
2004年に新演出されたものの再演。指揮とオーケストラは活気と勢いがあってなかなか良い演奏をしている。しかし、フォルテ部分の金管楽器・打楽器が荒れているので、もう少し指揮者がコントロールできればさらに良かったのではないかと思う。以前の小澤征爾の時よりも、感動的な演奏だったのは間違いない。
演出は随所に面白い部分があった。しかし装置が、第2幕第2場を除いて、いただけない。高さ10mぐらいの正方形パネルが4枚、「W」の字を手前に倒したような舞台。その上に3m幅ぐらいの長い板2枚で「V」の字をこちらに倒したような形で置いてある。その上空のV字には、ウインザーの眺望であろうか、半分大地、半分空の風景が描かれている。この風景画は、終始不自然だった。
床には、フェルメールの絵にありそうな白黒の格子模様。大げさに遠近感を付けてあって、一番手前では4m角ぐらいなのだが、奥の方へ行くにしたがって小さくなり、一番奥の方は20cm角ぐらいになり、あまりに不自然な床だ。この床の模様が壁の下の方にも、少しだけ不自然にずれて描かれている。床が少ししか見えないガーター亭の時はそれほど目立たないのだが。
第1幕第1場から第2場へは、左右にあるV字パネルが、それぞれ回転してフォード邸の外壁に変わる。第2幕第1場は逆回転して再びガーター亭にもどる。第2幕第2場になってさらに回転して、二つの小さなV字だったものが、一つの大きなV字となる。第1幕第2場、ここで登場、4人の女性の衣装の光と影が美しい。しかし、日本人歌手2人が小柄なので4人がデコボコになって並んでいる。
第1幕第1場と第2幕第1場のガーター亭は、古びた田舎の居酒屋だから、美しくないのもしょうがない。しかし、第2幕第2場のフォード邸の部屋の中は、本当にフェルメールの絵のように美しい。床の模様や、舞台上の制約で遠近感に無理があるベッドやクラヴィコードなど、よく見ればちぐはぐは部屋ではあるが、美しい。この時だけ、上空のV字と同じように部屋も大きな3角形になって、上と下の板がピッタリ合っている。第1幕第2幕を続けて演奏し、カーテンコールもなくすぐに会場が明るくなって休憩。
第3幕になると上空のV字はそのままあるが、その形と全然別の四角の飛び出しがあるガーター亭の外になっている。第1幕第2幕と立て続けにやったわりには、第3幕の第1場が終わるとちょっと客席が明るくなり、若干の時間をかけて第2場が始まる。
第2場になると下の壁は全部無くなり、象徴的な木の幹らしいものが数本立っているだけ。上空のV字はそのままあり、床の格子模様がずっと舞台奥まで見える。手前だけだと良かったのだけれど、舞台奥までめいっぱい不自然な四角形で埋め尽くされていると、急に現代的な舞台装置になったようで、ものすごく違和感がある。
『ファルスタッフ』新国立劇場公演 2007年6月19日(火)7:00pm ダン・エッティンガー指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 ジョナサン・ミラー演出 新国立劇場合唱団
ファルスタッフ====アラン・タイタス アリーチェ======セレーナ・ファルノッキア フォード=======ヴォルフガング・ブレンデル ナネッタ=======中村 恵理 フェントン======樋口 達哉 クイックリー=====カラン・アームストロング メグ=========大林 智子 カイウス=======大野 光彦 バルドルフォ=====大槻 孝志 ピストーラ======妻屋 秀和

ファルスタッフのアラン・タイタスは、1991年録音のデイヴィス盤でフォードを演じていた。この盤では、以前フォードを歌っていたロランド・パネライがファルスタッフを演じている。若い頃フォードだった歌手が、後年ファルスタッフ歌いになるのはめずらしいことではないのだろうが、パネライ同様、アラン・タイタスもファルスタッフにしては、声が若い、というか固いような気がする。決して悪くはないのだが、名ファルスタッフ歌手をたくさん聴いてきたので、いまひとつ未熟な感じがぬぐいきれない。芸達者ではある。
アリーチェのセレーナ・ファルノッキア。初めてみる歌手だが、4人の外国人歌手の中では、いちばん声が弱い。小澤指揮の時も、予定されていたカティア・リッチャレッリの代役で弱い歌手だった。したがって実演で見た2回とも、ビデオの印象とは全く違って、アリーチェこそが主役といった雰囲気がない。しかしこの人、ムーティ・スカラ座ライブのバルバラ・フリットーリ同様、美しい顔と立派な立ち振る舞いで群を抜いている。美しさでは最高の歌手のひとり。双眼鏡でしっかり見たんだから間違いない。
フォードのヴォルフガング・ブレンデルですが、実演で聴いたのは初めてです。ビデオやレコードでは何度か聴いていて、パッとしない歌手だと思っていました。欠点もなく無難にこなしているのですが、人を感動させるようなところが微塵もない、そんな歌手だと思っていました。ところがかなりの熱演で、いちばん声を張り上げ頑張っています。感動的なフォードを聴かせてもらいました。
クイックリー婦人のカラン・アームストロング。実演は初めてですが、この人がいちばんの名歌手という印象です。小澤の時もクイックリー婦人はフィオレンツィア・コッソットでした。今まで聴いた中で、最も素晴らしい歌手です。もしかして、実演では、クイックリー婦人こそが主役なのでしょうか。
カラン・アームストロングは1979年ショルティ盤のアリーチェと、同年バイロイトにエルザでデビューしたときのと、双方ビデオで残っていて有名です。この公演のチケットを買うときには、勘違いしてカラン・アームストロングがアリーチェを歌うのだと思いこんでいました。そしたらなんとクイックリー婦人。ショルティ盤では、女性陣ばかりか、ここの村人すべてを支配している独裁者のような強力なアリーチェを表現していました。圧倒的にアリーチェが主役でした。彼女はオペラ歌手としては異例なぐらいスタイルのいい人でしたが、18年経って、普通のオペラ歌手・プリマドンナの貫禄が出てきました。クイックリー婦人にしては立派すぎると思いますが、彼女が演じると、アリーチェとクイックリー婦人が同格に見えるから不思議です。彼女の、歌唱と演技には大変満足しました。
演出でいちばん面白かったのは、プロンプターいじり。第1幕第1場の最後で、ファルスタッフが、首だ!役立たず、出て行け!と、子分たちを下手に追い出すところで、プロンプターボックスから手が出て、「あっちだ!」と子分に指さすところがあった。プロンプターなんて、久しぶりに意識しました。それから最後のカーテンコールでも、舞台に立った指揮者が、プロンプターボックスから伸びる手と握手する場面もあった。
それから全体の最後、『この世はみんな道化』『最後に笑う者が本当に笑うのだ』などみんなで歌っている中、ファルスタッフが最後の一言を、言う前にプロンプターのところへ行って、分厚い総譜を取り上げて、それをめくり、しっかり見て、最後の一言。 『人間みんな、いかさま師!』と舞台全員が1F客席を指さす。 わたしは格安4F席だったので、「いかさま師」と指さされなくてすんだ。 やっぱり最後に笑えないけど、けっこう満足して帰路についた。
諸書別館 -*-とはずがたり-*- ジョナサン・ミラー演出『ファルスタッフ』/新国立劇場
テーマ:クラシック - ジャンル:音楽
|