャケット。


 さて、先日5泊した、このような有名海水浴場のあるような田舎でも、中心部にはブックオフがある。なにしろ閑なものだから、そこに2回行った。

 1度目は本を7冊買って満足。2度目に訪れたときに、クラシックのDCコーナーを見てみた。このコーナーは、東京・京都・奈良・大宮・地元など、どこでもたいしてお買い得なモノもなく、なによりも数が少ない。したがって、こんな田舎だし、まったく期待していなかったのだが。

 なんと言うことか、3種類ほどのバッハのカンタータ全集や私の知らないオペラまで、盛りだくさんに置いてある。それでもって、珍しいモノはかなり安い。土地柄のせいで売れないのだろう。しかし恐ろしいぐらいのマニアックなものがある。クラシックマニアのお爺さんが亡くなって、遺族が全部放出したのだろうか。

 まず、アバドの「アイーダ」3CDが¥1,500。何も付いていないので輸入盤だと思っていた。(今でもどちらかわからない)ほかを当たっていると、カラスの「カルメン」のパックされたビニールの中にアバドの「アイーダ」の日本語解説ブックレットが入っている。すかさずビニールテープを剥がして、中の解説書を取りだし、CDと一緒にレジに差し出した。「これ、別になって、外に出てました」と言うと、こんなモノ見たことないであろう女子大生くらいの女の子が、じっくりと見比べて「ああ、そうですね!」と納得してくれた。これで良かったのだろうか? 初期のクラシックCDは(今もあるかぁ)、国内版も、輸入盤そのままに日本語解説書を付けただけというのがほどんどだった。

 それでもってもう1枚、ベーム55年デッカ盤「影のない女」も発見。これは、原語の文字も小さく、知っている人でもかなり見つけにくい。それがなんと、¥1,250。開けてみたら、ほとんど聴いた跡がないような、新品同様品。この異常な安さは、うれしいような、悲しいような。

 1984年に(もう、25年も前!)LPで買ったときは、¥9,200もしたのに。ハンブルク国立歌劇場による『影のない女』日本初演の時。この珍しいオペラは、国内版はなくて、公演に合わせて急遽発売されることになったLPだ。予習するにはこれしかないから、買うしかないのだ。

 のちに、チケットを買った人には、主催者側から「対訳」が送ってきた。これがまたLPの対訳とカット部分が違ってわかりにくかった。どっちにしても、分かりにくいお話なんだけど。ホフマンスタールの小説版「影のない女」も読んでみた。

 しかしこのベーム盤の録音された1955年て、デッカによるステレオ録音が始まった年で、ベームでは「魔笛」「コジ・ファン・トゥッテ」、クライバー「フィガロの結婚」、クリップス「ドン・ジョヴァンニ」も デッカによって録音されていたはずだ。それに最近発売された、カイルベルトのステレオ・バイロイトライブ「ニーベルングの指輪」もあった。

 LPの方は、プロデューサーがヴィクトール・オロフ(原語で)しか書いていないのに対して、CDの方にはヴィクトール・オロフ&ピーター・アンドリューとなっている。恐らくCDの方が正確なのだろうが、オロフが上司であることは間違いない。

 このような素晴らしいレコーディングを残した次の年、この2人はデッカを去り、後任にショルティの「ニーベルングの指輪」で名を上げることになるカルショウがくる。ついでにベームもデッカを去りEMIへ。ショルティ=カルショウの黄金時代が始まる。ヴィクトール・オロフ&ピーター・アンドリューの時代がそのまま続いていたらもっと……と考えなくもない。

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[2009/08/16 20:04] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
熱愛発覚! 『影のない女』
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 という大忙しのさなか(どこかから続く)、京都からの帰りに新宿タワーレコードによりました。いつも見てるだけでめったに買わないのですが、珍しく『影のない女』のDVDがあったので買ってしまいました。『影のない女』の映像ものが売っているところははじめてみました。こんな事2度とないかもしれません。したがって、このさい、指揮者がショルティというのには目をつぶりました。

 まあ、クロアチアツアーの写真と旅行記の整理がつくまでは見ないと思ってほっておきました。その前に買ってある『ドン・カルロ』と『ドン・ジョヴァンニ』(共にムーティ)もまだ見ていません。見るのは、1ヶ月後でしょ!と思っていました。

 が、ついうっかり、夕方、何の気ナシにパッケージを開けて、DVDをかけてみました。なぜだか、第3幕が始まりました。パッケージの解説書の方を見ると、もう1枚入っているではないですか。これは、2枚組だったのか。それじゃあ(そうでなくてもだが)3千円は安い。得した気分だ。

 というわけで第3幕からスタートしてしまい、第1幕に取り替えようと思う間もなく、舞台に引き込まれてしまい、そのまま最後まで。かっっかん…感動しました。ショルティなのに。

 そして、見ている間、素晴らしかった1984年のハンブルクオペラ来日公演の記憶が甦ってきました。まだ2回目のオペラ体験だったのですが、わけの分からないものを選んでみました。レオニー・リザネク、ギネス・ジョーンズ、ヘルガ・デルネシュ、ロベルト・シュンクといった、信じられないキャストです。まあ、これについてはそのうち別に書きますが、指揮者がドホナーニで、彼はショルティの助手をしていたはずです。

 同じくザルツブルグ公演のDVDで、ショルティの1990年『仮面舞踏会』を2週ほど前に見たばかりでした。1989年の7月にカラヤンが亡くなって、その代役として指揮をしたものです。CDとなって出ている、こってりとした「くさやの干物」みたいなあくの強いカラヤンの演奏とまったく違って、2年目なのに、切れはあるものの、とりたてて変わり映えのしないショルティの演奏です。

 『影のない女』は1992年の収録です。これもカラヤンのプロダクションだったのですが、カラヤンの亡くなる年のザルツブルグ・イースター音楽祭の時に、カラヤンに頼まれたそうです。この頃から、もう体調が悪かったのでしょう。

 この公演の頃、ショルティはデッカにレコーディングもしています。それの方もカラヤンだったら、きっとサヴァリッシュ盤よりも優れた名盤が生まれていたはず。

 カラヤンもショルティも、モーツァルト、ワーグナー、ヴェルディなどを得意としていますが、どういうわけか二人ともR・シュトラウスの方が、ピッタシ合っているように思われます。カラヤンが手がけてくれたらどんなにか素晴らしかったでしょうが、ショルティでもそんなに不満はありません。

 ショルティの場合、オーディオの場合、感心したためしはありませんが、ビデオものはいい出来だと思います。映像があると、演奏の食い足りない部分が補われるのか、その方が映像を素直に見られるのか、なかなか感動的です。トスカニーニっぽい引き締まったムダのなさが引き立ちます。

 『影のない女』なんて、映像で見てもしょうがないと思っていたのが、意外や意外!


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[2009/04/30 19:35] | 影のない女 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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