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かわいいのは
かわいいのは


 女の子が、というか若い女性が、やたらに「かわいいー!」と言うのは、特に最近のことでもない。本当に可愛いものというよりも、仕草の変な太ったおじさんだとか、ちょっとブスっぽい人とか、丸い渡部直美などの、なんとなく自分よりも劣ったひょうきんな人、あるいは動物を指して「かわいいー!」 と言う。

 まあ、「肌がきれい」みたいに、特にほめるところがないものを見せられたときに言いがちである。飼っている犬とか、生まれたての孫の赤ちゃんの写真とか。

 心理学者だったかが言っていた説によると、女の子が「かわいいー!」と言っている仕草が、人からかわいく見えるらしい。自分がかわいく見られたいから、そうするということだ。

 幼稚園に行っていた頃、私が園庭に入るのを見つけた、5~6歳の園児の女の子が、「ししょうー(師匠)!」 と言って追いかけてくることが、しばしばあった。もちろん絵を教えている子どもだ。 師匠といっても、とりたてて敬っているわけではなくて、おしりをバンバンたたいたりする。

 その園児であるが、とてもかわいい。(ことが多い)! ところで、私の絵の生徒はだいぶ年下か、ひどく年上の女性が多い。どういうわけか、ちょうどいい年頃の女性など皆無である。(残念なことである)

 だから園児の女の子は、特にかわいい。ところが顔に似合わず、ひどく口が悪い。大人のことを辛口批評する。だれそれのお母さんはこうで、あの先生はよく失敗する、なんていうのだ。何かキツク注意すると、「もう絵の教室、やめようかなー」などと先生の顔色をうかがう。

 そのような園児の女の子であるが、園の先生の美醜についてはうるさい。はつらつと活動的な若い20代女性の先生である。美しくてかわいい芸能人みたいな人もいるのである。「このあいだ怒られたけど、○○先生って、かわいいんだからー」「かわいいよねー」と言ったときに、5~6歳の園児の女の子がだよ、言ったときに、

私はこう言い返した。

「かわいいのは、おまえだ!」
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テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2018/09/14 20:47] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
さるかに合戦 2 カニと柿
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 今週は、『専業主婦は2億円損をする 橘玲』という本がおもしろかった。

 私たちがイメージしている、普通の家庭形式だと思っている専業主婦というものは、世界的に見ても非常に珍しく、日本でもホンの一時期だけの現象のようだ。身の回りでも、苦労してしっかり働きながら子育てをした女性もいれば、ダンナの世話と、子育て以外は、何にも出来ない(ように見える)女性もいる。

 うちの田舎では、赤ちゃんなどは、農作業する場所、田んぼなどのあぜに、カゴに入れてほっぽっておかれていた。母親も、他の人と同じように田植えや稲刈りをしているのだ。仕事は当然しており、片手間に子育てをしているような感じだ。いまでも、職場に赤ちゃんを連れて行って問題になる女性っていますよね。専業主婦ってソンだよ!って本です。


 ところで、何となく思うのだが、カニって、海専業?だと思ってませんか??。
カニは海の岩場にはもちろんいるのですが、住宅横のドブにもいるし、川や周辺の山の中にもいます。(カエルもいろいろなところにいるが)

 以前ドブ掃除をしたら、甲羅が10センチ角ぐらいの、沢ガニが大きくなったようなやつが出てきて、驚いたことがある。友人が自転車で乗り上げたが、一回目ではビクともしなかった。2回目に乗り上げると、ピキッとヒビが入った。それくらい強いのが現れた。

 川の沢ガニも家の庭まで現れることがあるが、赤い海のカニも来ることがある。家は海から、防波堤、道路や水田を挟んで200mくらい離れている。カニってよく道路を横断しています。車に踏みつぶされます。自転車で学校へ通っていた頃は、1日に20匹ぐらいのペタンコの死骸を見たものです。

 柿の木は、今でも住宅の間に、勝手に実っている。したがって、カニが柿を食べに来ても、それほどおかしくないのである。恐らくむかしは、サルもいたのだろうと、思う。もしかすると、人間が食べるぐらいだから、サルもカニを見つけると食べたりしていたのかもしれない。天敵だとすると、合戦をしてもおかしくない。

 家の回りによくある柿には、忘れているかもしれないが実は3種類ある。普通にスーパーに売っている潰れた四角っぽい渋柿。小さめでとんがっている甘柿。ちょっと大きめな熟したトマトのような(たぶん甘い)柿。

 渋柿や、特に堅い甘柿などをぶつけたら、人間でも大けがをする可能性があるから、サルがカニに投げた柿は、巨大トマト風の柿だと思われる。甘柿が当たったらカニは即死だろう。子供を産んでから死んでいるのだ。サルといえども、殺す気はなかったと思われる。

 柔らかくて、落ちるとべちょべちょに潰れる。大げさに言うと、水風船のようなものだ。(そういえば、大量のトマトをぶつけるお祭りがあったな)この柿の、青いやつ。まあ、ちょっと手加減しているが、これでも死ぬかもしれん。木の上から投げたら、柔らかくても死ぬかもしれん。結果的には死んだが、この時は重傷だった。どう考えてもカニが不利な戦いだが、なにも復讐してサルを殺さなくてもいいのではないかと思う。サル族の逆襲はないのか。

 そもそも、なぜ?
 カニが、おにぎりを持って歩いているのだ?

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[2018/08/14 18:37] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
さるかに合戦 1
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 田舎から帰ってきたら、何となく思いついてしまった。
何の脈絡もないが「さるかに合戦」について考えた。

 日光などに行くと、猿が出てきて、持ってきたお弁当をとって食べたりする。
けっこうポテチなどが好きみたいだ。
オオカミなんかもそうだが猿は、むかしは普通に人間と共存していたに違いない。
しかし?対戦相手がカニ?ってなんのことでしょう??
カニなんて、伊豆の海岸にでも行かないといないじゃん。
そんな気がするものだが、
本来、猿とカニと柿は、日本人に身近なものであったのだ。


「さるかに合戦」は、日本の民話で、そのあらすじ。

 カニがおにぎりを持って歩いていると、ずるがしこい猿が拾った柿の種と交換しようと言ってきた。カニは最初は嫌がったが、種を植えれば成長して柿がたくさんなってずっと得すると猿が言ったのでカニはおにぎりとその柿の種を交換した。

 カニはさっそく家に帰って「早く芽をだせ柿の種、出さなきゃハサミでちょん切るぞ」と歌いながらその種を植えるといっきに成長して柿がたくさんなった。そこへやって来た猿は、柿を取れないカニの代わりに自分が取ってあげようと木に登ったが、ずる賢い猿は自分が食べるだけでカニには全然やらない。カニが早くくれと言うと猿は青くて硬い柿の実を蟹に投げつけ、カニはそのショックで子供を産むと死んでしまった。

 怒った子カニ達は親の敵を討つために、猿の意地悪に困っていた栗と臼と蜂と牛の糞を家に呼び寄せて敵討ちの計画をする。猿の留守中に家へ忍び寄り、栗は囲炉裏の中に隠れ、蜂は水桶の中に隠れ、牛糞は土間に隠れ、臼は屋根に隠れた。そして猿が家に戻って来て囲炉裏で身体を暖めようとすると、熱々に焼けた栗が体当たりをして猿は火傷を負い、急いで水で冷やそうと水桶に近づくと今度は蜂に刺され、吃驚して家から逃げようとした際に出入口で待っていた牛の糞に滑り転倒、屋根から臼が落ちてきて猿は潰れて死に、こうして子カニ達は見事親の敵を討った。


 突っ込みどころは、随所にあるが、
協力者に「牛の糞」があるのは、なんなんだ。これは意味がわからん。
牛だったら、土間で飼っている家はたくさんあった。
うちでも、牛を飼っていた。
牛の餌用に草を入れて発酵させる、サイロもあった。
牛の糞も、そこら中に落ちていたが、「こりゃええ牛の糞や!」
「なに、うちの牛の糞は、もっとええで」
なんて話題になることはなかった。
あっ、今現在でも、山で放し飼いしているので、
ドライブしていると、ときどき出逢います。
昨年も、五頭の牛に道をふさがれて、ブーダンの乗り合いバスのように
牛が避けてくれるのを待っていました。 (つづく)

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[2018/08/10 18:21] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
テレビを見てはいけない!
古いテレビ


 先月、正式名称はわからないが、BDハードディスクビデオレコーダーが壊れたので、ハードディスクだけ抜き出して捨てた。中を見ると、ほとんどパソコンに近い。ハードディスクも昔ながらの、デスクトップパソコンのものと同じ。

 今まで毎日、3から5時間ぐらいは録画していたのだが、そういうわけで録画しなくなた。今まで録画して貯めていたのが見れなくなったのは残念だが、新たに録画したい番組はほとんどないことに、気づいた。

 テレビは洗脳の道具だから見てはいけない、という説は聞いていたし、知り合いに一人暮らしを期に、テレビを持たないことにした人もいる。なによりテレビ番組がつまらなくなった。一説によると、日本の報道番組の自由のなさは中国政府の締め付けよりもひどいという。テレビ局だって何かに忖度して、自主規制しているのだろう。

 というわけで一ヶ月、録画しなくても一向に困らないことがわかった。(カーリングの深夜中継があるときは困るけど)今まで録り貯めた、DVDとBDを見るために、再生専用プレイヤーだったら、1万円ぐらいで買える。それも見るかどうか。


 昨日絵画グループの年配の方と話をしていたら、昔のSPレコードやラジオの話が出た。SPのことは別にして、ラジオが珍しかった頃の話が出た。オリンピックなどのイベントがある時には、ラジオがある家によその家の人が集まってみんなで聴いたそうだ。力道山のプロレス中継かワールドカップのライブビューイングか。

 それで思い出したのだが、子どもの頃、夕方になると時々、近所の子どもがテレビを見に家に来たことを思い出した。もちろん自宅にテレビのない家の子どもだ。サリーちゃんなどの、テレビを見るだけで、晩ご飯の前に帰る。わたしもよその家にいってテレビを見たこともある。

 わりと気軽に、人の家のお茶の間に入ることができた。だから家に帰ると、知らない人がこたつに入っていたりもする。このような偉大なテレビであったが、今でもお茶の間ではみんなで、あるいは一人でテレビを見ている。他にすることがないのかもしれない。

 ちょっと普通には考えられないことだと思うが、田舎の家は、「玄関に鍵をかけない」とかいうレベルではなくて、「そもそも鍵が付いていない」。旅行中であろうが、何だろうが、夏場の窓は網戸、玄関に鍵はない。だからテレビは見放題か?。

 残念ながら、テレビを見ない代りに、ウォークマンかユーチューブをかけっぱなしにしていることが多い。
これではいけない、沈黙のススメ。
瞑想でもした方が、いいんだろうな、きっと。

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[2018/06/16 11:16] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
iPodで音楽を聴く。
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 携帯音楽プレイヤーが普及して10年以上walkmanを使っている。携帯系になってから3台。それ以前も、MDが2台。コンパクトカセットでのwalkmanは、何台使ったか分からない。カセットでのwalkmanが発売される前にも、ラジカセを鞄の中に入れて持ち歩いていた。毎日、5~6時間は、音楽をかけていると思う。

 今回スマホを買おうと思ったが、電話があると持ち歩かないと懸念されたので、ほぼ同じ機能を持つiPod touch(第6世代)にした。なんとか、かろうじてこのブログなどの、ネットも見ることが出来るし、ラインも出来る。ただ、当然だが、画面はそうとう見づらい。タブレットや、ノートパソコンでさえ見にくいのが嫌で、いまだにデスクトップパソコンを使っているのだから、それはもう使いづらい。

 しかし何といっても、メールのチェックが楽になった。使っている数種類のアドレスが一度に見渡せる。返信は、Siriで音声入力もできる。他の機能はよく分からないが、この二つはとても便利だ。

 この機体、本機能は携帯音楽プレイヤーである。ところがどっこい慣れないうちは触るたびに他の画面に切り替わって落ち着いて音楽を聴いていられない。途中で音量が下がっ他と思ったら、メールのおしらせだ。アルバムを変えたくなったら、スリープしているのを起こして、PINパスワードを入れ、ロック解除しなくてはいけない。

 何よりも不便なのは、すぐに充電が切れそうになることだ。walkmanなんて、新しいうちは、一週間以上持つ。海外旅行中も充電しないでもなんとかなる。それなのにこのiPodは、毎日夕方になると警告ランプがつく。だから、毎日充電している。いくらちょっとくらいネットを見たからって、ひどすぎる。機内モードにでもしていれば少しはいいのかもしれないが。


 しかし、これが肝心だが、いいところもある。もちろんある。曲の選び方が、小さい画面のwalkmanよりもわかりやすい。音楽プレイヤーとしては、巨大な画面である。シャッフルやお気に入りなどの選曲がほどよく使いやすい。

 今までSONY形式でパソコンに入れていた音楽ファイルを、iTunesで使いこなすのには手こずっている。なにしろSONYのATRAC形式に対応していない。しょうがないので、MP3で入れてある数少ない曲だけ聴いている。クラシックはATRACの方が、音が切れなくていい。MP3はトラックごとに音が切れる。

 スターウォーズに出てくる新型ドロイド(っていうのかな)みたいな一風変わった形をしたヘッドホンが着いてくる。これが音がいい!しかもオープンエアなので、回りの音がよく聞こえる。お店に入ったときに外さなくても、店員と会話が出来る。

 どんなふうに音がいいのかというと、音の粒の輪郭がハッキリしている。若干細めの、華奢な音に聞こえることもあるが、おおむね繊細で高い音がきれいだ。外の音が十分聞こえながら、音楽もしっかりしている。散歩に最適だ。


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[2018/01/29 17:31] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
iPhone みたいなもので送信
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 先月からスマホを買おうと調べていた。
それで家のIP電話をやめ、電話は携帯電話のみにした。
スマホに備えて、Wi-Fiも使えるようにルーターをつなげた。

 かねてから書いているように、普段から携帯電話は持ち歩かない。携帯音楽プレイヤーはいつも持ち歩いている。電車には5分しか乗らないし、家の外で時間を潰すようなことはない。冬の間はほとんど外にも出ない。果たしてスマホなんか買ったとしても、家に置きっぱなしになるのではないかという懸念があった。

 当初、格安アンドロイドスマホを、家のWi-Fiで使って、そこそこ使いこなせるようななって、春になったら、格安SIMを契約してデータ通信だけしようかと考えた。SIMカードなしでも、Wi-Fiだけで使える。そう思ってお店で実際の機種をさわりまくって見ると、「iPhone SE」がいい。

 ところが「iPhone 」は、Wi-Fiだけではダメで、SIMカードを入れて、最初にアクティベートという設定をしなければいけないらしい。それがすんだら、抜いても使えるらしい。SIMカードが必要となったら、めんどくさくなった。APN設定もあるだろうし。

 何か他の抜け道はないだろうかと調べたら、今の「iPod touch」は、「iPhone」から電話機能を抜いて、SIMカードが使えないだけで、Wi-Fi環境では、ほとんど同じであることがわかった。同じiOSだし。

 だいたい携帯音楽プレイヤーしか持ち歩かない性格には、「iPod touch」の方がいいのではないかと思う。使い始めてみたら、音楽を聴くのには、逆に使いづらいと思う。


 ときおり人からもらうメールの最後に
「iPhone から送信」と書いてあるのがある。

「わたしは格安アンドロイドスマホではなくて、iPhoneですよ」と、自慢しているのかとも思えたが、そうではないらしい。パソコンからではないので、少なめな文面なのをわかってくれということらしい。わたしなんて、パソコンの十分の一も文字が打てない。

 手に入れたiPodからメールを送信したら、自動的に「iPod から送信」と入っている。
iPodということは、なにも相手に知られなくてもいいではないか。
「iPhone みたいなもので送信」に変えておいた。


Apple iPod touch 32GB 第6世代 2015年モデル シルバー MKHX2J/A

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[2018/01/22 19:46] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
パン屋さんのコーヒー 2
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  パン屋さんの音楽について書いたが、当初書きたかったのはそのことではなかった。ビートルズは前振りであったが、長くなったのだ。ここで飲むコーヒーのことを言いたかったのだ。

 といってもコーヒーの味のことではない。実のところ、パンを食べながら、無料でついてくるのだから、紅茶だって、温かい飲み物だったら何だっていいのだ。あんパンにはコーヒーで、ケーキにはレモンティーだなんて、うるさいことを言っているわけではない。

 あくまでもおいしいパン屋さんである。散歩の楽しみとして、かけがえのないものである。パンを買うと、持ち帰っても良いし、テーブル席で食べてもよい。室内にもあるが、店の外にもテーブルがある。暖かい日は、外で食べると気持ちが良い。

 パンを買った人は、セルフサービスの機械からコーヒーをカップに入れて持ち出すこともできる。当然だが、パンを買わないで、コーヒーだけ飲みに来る人はいないと思う。私の場合、もちろん「ここで食べる」と言ってテーブル席に座ることもあるが、「持ち帰ります」と言って、袋に入れてもらうことの方が多い。

 テーブルで食べる場合は、パンはトレーに載せたまま移動するだけだが、お持ち帰りの場合は、当然、袋に入れてもらう。問題はここだ。最初のうちは、ここで食べるか、持ち帰るかはっきりしていたのだ。しかし、袋に入れてもらわない場合は、この場で全部食べきらなければいけない。

 ある時、パンを3個ぐらい買って、袋に入れてもらいながら、セルフでコーヒーを片手に持ち店を出て、外のベランダでパンを一個だけ食べて、コーヒーを飲むのが快適だと思った。3個のうちの一個だけを選んで食べ、他は帰り道、歩きながら食べるというのも楽しい。

 それでたいていは持ち帰りよう袋に入れてもらって、紙コップにコーヒーを入れて外へ出ることになる。紙コップと小さめの陶器のカップもおいてある。ここで食べる人は陶器を使ってもいいということだが、もちろん私は紙コップである。

 紙コップ、当初は、セルフコーヒー器の横に置いてあるだけだった。「ボタンを押すのは一回だけ」とか「2杯目からは20円」とか小さく張り紙がしてある。新しい店舗の方は、なんだかもっとうるさく「パンを買った人は一杯だけ」「外へ持ち出さないように」なんて、ちょっと神経質に書いてあったような気がする。

 そんなふうに書いてあるものの、控えめで、2回ボタンを押しても平気だった。1回ボタンを押しただけでは量が少ない。それで紙コップになみなみとコーヒーを入れて、店を出る。何も問題なかった。外テーブルで飲んだり、帰り道の公園で飲んだりしていた。

 ある時、紙コップがレジの前に置いてあるようになった。陶器のコップはそのまま。お金を払ってから、紙コップを手にとって、コーヒーのコーナーまで移動する。これでもちょっと手間がかかる。これも、最初は進んで「紙コップどうぞ」と言って、手渡してくれたが、そんなこともしてくれなくなって、自分で手に取るようになる。その後、紙コップはレジの後ろに置いてあるようになった。

 これで、お金を払い終わった後、「紙コップください!」と言わないと手に入らないようになった。最初は、気にしてなかったが、何度も続くと、そんなことお願いしなければいけないのが嫌になってきた。変化の様子を見ていると、無料のコーヒーを持ち出されたくないという方向性が伝わってくる。なにより、徐々にサービスが悪く変わってきたことが気分が悪い。

 こんな事するんだったら、コーヒー代として安価なお金を取るとか、コーヒーはここで食べる人だけとか、最初からそうであった方が気分がいい。そのうえで、もし、お客様が、コーヒーを飲みながら帰りたいんだと言ったなら、その時には臨機応変に対応してもらいたい。マニュアルやルールはあるけれど、店員の裁量で、ちょっと上乗せサービスするということで、お客はついてくるんだと思う。

 よく行く近所のレストラン。この店は大型チェーン店であるが、店員と顔見知りになると、混んでいるときに優遇してくれたり、日付の過ぎた割引券を、こっそり新しいのに取り替えてくれたり、職員専用の割引券をくれたりする。ある程度は許されているのだろうが、他の店の対応と全然違う。少し割り引いたって、毎週来てくれば、お店も儲かるだろう。「あなたはお得意様だから、他の人よりも気を遣って親切にしています」と感じさせることは接客業に必要だと思う。

 という、無料コーヒーのせいで、パンを食べることが少なくなったのである。

テーマ:パン - ジャンル:グルメ

[2017/03/01 14:48] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
パン屋さんの音楽 1
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 いつもの散歩コースにおいしいパン屋さんがある。評判がよいらしく、市の中心部にも数年前、もう一店舗開店した。パンがおいしいだけでなく、テーブル席で食べるのも自由だ。

 ここではいつもビートルズの曲をかけている。両店舗とも数年来に渡ってずっとビートルズの曲のみ流している。有線放送だと思うが、それなりの選曲をしてあるのだろうか。パン屋にはふさわしくないハードなロックンロールもあるとおもうけれど、キツイ曲がかかっていた覚えはない。

 私はおなじみの曲が流れているので気持ちが良いが、毎日いる店員はどうなのだろうと思う。ビートルズの曲なんて、アルバム一枚30分程度だ。つまりすべての曲を重複しないように流したとして、一日あれば全部聞くことができる。まあ、言ってみれば、ベートーベンの交響曲全曲演奏だってそうだが。

 誰の趣味なんだ。一度聞いてみたら、経営者の指示のようだ。そりゃそうだろうけれど、店員はどうなんだ。もしかしたら勤務パートの時間は1日2時間とか、短時間に決められているのか。そうでなければ、ビートルズ大好き人間か。それとも大嫌いになって、完全に無視しているか。気にならないのか。経営者は何とも思わないのか。

 私だったら、こんなこと止めて欲しい。好きな曲ならむしろ、逆に、流すのを制限したいくらいだ。職場で聴きたくなんかない。年に数度、ちゃんと鑑賞できる環境で聴きたい。

 いつも行きつけの、ビートルズ好きのマスターのいる美容院で、カットされながらそんな話をした。この美容院も有線放送を流しているが、それなりに気持ちよく聞き流しやすい曲だ。それでいて、ラジオから流れているのを聴いたことがあるわけでもなく、好きな曲でもない、知らない曲なのだ。好きなビートルズの曲なんて流れてたら、仕事がやりにくいと、マスターも言う。

 展覧会をやっていても思うのだが、好きな曲を流してはダメなのだ。ノリノリになって楽しんではいけない。メロディーに乗ってはいけないのだ。曲の流れが分からない、静かで知らない曲。ほとんどの人が、音楽が流れているのに気づかないぐらいの曲が良い。

 とりあえず、お客としては、ビートルズの曲は好ましく思っている。

テーマ:The Beatles(ビートルズ) - ジャンル:音楽

[2017/02/22 17:45] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ちいさい画家 2
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子供魚2

子供8

子供7

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2016/10/08 15:00] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ちいさい画家 1
子供1

子供2

子供4

子供3

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2016/09/22 16:51] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
じゃなくてポジターノ
 昨日、いつも通っている会館の文化祭に行ってきた。仲間のグループの絵も少しだけ出ていたが、その隣に水彩画のグループも展示していた。そこになんと小さいながら「アマルフィ」の絵があった。

 アマルフィといえば、サントリーニやリオ・マッジョーレ、ポルトフィーノなどと同じく、絵にも何度か描いていて、行きたいと思っているのに、願いが叶っていない場所だ。

 そこで当番らしい人に聞いてみたら、その人の作品で、アマルフィに行ったことがあるという。ついでにサントリーニにも行ったことがあるという。実際にこの二箇所に行ったことがある人に会うのは初めてだ。

 「アマルフィ」は三年ほど前の映画で、急に有名になったようだ。ところが旅行パンフレットや映像などで「アマルフィ」と表記されているのはたいてい隣村の「ポジターノ」である。

F4号では描いたことがあるが、そのうち大きな絵で描きたいと思っている。

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上がアマルフィ、下がポジターノ

ポジターノ3

テーマ:旅の写真 - ジャンル:写真

[2016/09/19 18:42] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
未来の自分は他人
 『人を動かす、新たな3原則 ダニエル・ピンク』を読んで、思いついた。老後の備えをしないアメリカ人の話があったからだ。

 以前から、時間には過去も未来もない。錯覚だという説をとりあげている。死後の世界があるのかということと一緒で、解明できるとは思えない。だからといって、当然、持っているお金を、今日使い切ってしまうことはしない。明日、お金がなかったら困るに決まっている。そう思いこんでいるが、明日が来るとは限らない。

未来の自分は


 未来のことをどう考えようと、現在、何十年後の老後に備えて、全く準備をしていない人はいないだろう。日本人は特に貯蓄する民族みたいだが、そうでなくても家を持ったり、健康保険や年金を律儀に納めていることだろう。

 テレビでは、退職してから死ぬまでに何千万必要という試算をし、年金だけでは足りないとさかんに訴えている。決して私たちのことを心配しているのではなくて、そういうわけだから、株を買ったり、貯金をしたり、新築住宅を買ったりしておけと言いたいのだろう。

 ここのところの自己啓発本など読むと、常識に洗脳されて、未来の安定のために我慢なんかするな、人の意見なんて気にするな、今やりたいことをすぐにやれ、とハッパをかけるのが、むしろ普通だと思う。

 特に心配性な日本人には考えられないことだが、アメリカ人の中には、先の蓄えをする気のない人がけっこういるらしい。江戸っ子とおなじで、宵越しの金はもたない主義なのだろうか。

 心理学などの実験で、先の利益のために今の快楽をあきらめることができる子供は、大人になってからの年収が多いという傾向が見られたそうだ。他の子供は、たとえば今ほしいものを、すぐに手に入れたがるということだ。(わたしも毎晩ビールを飲みたいのを我慢しているが、実入りが良くなった気配は感じない)

 その宵越しの金を持たないアメリカ人(失礼!)は、先の人生に備えるなどということが想像できないのかもしれない。20年先の自分については、赤の他人とほぼ同じ現実感しか持てないらしい。

  しかし、何十年も先のことを心配して貯蓄に励むことは、計画的に生きているというよりは、妄想が激しい神経症みたいなものではないのか。武田邦彦さんの言う、目的は持たない、明日があるかどうかは分からない、も一理ある。

 どちらの国民も、なんとなく極端すぎると思われる。どちらかというと、現在にごく近い未来のことだけ考える方が普遍的な生き方だと思う。それだと家なんて持てないけどね。どの程度が、ちょうどいい生き方なのだろうか。

テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

[2016/06/15 17:36] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ほんとに忙しい?
忙しい
☆ 最近のイラン。


 わたしは忙しくない。そう思っているが、ここのところ、自分が時間があるせいか、周りの人々がやたらと「わたし忙しい」、「みんな忙しいからね」と言っているのが耳につく。

 なに、なんらかの責任逃れか、遅刻や不参加の言い訳に使っているのだろう。嫌いな相手と一緒にいたくないときにも、そんなことを言うだろう。だがそれだけでもないらしい。もちろん、子育て中の働く女性だったら、言うまでもなく悲惨なぐらい忙しいだろう。それは、わかる。(起業したばかりのマイクロソフトとか、ワタミとか?)

 しかし、通りがかりにちょくちょく見かけるのだが、近所の人と(無駄そうな)世間話をしている人たちでも、「忙しい」と言っている。スポーツクラブで1時間ぐらい自転車をこいでいる人たちもそう言っている。

「忙しい」という漢字は「心」が「亡い」ということです。時間が亡いということではありません。急いで何かをしたからといって、一定の時間内にできることは、そんなに変わるとも思えません。仕事だったらむしろ、落ち着いて確実にこなした方が、結果的に早くできるということも考えられます。

 想像するに、忙しい朝というと、テレビニュースを見ながら、おにぎりとコーヒーを口に入れて、それを噛みながら、ズボンをはいている、ような状態でしょうか。時間がないわけではなくて、心がない、つまり行動に心が入っていない。食べているときに、食べていることを意識していない。

 これで一定時間内に、たくさんのことをこなして、これが人生を生きていることになるでしょうか。こんな生活をして、節約したと思っている時間があるとして、いったい何に使っているのでしょうか。

生きていないと一緒です。

テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

[2016/05/16 18:24] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
展覧会の案内ハガキを作りました
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 20年ぐらい前から、毎年2回展覧会を催しています。以前は自分のプリンターで印刷していましたが、用紙代とインク代で、100枚あたり3千円ぐらいかかっていました。調べてみたらかなり安くなるので、一昨年から、ネット印刷会社に頼んでいます。

 500枚で\3,120でした。(もっと安くできるところもあります)
最初の時は、今まで通り100枚頼んだのですが、100枚頼んでも、500枚頼んでも値段がそれほど変わらないので、だんだん多めに頼むようになりました。100枚頼んだときは、サンプルというか、サービスなのか200枚ほど届きました。その後いつでも100枚ぐらい多めに送られてきます。

 それで、このネットで原稿のおさめかた、入稿が、ルールがいっぱいあって、初心者にはなんのことやらわからないことばかりです。ソフトがペイントショップ・プロとフォトショップとイラストレーターを使い、なんどか行ったり来たりして、何層にか画像を重ねています。(おおげさに言い過ぎました)

 いまだに入稿すると、できるだけルール通りにやったつもりなのに、「大きさが違うので縮小しました」とか「とんぼがついていませんでした」などコメントが入ります。フォトショップとイラストレーターのヴァージョン違いで不具合が出ているのかと想像されます。(途中で何度もエラー表示が出る)拡張子でいうと元が「.ai」「.eps」のところを「.jpg(普通の画像ファイル形式)」にしただけでも、ずいぶん印象が違ってきます。

 ほんとうは、写真をはさみで切るように自由な形に切り抜き、重ねたいのだけれど、やりかたがわかりません。できるのかもわかりません。もうちょっとコラージュできないものでしょうか。

 4トラックのテープに多重録音ダビングを繰り返すという、サージェントペパーのレコーディング風景のようです。パレットマークも自分で作ったものです。しかしひとりでやっているのでやる気が続かず、あまり凝りすぎても、だれにもわかってもらえないので、適当なところでやめておきます。原稿以外にも、注文手順と、ネット送金でも疲れました。

 なんだか不十分で、画面上でも、努力の成果は出ていないと思うが、
絵よりも力を入れているような気がしないでもない。
まあ、次回に期待を。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2016/04/07 17:25] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ORIE INOUE SOLO EXHIBITION "PHENOMENES"
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 めずらしく、ギャラリーに行ってきました。
井上織衣(いのうえ おりえ)の個展です。
I can never resist a chance to meet new artists in person.


井上織衣 個展「現象」ORIE INOUE SOLO EXHIBITION "PHENOMENES"
2016.1.9 sat - 1.24 sun 11:00-19:00 ※最終日17:00まで
135-0042 江東区木場 EARTH+GALLERY(アースプラスギャラリー)


 この木場の現代美術館にも近いギャラリーにも、作家にもあまりに驚いたので、言葉が出ませんでした。織衣さんから直接聞いたところによると、これからパリのギャラリーでキュレーターをやるそうです。
It's not a bad life working behind the scenes in art world.

 オリエというと、山崎ハコの「織江の唄」を連想します。今でもときどき聴いていますが、五木寛之「青春の門」の登場人物です。原田マハの「楽園のカンヴァス」の主役もキュレーターで織絵なんですけど。

 古代ローマ帝国でいうと、私などは、奴隷の身分です。そう感じさせられたのです。貴族の家庭教師をしている奴隷ですね。そこへいくと井上織衣さんはローマ市民権を持っているようです。大変価値のあるもので、パウロなんかはそのおかげで、何度か投獄されても、世界中伝導してまわれたのです。ローマ末期には、市民権を乱発しましたが。
今月、24日までやってます。


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[2016/01/13 16:55] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
目で見ていない。

 先日めがね屋さんに行って、気軽に「ちょっと視力を計ってよ」と頼んだ。そうしたら、めがねを買ってくれると期待したのか、予想以上にていねいに計測されてしまった。
あげくに「今のめがねは全然合ってません」
「度が強すぎるのと、乱視が入ってません」
「現状では、メガネをして0.4しか見えていません」と言われた。

 わたしは 0.4 の視力で、絵を描いているのか。
これで、写真などを見て、絵を描いているのだ。
人の絵の間違いを指摘したりしているのか。
傾いている。この線の角度が違う。色がここで変化しているとか、比率が違うとか、クリムソンレーキをちょっと加えるといいとか、目が悪いんじゃないの!とか、さんざん言っているのだ。てことは、みんなも0.4並に、視力が悪いのだろうか。だいたい、私の回りのみんなは目が悪いに違いないと、実は思っていたのだ。しかし、人がどのように見えているなんてことは、他人にわかるわけがない。

 先日の山ごもり中には、つつがなく毎日車の運転もしていた。ということは、視力という物理的なものは、そんなに必要でもないのではないか。どこぞの学者の研究では、人間の目は見たものをそのまま捉えることはせず、脳が大幅に補正して、このように見えていると(思っている)ようなのだ。人間の目に見える周波数帯は、非常に狭い範囲だ。フォースを信じろ。心の目で見ろ。などと言うつもりはないが、脳の経験的処理能力の影響の方が大きいのではないか。
[2015/08/29 17:14] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
夏祭り
夏祭り1


 君がいた夏は、遠い夢のなか。 空に消えてった、打ち上げ花火。
ジッタリンジンの「夏祭り」ではない。

 数ヶ月、心配の種があった。ここのところ野外で肉体労働などしたことがない。しかも一ヶ月の猛暑もあって、図書館と食料品買い出しついでの散歩以外は、ほとんど外にも出ない。暑さも峠を越えたとはいえ、当日の最高気温予想は34度である。

 うちのマンションの夏祭り担当が数年に一度来襲する。それはそれで納得して参加するのであるが、ここ20年ほど、メンバーがほとんど同じである。新しい人、つまり若い人は一人か二人見かける程度だ。平均年齢が70を超えていると思われる。(私はかなり若い方だ)当然、ふだん労働をしているとも思われない。それでいきなりの夏祭りである。

 朝の9時から、会場設営。太鼓櫓、役員テント、模擬店テント、提灯つけ。おみこしと山車の組み立てと、1時間のおみこし担いで敷地を一周。350世帯もある団地だ。後半午後3時から6時間、焼きとうもろこし、フランクフルト、フライドポテト、やきそば、やきとり、かき氷、生ビール、輪投げ、水風船、その他おもちゃ売り場などの営業活動。
 
 お昼の1時間を除いて、特に休み時間などもない。焼いたものを販売しているお店は、当然だが、猛暑以上の暑い環境で働いている。どう見ても、一回焼き上げるのに手間がかかる「焼きそば」が大変で、客の行列ができていた。飲み物も飲めない断食中に、ワールドカップに参加していた、ある国の選手のような過酷さだ。(そんなわけないか)途中、交代で、交通整理にあたるが、それはむしろ息抜きになる。

 さて、それで普段は、食事を含めて午前に一杯、午後に一杯ぐらいしか水分を取らない。2~3時間ぐらいの、筋トレを含む散歩時間も、真夏以外は水を飲まない。水を飲むと、下痢をしたり、風邪を引いたりする体質なのである。何も食べないで生きている人の中には、水も飲まない人がいる。そういう人は、肺の構造が違っていて、空気中から水分を抽出できるのではないかといわれている。私がそんなわけはないのだが、とにかく、ほとんど水を飲まないのだ。

 それなのに、みんなにあわせて給水していると、お茶などを7杯、缶ビールを4杯も飲んだ。(近年は、熱中症問題で、過剰に飲めとうるさく言われる)もちろん1日中汗だくなので、汗になって出ているのだろうが、肉体労働に加え、過酷な飲み過ぎによく体が耐えられるものだと思う。こんなに汗をかいたこともないし。いつもなんだか体調が悪いところがあるので、こんなことになっても、それほど変わらない。カラダって、すごい!


夏祭り3

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[2015/08/23 17:06] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
牛との遭遇
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 先日、ツールを見ていたら、レース中の道路を牛の群れが横断していて、自転車にあたりそうになる映像が出ていた。ブータンやインドなんかだと良くある風景だろう。道路を塞いでいる牛がいなくなるまで、車は気長に待つのである。ただこの場合、飼い主はそばにいる。ついでに大量の椰子ガニが、町の中を移動する場面も放映で見たことがあるな。

 さて、山籠りして一ヶ月間の断食をしたいものだと望んでいる私が、いつもの山道を千日回峰行よろしく闊歩していると、五頭の牛が、のんびりと道を塞いでいた。ここは日本である。なのに夏場の半年ぐらいは山の中に牛を放している。ほったらかしにしているのだ。したがって道路の上にももちろんのこと、いたるところに牛の糞が落ちている。

 海岸沿いの道路では、カニが横断するために、車につぶされたカニがアスファルトにへばりついている。潰れたゴキブリよりも、色はきれいだ。カニをひかないように、運転は気を使う。ちなみに自転車で乗り上げたぐらいでは潰れないしぶといヤツもいる。同じく、牛の、けっこう巨大な糞を、タイヤで踏み潰さないように気を使う。

 しばらく牛が移動するのを待っていると、少し道をあけてくれた。闘牛用の牛ではないから、私に角を向けたりしないだろうと思うが、緊張しながら、堂々たる態度で牛とすれすれで通り過ぎる。ところでこの道は、通過するまでに一時間ほどかかったのだが、車が一台通過しただけで、それ以外の人間には一人も会わなかった。あたりまえだが、携帯電話などつながらない。山道で赤いカニに逢ったり、サザエかと手に取ったら、大きなヤドカリが飛び出したりと、驚くことは多い。まあ、熊でなくてよかった。


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[2015/08/02 20:06] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
猛暑の痛み
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☆ 蒼い尾瀬


 先週から、暑くなった。梅雨時には天気予報で、よく「すっきりしない天候が続きますね」なんて言っているが、すっきりしたら豪雨か猛暑である。どんよりした天気の方が、なんぼかましに決まっている。

 そこで外は暑いのである。これだけ暑いと、よっぽどの用事がないと外へ出たくない。つまり最低限生きていくための、飲み物と食料を買う程度に、外出を制限する。何かの必要で2時間ぐらい外を歩いていると、まるで、インドで修行しているみたいだ。

 先週は、除湿器とエアコンの稼働始めの影響だと思われる、のどの痛みから、ひどい花粉症みたいになった。鼻水と微熱である。ちゃんと熱の出る風邪やインフルエンザなどには、もう20年ぐらいご無沙汰だから、風邪なんかじゃないと確信している。だが、まあそのために、ちょっとした不自由を感じることが多くなり、思い出した。

 4月連休の頃、急に背中が痛くなり、動くと時々、ズキッと痛みが走る。ぎっくり腰のようなものだと思う。ずっと立っているとか、ずっと背もたれに寄りかかっていれば、痛くない。動き始めると、思わぬ体重移動で力がかかるのか、予想外のところで痛みが出る。寝る体勢になるまでもしんどいが、寝返りを打とうと体を動かすと痛いので、30分おきぐらいに目を覚ます。3日間はひどく、徐々に回復した。

 しかし、所要で外出もしたし、人と話もした。食料も買ってこなくてはいけない。ゆっくり動いていれば、痛みの出る回数は少なくなる。我慢していれば、とりあえず何でもできそうだ。そうは言っても、動かないで安静にしていた方がいいのだろう。だいたいの時間は、本を読むことにして、ときおりテレビを見る。体が動かないように壁にもたれて、本を読む。

 本を読んでいる限り、なんだ、いつもと同じことじゃないかと思う。普段から家事などほとんどやらず、あまり動かない。しかし、当然だが、いつでも動けるのに動かないのと、動けないので動かないのとは、ずいぶん違う。ただ本を読んでいるだけなのに。何かしようと思いついても、とっさには動かず、体をどのように動かすか考える。極端なことを言うと、冷蔵庫は猫背になって右手で開けるとか、段差があるところでは左足を先に出すとかいうことだ。リパッサナー瞑想みたいだ。全ての動作を「サティ」を入れて、極めて意識的に動く。余計なことを考えて、普段より読書に集中できない。

 かといって、天候が気持ちよくて、体に全く不快な気になるところがない、なんて日は記憶にないぐらいだ。プラトンの言うように、両手を縛られて身動きとれずに、スクリーンに映し出されたものを見ているだけ。自由に動いているつもりで、動ける範囲と方向は決められているのだろう。

[2015/07/19 21:24] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
Windowsタブレットを買うの巻。
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 わたくし、普段から携帯や時計は持たず、携帯音楽プレイヤーだけに頼った生活をしている。ソニーウォークマンだけ。寝る前も四六時中そばで鳴らしている。こんな生活は、なんとカセットのウォークマンが発売される前から、カバンの中にラジカセを忍ばせて、電車に乗ったりしていたのだ。使ってないけど、当初の携帯用電話も大きかったな。

 電車の切符もお金を出して買い、精算し、年金などの支払いも、自動引き落としがいやなので、毎回窓口に払いに行く。車や自転車も止めて、どこでも歩いていく。というアナログ生活であるから、流行のアップル商品なんて買うはずもない。スマートホンのことです。マックブック・エアーはちょっとほしいが、持ち歩かないだろう。

 今まで、ノートパソコンは3台所有したが、わりとすぐに故障した。そこへいくとデスクトップパソコンは、ほとんど壊れない。12年前に買ったソニーバイオと3年前に買ったエプソンの小型(\27,000ぐらい。信じられないほど安い。)さらに、20年前の取り外したハードディスクとWindows3,1の時のソフトも未だに使えている。イラストレーター4,1も使っている。

 ところが最近のタブレットパソコンが安くて軽くなってきたので、旅行用にあると便利だから買おうと思った。バッテリーの持ちもいい。なんといっても画像をパラパラ見たり拡大したりできるのが良さそうだった。資料を持たなくてもすむ。

 それで11インチで、iPadみたいな大きさだ、格安物件を探して買った。アンドロイドだともっと安いのだが、Windows8.1のはちと高いし、使いづらそう。買ってみたら、マウスにキーボードに、それ以前に変換プラグとUSBとLAN増設アダプターなどがいる。

 その増設アダプターを買いに行ったら、付属CDでドライバーを入れないと使えない。しかしCDなんてつなげない。店員に「CDをいったんデスクトップパソコンに入れて、USBメモリーにコピーして、それをタブレットに入れればできますか?」と聞いてみた。店員は、「ネットからダウンロードすればいいんです」という。私は言い返す「だからさ、このドライバーを入れないとネットにつなげられないんだってのに」店員はあわてて、奥に調べに行った。結局、私の考えたようにUSBメモリー経由でよかったのだ。

 それでとりあえずタブレットを試して、デスクトップパソコンから必要なファイルを引っ越そうと動かすと、急に「Windowsのアップデート、電源を切らないでください」が始まって、デスクトップが何も使えなくなった。通常10分ぐらいで終わると思うが、この時は、2時間待っても終わらなかった。あきれて、電話回線を切ってみたが、画面はそのまま動かない。終了もできないので、しょうがない荒療治だ。電源コードを抜いた。そしてまた電源を入れた。ドス画面のようなエラー表示がだーっと10分ぐらい出て、元に戻った。

 なんなんだこれは、タブレットに浮気したから古女房がすねたとしか思えない。ともあれ、Windows8.1で使えなくなったソフトは多いが、その後は順調にカスタマイズを進めている。しかし、軽くなったとはいえ900グラムくらいある。持ち歩かないような気がしてきた。


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[2015/06/25 22:46] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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