ルッフィーの伝言 4
ルフィー66486


授業9時から始まる。二日間たいへんだった。
わたしは他の外国人といっしょに研修した。アメリカ人、フランス人、エジプト人もいたが、チュニジア人はわたしひとりだった。ほとんどは、アメリカとかニュージーランド、オーストラリアの学生だった。いろんなこと教えてくれた。

もし、ホームステイしたら、日本人住宅はいったら靴脱いでスリッパはいて、
もしごはん食べたくない、いらない、という言葉つかわない。「けっこうです」という。
もしおみやげわたす、「はい、つまらないものですが、はいどうぞ」
わたしはホームステイする前に、鏡の前で練習した。
「つまらないものですが、はいどうぞ」
でも15分たつと忘れる。

あとから新所沢いきました。ホームステイするために。
わたしは家はいって、靴脱いでスリッパはいた。でも「つまらないものですが、はいどうぞ」ことば忘れた。
「はいどうぞ」しか言わなかった。
向こうの人ナツメヤシ見て「これなんですか?」ビックリした。
ナツメヤシ知らない。だからわたし20分ぐらい説明した。
ことば通じなかった。
わたしは実とって、種出して、「食べてください」と言った。
みんなまねした。「おいしい」言われた。

でもわたしはトイレ入ったときビックリした。
トイレで違うスリッパ見つけた。
研修所の人教えてくれなかった。
わたし違ったスリッパずっと使っていた。
ホームステイの人怒ってた。
「だめ、トイレスリッパ使っちゃ」

ホームステイの人に言われた、「あなたはどうして一本眉毛ですか?」
「どうして一本眉毛剃らない?」
ビックリした。もし剃ったらオカマになります。ダメ、剃らない。
「チュニジアに、電気屋ありますか?」「もちろんあります」
みんなわたしのこと黒人だと思った。

食事の時ブドウ出た。みんな皮向いて食べる。
おかしいと思った、時間がもったいない。
わたしすぐブドウ、口の中いれた。
ビックリした。ブドウ、プラスティックみたい。
チュニジアのブドウ、皮やわらかい。そのまま食べます。
でも日本のブドウ硬かった。
やっぱり皮むいてなければなりません。

ホームステイの人、ご飯食べるときハシ使ってた。
わたしハシあまり使えない。
ハシ使うとき、頭からあせ出て、レスリングするみたいと思った。
でも日本の料理ならってない。
だから、少し食べて「はいけっこうです」
違うレストランで焼き肉食べて、花火見に行きました。

いちばんビックリしたのは、日本人、アイスを歯で食べてた。
そしてジェットコースター乗ってた。ビックリした。

お風呂に入ってといわれた。
わたし毛がいっぱい。毛を掃除するの、時間がもったいない。
みんな困る。わたしシャワーだけにしました。
そしてもちろん、わたし初めて布団に寝てた。
でもホームステイの人、すごく親切だった。
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[2013/07/16 16:53] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ルッフィーの伝言 3
ルフィー66500

☆ シティ・ブ・サイド


はじめて日本に来たとき、ルフトハンザできました。
フランクフルトから乗り換えて、成田まで来るとき、ビックリした。
飛行機、タダ、ビールばっかり飲んでた。
着いたときにはあたまぐちゃぐちゃだった。
そして一人で大宮まで行きました。

荷物おいて、居酒屋いきました。
わたしキリンビール注文して、 となりの人と話した。
でもとなりの人の話難しかった。
いっぱいコトバわかってない。
頭からわたし、汗出た。
ほんとにたいへんだった。
でも、となりの人わたしが日本語しゃべれない。だからカンタンな言葉使った。

でも彼らがサシミたべるとき、シソ葉っぱあった。
わたし、シソ葉っぱ見たときびっくりした。おかしいと思った。
日本人、生さかな食べて、また毒葉っぱ食べてる。
チュニジアには同じシソ葉っぱある。
だけど中に毒入っている。おかしい。
どんなお腹くると思った。
でもわたし同じ食べ物注文して、シソ葉っぱ指でさわってた。
指が赤くなったら毒入ってる。
となりの人はビックリした。あなた何やってる、言われた。
わたしずっとさわってた。そしてダイジョウブと思った。

わたし初めてワサビ見た。
でも、ワサビ見たときかわいいと思った。
わたしいっぱいワサビいれて混ぜてた。
サシミいれて、食べた、バクダンみたいだった。
もうたいへん。
となりの人すごく笑ってた。
ショウチュウ飲んだ。ビックリした。
わたしは24時間寝てない。
となりの人やさしかった。おごってくれた。
そして、ひとりで帰るとき、みち、忘れた。
2時間ぐらいぐるっとまわってた。ラクダみたい。

もうたいへんだった。
朝起きるとき頭痛くて、二日酔い、3回シャワー浴びた、死にそうだった。
ここで死にたくない、神様にお願いしました。

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[2013/06/23 21:05] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ルッフィーの伝言 2
ルフィー64543

☆ スース チュニジア


わたしの将来のこと神様しかわからない。将来のことなんてわからない。
日本は運命。
日本に行きたかった。
日本で柔道の練習したかった。
こんな、じゃなくて、体重58キロだった。

大学出て、国際試験うけて、大学で日本語、良い成績トッテ、日本の文部省からお金もらって、飛行機の代、チケットもらって日本行きました。

わたしは異国に来ました。
この話は、16年前の話。

日本に来たら、わたし目的あります。
あそこで日本の研修しました。埼玉県北浦和、国際センターあります。
あそこに泊まってから、トモダチにホームステイできると聞きました。
でもわたしは、日本に誰も知らない。ともだちいない。
2週間、日本語研修したら、たりない、もったいない。
だから、わたしはずっと友達さがしてた。

食べ物なかったらたいへん。日本物価高いいわれた。
わたしナツメヤシいっぱい持ってきました。
ナツメヤシ7個食べて、水飲んだら、一日食べなくてもいいです。


 電車乗ったときに、みんな周りの人は寝てた。
ビックリした。日本人は働き過ぎで、寝てない?
周りの人見てた。
みんな自分の駅着いたら、目覚めて降りていく。
おかしい。寝てない。
次の人見てた。
また、自分の駅着いたら、目覚めてすっと降りる。
おかしい。やっぱり寝てない。

一回わたしマネしたら、ほんとに寝てた。
違う駅降りた。ビックリした。
わたしすぐタクシー乗った。
すぐ3000円になった。止めてください。わたし降ります。
さいごまで乗ったら、2万円3万円するかもしれない。


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[2013/05/29 22:49] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ルッフィーの伝言 1
ルフィー65906

☆ ケロアン チュニジア

 ファラオ時代のエジプトで、チュニジアはアッフリコス、意味は穴倉にすんでいる人、と言われた。
ギリシャ人によってルミコス、意味は同じ。ローマ時代に北アフリカの人は、ベルベル人。
意味は野蛮人。日本人のことをアラビア語で「ヤーバン」言います。

わたし日本にいたことありました。
すこし経験もってます。

 40~50年ぐらい前、チュニジア人は、よくフランスのテレビを見ました。
チュニジア人がフランスのテレビで見ていた中で、日本のモノが人気があった。
アニメとかスポーツドラマ、クロサワの映画などです。
わたし、十代の頃、柔道習ってました。
日本、わたしにとって、有名だった。
柔道、ヤマシタ、憧れてました。
ロスアンジェルス・オリンピック、ヤマシタとサイトウ?
日本行きたかった。柔道やりたかった。

 そしてその時の、チュニジアの大統領は、経済のことよく言いました。
日本、戦争で焼け野原になりました。
日本人、がんばって働きました。
日本に石油ない、天然ガスない、水と山しかない。
がんばりました。
経済は世界で2番目になりました。
チュニジア人、なまけものです。
日本人、マネしなさい。
全然マネしてません。
わたしこの話、何回聴きました。

 アラビアとチュニジアの大統領がこのまえ講演しました。
アラビアには石油がたくさん出ます。でも豊かではありません。
日本には資源がない。日本人がんばりました。
日本人は、アメリカ、ヨーロッパのマネしました。
でも、よく自分の習慣、守りました。
アラビアの大統領は言いました。日本人マネしなさい。
でも、マネしてません。

 そしてわたしは、大学入ったとき、英語、フランス語、そして日本語学びました。
はじめ、ひらがな、カタカナ、簡単だった。
あとで漢字が出てきて、ビックリした。
どんどん漢字が出てきて、あたまグチャグチャになった。

そして、先輩に相談した。
先輩は言う。日本語習ったってダメだ。
卒業したら「おはようございます」しか覚えていない。
日本人観光客なんてほとんど来ないから、使えない。
スペイン語、イタリア語だったらペラペラになる。
日本語は4年間勉強しても、ペラペラならない。

 日本に行くのは、チケットも高いし、日本語やめなさい!
みんなに言われた。
わたししつこい。
やめませんでした。
将来のことなんてわからない。


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[2013/05/21 20:39] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 13■寒くないホテルは、幸せです■ケロアン旧市街
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 さてこのスベイトラ遺跡、次の日に行くドゥッガよりも少し劣るとはいえ、世界遺産ではありません。何でこれが世界遺産でなくて、あれが世界遺産?という観光地がありますが、日本と同じで政治的な意味があるのでしょう。
  
 12:25~1:30 遺跡のすぐ横にある観光案内所、お土産屋複合施設の2階でお昼。やっぱりへやに入るとちょっと寒い。今回の食事も男性だけのグループ。

 同じ年代の男性である、遺跡に詳しい樋口さんが、凱旋門も見に行きたいと言い出し、ドライバー、ガイドさんたちのテーブルに聞きに行く。この遺跡に着くちょっと前に、バスから見えたのだ。ドライバーさんによると、150~200mぐらい歩けばあるから、出発までの自由時間に行けるそうだ。樋口さんは、そんなに近いはずがない。もっと遠かったと言って、詳しく教えてくれと再度つめよった。ドライバーさんはあきれて、出発したら、凱旋門で止まるからと約束した。

 食事が終わって、30分ほど時間があるので、大通りを元来た方へ歩いてみた。ちょっと歩くと、街路樹の間から凱旋門が見える。木に隠れて見えにくくなっていただけで、本当にすぐ近くにあったのだ。ダクトリアンの凱旋門といい、実はスベイトラ遺跡の南側の入り口にあたるのだが、それほどたいしたことはない。


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 それからまた1時間半ほどバスに乗って、「アグラブ朝の貯水池」が見える塔による。15:00~:40。2階にサボテンのジャムなどを売っているお店がある。みんな入ったら狭すぎて身動きが取れないので、ずっと外にいて貯水池を歩く人たちを見ていた。貯水池といっても、池のある公園だ。

 ここはすでにケロアンの街の、かなり中心に近く、よくよく聞くと、隣の建物が、今日泊まるホテルだった。そういえば、歩いているカップルも、いささかカッコイイ。この塔に寄った意味がわからないが、もしかしたらお店で買い物させたかっただけなのかもしれない。なんか、ヒマだぞ。
ホテルには寄らず、ケロアン旧市街に向かう。


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 ■ケロアン(カイルアン)旧市街■とは
イスラム世界ではメッカ、メディナ、エルサレムに次いで4番目に重要な聖都とされている。世界遺産に登録されている。今でもマグレブ諸国から巡礼者が訪れる。スース旧市街、エルジェム円形闘技場につぐ、このツアー3つめの世界遺産。

 名所のモスクは明朝行くということで、今日は、狭い旧市街を歩く。初日に行ったスースよりもイスラムっぽい。ここで3:45~4:35pm自由行動。

 我々が泊まる、貯水池横にある「コンチネンタル」というホテル、ケロアン旧市街を含む地図でみても、ケロアンを代表するホテルみたいだ。他のホテルは敷地が地図に載っていない。うちのホテルと、病院と、貯水池ぐらいしか地図上で見える建造物はない。他は細かい建物なのだ。

 どういうわけか極めて早く、4:40にホテルに着く。何で今日はこんなに楽なのだ?。あの厳しいハードなツアーはどこへいった。夕食まであまりにヒマなので、5:25~50、お店がないか街に繰り出す。結局小さなお店しかなく、やっぱりビールは売っていなかったので、何も買わず帰ってくる。

 2日間、以上に寒い部屋だったのだが、今日はちゃんとした普通のホテルだった。なぜだか、湯船に出るお湯は、最後までぬるめだった。しかし、部屋が寒くないのはありがたい。しあわせだ。

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[2010/03/26 21:36] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 12■ワルキューレとヴォータンとフリッカ■スベイトラ遺跡
12劇場

☆やっと、ギリシャ劇場が見えてきた。後ろから見下ろしているので座席はあまり見えない。劇場は舞台の方から客席側を見るもんだ。


12南大門

☆神殿の南大門ではなくて、アントニウス・ピウスの門。と、嵐の参道?



■4日目 1月31日 トズール~スベイトラ~ケロアン■

起床4:00 スーツケース出し7:15 朝食7:00~:30。
出発8:00 。

 だんだん、ツアーにも慣れて、楽になってきた。
7:55 スタート。今日も寒いのを覚悟して、雨具ズボンをはいての出発だ。
9:10~:30 ガソリンスタンドでトイレ休憩。
11:00~12:25 スベイトラ遺跡観光。

 『スベイトラ遺跡』は今回のツアーで2つめ、『エル・ジェム円形闘技場』と同じ世界遺産であります。強大なローマ帝国が東西に別れ、東ローマ=ビザンティン帝国となってから、7世紀、カルタゴから首都を内陸部にあるこのスベイトラに移しました。その後すぐに勢力を拡大していたイスラム勢力に飲み込まれます。その頃のことですから、各地にあるローマ遺跡の中では、かなり新しい方です。

 50ヘクタールあるこの遺跡の敷地に、1万人が住んでいたそうです。確かに奥には神殿と住居跡でぎっしり詰まっていますが、入り口の料金所を通過して見わたしたところ、手前半分くらいが草原のように見えます。がしかし、200mも歩くと、右手にいきなりギリシャ劇場(私がそう呼んでいるだけ。ギリシャタイプの劇場という意味)が出現します。

 今まで歩いてきた地面を、劇場の後方最上部としており、舞台平戸間はぐっと低い位置にあるために、間近に来てはじめてその全貌を現しました。今は砂漠っぽいですが、舞台後ろには川が流れていた渓谷があり、背景の景観は良かったと推察されます。タールミーナの劇場を持ち出すまでもなく、舞台の後ろは、その土地一番の絶景であることが多い。

 足元とか階段席がやけにしっかりしている。やっぱり7世紀だから新しいのかな。ところが、地球の歩き方によると、現在崩壊が激しく、円柱を除いては原型をとどめていない、と書いてある。ってことは、これって修復の産物かい!やけに表面がキレイな、しっかりした階段座席だ。

 その北側に「大浴場」がある。と言っても、床にモザイクがあり、区画されているだけで、部屋の中には何もない。恐らくサウナのような、スチーム式ではないか。ガイドのルッフィーはやたらとしゃべっていたが、なにを言っているのか分からなかった。彼なら「みなさんヨクジョーしましたか?」ぐらい言いそうだ。


12神殿群

☆左からミネルバ、ユピテル、ユノの神殿。
 
 浴場を過ぎて北に向かうと、東大寺の南大門ではなくて、アントニウス・ピウスの門。どうも高天彦神社の参道を歩いている気分になるけど、いいんだよね、きっと。その凱旋門みたいな門をくぐると、手前にだだっ広いフォーラムがあって、奥にミネルバ、ユピテル、ユノの神殿が並んで立つ。

 「ユピテル」というのは、英語で言うジュピターのことで、ギリシャのゼウスのことですが、『ニーベルングの指輪』のヴォータンも似たようなもの。「ユノ」は、その奥様で、ヘラと呼ばれることが多い。てことは、フリッカか。

 「ミネルバ」は、戦いを司る女神でアテナのこと。この名前はアニメなどのいろいろなところで使われている。つまりワルキューレとかブリュンヒルデのことだ。まったく、神社に祭られている神々といっしょだ。

 3つの神殿の間が、トンネルのように裏へ抜けられるようになっている。裏へ抜けて、右手に回り、2つの神殿跡をすぎると、モザイクの美しい浴場、カタチも面白いものがある。そこから300mほど先に、入ってきたのと反対側の門、セプティミウス・セヴェルスの門がある。しかし、ほとんどの遺跡は、建物の基礎部分しか残っていないので、見わたす限り、ほとんど、平原である。



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[2010/03/18 20:16] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 11■もう、砂漠はコリゴリだ■砂漠・トズール
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☆スターウォーズのロケ地、ものすごい砂嵐。写真ではわからないだろうなー。


 11:20~12:15 キレイなお庭のある吹き抜けのレストランで昼食。やっぱりちょっと寒い。しかしみんなはビールとかワインとか飲んでいる。

 12:20~ 4WD5台に乗り換えて、砂漠へ向けてスタート。1台あたりのジープに5人乗った。一番後ろの2人席は、荷物用で、あぐらをかいた状態で座る。せまい。最初にここに座ったら、最初が、つまり砂漠に着くまで1時間ぐらいと、長かった。その後は、ちょっと乗っては、すぐに降りるという近場があった。

 ここで4WDジープに乗ることは、チュニジアツアーでは定番だが、今回の旅程表には書いていなかった。ホテルで気持ちよく寝れず、食事もまずい。砂漠なんか行かなくてもいーんじゃないの?という消極的気分にもなるというもの。

1:20~:30 お店とトイレ。お店といっても、立派なレストランと展望台のあるホテル。砂漠の中の渓谷が見渡せる。
1:40~:55 チュニジアで一番「大きな滝」、タメルザ。大きな滝と言っても、砂漠にしては大きい!というだけで、小さな滝。
2:35~3:20 CANYONパノラマと売店。
4:20~:30 砂漠の中のラクダ岩。ここで車を降りたときから、ものすごい砂嵐。砂漠ってこれが普通の状態のような気もする。

4:45~5:05 スターウォーズのロケ地、撮影セット。穴倉住居のようなものがたくさん立っているが、みんなハリボテだ。中にはいると骨組みが見える。

 ここでも、ものすごい砂嵐。砂と言うより、乾いた黄土みたいなもの。カメラにはビニール袋を貼り付けている。ここで使ったせいか、古い方のレンズが、帰国してから動かなくなった。絞りが閉じたままで、ズームも回らない。


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☆砂漠の夕日を見るツアーメンバー。


~5:45 すぐ近くのジュメル砂漠で夕日が沈むのを待つ。早めに出てきたせいで、ここで40分も待つ。もちろん車の中で。夕日は沈む間際に赤くなるが、それまでは、曇りの日の太陽みたいにぼーっと明るいだけ。なにしろ、太陽の方からこちらに向かって風が吹いている。したがって、ホンの一瞬しか、まともに見ることができない。

 なぜなら、目に砂が入るからだ。上下雨具を着ていたが、防砂の役に立ったのだろうか。不思議なことに、こんなに着込んでいても暑くはない。口にも砂が入るし、全身砂だらけだけど。帰ってお風呂にでも入らないとどうしようもない。

 いやー、もう、砂漠はコリゴリだ。チュニジアになんか来るんじゃなかった。

 ホテルに着いて、部屋にはいると5分で食事の時間。トズールの街にはスーパーがあるというので、同年代の樋口さんと一緒に、街の中心部へ向かった。小さなお店が2軒あったが、スーパーらしいものは見つけられなかった。小さなお店で、水2リットル0.5(35円)で買ってきた。次の日、地球の歩き方で調べたら、すぐ近くの路地にあったのだ。樋口さんは、本を持って歩いていたのに!と、くやしがっていた。

 さて、ここのホテルですが、昨日のホテルよりまともで、タオルも使えたし、お湯も出る。しかし、寝るときにものすごく寒いのは一緒だった。しかし、2回目ともなると、心構えができている。またまた雨具を着て、今日こそ、ぐっすり寝た。


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[2010/03/08 17:39] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 10■どうやら砂漠地帯に入ってきたような■ドゥース
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☆砂漠の始まり、ラクダステーション。


■3日目 1月30日 マトマタ~ドゥース~トズール■

起床5:00 スーツケース出し6:30 朝食7:00~:30。
出発7:15 だが、やはり10分くらい前にバスに乗る。

 この寒い寒いホテルの部屋は122号室でした。1階の22番ということですが、1階というのは、日本で言う2階のことです。フロントのある、日本で言う1階は、「0階」または他の名前で呼びます。ヨーロッパ全般でこのような階数表示がありますが、全部というわけでもなく、日本と同じホテルもあります。

 このホテルのロビーとレストランがあって、そこと部屋の間の広場に真っ青なプールがある。ということに、朝になって気づいた。水の入っていない、プールの深さは3mぐらいはあるだろうが、なにしろ全面青なので、ちょっと暗いと深さが見えない。広場の真ん中に床が青く塗ってある部分があるようにしか見えない。手すりも何もない。昨夜通ったときは、全然気づかなかった。怖っ、よく誰も落ちなかったものだ。


 それじゃあ、まず、観光2日目の予定を。といいますか結果を。

7:10 マトマタのホテルをスタート。(何も書いていない時間が、バス移動)
7:15~7:20 スターウォーズの撮影された穴倉住居。
8:35~:55 ホテルでトイレ休憩
9:00~:05 砂漠の始まりの街ドゥースで写真。ラクダ放牧場。
10:10~ ショット・エル・ジェリドという巨大な塩湖。
10:25~:45 塩湖の売店、塩や砂漠のバラを売っている所で休憩。 
11:20~12:15 レストラン。
12:20~ 4WD5台に乗り換えて、砂漠へ向けてスタート。
1:20~:30 お店とトイレ。
1:40~:55 チュニジアで一番大きな滝、タメルザ。
2:35~3:20 CANYONパノラマと売店。
4:20~:30 砂漠の中のラクダ岩。
4:45~5:05 スターウォーズのロケ地、撮影セット。
    ~5:45 すぐ近くのジュメル砂漠で夕日が沈むのを待つ。
6:40 ホテル着。
6:50~7:50 ホテルレストランで夕食・外へ買い物に出る。


 ホテルを出たかと思ったら、すぐにベルベル人の穴倉住居。昨日暗くなって良く見えなかったから、追加してくれたのだろうか。ただし、中には入らず、住居用の穴がいくつか開いている丘の上から、穴倉を見下ろすだけ。やっぱり、寒かった。

 この後バスで移動中に、バスの背後から朝日が出た。西に向かっているのだ。砂漠と言うよりも、岩だらけの荒れ地を照らす朝日も感慨深いものだ。日差しが強い。

 8:35~:55 砂漠の始まりの街ドゥースに入って、ホテルでトイレ休憩。今日泊まるとか、なにかツアーと関係があるのかと思っていたが、ただトイレを借りに入っただけのよう。そして、バスが出るのを待っている間も、ラクダの群れが道を通る。バスに乗ったら5分で、観光客用建物に入る。

 9:00~:05 2階に上ると、ラクダ放牧場?か何なのか、広くて砂しかない所にラクダの群れがたくさんいる。そこで写真を撮ってすぐに退散。なんだこの場所は?と思ったが、サハラ砂漠のミニチュア版のよう。地球の歩き方によると、サハラの玄関、ラクダステーションと書いてある。


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☆塩湖のモニュメント。


 ここから今日宿泊するトズールという所までは、ショット・エル・ジェリドという巨大な塩湖の中を中央突破する道をゆく。およそ50kmぐらいある。3対4対5の直角3角形のような形をしていて、一番短い辺でも65kmぐらいありそうな巨大な湖である。道の周辺では塩を作っているらしく、畑のように区画されて白くなっているところが続く。

 10:25~:45 塩湖の売店、塩や砂漠のバラを売っている所で休憩。「砂漠のバラ」と呼ばれる、塩の結晶が、ここ以降ではよく売られている。売店前の塩湖には、塩を10mぐらいピラミッド状にうずたかく積み上げたモニュメントが立っている。ちょっと楽しい。




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[2010/03/06 16:41] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
■チュニジア旅行記 9■あまりの寒さに目が覚めるホテル■マトマタ
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☆ベルベル人の穴倉住居

 エル・ジェム円形闘技場は20分ほどみんなで歩いて、1:45~2:10自由行動。2:20にバスがスタート。初日であるし、今回のツアーの目玉でもあったエル・ジェムであるが、コロッセオは見慣れているせいか、印象は薄い。

 3:45~4:05 トイレ休憩。狭いお店なので、カウンターの注文に列をなす。コーヒーやジュースを頼む人もいたが、何も飲まなかった。

 明日はハードなので、明日の分であった「ベルベル人の穴倉住居」をこれから行くことにするという。ちょっとまて、昨夜は深夜に着いて、3時間しか寝ていないんだぞ。けっこう大変だったのに。今日は、早く部屋へ入れると思っていたのだが、予定と違った。明日もハードなのか?と不安になる。

 5:55~6:20 ベルベル人の穴倉住居。トモちゃん組のバスが着いた住居は留守のようで、入れない。急遽、山川組の行っていた方の住居へ向かう。この穴倉住居は、それなりに面白そうなものなのだが、もはや、暗くなったので、部屋の雰囲気はよくわからない。月はキレイだった。なんだか、安部公房の小説『砂の女』を思い出した。


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☆ベッドの上に何かある。イタズラだろうか。

 6:30 ホテル着。部屋へ入ると、一見広くて良さそうには見えるのだが、恐ろしい、バスタブなしのバスルームだった。シャワー用の1m四方の枠というか台があるだけで、カーテンも何もない。バスルーム全面水浸しになってもかまわないという考えなのか。何かの葉っぱが、ベッドの上、バスルーム、テーブルの上などに、それなりにデザインを考えて、ちりばめられていた。じゃまだった。

 7:30~9:20 ホテルレストランで夕食。夕食は、男性ばかり集まってすわった。このツアーは、一人参加の女性がほとんどで、ご夫婦が一組、あとは5人男の人だ。そのうち4人で座った。私だって、20回ぐらいツアーに出て、やっとアフリカに来たのだが、みなさん、さすがにチュニジアツアーに参加するだけのことはある、強者ばかりだった。マチュ・ピチュとか、イスラエルとか、シリアとか、私が行きたいけどまだ手を付けていない所を制覇した人がけっこういるのである。私が勧めるとしたら、ポルトガルぐらいなものだ。

 大麦のスープ、春巻きみたいなもの、クスクス、最後にお昼と同じでオレンジが出た。まあまあだったが、普通のツアーよりも変な食べ物だ。さむいのもあって、楽しく食事をしたような気はしない。あとで、おやつを食べよーっと。

 部屋へ戻って、シャワーを出すと、結局上の方から出すと水量が弱いため、小さくなって、かがんだ状態で、シャワーを浴びた。それでも回りはびちゃびちゃだ。それになんと、タオルが全くなかった。食事の時にトモちゃんに頼んでおいたら、帰ってきたときに、なんと窓の出っ張りの上にタオルが置いてあった。

 ここのタオルは、始めから湿っている上に、ぞうきんみたいに黒ずんでいる。びちゃびちゃバスルームの足ふきに使った。自分のシャツで体を拭いた。ついでに、枕とかも、不潔そうだったので、シャツを被せた。たぶんここでは、ちゃんと洗濯ができないか、乾かすことができないのだ。

 変な食事の口直しのため、お湯を沸かして、カップヌードルを食べ、コーヒーを飲んだ。適度にカップヌードルを減らしておかないと、スーツケースが重くてしょうがない。ひどいホテルだが、チュニジアのホテルは全て、日本の倍ぐらいの広さがある。荷物、スーツケースは思いっきり広げて、出しっぱなしにできるので、その点はいい。

 そうして、睡眠不足のためとりあえずバタッと寝たが、あまりの寒さに目が覚めた。ものすごく寒い。いちおう予備の毛布もあるが、不潔そう。うーん、だって、どこの国でも、ホテルで寝るときは、裸同然でも大丈夫なものだ。だから、特に寝間着など持ってこない。用心して、寝る時用の薄いジャージをはいていたが、まったく足りない。

 さすがに昼に履いているジーンズはいやだ。上は、不必要だと思いながら持ってきていたフリースを着、下は雨具のビニールズボンをはいて寝た。他に着るものがないのだ。こんな格好で寝ることになるとは。

 明日は、さらにハードなことを言っていたな。砂漠に行くみたいだし。


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[2010/02/28 17:02] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 8■世界一美しいコロセウム?■エル・ジェム
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1:20~ エルジェム円形闘技場着。

「KSAR ELJAM」(カーサ エルジェム)と言うレストランで昼食12:10~1:10。朝が寒いと思って、ジーンズの上から、雨具ズボンをはいていたのだが、外よりも室内が寒くて、役に立った。この後は歩くので、バスの中で脱いだ。


 さて、このエル・ジェム円形闘技場であるが、どれを読んでもピンと来ない。地球の歩き方には、はっきりコロセウムと書いてあるが、どこかの文献の孫引きであるのがバレバレなはっきりしない文章となっている。

 ウィキペディアには、「エル・ジェムは、間違ってコロセウムと呼ばれることのある観客席35,000人の円形劇場(アンフィテアトルム)で有名である。この劇場より大きいものはローマのコロセウム(約45,000人)およびカプアの荒廃した劇場だけである。」と書いてある。明瞭な表現だ。

 劇場のつもりで作ったのかもしれないが、形式的には明らかにローマ型コロセウムであります。劇場というのは、ギリシャ劇場のことで、半円形のものです。バスの中で、ルッフィーは、世界一美しいコロセウムだと言っていた。私が思うに、美しいと言うよりも、作りかけのまま装飾しないうちに、放り出したように見えます。

 ローマ、ヴェローナ、アルルの円形闘技場は見ましたが、壁面が汚れとカビで黒ずんでいます。いかにも、2千年たつとこうなるのかなー、と思わせる風格があります。実際は、パルテノン神殿などと同じで、人為的に破壊されたものなのですが。そこでこのエル・ジェムのはいたるところ崩れているものの全面肌色できれいなのです。材木の骨組みだけくみ上げた日本家屋みたいなもので、単純素朴なのです。


 このツアーとは関係なく、先日みんなの前で話をしました。
ギリシャ劇場の平戸間の部分を何と言いますか? 
ギリシャ語でオルケストラ。オーケストラの語源です。

それでは、この「劇場」って、英語でなんといいますか?
けっこう、英語ができる人、別の場所で2人に聞いてみましたが、答えられませんでした。
よく聞く言葉なのに、こういう劇場とは違うものだと思っているのでしょう。
答えは「シアター」です。

 それでは、この、コロシアムなどの語源となったコロッセオなどの円形闘技場の平戸間のことを何と言うでしょうか? これも今でも使います。
「アレーナ」です。アレーナ席とか言うでしょう。
このアレーナとは砂のことです。
闘技場では、人間とか猛獣の血が流れます。その血を消すために、砂を敷いておいて、入れ替えるのです。

 フィレンツェの中心に「ドゥオモ」と呼ばれる、「花の聖母教会」がありますね。正式には、サンタ・マリア・デル・フィオーレと言います。日本語では「花の聖母教会」と言いますが、教会ではありません。日本語で言うと「大聖堂」です。

 フィオーレとか、フローレンスとかは、フラワーのことです。(中略)
「大聖堂」には「ドゥオモ」と呼ばれるものと「カテドラル」と呼ばれるものがあります。(大幅に中略)

 この「ドゥオモ」。ローマにある、アグリッパが作った丸天井の「パンテオン」以来、1500年後に始めて成功した丸天井です。ルネサンス初期の天才建築家ブルネレスキが設計したものです。その後、ミケランジェロが真似をして、サン・ピエトロ寺院の天井を作りました。

 やっぱり長くなるので、もう止めておきます。
結局、この「ドゥオモ」が、今日「東京ドーム」とか言うときの「ドーム」になったのでした。
めでたし、めでたし。

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[2010/02/23 23:44] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 7■日本までの切手代は42円、ほんとに着くのか■スース
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 トイレ休憩によったドライブインは、水などを買うのにちょうどいいお店だったが、まだ旅は始まったばかりなので、何も買わなかった。買っておけばよかった。その後、この手のドライブインによることはなかった。

 このとき、珍しいご夫婦の大場さんが、カウンターで切手を買おうとしていた。私も切手を買おうと思って、フランス語をメモしてあるんだという話をする。結局ここでは売っていなかった。

 やっと、世界遺産スース旧市街です。チュニジア第3の都市。10:00にスースに着いて、25分ほど、ルッフィーに連れられ市街地を歩く。何やら説明をしていたようにも思うが、ただ狭い路地を歩いただけのような気がする。

 ここの広場の前にある巨大なデパート「スーラ・ショッピング・センター」前に集合で
10:25~11:05自由行動。ここの4回にトイレがあるので、各自出発前には行っておくように。

 ここでみんなに着いていくと、途中、郵便局らしい窓口で切手を買う場所があり、さきほどの大場さんが並んでいたので、その後ろに着いた。英語で大丈夫みたいだ。トモちゃんも付いていて、1枚600(0.6ディナール)(42円だよー)だと言っていた。いまやどこでも、クロアチアでも100円以上はする。日本国内の料金より安いってどういうことだ。

 切手を買うときの注意点、というか言うべきことは、各国語で調べたが、やはり語順が日本とは違う。枚数・切手・日本行き・航空便・プリーズです。たとえば、5タンブル オジャポン パーラヴィヨン シルブプレ。航空便というと、それ用シールをくれる場合もある。「Par avion」=「Air mail」のフランス語ですが、ヨーロッパでは郵便事業はフランスのものが標準になっているので、イタリアの郵便局でもらった航空便シールにも、イタリア語とフランス語が併記されていました。

 フランス領であったチュニジアに限らず、たぶんどこでも「Par avion」で通じるでしょう。もちろん、ハガキに書いておかないと、航空便料金が張ってあろうと、船便扱いになります。絵はがきを買うやいなや、住所を書く前に、ジャポンとパーラヴィヨンは書いておきます。

 というわけで、通常の旅行に比べて素速く、切手を手に入れました。絵はがきはたいてい、どこにでも売っています。書くことがあるのかなー。

 そして、トイレに行って、余った時間、歩きました。とりあえず、始めて町中を歩くので、楽しくぶらぶらしたが、何が世界遺産なのかさっぱり不明。普通のお店の多い街です。それほどアラブ・イスラム風でもない。この街は、観光と言うよりも、2回目のトイレ休憩といった感じでした。

 11:05に集合だったが、何を考えているのかルッフィーが戻ってこない。結局、11:15にバスはスタートした。

 オリーブの木は、スペイン・イタリア・ギリシャに次いで4番目に多い。チュニジアには6千万の木があります。そう言うだけあって、道の脇には、キレイに格子状に配列されたオリーブの木ばかりの景色が長いこと続きます。日本みたいに、どこへ行っても家があるわけではなくて、街と街の間には、何もない地帯が続くのです。そういうところはたいていオリーブの木が植えられています。

 チュニジアは熱いといっても、だいたい35度ぐらい。40度以上の日はめったにない。昔と気候が変わって、昔は夕方になると涼しくなったものだが、今はあまり温度が下がらない。水は、石油より高いよ。

 ファラオ時代のエジプトで、チュニジアはアッフリコス、意味は穴倉にすんでいる人、と言われた。ギリシャ人によってルミコス、意味は同じ。ローマ時代に北アフリカの人は、ベルベル人。意味は野蛮人。日本人のことをアラビア語で「ヤーバン」言います。お後がよろしいようで。


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[2010/02/19 21:00] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 6■ザクロ食べると、女性の胸大きくなる■スースへ向かうバス
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☆移動中のバスから撮った写真


 それじゃあ、まず、観光1日目の予定を。といいますか結果を。

7:50チュニスをスタート。(何も書いていない時間が、バス移動)
8:55~9:10 トイレ休憩。
10:00~ スースに着。
10:25~11:05 スースのデパート前で自由行動。
ルッフィーが遅れてきて11:15スタート。
12:10~1:10 レストラン。
1:20~ エルジェム円形闘技場着。
1:45~2:10 そこで自由行動。2:20スタート。
3:45~4:05 トイレ休憩。
5:55~6:20 ベルベル人の穴倉住居。
6:30 ホテル着。
7:30~9:20 ホテルレストランで夕食。


 あんまり寝ていないはずなのに、初日に緊張のためか、バスの席を取りたいためか、みんな出発時刻よりも15分ぐらい早くバスに乗り込む。予定より10分早く、7:50にチュニスのホテル前をスタート。出発してしばらくして、朝日が見えてきた。これでやっと、今日は天気がいい気がしてきた。

 トイレ休憩を入れても、2時間ほどでスースに着いた。バスの中で、ルッフィーは1時間ぐらいチュニジアのことをしゃべっていた。あまり面白くないといいながら、書きますけどね。

 チュニジア人は、8時から仕事を始め、午後1時から2時間お昼休みを取り、5時まで働きます。学校に行っている子どもは、7時から出かけ、お昼には家に戻ってきて食べて、また学校に戻ります。

 チュニジアの国土の下の方が細くなっている。もっと下の方へ行けば、たくさん石油出る。チュニジアも、アルジェリアもモロッコもフランスの植民地だった。そして独立した。だけど、モロッコとチュニジアには石油が出ない。だから戦争にならなかった。

 アルジェリア・リビアには石油が出たので、フランス人は自分の都合がいいように、石油のでない所に国境線を引いて、モロッコとチュニジアを独立させた。アルジェリアはずっとフランス領にしておくつもりだった。ところがアルジェリア人もフランスと戦争して独立した。フランスは原子爆弾を使ってでも阻止しようとした。国際的な反対にあって独立を認めた。
 (ルッフィーの発音では、「アルジェリア」が「アジュア」→「アジア」としか聞こえないので、最初、なにを言っているのか分からなかったぞ。)

 最近、ソマリアとか問題になっているのも同じこと。石油とか天然ガスが出るからだ。神様のおかげで、チュニジアは何もないから平和だ。チュニジアは安全です。石油あったら戦争。石油なければ天国です。サボテンばっかり。

 99パーセントはイスラム教徒でスンニ派です。神様おかげで差別問題ない。海あるし、山あるし、緑あるし、砂漠あるし、これから桜みたいな木、見たら、アモンドの木です。チュニジアには4つの季節があります。秋と3月に雨が降れば、5月に大麦、6月に小麦が収穫できます。雨が降らなければダメです。

 ザクロ食べると、女性の胸大きくなる。ホルモンの関係で。チュニジアは日本にたくさんザクロを輸出しました。ザクロの回りの皮は胃薬。おいしくないけれど、わざと食べる。イチジクのタネ、ザクロのタネ、サボテンのタネ、胃薬になります。

 ブーハという焼酎みたいな、36度のイチジクのお酒があります。マゴンというおいしい赤ワインもあります。

 砂漠のオアシスでは、ナツメヤシを栽培しています。長持ちする種と、長持ちしない種があります。日本に持って帰ったら、1ヶ月、3ヶ月持ちます。日本人は何のために、ナツメヤシの実を使いますか。広島のお好み焼き用、おたふくソースには、ナツメヤシが入っています。甘いでしょ。(知らんわー)

 チュニスに帰ったら、いいお店を紹介します。(今チェニスを飛び出したばかりなのに)その後、ナツメヤシの話は毎日たくさんしたが、どうも彼の主食のようだ。なんでお土産に買わなければいけないのか、サッパリわからない。


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[2010/02/17 21:59] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 5■現地時間に合わせない時差ボケ対策■バスでスタート
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☆バスの中で、チュジニアの地図を広げて説明する2人。



 そうやって部屋で10分ぐらい待っていてもいっこうにスーツケースが届かない。廊下でスーツケースを移動している音が聞こえるので行ってみたら、トモちゃんがせっせと配っているようだった。部屋へ戻って、さらに5分ぐらいして廊下を見ると、トモちゃんが私のスーツケースを押していたので、途中まで受け取りに行った。ここの廊下は長いのだ。もはや午前1時半。

 スーツケースを開けるのもそこそこに、お風呂に入って、速やかに2時頃寝た。死んだように眠れたのだが、2時間半ほどで4時半頃起きた。なにしろスーツケースを部屋の外に出す時間が、7:00amなのだ。モーニングコールは6:15なのだが、朝の準備は1時間以上かかる。なによりも、時差ボケのため、早く目が覚める。日本時間では、とっくに午後だからだ。

 よく、時差ボケを防ぐためには、すぐに現地時間に合わせて、眠たくなくても時間になったら寝る方がいい。と言われるが、そうは思わない。できるだけ現地時間に合わせないまま帰国するように心がけている。たとえば、晩は9時に寝て、朝4時に起きていれば、日本との時差は4時間しかないことになる。わかるかなー。


■2日目 1月29日 チュニス~スース~エルジェム■

起床5:00 スーツケース出し7:00 朝食6:40~7:10。
出発8:00 だが10分くらい前にバスに乗る。


 この日は、今回のツアー中、一番長時間の移動日だ。いきなり。
したがって、バスの席は、なかなかに重要である。背中とか腰とかをすぐ痛める私にとって、飛行機の座席のように、遠慮している場合ではないのだ。といっても、いつも前の方が、空いていた。それよりも今日は、南下するから、左側の席だね。

 窓が良く見える席(カーテンが束ねてあって、外が見にくい席もある)に、とりあえず荷物を置いた。ちょっと後ろに座っていた、どう見てもカメラマンの辰巳さんとお話をする。彼は、世界各地の、2L版の写真を30枚ぐらい入れた、ちっちゃいアルバムを見せてくれた。ツアー中、1500枚ぐらい撮ると言っていた。それで、いつも、2台のキャノン一眼レフを抱えていた。時々レンズも替えている。こりゃ大変だ。

 わたしは、シグマの新しいレンズを買ってきたこと。2000枚ぐらい撮ると、控えめに言っておいた。私のカメラは、最安の廉価版一眼レフである。実は、今回は、4000枚ほど撮れる体制で来たのである。しかし、メモリーカードのトラブルがあって、撮ったものを消去したりして、結局、2000枚をちょっと越えたぐらいと、少なかった。

 あらためて紹介します。ドライバーはミルドゥさん。
 現地ガイドはルッフィーさん。(すごく、まるい)

 このルッフィーが、長時間しゃべるため、普通の添乗員と違って、トモちゃんがあまりしゃべらない。ツアーによっては、現地ガイドは名ばかりで、添乗員がバスの中で、ずーっと現地情報をしゃべっていることもある。ところがこのルッフィーの日本語は、朴訥で面白いのだけれど、ところどころわからない。

 みなさんルッフィーの話が面白いと、感心していたが、私はそう思わない。東北弁を話す外人みたいに、変な話し方とムダに情熱的なのが面白いのであって、お話の内容が特別に面白いわけではない。したがって、文章にする気にならない。まあ、ルッフィーの日本初体験の話は、そこそこ興味深い。


次回、広島のお好み焼き用、おたふくソースには、ナツメヤシが入っている。
(byルッフィー)をお楽しみに。

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[2010/02/15 16:53] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 4■ホテルに着いたんだけどねー■チュニス着
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☆チュニスのホテル「カールトン」、いいお部屋です。


 (中略、、詳細はまたあとで、旅行記が進まないから。)
 というような熾烈なポジション争いはあったものの、無事、チュニスに着いた。

 おっといけない、ローマでのこと。
 最近、機内に飲み物を持っていけないので、途中で買う必要が出てくる。ローマの搭乗ゲート付近に、自販機があったので、ユーロ通貨で買ってみた。水が1、5ユーロ。買ったことがない人にはわからないし、日本人では教えられないと買えない人もいるシステムだと思う。

 切手でも飲み物でも、あるいは電車のキップでも、自販機は、お金を先にいれるのではなくて、ほしいものを先に指定する。そして、金額が表示されてから、お金を入れる。飲み物の場合はそう難しくないが、他の場合は、けっこう面倒なことがある。

 ローマの搭乗ゲートで待っている間、ローマ発便が乗っている電光掲示板を見ていたら、これから後、チュニス行きが3便もある。それに、なんと、トリポリ行きも3便ある。最近リビアツアーも増えてきたと思ったら、こんなに頻繁に飛んでいるのか。

 忘れもしない1999年、ローマの空港アナウンスで、こんなことを言っていた。
英語で言うと「ファ…ファイブ」。これをイタリア語で連呼していた。
調べんでいい!

 ☆

 機内で配られるはずの、出入国カードが、配っている途中で足りなくなり、私たちの団体は、入国審査前で記入した。これが普通よりも記入欄が多いもので、しかも小さく細かい。アラビア語で書いてある。

 今何時だと思っているんだ。午後11時半だぞ。日本時間で朝7時半。家を出て24時間もたっている。しかも普通の国の出入国カードよりも書く量が多い。睡眠薬を飲んだような気分だし、こんな状況で正確に書くのは難しい。
 なぜだか、パスポートコントロールで、あらためて職業を聞かれた。書いてあるのに。

 ここで両替。寝ているときに、何を、面倒なことばかりやらせるのだ。私は5千円をチュニジアのディナールに替えたのだが、やっぱり余った。たぶん千五百円ぐらいで十分だろう。絵はがきと切手、水、ビールなどしかお金を使わない。
5000円→72.900ディナール。1ディナール=70円ぐらい。

 フランスとかイタリアなどへ行く、普通の旅行者だと、10万円~100万円ぐらい使う気でいる人がいるものだが、このツアーは違う。チュニジアなどへ来る、熟練旅行者は買い物などしないのだ。そのせいか、ツアーにつきものの、売店回りが極めて少なかったように思う。 

 外は、普通に寒い。バスに乗り込むと、さっそく、ガイドさんと、ドライバーさんの紹介。いつもは、ガイドさん、ドライバーさんの名前も覚えて、朝のご挨拶とかするのだけれど、今回はなぜだか覚えなかった。バスの中も寒い。そんでもって、30分ぐらいでホテルに着いた。

 このような格安一人部屋ツアーでは考えられないことだが、チェニス一番の目抜き通りにある、ガイドブックにも載っている、「カールトン」というホテルだ。ちなみに「リッツ・カールトン」ではない。もはや深夜12時過ぎ、日本時間だと朝8時過ぎ、だが、そう簡単にことは進まない。

 ホテルの注意事項、朝食や出発の時間の説明をした後に、キーを配る。またまた私は、申し込みが遅いせいか、一番後の方。このときなぜだか、ライバル「谷さん」と若い男性「三鬼さん」の2人だけ覚えた。

 キーをもらった人から、スーツケースを持ってエレベーターに列ぶ。これがなかなか来ないのである。そして、みんな列んでいるので、4~5回は待たないと、乗れそうにない。スーツケースがすぐに必要でない方は、ポーターさんが部屋まで届けるから、階段を使って、先に部屋へ行っておくように促す。

 明日起きるまで、4時間くらいしか寝られない。一刻も早く、お風呂に入って、寝たいのだ。スーツケースがすぐに必要でない人がいるわけがない。ところが私のスーツケースがロビーにはない。どうやらポーターさんが別ルートで運びはじめたらしい。そのことをトモちゃんに言う。

 横にいたもう一人の男性添乗員が、とりあえず部屋に行って、もししばらくしても届かないようだったら、フロントに「ヤマッ!」て電話を入れてくれれば私が出る、といった。なんだ「ヤマッ!」って。チュニジアで呼び出すときの言葉か?

 そういえばこの人、合い言葉は「やま!」「かわ!」の「山川さん」だった。現地スタッフには「ヤマ」と呼ばれているのだろう。初対面でいきなり言われてわかるかっ!


 次回、『ヤマさんは、赤いチョッキではなくて、蛍光オレンジのチョッキを着ている』の巻き。

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[2010/02/11 14:51] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 3■スタート・第1コーナーでのポジション争い■機内で
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☆ちょくちょく名前だけ出てくる現地ガイドの「ルッフィー」です。?



■1日目 1月28日 成田~ローマ~チュニス■

 ターミナルの誰もいないところで座って休んでいたのだが、たまたま、音楽を聴いていないのが幸いだった。放送で、日本語だ、搭乗ゲートにくるように、私の名前が呼ばれた。搭乗ゲート変更のアナウンスは聞いたことがあるが、自分の名前が呼ばれることがあるとは、考えてもいなかった。

 イタリアの空港(まだ成田だけど)は、やたらと「アリタリア」という言葉がアナウンスされるので、いつもビクビクしっぱなしであるのだ。理由は言わない!
とにかく、何か大変なことが起こったのかと、カウンターに行ってみる。
私の席のシートが壊れているので、3列ほど前の席に変更になった。

●アリタリア航空AZ0785 成田14:20→ローマ19:00(12h40s)
●アリタリア航空AZ0866 ローマ21:50→チュニス23:10
 この便は搭乗が15分ぐらい遅れたが、飛行時間は1h10ほど。

 ☆

 F1の歴代チャンピオンたち。ピケ、プロスト、セナ、マンセル、シューマッハ、アロンソ、ハミルトンなどは、普段は大人の運転、ミスのない紳士的ドライビングをしている。たとえ二位であろうと、トラブルなく安全に最後まで走りきることが、タイトルへの近道ということを熟知しているのだ。

 そんな彼らでも、チャンピオンシップの決定的大事な場面では、ペナルティを受けない程度の(失格処分になることもよくあった)危険な走行をしたり、ショートカットをして抜いたり、わざと相手にぶつけたりと、けっこうアンフェアな戦いをすることがある。(ハッキネンとライコネンには、そんな暗黒面を見たことがない)

 特にスタート直後、第一コーナーのポジション取りにはリスクを冒す。それだけ最初に決まった順位を挽回するのは、チャンピオンといえども大変むずかしい。一旦、先に立ってしまえば、ブロックラインをとって、ライバルに抜かれないようにするのは容易なのだ。

 あるいは、一度スキを見せて、相手に抜かそうというムリな突っ込みをさせて、ミスを誘発する。一度の失敗に、図太いヤツでも、心が折れるのである。

 機内が空いている時には、座席陣取り合戦にも、このような攻防がある。
行きの、最大のライバルは、谷さん(名前は部屋のキーを配るときわかった)だった。

 飛行機のシートに座ったとき、まだ、同じツアーのメンバーかどうか定かでないほど、知り合いでも何でもない状態なのだ。となりは、もしや、同じツアーの人かな?とさぐりさぐりである。少なくとも私は、乗り継ぎ地点までは、赤の他人でいるよう心がけている。

 それなのに谷さんときたら、たぶん屈託のない自然児で、いい人なのだ。まだ飛行機のドアを閉めてもいないうちから、彼女のななめ前列に座る私に向かって、こう言った!!
「あらっ、あんたの横、あいてるね!」

 さらに、ローマからの乗り継ぎ便でも、通路を挟んで同じ列に座る彼女は、さらに目を剥いてこう言った!!「また!あんたの横、あいてるね!」

 ポールポジションを手に入れたのは、幸運だが、そのポジションを最後まで守りきれるか、チャンピオンの真価が問われる。(って、誰がチャンピオンやねん。)

後は、言わなくても分かるねっ!
じゃあ、また、来週。(ここ、笑うところです!)



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[2010/02/10 17:16] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 2■トモちゃん、ヤマさん、2人添乗員体制■成田空港
2朋子山川



 ここ数年、できるだけ安く、お気楽に、ちょっと変わった場所へ行きたいという気持ちは変わりません。まいどおなじみ、クラブツーリズムの添乗員付きの、ご年配向けの、楽々なツアーにするつもりだったのですが、蓋を開けたら、前半は、やっぱりハードなバスツアーでありました。ほんとに楽々なツアーってないものでしょうか。。

 ツアー参加者41名。それを二つに割って、トモちゃんチーム21人、ヤマさんチーム20人のグループで行動する。これはとても幸運なことだと思う。バスの席は自由だし。


 ツアー初日、この日の決まり事は、■成田空港第1ターミナル 11:50集合■
集合時間は遅いし、乗り継ぎは短いし、比較的のんびり出発、楽々ツアーのはずである。前々日に頼んだスーツケース宅配便を取りに行く。(往復¥3,200)

 今回、初めてのことだが、時間通りに集合すると、始めて合った添乗員から、いきなり座席の指定された搭乗券をわたされた。そして、アリタリア航空のカウンターでチェックインをして、スーツケースを預けてから、戻ってくるように言われた。

 おいおい、席は、チェックインの時に自分でもらうんじゃないの、最近は。10年ほど前までは、チケットはあるが、添乗員が全員分集め、ペアの人を考慮して、変更した席を、鉛筆で記入したものをくれたりしたけど。

 非常に不審だったので、なぜあらかじめ席が決まっているのか、アリタリア航空の職員に聞いてみた。添乗員によってはそうすることもある、という返事だった。今まではそんなこと一度もなかったのに、どういう意味があってのことなのか、この点も、トモちゃんに聞くべきであった。

 預けたときのスーツケースの重さは、18、5キロ。もうちょっと詰めてもよかったかな?。昨年の19、8キロには勝てんなー。トモちゃんは、スーツケースは20キロ以内、手荷物は5キロ以内というが、帰りの便ではみんなそれを越えるはずだ。規則では超過料金を取られるはずだが、そんな人見たことない。以前、ギリシャのクレタ島へ飛ぶときに、写真集と飲み物を大量に詰めて30キロを超えていたことがあったが、おとがめなしだった。


 昨年は、わずか31人のツアーだったにもかかわらず、毎日、座る場所が決められていて、ビックリしたものだ。こんなことは初めてだった。知らないおじいさんが隣にいるし。これは、地獄だー、と思ったものだ。

 この人、プロのカメラマンで、大判のカメラ機材を持ち歩いていた。私のように、1日に700枚ぐらい撮るというのとは真逆で、ここぞという絶景の時だけ、数枚写真を撮るだけだった。したがって、私が通路側に指定されたときは、窓側と代わってくれたりした。

 今回は、現地に行ってから両替するので、成田空港では何もしなかった。しかし、一応、ドルとユーロも、持っていく。旅行の最終日あたりに、もうちょっとお金が必要なのだけれど、両替してしまうと、現地通貨が余ってしまう。そういうちょっだけ必要なときに、ドルとユーロを使う。トモちゃんに聞くと、使える場所は少ないから、当てにしない方がいいと言われた。

 今回、飛行機の便は、最高に効率的だ。いつも早朝出発したあげく、経由地で7時間待ちとかするものだが、ゆっくり目の出発で、乗り継ぎ時間も、2時間程度の最短時間ですむ。ローマ経由というのも、いちばん多い、パリ経由に比べてもずっと近い。

 ホテルに着いたのは深夜。挨拶はボンジュールの時間帯、だが、ツアーでは、これは普通のこと。


 次回、『「ルッフィー」は、白岡のくみ取り式トイレが怖くてダイエット』をお楽しみに。


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[2010/02/08 16:39] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 1■あまりに不思議な、安すぎる一人部屋追加代金のツアー■申し込み
3格安ツア



 このツアーは、12月下旬に、クラブツーリズムのホームページで、2月あたりのエジプトツアーを探していた時に、偶然発見したものだ。価格の安い順に並んで出てくるので、どういうわけだかエジプトツアーよりも先に、このチュニジアのツアーがあった。

 まあまあ他社でも、139,800円という程度の価格は、1月だったらあり得ないこともない。しかし、通常、どんな格安ツアーでも、一人部屋追加代金は3万円程度はするものだ。特定日だけではなくて3月までずっと。他でこんな価格を見たのは、十数年前のトルコツアー以来のことだ。

 ほぼ1ヶ月前の12月27日に、電話で問い合わせる。特に安価なホテルを使うわけではないようだが、理由はなにも言わない。現在41名申し込みがあり、残席は4名。この41人で一組になるそうだが、もしも50人(だいたいの話)を超えたりすると、2組とか3組に分かれることもあり得ると言った。だって、残席が4人分しかないと言っておきながら、それよりも増えたらと仮定するのは、どういう意味があるのだろう。

 しかも、このツアー、インターネットで調べたときには、アリタリア空港指定で、行きはローマ経由で便名と時間まで載っている。問い合わせたところ、帰りは、恐らくミラノ経由で、到着が深夜になったりしない穏当な便を約束した。

 ところが数日後に届いた、正式な申込書と請求書が入った、旅行パンフレットには、利用航空会社覧に、アリタリア空港、BA、ルフトハンザ、日本航空に全日空その他といっぱい書いてあり、便名や時間は指定されていない。何で問い合わせたときと、あるいはホームページ上に書いてあることと違うんだと訝ったが、実際には約束通りのアリタリア便だった。

 燃油サーチャージが¥21,000と高価なのが不満なだけで、後は、かなりの線、理想的なツアーだ。(燃油サーチャージがまたまた高騰し始めた。)
ホテルとか食事とか添乗員とかの、手抜きがなければの話だが!

 出発前日午前中に、添乗員のトモちゃんから電話がかかってきた。恐る恐る、一人参加の人がいるのか聞いてみた。たいてい一人参加は、少ないのだ。一人参加が一人だけ(過去に近いことがあった)というのはいただけない。ところが返事は、ほとんどの方がお一人参加とのことであった。

 ついでにそのせいで、41人を2組に分けて行動する、バスももちろん2台、と嬉しいことになったようだ。しかし、この格安料金で、大丈夫なのだろうか。

 添乗員のトモちゃんの会話は、過不足なく、「ギリシャ行ったときには大雪が降って1泊増えた」という、どうでもいいこちらの話にも驚きの表情を見せ、楽しく現地事情を説明してくれた。初心者扱いの概念的な話に終始したり、こちらの質問とはずれた話を延々としたりと、痒いところに手が届かない、会話のかみ合わない人もけっこういるのです。よかったよかった、一安心。

 私には、ギリシャの話も、要するに、チュニジアは思ったより寒いのではないかという心配があったのだ。エジプトやモロッコへ行ったことのある人、数人に聞いてみたが、みな、二月に行ったけど全然寒くないとか、暑さ対策みたいなことしか言わない。アフリカが寒いわけないじゃんと、相手にしてくれない。

 チュニスより南にある、マルタへ行った経験から思うに、私は、この時期は寒いのではないかと疑っていたのだ。トモちゃんの話では、雨も降りそうだし、世界的な異常気象もあり、防寒対策もしておいた方がいいという。それで納得した。


次回、『バスの最前列で爆睡する「トモちゃん」と「ルッフィー」』をお楽しみに。

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[2010/02/06 00:02] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 番外編■わたしが美人!?美人なのはおまえだ!■カルタゴ博物館
お前美人


☆美人の店員。左隅に、引いて見ているもう一人の店員。


 旅行記本編がまだ始まっていないのに、先に番外編です。

 最終日のいちばんに立ち寄った「カルタゴ博物館」の帰り道。売店でカルタゴやチェニジアについての、日本語版の本やパンフレットが売っている。われらの仲間の女声陣も数人集まっている。店の奥にいる細身の店員と、店の前に出て、日本語版の本を手渡し、「10クローネ」と言っている。この本、最初は15(\1050)で売っていたのが、10(\700)に値下がりしたらしい。

 この店員さん、真ん丸ガイドの「ルッフィー」を、縦に伸ばしたような、立派な体格のかわいい店員さんだ。わたしは手渡された薄い本を見て、700円じゃあ高いと思い、返した。そん店員さんは、しばらく他の人に話しかけては断られていた。私もその、恐らく、こちらでは相当な美人であろう、店員を写真に納めようと様子をうかがっていた。

 このツアーには、イケメンの男性が数人?、いや、少なくとも一人はいるので、食事の時に確認した。誰もコンナコトは言われてないらしい。コンナコトって以下のことです。

 その店員が再び、三度、私の元に寄ってきて本を勧め、そのあげくにコンナコトを言いだした。
カタコト日本語で「私、結婚していない」「あなた結婚してる?」
もちろん、結婚していないと告げると。
「わたしあなた気に入った」「あなた美人」「電話番号は?」「あなた美人」
おいおい、チュニジアの人は、男も「美人」というのか、それとも日本語を間違って覚えているだけなのか。
わたしが美人??……、「美人なのはおまえだー!」と、心の叫び。

 私は正直に、携帯電話を持っていないことを告げると、メールアドレスを教えて?ときた。わたしは手帳に書いて渡して、彼女は自分の電話番号と名前を私の手帳に書いた。名前はザイーナップだそうな。
「じゃ、今晩電話するから」と言って別れようとすると、こっちへ来いと店の中へ誘う。もうー、ついでに、同行の女の子に、2人の写真を撮ってもらった。
なんとなく、回りの数人は、この様子を冷ややかに見ていた。

もう時間がない。最後に彼女は、本を手渡し「10クローネ」と言った。断った。

 これって、こちらでは普通の勧誘方法なのかな。トモちゃんに聞いてみればよかった。ラブリーな添乗員である我らが「トモちゃん」は、どこの国へ行っても、コンナコト言われているに違いない。
「ルッフィー」に聞く気はない。彼は島田洋七の弟子で、いつもコンナ感じだ。

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[2010/02/05 05:48] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
■チュニジア旅行記 プロローグ■チュニジアの光と影■寒い寒い帰還
1光陰

☆シディ・ブーサイドの猫、光と影


 クロアチアツアーの時も驚いたのですが、最初の二日間はそれ以上の、思った以上の過酷さした。クロアチアの時も、梅雨時とは違うけれど、毎日のように不連続に雨が降りましたが、今回の最大の問題は『寒さ』でした。

 さらに帰りの飛行機、昨年はテポドン発射予定日のため、飛行ルートの変更で青森方面を通って帰ってきましたが、今回は北京まで南下して、直角に右に曲がり山口・京都・静岡をかすめて東京に来ました。そんなに、北朝鮮は避けなければいけないのでしょうか。

 そうそう、遺跡などの景色はよかったし、添乗員さんは「惚れてまうやろー!」と言いたくなるぐらい、今まででいちばん素敵な女性でした。ツアーのメンバーも、こんな辺境?(でもないが)へ行くぐらいの人は、歴戦の強者が多く、旅慣れた人ばかりで、楽しく過ごせました。

 プロのカメラマンの方もいて、そういえば前回もいた、そういう意味では集団の仲で写真が撮りやすかったのです。が、が、この国の人々は、カメラを向けると、「キッ」とこちらを睨み牽制してくるので、トラブルを起こさないように、写真を撮るのに神経を使いました。なにしろ道の両側で、この脳天気な(失礼!)日本人団体を眺めている人が、やたらといるのです。

 チュニジアに行っている間に、日本でも雪が降ったらしく、しかも昼なのに気温が3度ぐらいと、めっぽう寒い。砂漠近くのホテルは、恐ろしく寒かったのですが、帰ってきた私の部屋は、それ以上に冷えていました。



2子供

☆トズール市街の子供



クラブツーリズム
■ジュメル砂漠の砂丘で夕日鑑賞 充実のチュニジア周遊8日間■
2010年1月28日(木)出発

旅行費用    139,800
一人部屋追加料金 15,000
燃油サーチャージ 21,000
空港税他  7,450
合計金額    183,250円


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[2010/02/04 20:36] | チュニジア2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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