後編-『トゥーランドット』マリインスキー歌劇場に行ってきた。
トゥーランマリイン001c2

☆第1・2幕 3階13列33番 センター一番後ろの席。皇帝の上半身は見えません。
トゥーランドットの後ろ姿はさざえさん頭。



 急遽、格安で買った席ですが、3階のいちばん後ろ。センターなので、そんなに遠くもなく、音もはっきり聴こえます。ここで、まったく不満はなかったのですが、なんと両翼がゴッソリ空いています。『影のない女』の時の、何十人分単位ではなく、ほとんど丸々、片側200人分くらい空いています。

 NHKホールでは、3階左右の前の方は、かなり好きな席です。そこにほとんど人が入っていないということは、元々、売らなかったのでしょうか。10人ぐらい座っている人はいますが、空いているから、他の席から移ってきた人のようです。わたしも休憩開けには移ってみました。


 今回の舞台装置は通して同じ、奥に皇帝の座る2階席通路があり、中央真ん中に、戦後のバイロイトではあるまいか、巨大な円盤がある。そもそもこのトゥーランドットは、歌手などの動きの少ない舞台になることが多い。一昨年見た、セミステージ形式で十分満足できた。

 舞台上には、プロンプターボックスの気配も感じられない。ふくらみや小物など、全くなんにもない。ところが、第1・2幕が終わって幕が下りると、絵にあるように、真ん中に箱があるかのように、幕が膨らんでいる。なぜだ!

 この中央円盤、パンフレットなどではやたら傾かせてある場面が載っているが、動かないままでもいいのではないかと思う。青銅製、巨大な三角縁神獣鏡があるようで、面白かった。舞台全体が青くなることが多く、オケピットのオレンジの光と呼応して、絶妙な美しさだ。これまた、『影のない女』のハデさと現代風が空回りしている舞台よりも好感が持てた。


トゥーランマリイン002c2

☆第3幕 3階R3列13番 張り出し右側、前左よりの席。皇帝の顔がやっと見えます。
番号が見事に統一されているでしょう。ぐっ、偶然です。



『トゥーランドット』 NHKホール 2月18日(金)
マリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団
指揮:ワレリー・ゲルギエフ、演出:シャルル・ルボー 杉並児童合唱団

トゥーランドット イリーナ・ゴルディ
カラフ  ×ウラディーミル・ガルージン
リュー  ★ヒブラ・ゲルズマーワ
ティムール ユーリー・ヴォロビエフ
皇帝アルトゥム ヴィクトル・ヴィフロフ
ピン アンドレイ・スペホフ
パン アレクサンダー・ティムチェンコ
ポン オレグ・バラショフ

17:45 開場/18:30 開演
第1部(第1幕・第2幕) ≪80分≫
20:00 休憩 ≪30分≫
第2部(第3幕) ≪40分≫
21:10 終演(予定)


 トゥーランドットのイリーナ・ゴルディという歌手、初めて聴くが、あまり好きではない。最初は緊張しているのか、喉が温まっていないのか、力みすぎに感じたが、まあ、徐々に声は出るようになってきた。声が安定していなくて、安心して聴いていられない。

 カラフのウラディーミル・ガルージンって有名みたいだが、さっぱりだ。声がオーケストラを突き抜けてくるどころか、女声ふたりよりも声がとどかない。新国「ワルキューレ」でジークムントを歌った「エンドリック・ヴォトリッヒ」みたいだ。この2人は、絶対忘れないこととしよう。

 素晴らしいのは、リューの「ヒブラ・ゲルズマーワ」が、文句なし。安定し、声量にも余裕があり、弱音でも緊張感がある。ただ、感動までにはいたらなかった。

 通常、群衆場面では、日本人エキストラなどを使ったりするが、そんなことはなかった。ちゃんとロシア人みたいだ。ひとりだけ日本人みたいな顔の人がいたが?あれは? 杉並児童合唱団が、子供のオバケみたいな格好で出てくる。うまくはないが、一服の清涼剤にはなっていたと思う。

 やっぱり、マリインスキー歌劇場は『影のない女』よりも『トゥーランドット』の方に適性があるのだろうな。こんなことを言うのも失礼だが、ちゃんと音楽になっている気がした。ただし、ちまたで言われている、大音響とか熱演といったところは特に感じなかった。弱音の繊細な響きは悪くないので、なにか抑制された演奏を心がけたのでしょうか。まだ物足りない、「トロイアの人々」も聴くべきだった。



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[2011/02/20 17:08] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『トゥーランドット』 マリインスキー歌劇場 に行ってきた。前編。
マリインs


 わたくし、みなさんと違って、時計も携帯も(妻も)持っていないし、土日は働いている。夜の睡眠も少ない。したがって今日も休みではない。
…というのが書くのが遅れた理由だ。
そうは言っても、忙しいわけではない。
平日休み、しっかり昼寝しているだけだ。

 来る途中では、地下鉄千代田線(明治神宮前で降りる予定)が全線不通になり、切符がムダになり、しかもJR回りで渋谷駅に着いたので、ホールまで行けるのか不安だった。いきなり渋谷駅は、田舎者はパニクる!
東京ウォーカーに載せたい!ぐらいの気分だ。


今回の『影のない女』と『トゥーランドット』の収入格差はひどい。
『影のない女』の方が、「シカゴばい」も高価だったのだ。4か5倍も。
定価では5倍、購入価格では4倍なのである。
ああ、それなのに、最安価格の『トゥーランドット』の方がよかったなんて!!
冷やし中華を始めたい!ぐらいの気分だ。

 だいたい『トゥーランドット』の最安席というだけで、18日のF席とハッキリしている。NHKホールの3階最後尾13列か、3階左右の角に決まっている。しかも、なぜだか格安で買えた。(損をすることもあるので、特にうらやましがることはない)。半年以上前にセブンイレブンで発券された何だか古いチケットだ。それで、心配だった。

 しかし問題は、だから、そう言うことではなくて、東京文化会館の1階18列よりも、NHKの3F13列最後尾の方が音が良く聴こえたのだ。欠点は、舞台上の2階みたいなところに座っている、トゥーランドットの父皇帝の上半身が見えなかった。

 『影のない女』でとっちらかっていたオケとは思えない、様式感のある立派な演奏。これこそ新国なんぞでは味わえない、外来オペラ引っ越し公演の醍醐味であります。

これから、しっかり昼寝をするため、また明日。


「トゥーランドット」 NHKホール2/18(金)
マリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団
指揮:ワレリー・ゲルギエフ、演出:シャルル・ルボー 杉並児童合唱団

トゥーランドット  ★イリーナ・ゴルディ
カラフ  ウラディーミル・ガルージン
リュー  ★★ヒブラ・ゲルズマーワ
ティムール:ユーリー・ヴォロビエフ

17:45 開場/18:30 開演
第1部(第1幕・第2幕) ≪80分≫
20:00 休憩 ≪30分≫
第2部(第3幕) ≪40分≫
21:10 終演(予定)



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[2011/02/19 13:08] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
グレギーナのトゥーランドット
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京都旅行前の『初めての衛星放送でトゥーランドットを見る。』のつづき。

 来春二月のマリインスキー歌劇場来日公演、これは『影のない女』がメインだろうが(わたしにとって?)、トゥーランドットもやる。昨年の「レコードニケデミー賞」の1位が、ザルツブルグ音楽祭「トゥーランドット」DVDで、指揮者がゲルギエフだった。この公演で指揮者の占める要素は少なめだと思うが、マリインスキーを見に行く動機にはなる。しかし会場が、天敵とも言えるNHKホールだ。(恨みはないが遠いだけ。)

 そして、メトのビデオでも歌っているグレギーナのトゥーランドット。グレギーナは最近、「仮面舞踏会」のアメーリアと「アンドレア・シェニエ」のマッダレーナで見た。マッダレーナは良いと思ったが、まあ、ほかはそこそこだ。マリインスキー、見るかどうしようか微妙なところだ。

 グレギーナって、最近有名になった歌手だとばかり思って、生で聴いてみなくちゃいけない!と思いこんでいたら。なんと。4年ほど前、神奈川県民ホールで、プラハ国立歌劇場公園「アイーダ」で聴いていた。過去のパンフを整理してみたのだ。

そして、なんと、もっと昔昔。1991年のサントリーホール・オペラコンサートシリーズでの「オテロ」と「トロヴァトーレ」で、レナート・ブルゾンと共に主役を歌っていたのだ。(過去形)
 20年も前なのに、「ミラノ・スカラ座で大活躍のマリア・グレギーナ」と書いてある。そんなに活躍していたとは知らなかった。(たいていのことは知らない私だが)

 でも、まあ、つまり、3回も聴いているのに、印象に残っていないってことか。
やめとこうかな。




 それでは、吉田秀和大先生の『トゥーランドット』についての文章から。

 ロイヤル・オペラ日本公演の第一曲『トゥーランドット』は、はるかに複雑な芸術である。私はプッチーニでは 『マノン・レスコー』とこの曲とがいちばん好きだが、好き方はまるでちがう。この曲は、きくたびに、大家の創造力の充溢にほとんど畏敬の念をおぼえると同時に、言いようのないいたましさを感じる。

 しかし実演で、その両方を満足さす舞台にぶつかったことは、まだ、ない。今度もそう。たしかにこの作品は第一幕からして、あまりに多彩なものがつぎつぎ導入されるのと、劇の性格上、とかく舞台を豪華に飾り立てる誘惑にかられるのは無理もない。が、そうなると第二幕も舞台の格に並外れた大きさが欠かせなくなるし、それだけ終幕のまとめがむずかしくなる。

 だが眼目はそこにあるのだ。氷より冷たく鋼鉄より硬い心をもったトゥーランドット姫を自分のものにしようと、危険な賭けに出て生命を失った若者たちは無数にいたのに、またしても彼女のかける謎解きに立ち向かったカラフは、三つの謎をみんな解決し、公約によって彼女と結婚する資格と権利を手に入れた。だが姫は必死になって、それを受け入れまいとする。

それをみて彼は、自分の方から謎をかけ、明朝までに答えをみつけたら、私の命をやるという。自分の愛した女を力ずく契約ずくでものにするのでなく、女の方から自発的に、心から喜んで、彼のもとに来て結ばれるようになるのを、彼は望むのだ。私は、いつも、この点に感動する。人間の偉大はここにある。   


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[2010/12/09 21:17] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初めての衛星放送でトゥーランドットを見る
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 2ヶ月ほど前に、ブルーレイ付きの(地デジ対応)ハードディスクレコーダーを買っていたのだが、もっぱらVHSのブルーレイ化に使っただけだった。

 地デジ対応したかたは、ご存じのことばかりだと思うが、それというのも、接続した1ヶ月だけ無料で衛星放送が見ることが出来ると書いてあったので、年末年始の面白い番組があるときまで使わないでおこうと思ったのだ。有料番組は見る気がないってことで。

 ところが、わけわかんないのが、このような新型地デジ対応、テレビやビデオについている「B-CASカード」である。この番号を登録しなければ、番組が見ることが出来ないのだ。何だか個人情報が筒抜けになるようで気分が悪い。国民背番号制のような。

 説明書によると、買ってすぐに、カードを入れて、電源を入れて、設定をして、登録しなさいと書いてある。2ヶ月ほどハードディスクとブルーレイディスクだけを使っていて、あとで登録設定するのって、説明書に書いていない。書いてあるとおりやっても、そのようにならなかった。

 そして、深夜になって、機械内部メニューの設定部分を、勝手に書き直していたら、いつのまにかハイビジョンが映るようになっていた。

 ここで話は戻るが、ウチのマンションは、以前からある地上アナログ回線と数年前増設した地デジ回線とがついている。ところがこの地デジ回線には、同時に衛星放送の電波も入っているらしい。ビデオデッキの方は、地アナと地デジと衛生と別入力となっているため、今はとりあえず、衛星放送だけ見れる状態だ。

 しかし、以前の、衛星放送のアンテナを苦労して取り付けたり、外したりしていたことがウソのような簡単さ。(諸事情により、ときどきアンテナをはずしたりしていた?)「B-CASカード」のようなもので個人が特定されると、受信料を請求されるんじゃないかとの心配がある。心理的なものだが。

 しっかし、このアンテナにつないだハードディスクレコーダーというもの、番組表から選んでポンと押すだけで、録画予約が出来る。いっぱいためておける。カンタンにブルーレイ化ができる。パソコンで、テープやTV番組をDVD化するのが、どんだけ大変だったか。ウソのようにかんたんだ。

 と言うわけで深夜1時に、ハイビジョンが映るようになって、メトロポリタンオペラ「トゥーランドット」が1時間遅れで録画することが出来た。見始めてすぐに第2幕第2場になり、グレギーナのトゥーランドット姫が出てきた。ちょうどよかった。前半は見なくても、まあいい。

 むふっ、明日は「ホフマン物語」だ。予約録画を試してみよう。



歌劇 「トゥーランドット」 (プッチーニ)
・トゥーランドット マリア・グレギーナ
・カラフ マルチェルロ・ジョルダーニ
・リュー マリーナ・ポプラフスカヤ
     メトロポリタン歌劇場管弦楽団
《指揮》 アンドリス・ネルソンス
《出演》 フランコ・ゼッフィレッリ
収録:2009年11月7日 メトロポリタン歌劇場

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[2010/11/25 19:03] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
トゥーランドット ゲルギエフ指揮 ザルツブルグ2002 第3幕
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☆DVDジャケット


 第2幕とはうって変わって、今度は真っ青の舞台。まっぷたつに割れた顔の、(客席から見て)左半分が中央に横たわっている。右半分は左奥に、右斜め上を向いて、傾いた状態で浮いている。

 カラフが「誰も寝てはならぬ」を歌うのは、横たわる顔の上に乗ってだ。顔がちょっとした丘のように使われている。

 体の一部から体内の機械部品がのぞいている、美形のマネキンがいっぱい出てくる。カラフを誘惑するためだ。舞台中央の顔の周りでみんなが騒いで動き回る。クプファー演出のトリスタンを思い出す。

 奥にある、もう一つの顔が回転して、裏側からトゥーランドット登場。右手にハサミを持った人たちに囲まれる。リューとカラフは白い衣装だったが、前に出てきてガウンを脱いだトゥーランドットも白いドレス。ドレスというかパジャマといってもいい簡素なもの。とにかくこれで、王女様もただの人になった。

 トゥーランドットの取り巻きのハサミ人間から、簡単にハサミを奪い取り、トゥーランドットにハサミを持たせて、その腕を引っ張って自分の胸にグサリと刺すリュー。

 リューの死に、落ち込んで死体をタンカのようなものに乗せ、去る人々。そこにはカラフとトゥーランドットだけが残される。まあ、いままでさんざん他国の王子を殺してきた人たちが、奴隷の死ぐらいでシュンとなるのは変なんだけど。


 ここから、今までのトゥーランドットとは違うところであります。プッチーニはリュウの死までしか作曲せずに亡くなり、残りをアルファーのが補筆しました。それをトスカニーニが修正した版などが一般に演奏されています。

 今回はDVDのタイトルにも書いてある『ルチアーノ・ベリオが新たに作曲した新ヴァージョン』が使われています。このリブレットによると、作曲はプッチーニの死によって中断したわけではなくて、主人公の変貌を十全に描くことができないと感じていたため、そのままにしておかれたのではないかと解説している。

 そのため急に音楽は、ハープやチェレスタなどが入った現代音楽調になります。この状態で、いつもより長く2人が歌うところ、慣れていないせいか、非常に違和感を感じて気分が悪い。これに慣れれば良くなるのだろうか。

 カラフとトゥーランドットは、濡れたタオルでリューの体を拭きます。なにやら他のオペラを見ているようです。

 最後に現代風でありながら、口に変なペイントをほどこした、たぶんロボットなのだろう人々が大勢出てきて、みんながカップルで抱き合い、カラフとトゥーランドットも抱き合い、静かに終わる。

 第2幕までは、すごく感動したし、(衣装などには不満がある)演奏にも不満はないが、なんでしょう、この終わり方は。「その名は…愛!」とかいった、いつもの感動的フィナーレを期待していた人は、本当にガッカリしただろう。そんな人ばかりではないにしても、先日のアーノンクールの『フィガロの結婚』のように、ザルツブルグ音楽祭も、バイロイトのように、正統な演奏ではなくて、演出主導の実験的なものが主流になっているのか。




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[2009/10/26 20:37] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
トゥーランドット ゲルギエフ指揮 ザルツブルグ2002 第2幕
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☆第2幕

 導入部のピン・パン・ポンの歌の部分では、中間幕が下ろされ、巨大顔のあった舞台奥が見えなくなっている。この幕には、巨大な黄と赤の花が描かれている。ちょとダルいこの部分が終わると、いつの間にか、始めと同じ足場が現れ、その背後は真っ赤というか、ちょと真っオレンジになっている。この舞台全体がオレンジになっている時点で、衝撃を受ける。足場と歯車と人が、影絵か切り絵のように、オレンジと黒のシルエットが美しい。

 再度、中に幕が入り、左からカラフ、右から皇帝が登場。皇帝は、第1幕に出た、歌手が股間に座って歌う、からくり人形仕立て。顔と右手が完全に別になっていて、それぞれ別の人が動かしている。体のお客に見える方は腕がなく、体内の機械が見えるようになっている。左から皇帝と左右対称の、同タイプの役人登場。

 もう一度、幕が開くと、舞台全体真っ赤(こっちの方が言いやすい)で、真ん中に巨大な顔。それもすぐに半開き。ここで階段から転げ落ちるような驚き。こんなに衝撃度の高い映像はめったに見られない。

 その中から、第1幕でちょっとだけ見た、4倍の背の高さのトゥーランドットが現れる。長い長い金色のドレス。小林幸子でもここまでやらない。彼女の腰のあたりの左右に、ちょっとだけ棒が出ている。最初だけそれに手を添えていた。たぶん支えはそれだけだと思う。なにしろ後で降りて来て、歩き出す早さといったら、なにも固定されていないと思わせるに十分だった。

 それにしてもこんなに高くて足場が悪く、舞台のかなり奥の方で、大きな声を響かせるのはそうとうに難しいことだったんじゃないかと思う。ただでさえ難しい、出だしのアリア?は、十分立派な声が出ていた。

 カラフが3問目の答えを「トゥーランドーット!!」と正解すると、高みにいたトゥーランドットは、下がってきて、舞台と同じ高さになりそうかなと思ったところから、スタスタ歩いてきた。左右にトゥーランドットの歩いている床面を前方にずらせている人もいて、ものすごく早く前方の皇帝の方まで出てくる。さっきまであんなに高くて遠くにいた人とは思えない身軽さ。

 トゥーランドットは女神から普通の人になったのだ。ブリュンヒルデみたいに。

 彼女のいなくなった巨大顔面はそのままで、その間からこれまた巨大歯車などの背景がよく見える。そしてその後はこのまま、舞台の動きに衝撃を受けたまま、いつのまにか第2幕は終わってしまう。

 カラフのヨハン・ボータは、先日のミラノスカラ座「レクイエム」のソリストとして立派な声を聴かせてもらった。しかし、以上のような衝撃的な舞台展開のため、まあ、見かけがパッとしないというのもあって、ちゃんと歌っていたとは思うが、カラフの印象は薄い。

 階段で足を踏み外し、口をあんぐり開けたまま、気がついたら終わっていた。


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[2009/10/23 20:05] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
トゥーランドット ゲルギエフ指揮 ザルツブルグ2002 第1幕
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☆第1幕

『トゥーランドット』全曲
 第3幕「リューの死」以降をルチアーノ・ベリオが完成した版を使用
ワレリー・ゲルギエフ指揮  デイヴィッド・パウントニー演出
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 2002年8月15・18日、ザルツブルク祝祭大劇場
Ⅰ.34:54  Ⅱ.45:08  Ⅲ.39:38

トゥーランドット:ガブリエレ・シュナウト
カラフ:ヨハン・ボータ
リュー:クリスティーナ・ガイヤルド=ドマス
ティムール:パータ・ブルチュラーゼ
アルトゥム:ロバート・ティアー
ピン:ボアス・ダニエル
パン:ビチェンテ・オンブエナ
ポン:スティーヴ・ダヴィスリム
役人:ロベルト・ボルク


 舞台のカーテンから、からくり人形の顔(どこかの地方にこんな顔の人形があった)が、顔だけが飛び出している。音楽が始まると同時に、その顔、というか頭が下に落ちる。

 座った形の巨大からくり人形があり、その股間部分に歌手が座って歌っている。人形の高さは、歌手の高さの倍ぐらいある。体の横から、内部の歯車などが見えている。顔と奥の方の手は、別々の棒で動かしている。体とはくっついていないが、くっついているかのように動かしている。これは役人であるが、あとで出てくる皇帝も同じような構造になっている。

 それから中間の幕が開いて、人々が登場する。現代西洋風の衣装で、中国の雰囲気は全くない。食堂のテーブルの回りで3人が会話をする。ティムールのみ椅子にすわっている。

 合唱が始まると、3階に組まれた足場のようなモノが全面に現れる。左右は前方に曲がって、オケピットを超えて、客席の前方の左右までとどいている。赤い服を着て、ヘルメットをかぶり、人造人間のような人々。その後ろでは、巨大歯車などの機械的な動きのシルエット。舞台前方に少し平地があるものの、遠目に見ると舞台中びっしりと工場の作業場があるようにも見える。

 とんでもなく奇抜な衣装と舞台装置だ。中国風でも東洋風でもない。ヨーロッパ人から見ると、こんな風に感じられる要素があるのだろうか。


 その足場の真ん中が左右に開いて(10mぐらい)、巨大な丸いモノが回転している。よく見ると金色をした顔だった。顔の真ん中には、縦に線が入っており、割れるような感じがする。と、思ったら、左右に開いた。中から、4人分ぐらいの身長のあるスカートをはいた、背の高いトゥーランドットが現れた。

 第1幕では、ちょっとだけだが、かなりビックリする登場だ。それをしっかりと見ていたカラフ。開いていた足場が閉じて、顔もくっついて元に戻り、何だが前方に寄ってきたみたいだ。顔がさらに大きくなり、口なんか舞台の下で見えなくなる。

 ピン、パン、ポンは、片腕にペンチとかチェンソーのようなモノを付けている。頭や背中にも機械的なモノを付けている。カラフとティムールの二人は、スーツにコート、セーターにコートといった衣装で、西洋人丸出し。これは明らかに不自然。

 リューは、衣装も顔も東洋人と見えなくもない。ものすごく個性的な顔で、一度見たら忘れられない。それで歌うと、ものすごく口が大きく開く。

 上から丸い銅鑼が降りてくる。銅鑼の下の方には、逆さまにつるされたトルソのようなものがついている。詳しくは書きたくない様子。それを、これまた、棒の先に人の頭がついたもので、カラフがおもいきり叩く。これで、命をかけた挑戦が始まる。

 演奏も歌も、素晴らしかったような気もするが、画面上に次々出てくる異様なものに、それどころではない。圧倒されているうちに第1幕が終わる。



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[2009/10/10 22:53] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『トゥーランドット』 井上道義 読売日本交響楽団 後編
井上トゥー2


当日の会場風景を彷彿とさせるスケッチ、でもないか? パソコンで色つけ。
中央に立つ日本語対訳表示柱。やはり異様だ。
この画面の上に、不気味に笑う、オルガン巨大パイプが林立している。


 演出の茂山千之丞さんによると、狂言役者がオペラの演出をする、それこそまさに「狂言」じゃ……そう言ってボクの友人が笑うのを見て…。。ご存じの通り能や狂言は、大道具はもちろん小道具の類もほとんど使いません。お客さんの想像力に100パーセント期待して、役者の声と仕草ですべてを表現していきます。何もない舞台を、何でもあるつもりで。じつはこの「つもり」こそがお芝居の原点なのです…。

 芝居には形を作ってそこに心が生まれるものと、まずは心を作ってそこから形が現れてくるものと二通りあります。日本の歌舞伎や能は前者になります。この前者で必要なことは、様々な人間のリアリティを集約したもの-あることを表現するための究極の動きである「型」です。すなわち、ヨーロッパの人が想像で作り上げた絵空事の世界を、リアルな動きの芝居にはしないということです。

 このお言葉どおりに、舞台上には何もない、動きの少ない半コンサート形式ながら、普通のオペラとそれほど変わらない充実した舞台だったと感じました。まあ、あのパンダメイクには賛否あるでしょうけれど。

 さて、この見事な(自画自賛)舞台スケッチを見ていただければわかるように、舞台左右に大きな文字が置いてある。この文字は、書道の大家の書いた字みたいだが、真ん中に切れ目が入っており、デジタル文字盤のように上の一枚がめくれて、文字が変わるようになっている。

第1幕では、        左「会」、右「別」
第2幕の問いを出す     左「氷」、右「火」
第3幕冒頭         左「妖」、右「金」
リューの死の前       左「愛」、右「死」

そしてトゥーランドットが「それは愛」と歌うところで、
右「死」が「愛」に変わる。
つまり、左も右も「愛」となる。

 ここでパンフレットの表紙に大きく書いてある 「愛」と「死」は、(もちろんイゾルデではなく、)リューのことだったのかと改めて感じた。リューこそ自然に生きている。リューが主役なのだ。小林沙羅さん、とても良かった。

 感動したときは、何が良かったのかよく分からないが、とにかく良かった。リューの死によって、頑ななトゥーランドットの心は溶ける。そういえばリューが死んだ後の、トゥーランドットとカラフは魂の抜け殻のようにも感じた。


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[2009/07/29 21:09] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『トゥーランドット』 井上道義 読売日本交響楽団 中編
井上0907


 主役のマリアナ・ツヴェトコヴァ。新国立劇場の「ラインの黄金」「ワルキューレ」で魅力的なフリッカを演じていました。今回は、彼女目当てでチケットを買ったのです。フリッカでの知的な、ノーブルな歌唱とはまた違って、当たり前ですが、力強い芯のある歌を聴くことができました。席が近いので、声量も迫力満点でした。

 カラフ まともな歌手の出演するオペラを、こんな歌手に近い席で聴いたことはほとんどないので、そのせいかもしれないが、ものすごい声量だった。ただし、見事な声であるが、不安定な部分もあり、聞き苦しい音が出る部分もあり、その点 ツヴェトコヴァとはちょっと違いました。

 プッチーニのオペラは必ずしもそうではないが、ワーグナーやトゥーランドットの主役に一番必要とされるのは、並外れた、圧倒的な声量です。めったにないことですが、その点で、完全に満足しました。

 新国立劇場合唱団もお見事だし、時々舞台を、ゆっくり通り過ぎながら歌う少年合唱団も清透な歌声で心地よい。白塗りのメイクをしていたが、第3幕フィナーレに登場したときは、メイクを落とした顔になっていた。これってどういう意味があるのだろう。

 井上道義と読売日本交響楽団は、ほとんど不満がない。先日、メータの北京紫禁城公演DVDを見て感動したばかりだが、それに遜色ない。オケに近すぎるせいか、ホルンセクションが、時に耳にきつすぎることはある。しかし、合唱もオーケストラもトゥーランドットに慣れているのじゃあないか。ぎこちないところが感じられなかった。意外だ。


2009年7月25日(土) 15:00開演
出 演
指揮/井上道義
トゥーランドット姫/マリアナ・ツヴェトコヴァ
皇帝アルトゥム/鈴木寛一
ティムール/ジョン・ハオ
名を秘めた王子(カラフ)/アレクサンドル・バディア
リュー(若い女奴隷)/小林沙羅
ピン(宰相)/萩原 潤
パン(内大臣)/与儀 巧
ポン(総料理長)/牧川修一
役人/小林大祐
ペルシアの王子/中村順一、プー・ティン・パオ、風李一成
管弦楽/読売日本交響楽団
合唱/新国立劇場合唱団、TOKYO FM 少年合唱団
スタッフ
演出/茂山千之丞
舞台監督/黒柳和夫
コレペティトゥール兼、音楽助監督/大藤玲子
副指揮/安部克彦
台本/ジュゼッペ・アダーミ&レナート・シモーニ
補完/フランコ・アルファーノ
演出補/關 秀哉
衣装デザイン/谷本天志
衣装制作協力/金沢文化服装学院
協力/金沢美術工芸大学、前多(株)、石川県繊維協会、繊維リソースいしかわ
書/斎藤千霞

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[2009/07/28 18:36] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『トゥーランドット』 井上道義 読売日本交響楽団 前編

井上トゥー


☆たまには絵も描く、当日会場公演風景


先日の小澤「ヘンゼルとグレーテル」は、書きたいことがなかったのですが、今度は違います。どうも「トゥーランドット」とは相性が良いような気がします。

 このチケットは、7月に入ってから地元のチケットぴあで買った。1階J列(10列目)8番という、左側ながら比較的良い席が残っていたから、S席\12,000を買ったのだ。ところが実際の客席は、前3列がオーケストラ用に空けられ、その後2列も空席(ピットと客席の間の盾に使っているようだ)だったために、実質5列目だった。

 コンサート形式のオペラは、20年ぐらい前にサントリーホールでおこなわれた「オテロ」「トロヴァトーレ」「椿姫」以来だが、以前とはだいぶ違って、かなり普通のオペラ上演に近かった。

 舞台での動きは少なめだし、豪華な宮殿風な舞台装置などはないが、歌手は完全に、役になりきった衣装を着けているし、演技指導らしきものも入っている。オーケストラが客席部分にいるため、舞台上は全部使って動き回れる。元もとトゥーランドットは動きが少なめなオペラだから、舞台背面にある巨大なオルガンを見ないようにすれば、ほとんど普通のオペラを見ているつもりになる。

 演奏と休憩の入れ方も変わっている。第1幕35分で休憩が入る。その後の長い第2幕45分と、第3幕40分を続けて演奏した。

 違和感がある点は、オルガンの巨大なパイプの並びが、妙に不気味な笑った顔のように見えて、時々、あれがなければなー、と思った。このオルガン奏者用通路で、トランペット部隊が時々演奏する。

 通常、両サイドにある「日本語対訳表示板」が、ちょっと右だが、舞台のど真ん中にある。これは醜いとも言えるが、歌手の近くにあるので、視線を動かさずに意味がつかめるという利点もある。

 オーケストラが通常のように、客席よりも低い位置にありながら、オケピットを囲む板がないので、ほとんど全部、しかも間近で見れる。指揮をしている井上道義も下半身まで丸見え。コンサートの時には、全部見えて当然なのだが、オペラの時に、ここまで見えると、なんだかいけないところまで特別に見せてもらったような気がする。

 この井上道義さん。ステージの上から、しかも第2幕でトゥーランドットが着るガウンを着て現れ、指揮者台で挨拶したあとに、郷ひろみがジャケットを脱ぐみたいに、舞台を向いたまま、かっこよくガウンを指揮者後ろのバーに脱ぎ捨てて、すぐさま指揮を始めた。

 歌手のメイクは…、(驚きの狂言師?)演出の茂山千之丞さん。そのせいか、顔のくまどりがすごい。合唱団も、子どもの合唱もそれなりの白塗りをしている。トゥーランドットとリューはまともだが、他の人は目が真っ黒パンダか、西川のりおが「ひょうきん族」でやっていた「オバキュウ」。特に皇帝がすごい。ウルトラの父、またはスターウォーズに出てくるカエル風異星人に髭をつけたような異様な様相。ここで笑っていいのか?笑えない面白さ。

つづく……

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[2009/07/26 18:31] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『トゥーランドット』 ズービン・メータ指揮 フィレンツェ五月音楽祭 1998
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 昨年11月、3年半ぶりに海外旅行をしました。その行き先は北京・西安。その時に観光した紫禁城、故宮博物院を舞台として1998年にオペラ公演が行われました。その模様を収録したビデオです。昨年、歩いたばかりの建物を背景として使い、石造りの中庭に客を入れての壮大なオペラ公演です。

 このDVDには、付録としてリハーサル風景が納められている。本編で感じる以上に大勢のスタッフ、踊り子などの練習風景もあったが、通常のオペラと違い、演出家が主役のように見える。メータとオーケストラはほとんど出てこないし、歌手の顔にマイクを付けたりもしている。

 実際のところ、「トゥーランドット チャン・イーモウ演出の世界」という映画も、同時に制作されている。中国側では、プッチーニの音楽の出来うんぬんよりも、チャン・イーモウのしでかした一大イベントと、とらえているのかもしれない。

歌劇「トゥーランドット」
ズービン・メータ指揮 フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団&合唱団 
チャン・イーモウ演出  1998年9月 北京・紫禁城におけるライブ映像 

トゥーランドット=======ジョヴァンナ・カゾッラ
カラフ============セルゲイ・ラーリン
リュウ============バルバラ・フリットーリ
ティムール==========カルロ・コロンバーラ


 とても感動したのだけれど、不満に思ったところもある。

 主役はトリプル・キャストで上演され、全八回の公演がおこなわれた。観客はのべ3万2千人。ということは、一公演4千人の客席。普通の歌劇場よりももちろん多いが、それよりも野外公演のためか、マイクとスピーカーを使っている。歌手の声も、顔のどこかに付けたマイクから拾っている。

 そのためか、広い舞台にかかわらず、歌手の声がやたらはっきり聞こえる。スタジオ収録の映画版オペラのように、ライブらしからぬ、不自然さがつきまとう。そんな凄い声量の歌手でもないのに、力強すぎる。家庭で見る分には、聞こえないよりも、よく聞こえた方がいいのだろうけれど、実演に接した方はどう思っただろう。

 DVD盤の特典として、映像の一部に、違ったカメラアングルで見れる部分があり、その表示が、ときどき画面の上の方に出て来る。これがまた、じゃまで、うっとおしい。それに加え、映画としてのサービスなのか、万里の長城とか、兵馬俑、中国の名所、紫禁城の中にある狛犬、などの映像が挿入されている。付属の本、いや、本に付属のDVDなのだけれど、本には、これが雰囲気を盛り上げると褒めているが、ライブの臨場感をそこなうことはなはだしい。こんな事はやめて、演奏に集中したい。

 演出というか、舞台装置とか、小道具に大変凝っていて、その点では、本場での「トゥーランドット」をたっぷり味わえた満足感がある。歌手では、カラフとリュウが特に良かったように思う。トゥーランドットは、歌はともかく、容姿が「ふつうの奥さん」なので、ちょっと違う。見かけも大事。かつてのゲーナ・ディミトローヴァみたいな、ドラマティック・ソプラノがいいような気がする。

 ズービン・メータとフィレンツェ五月音楽祭。まいどお馴染み、とくに変わったところの感じられない演奏だが、感動は深い。とてもよかった。


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[2009/07/11 19:07] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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