FC2ブログ
フォースに頼る
勘違い力


『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている ふろむだ』
という本であります。

 あるものに秀でていると、その人が全体的に優れているかのように、周りの人に錯覚される、ということ。たとえば仕事で業績を上げた人は、他の人より全体の能力がかさ上げされて、好感を持たれ、結果的にもっといい仕事が舞い込んできたりする。美人のキャスターの発言の方が、信頼できるような気がする、ようなことですね。

 実力をつけるだけではなくて、このような他人の錯覚を利用して出世しようではないか、という本のようです。ただし、自分の人生の岐路では、錯覚や思い込みを極力排除して選択しなければならない。しかし、周りの人は、錯覚しているのに、自分だけ正しいことを押し通すと、それはそれでうまくいかない。

 人間の感覚や、勘が、いかにあてにならないか、正しく物事を見ることができないかという、何度か取り上げているようなことですね。絵を描くのも、瞑想するのも、そのためです。ふつうの人は、そもそも社会に洗脳されているし、自分に都合のいいようにしかモノゴトを解釈しないものです。


 その中から、ちょっと気になったところ。
 『現実というのは、なんとも、矛盾だらけで、散漫で、退屈で、面白くないものなんだ。真実を語れば語るほど、あなたの言葉は勢いを失い、魅力を失い、錯覚資産はあなたから遠のいていく。』

 『大きな錯覚資産を手に入れたいなら、「一貫して偏ったストーリー」を語らなければならない。バランスの取れた正しい主張などに、人は魅力を感じない。それでは、人は動かせない。「シンプルで分かりやすいこと」を、それが真実であるかのように言い切ってしまえ。本当は断定できないことを、断定してしまえ。』

 まるでトランプやボリス・ジョンソンの発言のことのようです。まあ、トランプさんは、どこぞの政治家と違って、公約したことを着実に実現していますが。

君よ 永遠の嘘をついてくれ 今はまだ二人とも 旅の途中だと
スポンサーサイト



テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2019/12/28 16:29] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
マハーバーラタ2・神の歌

 『マハーバーラタ』というタイトルは、「バラタ」という王族の栄枯盛衰の物語に、「マハー」(大いなる)という形容詞が付いたもの。

『偉大なる神様の詩・バガバット・ギーター』の、大事なところを書いてみようと思う。理解の程度はどうあれ、行為そのものに意味があるのだから。

 親族や友や師を相手に戦いを挑む気のないアルジュナに、神の化身クリシュナが説いているところの要約は、以下のところではないかと思う。クリシュナは一貫して戦いを勧めている。

 我々を取り巻く世界は幻影であり、そのすべてに失望して、永遠を求め、ついには魂を見出す。大切なのは、決定を下し、おのれの真実を見出すことなのだ。

 生まれたものに死は必定である。あなたは嘆くべきではない。私は殺すものであり、殺されるものである。怒ることなく戦い、憎むことなく殺せるはずだ。現世の出来事は、過去の行為の結果である。結果を受け入れよ。

 戦いに専心せよ。そうすれば罪悪を得ることはない。何かをしたいから、何らかの行為をするものであるが、あなたの行為は、職務そのものである。勝つか負けるか、損か得か、結果は関係ない。

 戦争中には、全力で戦うべきだが、最後には放擲(ほうてき)されるべきである。戦いが終わった後には、成果は捨て、忘れ去ること。

 あなたに与えられた職務を黙々と果たすこと。そこに欲望がない状態が生まれる。一生懸命働いて、欲望を断つことに価値がある。まるでリパッサナー瞑想のようですね。過去のことを悔やんだり、未来のことを心配したりしないで、今現在の状態に集中する。

 人に干渉しない。心配しない。悩まない。思いを持たない。
【バガバット(梵)=バガヴァン(英)=バカボン(日?)】
「これでいいのだ」

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/09/20 23:08] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
マハーバーラタ
X2Z68037.jpg


 バガバット・ギーターの本を何冊か借りて読んでみた。専門家がユーチューブで話しているのも、いくつか見た。おしなべて、何が言いたいのかよくわからない。わかりやすい本も見当たらない。

 偶然、図書館の新刊棚に、「マハーバーラタ(下)」という本があった。中を見ると、『神の歌】という章がある。読んでみると、バガバット・ギーターの内容に似ている。でも、大ざっぱに似ているだけだ。「小説・旧約聖書」などのように、初心者向けにわかりやすい言葉で、かなり大胆に要約している本のようだ。(全部訳すと、もっとずっと長ーいそうだ)

 基本的な話は、ある王家というか一族が、仲たがいして、二つに分かれて戦争をするというものだ。登場人物は、ギリシャ神話や古事記のように、古代の神々の子供や生まれ変わりの英雄が活躍する。千夜一夜物語のようでもある。

 解説まで読んでみると、確かにバガバット・ギーターである。(主題と関係なさそうな)冒頭の戦争の話が、なんで出てくるのかという疑問の答えがここにある。バガバット・ギーターの本を読んでいるときは、確かにそんなこと言ってたような気はしたが、不思議なことに、認識していなかった。
 
 そもそもが民族戦争の話である「マハーバーラタ」のなかで、神の生まれ変わりが、一方の将軍に説教している場面なのである。『そこでクリシュナがアルジュナに、世界の真実を明らかにするために詠い聞かせたのが、神の歌である』この本の(上)(下)巻からみると、わずか3パーセントぐらいの分量しかない。

 3日かけて全部読んだが、全体の話はそれなりに面白いものの、バガバット・ギーター部分は、やはりわかりにくい。ところが「マハーバーラタ(上)」の最後に、わかりやすいところがあった。今でも役に立ちそうなところを。

☆彡

何が、バラモンを尊敬に値する者としているのか?
「心を制御する能力である」
生きている人間が、死んでいるとみなされるのは、どのようなときか?
「所有する富を、神々、客人、使用人、動物、先祖と分かち合わないときである」
黄金よりも価値があるものは何か?
「知識である」
富よりも望ましいものは何か?
「健康である」
もっとも望ましい幸福のかたちとは?
「満足である」
寛容とはどういうことか?
「最悪の敵の行為を耐え忍ぶことである」
人間が征服できる唯一のものとは?
「おのれの心である」
人間にとって最も恐ろしい敵とは?
「怒りである」

この世界について、もっとも驚嘆すべきことは何か?
「毎日、多くのものが死んでいくのに、生きている者たちは、まるで自分は不死であるかのように生きていることだ」
真理の道は、どのようにして見つければよいか?
「人は沈黙と孤独の中で、自分自身の人生について熟考しなければならない」

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/09/17 20:11] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
吉田秀和の「カラヤン」
Image1_201909122114228ad.jpg


 先日は、ドナルド・キーンさんのオペラ本について書きました。これまた同じように、本人が亡くなってから、今年2019年に出た本です。1960年から2010年ぐらいまでの50年間弱に渡って書かれたもの、カラヤンについてのものを集めています。吉田秀和は、音楽評論界の小林秀雄とでも言える、音楽批評というものを確立したような偉ーい!人です。

 この本は、キーンさんの場合と違って、全集本などと比較して、昔の文章に手を入れているとは思えませんが、それでも何度も読み返した文章に、気分が悪くなるというほどではないにしても、落ち着かない気持ちになるところがあります。

 この本も、半分以上、三分の二ほどは読んだことのある文章です。というか、カラヤンについてまだ読んだことのない文章があったことに驚いています。なにしろ50年にわたる、それぞれ年代が離れている、別々に発表された文章を、続けて並べていることに無理があると思います。

 50年といえば、カラヤンが活躍しだしてから亡くなるまでよりも長いです。最初のころと、最後では、カラヤンの演奏もカラヤンに対する考え方も変わって当然です。以前と反対のことを言ったらおかしいですし、同じような話も、ちょっとづつ変わって何度か出てきます。

 初めてカラヤンの演奏に接したときの話などは、別のテーマの文章に何度か出てきます。本人も当然、あえて、前と違った表現をしているでしょうが、何度も言いますが、同じ内容なのに、ちょっと違った言い回しになっていると感じると、やはり気分が良くないです。

 今ではどうか知りませんが、40年ぐらい前は、よっぽどの初心者なら別として、「カラヤンが好き」なんて、表立って言いにくい雰囲気がありました。ベームやフルトヴェングラーなどの方がまっとうな指揮者という扱いでした。

 指揮者列伝みたいな、指揮者についての文章などたくさんあるのに「カラヤン」のだけ集めて本にすると、まるで吉田秀和さんが、カラヤン大好き!と言っているように、誤解されるような気もする。文面から、同世代のもっとも偉大な指揮者だと思っていたと読み取れるにしても。 


 どんな評論家も、人を褒めている文章は美しいものです。
 カラヤンを手放しでほめているところを、一つか二つ。

 それも、なんとすごい音楽だろう!音楽の極めて高度な充実と、数あるこの大天才のオペラの中でもとびきり上質の演劇的な深みを湛えた「ドン・ジョヴァンニ」を扱って、これほど真正面から、これがもつ甘美と苦渋、死と愛とが肌を合わせている音楽を鳴り響かせるのに成功した演奏は、まれにしかないのではないか。少なくとも、私は―かつてきいたフルトヴェングラーの指揮によるザルツブルク音楽祭での上演を入れても―ほかに知らない。

 どうやら、カラヤンには、プッチーニのオペラは、よほど性のあった音楽であるらしい。このうまさは普通ではない。私には、これが世界中に愛されているのは「音楽の劇」としての芸術の力によるので、そうして、それはとりも直さず、この音楽の中にある高さと真実によるのだと、納得がいくのである。カラヤンとヴィーン・フィルの演奏もよい。とても良い。前にもふれたプッチーニにみられる和声と管弦楽法の妙趣が、この人たちの名演奏によって、音の艶といい、表現の力強さと微妙さといい、そのすべてにおいて、これほどまでに遺憾なく表現されたのは、例のないことではないだろうか。

Image2_201909122114240c2.jpg

 

テーマ:オペラ - ジャンル:音楽

[2019/09/12 21:06] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
オペラに疑問の余地はない!
kiinOpera.jpg


 オペラを聴き始めたころ、いろいろな評論家の批評文を読んだが、その中でもドナルド・キーンさんの本は、独特の視点でとても面白かった。並みの日本人評論家と実体験が違う。私にとっては、源氏物語の話とともに、相当な影響を受けたと言えるだろう。

 私が読んだのは、だいたい40年ぐらい前のことだと思うが、今頃になって、ものすごく久しぶりにオペラの本を出すとは、いったいどういうことだろうと思った。読み始めたみたら、ほとんど読んだことのあるような内容の部分が半分以上あった。でも文章は違う。読み進むうちに、内容は良いのに、気分が悪くなってきた。内容は素晴らしいので、おすすめの本なのですが、冷静に読めません。

 昔読んだ本を取り出してきました。何度も読み返した本です。
『ついさきの歌声は』(昭和56年 1981年)中矢一義訳から
(エツィオ・ピンツァとは、ブルーノ・ワルター指揮でフィガロやドン・ジョヴァンニを歌っていた歌手です。)

「わたしにとって、敬愛する多くの女性歌手のなかから、さらに最愛の歌い手をただひとり選び出すなどということは、至難の業といっていい。フラグスタート?シュヴァルツコップ?それとも現役のだれか?
その日によって、その時の気分によって、答えは変わりそうだ。だが、男性歌手の場合、誰が最高か、まったく疑問の余地がない。エツィオ・ピンツァだ。」

『ドナルド・キーンのオペラへようこそ!』から
「敬愛する数多くの女性歌手のなかから、さらに最愛の歌い手をただ一人選び出すよう求められたら、その答えをだすのは至難の業となるでしょう。フラグスタート?シュヴァルツコップ?カラス?それとも現役のだれか?
 その日によって、その時の気分によって、答えは変わってきそうです。しかし、男性歌手の場合、だれが最高かという問いに対する答えは、まったく疑問の余地はありません。エツィオ・ピンツァです。」

 初めて読んだ方には問題はないのかもしれませんが、印象はだいぶ違います。時代の変化に合わせて、日本語を分かりやすく変えた、というわけでもなさそうです。日本語から日本語への翻訳なのか。以前はちゃんと訳者がいたのに、38年たってキーンさんが、ご自分で日本語を書いたのでしょうか。(亡くなってから出た本です)

 あと文脈の中からごっそりカットされているところもあります。たとえば、「メルヒオールと同等に扱いうる歌手は一人もいない。いうまでもなくこのオペラ(タンホイザー)のレコードは、例えばルネ・コローもこの役をこなす力量を持っていることを証明しているかにみえるが、実際の舞台でコローがこの役を歌うのを聞いたことのある人なら、だれひとりとしてそう結論を下すことはあるまい」などです。私もまったく同意ですし、レコードで聴いてもなんでこんなに評判がいいのか理解できません。現代歌手の批判は控えめにしたのかもしれません。(忖度か?)

 なんというか、「グレート・ギャツビー」とか「ライ麦畑でつかまえて」を、村上春樹さんが、新しく翻訳したことがありましたよね。(当然)ほぼ内容は同じなのに、日本語の表現がちょっとだけちがっているわけです。村上さんの小説は、最高の文学だと思っていますが、翻訳は、なんだか気分が悪いです。

 重ねて言う。内容は素晴らしいので、おすすめの本なのですが、
この本は、キーンさんの本意でしょうか?

テーマ:オペラ - ジャンル:音楽

[2019/08/23 17:37] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
饗宴 再
タイムマシン

 日本放送協会のある番組で、エロスが語られていて、驚きました。

 もし美そのものを見ることが出来たなら、今までわれわれの見ていたものは影なので、真実の徳を生み出すことが起こりうる。

 それがエロスで、そういうことです。
簡単にいうと伝わらないが、詳しく言えないので、それなりに。

 それからプラトンの「饗宴」を読んでみました。
 対話編なのですが、解説によると、今では考えられない状況での飲み会でのことです。寝椅子に横になって、飲み食いしながら討論するのです。年配の男性が、年下の美少年をぴったり侍らせながらごろ寝している(こともあります)。後から来た人が、ソクラテスと主催者の間に座らせてくれとゴネたりします。隣に座るというのは、添い寝をするのに近い状態です。

 そんな状態で、順番にエロスについて思うところを表明する。その中で、比較的面白いのは、元々人間は現在の人間が、二人くっついた状態の生き物だったというお話。男男、女女、男女(おめ)の三種類ある。いろいろ事情があって、神は人間をまっぷたつに切ってしまう。その元の片割れを求めてさまようようになったのが恋で、それを司るのがエロスなのだ。

 ここのところ、「海辺のカフカ」にも引用されていて驚いた。村上さんは、もちろん、エロスを見ているのでしょう。洞窟とか井戸の中で。この小説も、残念ながら美人が出てこない。

 それで、「饗宴」を最後まで読んで、本文以上の分量がある解説を読んでも、放映の中にあった重要な部分が出てこない。なぜだろう、なぜかしら。

 もう一度見返したら、私たちのエロスとの関係も、イデアとの関係と同じということで、プラトンの『国家』からの内容であった。別の本なのだ。

★      ★

プラトン『国家』〈洞窟の比喩〉。私たちの世界とイデアとの関係。
 
 私たち人間は生まれたときから、どこかの深く暗い洞窟の中に住んでいる。
その体は手足首が縛られており、洞窟の奥の壁を向かされている。
人間達の背後には塀があり、その奥にある松明の明かりが、塀の上で動かされる人形の影を洞窟の壁に映し出している。人間達は自分が見ているものが影だとは、全く気づかない。本物だと信じ込みその動きをあれこれ考えながら生きている。

 あるときそのうちの一人が拘束を解かれる。彼は後ろを向き、強い光と、塀の上で動く人形を見る。彼は今まで見てきた影が現実だと思いこんでいるので、事態がなかなか飲み込めない。しかし次に彼は洞窟の入り口へと連れて行かれる。そして彼は外の世界を目の当たりにする。最初はあまりの明るさにものを見ることが出来ない。しかし彼は自然の姿をはっきり目にする。そして太陽が世界を成り立たせていることを理解する。

 彼は洞窟に再び降りていく。そして洞窟の人たちが見ているのは影に過ぎないことを知る。しかし洞窟につながれた人たちは、かれが説明する世界の真実を全く信じようとしない。逆に男を危険視して殺してしまうかもしれない。

★      ★

 以下、番組では、伊集院がつっこむ「テレビ業界?、出版業界?」言っていいのか。
先生は「いや、この現実だと思っている世界全体のことです」
江川達也「イデアに立ち返って、システムを変えていかなければいけない」
「いちおう影絵の世界でおとなしく見ているように演じています」
伊集院「死刑にならないように」
江川達也「本当はイデアの方に行ってほしい」
「でも作品の中のイデアを増やすと人気がなくなる」

わたしたちはプラトンを目指そう。ソクラテスにならないように。

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/08/05 17:00] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
夏はイリアスで乗りきる 再
irias_20190730075920720.jpg



 今日もお昼前、1時間ちょっと散歩してきました。毎日食料を買わないと生きていけませんからね。タオルをかぶっていればそんなに暑くない。歩きながら音楽を聴くのが、うっとおしくはなります。

 ホメロスの「イリアス」は、ギリシャ対トロイの戦いのお話である。主役はアキレウス。この名は、アキレス、アキレス腱。ニケ(英語読みでナイキ)と同じで、靴メーカーみたいに感じますね。

 「イリアス」とは「イリオス(イリオン)の歌」、「オデュッセイア」とは「オデュッセウスの歌」という意味。イリオスというのはトロイのことみたいだ。ちなみにギリシャ側のことはアカイア軍と言っている。

 この物語は、ギリシャ人が語っているのだから、「トロイ戦役」のようなタイトルなのだろうと思う。文字に書かれたのは、紀元前6世紀のギリシャであるが、紀元前12世紀頃の話であって、文字の確定していない時代で、ずっと詩人によって語られていたものだ。

 こんな長大な物語が記憶で語られたはずはないという説もあるようだが、文字のない時代の人間の記憶力を、文字に頼っている現代の人間の感覚で想像してはならない。てなことを小林秀雄が言っていた。

 新しい松平千秋訳、ワイド版岩波文庫で、本は活字もキレイで読みやすい。だが、見慣れない漢字が多くて、脚注も多くてひっかかる。名前に枕詞が付く。ペレウスの子アキレウスと書いてある。アトレウスの子アガメムノンなんていう調子で、たまにペレウスの子だけですましたり、単にアキレウスだけのこともある。神々の王ゼウスでさえ、クロノスの子ゼウスである。

 このように、ちと読みにくいが、その前に読んだ、大江健三郎の「水死」よりも、内容はすんなり理解できる。確かストーリーは数年前の映画で「トロイ」ってのがあったけど、それと同じじゃないかな。10年間の戦いの、その中の10日間の出来事を凝縮してお届けする。トロイ総帥ヘクトールをアキレウスが倒して終わる、はず。

 それにしても、いろいろな神々が出てきて、命令したり干渉したりする。ジークムントを助けるワルキューレに、神々ヴォータンとフリッカの夫婦喧嘩がからんでくるニーベルングの指輪と似たようなもの。そもそも増えすぎた人間を減らすために、神々が戦争を起こすようにし向けたのだから、人間を使ってロールプレイングゲームをしているようなもの。歴史的英雄も将棋の駒だ。自由に動けない。 


 ギリシャ対ペルシャやトルコの領土配分を見ると、イタリアからトルコの海岸部分までギリシャ領っぽくなっているところが多い。つまりトルコ沿岸の島であっても島はギリシャなのだ。今でもかなりそんな感じで、ロードス島なんてトルコのすぐそばだ。

 これはギリシャは海洋民族であるので海に面したところはギリシャで、それ以外の内陸がペルシャやトルコという国なのだと思われる。

 だから東シナ海、名前は中国の海となっているが、海のない内陸部が中国なのであって、島がある海は、ベトナムやフィリピンや、そして日本の領土なのである。ロシアと北方領土だってそうだ。日本人は海人だ。

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/08/02 17:56] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
オリラジ中田の歴史講座
Image76.jpg

だいたいいつも、こう思っている。
音楽を聴いたり、絵を描くのはしんどいので、今日は感想文を書きます。

 オリラジ中田がユーチューブで、歴史漫談を始めた。
正式には、「中田敦彦のYouTube大学」
「おはよう寺ちゃん」「及川幸久潜在意識」「オレ的ゲーム速報」「F1モナコGP」などを見ていると、どういうわけだか、次候補に上がってくるので、見てみた。

 このようにユーチューブも、勝手に好みそうなものを把握しているのかと思うと、考えて使わなければいけないと思ってしまう。まれに、水着のお姉さんみたいなのが次候補に出ていることがある。心外だ。こんなものは見たことがない。時折、まったく何の関係もないようなものが混じっているが、深層心理でも探っているのだろうか。

 
 というわけで、まあ基本的に、教科書なんかよりも短時間にまとめているので、大ざっぱすぎて、知ってることばっかりだ。新しい説なども入れているが、今では古くなっている説も、自信たっぷり、断定的にしゃべっている。歴史の内容は、超初心者向けで、見るべきものは何もないが、漫談だと思って聞けば、笑えるところは随所にある。さすがは芸人。むりやり歴史上のキャラになりきっている。

 鎌倉仏教には、いや日本の仏教には、ほぼ興味がないので、そういやあこんなのがあったなと思い出させてくれた。ぶった切った方がわかりやすい。

今までは貴族の仏教であったが、庶民のための鎌倉仏教はこう変わった。
法然 浄土宗 ナミアムダブツと唱えなさい。
親鸞 浄土真宗 ナミアムダブツと生涯一回唱えるだけでいい。悪人ほど救われる。
一遍 踊り念仏
日蓮 南無妙法蓮華経と唱えよ。上の念仏仏教はウソだ。
栄西 座禅して、禅問答。
道元 座禅のみ。ただ座るだけでいい。

なんてお手軽な仏教でしょうか。救われるのに努力はいらない!スポーツクラブに行く時間がないのだけれど、痩せたい人に!とか、聞き流すだけで英語がマスターできます!みたいな現代的風潮とおんなじだ。

 という感じで、おもしろいのだが、続けてみていると、やはり簡略すぎてつまらない。もうちょっと、人物一人ひとり、列伝風に取り上げてくれると楽しめるのだが。ひととおり終われば、やるんじゃないかな。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/05/27 16:50] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
予測をしてはいけない
予想はしては

なんというか投資初心者向けの本ですが、序文がよかった。そのため、あまり興味がない中身まで読んでしまった。のっけからこんなことが書いてある。

 筆者の本業は、株価や金利、為替相場など、証券・金融市場という範囲の様々な市況の先行きを予測して見通し数値を作成し、それが外れる、という仕事だ。(「外れんのかい!」という突込みが入ると思うが)。

 『投資のプロはこうして先を読む 馬渕 治好』

 株式投資の世界では、専門家の予測よりも、サイコロや、サルに選ばせた方が当たるということが言われている。何十年も前からの定説だ。そういうようなタイトルの本もたくさんある。経済学者ほど、株で勝てないという。

 為替相場なんかもそうで、今年の予想というと、「年央までは上がって、年末には下がってくる」、とか「直近は下がるが、秋口には上がってくる」というのが多い。(しらんけど) 相場というものは、適度に上下を繰り返しているもので、はっきり一方にだけ進むのは珍しい。だからとりあえず上がったり下がったりするという予想をしておけば、何となく当たったように見える。

 明日とか一週間後とかの予想は当たりやすいし、予想に基づいて行動しなければいけない。10年後、20年後のある国の経済状態とかも、おおまかにはわかりやすい。ところが、2か月後の株価とか、一年後のドル相場などの予想は難しい。というよりも不確実すぎて専門家にも当てられない。ぬけぬけと予想している評論家はうそつきだ。数人で予想を発表すると、みんなバラバラになる。といった思い切った意見も聞いたことがある。

 アメリカ大統領選にしても、ブレグジットの国民投票にしても、地震警戒情報にしても、天気予報とは違って、マスコミや専門家が外しすぎだろう。

 そこへいくと、ジュール・ヴェルヌの「100年後のパリ」「月世界旅行」などは、かなり正確に空想している。パリの街並み、鉄道網、人口構成、月までの時間とか、着陸船の大きさとかも当たっているようだ。

 人の世の中のことは、予測なんてしてはいけない。何十年前の未来予想なんて、当たっているものもあるが、外していることもたくさんある。相場はすべてを織り込んで、正しい。専門家の言うことなど信じないで、現実に寄り添って生きていこう。

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/04/08 16:43] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
弓と禅 3
X2Z97244.jpg


 カーリングというのは不思議な競技で、審判はおらず、特別に意見が食い違った場合を除き、お互いの了解の上で、勝敗を決めるスポーツです。どっちの石が中心に近いか、順番を間違えたり、失投した場合はどこに石を戻すかなど、相談して決めます。自分の方が負けていると見たときは、相手の得点と認めます。

 相手の最後の失投により、銅メダルが決まったロコソラーレは、表情一つ変えず、相手チームのメンバーと握手をしてから、みんなで抱き合って喜びます。相手をたたえあう、紳士?、のスポーツです。(アジアの一部のチームのみ、これができていませんが)


 ヘリゲルは師匠に言われました。矢が的に当たるかどうかは、射の出来と関係ない。いかに図星に当てるかを考えてはいけない。すべての矢が的に当たるならば、それはあなたが見世物であるということだ。
悪い矢に腹を立ててはいけません。
良い矢に喜びを表してはいけません。

 力を入れるなと何度も言われ、自分がなくなるまで練習する。引き絞った弓を放つのは、自分の意思であってはならない。私でなければ、誰が弓を放つのです?
「≪それ≫がいるのです」
「ひとたび弓を引いて、それを放つのは、あなたではなく≪それ≫だ」
 それを教えてくれないのですか?
「あなた自身で苦労してそれを身につけることが必要です」
「これが分かった暁には、あなたにとって私は必要ではありません」

 それからどれくらいか過ぎて、ヘリゲルさんが弓を射っていたら、師匠がヘリゲルさんに向かってお辞儀をした。
「いましがた≪それ≫がいました」
「それに対し、私とあなたは一礼しなければなりません」

 もう数年たっていました。
 私が変わったのです。
ここからやっと的に向かって打つことが許されました。今までは、的じゃなくて、2mほど先に置いた藁束に向かって打っていたのです。


 四年ぐらい修行を重ねて、思ったようにできない(あるいは理屈をこねる外人)を見かねた師匠が、他では披露したことのない技を見せてくれた。もしかして、師匠は何十年も同じ場所で、同じ的を使って弓を射ているから、狙いをつけず、無意識で動作をしても当たるのではないか。慣れの問題ではないのかと、疑うようになっていた。

 深夜、真っ暗で50m先の的が全く見えないところで、師匠が矢を二回射た。矢はともに的を貫いたことは、音で分かった。ロウソクを持って近づいてみると、一の矢は的の真芯に命中していた。二の矢は、一の矢の芯棒を、真っ二つに割いて、やはり真芯に当たっていた。

 この古い「弓と禅」を欧米で有名にしたのはジョブズです。


新訳  弓と禅

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/03/23 17:58] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
弓と禅 2
apple2s.jpg


 rockin"onのホワイトアルバム特集、こんなジョンの言葉が書いてあった。「ここでは、おれは運よくポールと子供の時からの知り合いで有名になった○○だけど、アメリカではアーチストあつかいしてくれるんだぜ!」

 引き続き、「オイゲン・ヘリゲル著 弓と禅、または瞑想修行」です。

 大雑把に言って、日本の仏教は、中国道教が被さったもので、本来の仏教から遠く離れています。その中にあって、どういうわけか禅宗は、ブッダ本来の瞑想修行を主体としています。いま流行りのマインドフルネスも、ほぼそのまま、ブッダのリパッサナー瞑想です。

 アップルのジョブズとビートルズのジョンですが、二人とも、日本の禅に傾倒していたようです。ジョンの場合は、ヨーコの影響でしょうが、極秘に日本に来て神社や禅寺をまわったそうです。ジョブズが座禅を組んでいたのはもっと有名なことです。(ポールが菜食主義なのは、このさい関係ないか)

 この現代テクノロジー文化の最先端を引っ張っていたような二人が、こてこての日本文化である、禅または瞑想に惹かれていたというのは興味深いことです。(グレン・グールドは「草枕」です)


 オイゲン・ヘリゲルという戦前のドイツ人哲学者が、日本で五年間、師匠について弓を習った体験談を語った「弓と禅」という本を読みました。哲学者ですから、論理的に書いて伝えたいのでしょうが、結局、言葉では伝わらないという本です。

 自分を無くして、意識しないで弓を射らなければいけない。意識しないでする動作なので、言葉にすることもできない。師匠について体験して、本人が会得しなければわからない、という内容です。日本の禅文化は、基本的にすべてそうであって、「菊と刀」とか一部の本で、海外に紹介されているけれども、伝わっているはずがない。

 もうちょっとわかりやすい文学としては、中島敦の「名人伝」がある。弓の名人になるのに、弓の練習は必要ないというお話だ。極端に目を鍛えれば、的に当てることはなんでもなくなる。

 ピアノの先生に、ピアノを習いに行ったのに、何年間も音楽の基礎勉強をするだけで、ピアノに触らせてもらえないようなことです。似たような話としては、器楽を習いに行ったら、ひたすら音を出す練習をさせられて、いつになっても音楽の演奏をさせてもらえない、ということはあるようだ。

 おすすめの「弓と禅」という本の、内容は伝えられないので、このように連想したことを書いているだけになってしまう。周りの電磁波の流れと重力によって、ここにブラックホールがあると、推定されるだけである。本体は目に見えないし、言葉では伝えられない。


 ヘリゲルさんは、ドイツに帰りました。運悪く、第2次世界大戦ナチスの勃興期です。戦後に入ってきたアメリカ兵に、家財道具もろとも、師匠からいただいた弓も持っていかれたそうです。

「残そうと思うものは残らない」
「残そうと思うな」師匠の言葉を思い出しました。

 カント派哲学のトップとして大学教授をしていたヘリゲルさんは、大量の文献や、本人の著作原稿を所有していました。残っていたものは死ぬ前に、すべて焼いたそうです。他のところに偶然残っていた講演の原稿を元に、この本が出版されました。

新訳  弓と禅




テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/03/17 18:49] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
弓と禅 1
apple1s.jpg


「弓と禅、またはアップルが今日の私に与えた多大なる影響」
というオペラ張りの正式なタイトルでありますが、省略しました。

 物心ついてから現在まで、自分の生活に占める割合が多いものについて考える。影響を受けたものと言い換えたほうがわかりやすいのかもしれない。

 今の人が、スマホに依存しているように、生活全般が影響を受けたもののことだ。まず当たり前だが、「テレビ」。小学生のころまでは、毎日しっかり見ていた。うちの両親なんて、未だに毎日テレビ漬けの生活だ。

 中学生になると「ラジカセ」。音楽と深夜放送ラジオと言い換えてもいいが、自分の部屋で、一人でいる時間が多くなる。音楽を代表して最も影響が大きいのが「ビートルズ」ですね。

 それから偉大なる発明として、ソニーの「ウォークマン」。こんなものが出る前から、ラジカセをカバンに入れて、移動しながら音楽は聴いていたが、だから大変助かったのだ。いや、未だに一日に何時間も音楽をかけている。

 そして今につながる、「パソコン」。ネット環境なんかなくても、絶対に必要。アップルⅡ・マッキントッシュのスティーブン・ポール・ジョブズ対MS-DOSのウイリアム・ゲイツであります。今のブラック企業以上の無茶苦茶な経営をしていました。ジョブズは徹夜続きの部下に罵詈雑言。ゲイツなんかでも、何日も休まず仕事しっぱなしで、時折、移動中の廊下で倒れて(寝て)いたそうです。

 その次が「インターネット」だけれど、今の人には当たり前すぎて、水道や電気と同じようなインフラと感じているのではないでしょうか。

 これらに比べると携帯電話やスマホは、あれば使えるけど、なければないで、まあいいか、という程度です。超小型のマッキントッシュという意味では欠かせませんが。どちらかというと「ユーチューブ」やTikTokのような共有動画の方が気になります。


 この中で、機械ではなくて人間としては「ビートルズ」と「ジョブズ」に決まりです。(なんか流行っている、フレディ・マーキュリーなどではありません)

 ジョブズのアップル、未だに大企業のアップルですが、これはビートルズ設立のレコード会社であるアップルからとったものです。だから裁判沙汰で訴えられました。ジョブズには何度となくあったことです。良いものは、人のものでも使うのです。

 ペプシコーラから副社長だったジョン・スカリーを、まだ小さい会社であったアップルに引き抜いた時のジョブズの言葉が有名です。「これからの人生、砂糖水を売って暮らすのか、それとも世界を変えたいか!」
 
 アップルは一旦低迷し、スカリーによって放漫経営者であったジョブズは、会社を追われました。その後、ジョブズの復帰によって世界を変えましたが、ジョブズもまた自分を呼んでくれた新経営陣を追い出しました。(習近平のように粛清したりはしませんが)

 そんなことが言いたかったわけではありません。ビートルズもインドへ行き、瞑想修行などしていましたし、ジョブズはそもそもヒッピー生活をしていました。

(つづく)


Paul68-2s.jpg
ホワイト・アルバムレコーディング中のポール

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/03/12 18:31] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
FIGARO Japon 2
 図書館には珍しいものを発見しましたが、マダム雑誌です。
フィガロというずいぶん前からある雑誌ですね。返却コーナーにあったので、新しいのが借りれました。
もちろんフィガロといっても、オペラと関係あるのかどうなのかわかりません。
最初に本屋で見たときは、F1雑誌かと思いました。
何度も描いている、ポルトガル特集です。
今も描いている、ポルトの写真が表紙です。
エッフェルの弟子が作った橋の上から撮ったものでしょう。

 実のところ、ポルトガルの写真は10ページぐらいしかありません。
その点、クレアとか、他の雑誌とそれほど変わりません。
しかし、そのほかの写真のクオリティが高いのに驚きました。
バックナンバーもみてみようと思います。

figaroJapon2.jpg

figaroJapon3.jpg


ついでに、今週はカーリング、日本選手権があります。
NHKBSで毎日1試合は放映されます。決勝は日曜日。
来月は、世界選手権があります。

213-002_2019021121490588f.jpg

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

[2019/02/11 22:04] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
七夕の夜、君に逢いたい
 最近、ユーミンやら小田和正、ポール・マッカートニーなどの特別なベスト盤を聴いたが、今まであまり聴いていなかった系列の、ベスト編集盤二組を聴いた。双方に、おなじみの曲も、知らない曲も入っている。どちらかというと知らなかった曲が多い。

 松本隆間連系と細野晴臣系であるが、私の印象としては、同じ部類に入る。むりやりくっつければ、先に売れちゃった加藤和彦や荒井由実たちの後方支援をしていたような気がしている。こんなにいい曲がいっぱい、まだ聴いてなかったのかと思って驚いた。

大瀧風街CD

■風街クロニクル~another side of happy end~■
作詞家・松本隆の仕事の集大成となるBOX『風街図鑑』の、姉妹篇ともいえる作品集だ。サブ・タイトルにもあるように、松本隆がはっぴいえんど解散後から現在までに細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂とそれぞれコラボレイトしたナンバーを集めた1枚だ。

ディスク:1
1. 君は天然色 (大滝詠一)
2. ハイスクール ララバイ (イモ欽トリオ)
3. 風立ちぬ (松田聖子)
4. 赤道小町 ドキッ (山下久美子)
5. 探偵物語 (薬師丸ひろ子)
6. 過激な淑女 (Yello Magic Orchestra)
7. Tシャツに口紅 (RATS&STAR)
8. ガラスの林檎 (松田聖子)
9. ペパーミント・ブルー (大滝詠一)
10. 風の谷のナウシカ (安田成美)
11. Bachelor Girl (稲垣潤一)
12. 指切り (PIZZICATO FIVE)
13. 君に、胸キュン。- 浮気なヴァカンス - (槇原敬之)
14. ままごと (クミコ)
15. 恋するカレン (CHEMISTRY)
ディスク:2
1. 三つ編みヒロイン (KAYO)
2. 七夕の夜、君に逢いたい (chappie)
3. しらけちまうぜ (東京スカパラダイスオーケストラfeat.小沢健二)
4. 青空挽歌 (裕木奈江)
5. 月下美人 (松本伊代)
6. 硝子のプリズム (松田聖子)
7. 夢・恋・人 (藤村美樹)
8. 冬のリヴィエラ (森進一)
9. A面で恋をして (ナイアガラ トライアングル 佐野元春 / 杉真里 / 大滝詠一)
10. スピーチバルーン (大滝詠一)
11. いちご畑でつかまえて (松田聖子)
12. さらばシベリア鉄道 (太田裕美)
13. 春爛漫 (山口百恵)
14. 微熱少年 (鈴木茂)
15. ソバカスのある少女 (TIN PAN ALLEY 鈴木茂 / 南佳孝)
16. ミッドナイト・トレイン (The Three Degrees)


hosono-CD.jpg

■細野晴臣トリビュートアルバム■
はっぴいえんど、ティン・パン・アレーから、YMOの活動を通じ、日本のポップス・ロックの源流を作った細野晴臣をリスペクトする国内外のアーティストが集結!坂本龍一、高橋幸宏、矢野顕子、コーネリアス、東京スカパラダイスオーケストラ、テイトウワ等、錚々たるメンバーによる歴史に残るトリビ ュート・アルバム!

ディスク:1
1. 「ろっかばいまいべいびい- Piano Demo ver.-」細野晴臣
2. 「イエロー・マジック・カーニバル」ヴァン・ダイク・パークス
3. 「風の谷のナウシカ」坂本龍一 + 嶺川貴子
4. 「わがままな片想い」コシミハル
5. 「ハイスクール・ララバイ」リトル・クリーチャーズ
6. 「アブソリュート・エゴ・ダンス」東京スカパラダイスオーケストラ
7. 「終りの季節」高野寛 + 原田郁子
8. 「Omukae De Gonsu」miroque
9. 「ハニー・ムーン」テイ・トウワ + ナチュラル・カラミティ
10. 「北京ダック」□□□(クチロロ)
11. 「三時の子守唄」ワールドスタンダード + 小池光子
ディスク:2
1. 「恋は桃色」ヤノカミ(矢野顕子×レイ・ハラカミ)
2. 「スポーツマン」高橋幸宏
3. 「ミッドナイト・トレイン」畠山美由紀 + 林夕紀子 + Bophana
4. 「Turn Turn」コーネリアス + 坂本龍一
5. 「銀河鉄道の夜」といぼっくす
6. 「蝶々さん」ウッドストック・ヴェッツ
7. 「ブラック・ピーナッツ」ヴァガボンド + 片寄明人
8. 「風をあつめて」たまきあや + 谷口崇 + ヤマサキテツヤ
9. 「日本の人」サケロックオールスターズ + 寺尾紗穂
10. 「風来坊」ジム・オルーク + カヒミ・カリィ
11. 「Humming Blues -Demo ver.-」細野晴臣


「風の谷のナウシカ」と「ハイスクール・ララバイ」は、両方に入っている。風街クロニクルの方が聞き慣れている演奏で、細野晴臣の方は、ぜんぜん違ったバージョンです。この中で、散歩中に聴いていていちばん気に入ったのは「七夕の夜、君に逢いたい (chappie)」です。森高みたいな声だと思っていたら、ほんとうにそうだった。


テーマ:おすすめ音楽♪ - ジャンル:音楽

[2018/12/20 16:01] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イーロン・マスクの世紀
musk.jpg


 30年以上前、近所の倉庫を改造したみたいな量販店でよく服を買っていた。店の名前は覚えていなかったが、安いシャツには「ユニーク・クローズィング」と書いてあった。その後、その店はなくなり、「ユニクロ」は有名になった。最近は特に安くもなく、おもしろくもない店だと思っているが、株価は異常に高く、経済ニュースでもよく取り上げられる。

 9月から絶賛世界株価暴落中である。日本の株価暴落を牽引している代表が、ファーストリテイリング「ユニクロ」である。日経平均は、額面金額の平均なので株価の高いものの動きに左右されやすい。なぜこのような衣料品の会社が、日本経済を代表しているのか。米ナスダックは、アップル、アマゾン、アルファベットなのに。

 同じく30年ぐらい前、パソコンを買い始めた頃のあこがれはアップルであった。マッキントッシュ(マック)である。ちなみにアップルもマッキントッシュも、他の有名メーカーのものなので、訴えられたはずだ。もちろんビートルズのアップルから。
(そうそう、日本ではアスキーとかソフトバンクが、がんばっていました)

 実際に買ったのは主流のNECのPC98である。マイクロソフトのMS-DOSで動いている。どっちも白黒だった。アップルとマイクロソフト、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの覇権争いはゲイツが勝った。(ビルというのは、正式にはウィリアムの愛称みたいなものなので、友人は「ウィリアム」と呼んでいるらしい。ジョンも、古くはヨハネから来ていると思うが、ジャックの愛称)

 放漫経営のジョブズはアップルを追い出された。アップルもマイクロソフトに援助を受けるまでに弱くなった。しかしあくまでも、あこがれるのはスティーブ・ジョブズである。iPhoneというのは、電話の変種ではなくて、初代のパソコン、アップルⅡの最終形態ではないのか。


 前置きが長くなったが、そこで、現代のジョブズといえば、イーロン・マスクである(らしい)! 現代アメリカ製造業の旗手である。このところめずらしく、まともなボリュームのある本を読んだ。
『イーロン・マスクの世紀 兼松雄一朗』

現代の重要人物を、あらためて並べてみる。
アマゾン ジェフ・ベゾス
アルファベット ラリー・ペイジ
フェイスブック マーク・ザッカーバーグ
テスラ スペースX イーロン・マスク であります。

 この本の中でまず気になる項目は、「エジソンの呪い」です。とりあえず。
車がガソリンエンジンで普及する前には、100年以上前の話です、電気自動車の実験も行なわれていました。その頃から蓄電池が大問題でした。今でも、ノートパソコンのバッテリーから発火なんてありますよね。

「蓄電は科学としてはいいが、事業としては完全な失敗だ」エジソン。
今でも、軽くて長時間使える電池を量産化することは、どの企業も達成できていません。耐久性、安全性にも問題があります。ガソリンエンジン並みに発火事故を起こします。

 イーロン・マスクを代表として、米国の現代最先端技術について理解を深めてくれる本ですが、火星に行く前に、乗り越えるハードルは多いということを教えられます。それにしても、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような、強引な超天才経営者がいないと、社会って進まないものなんですね。

イーロン・マスクの世紀

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2018/11/14 15:17] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
もう、怒らない 2
もう怒ら2


  「他人のことは気にするな!」という意見も何度か採り上げましたが、私たちは普段の生活で、まわりの空気を読む、忖度する、迎合するなど、社会の同調圧力に流されて生きています。言いたいことがあっても、めったに言えません。嫌われているわけではないにしても、自分は阻害されている、慕われていない、愛されていないと感じることはよくあります。

 必ずしも、ウソをついた子どもを声を荒げて怒るようなことではなくて、自分の思ったようにならない負の感情がここで言う「怒り」なのです。

 仏教的な説明では、スリランカ上座部仏教、スマナサーラさんの怒らないことシリーズなどもありますが、小池さんの一連の本の方が、一般にはわかりやすいと思います。仏教系の本は、たとえこのようなタイトルでなくても、欲望の無情さや、今の現実に集中することで心の平安や活力を保つことが書いてあります。

 このようなブッダの言質、仏教の信条、そのままとしか思えない、今はやりのマインド・フルネスという瞑想法も、ほぼ同じでしょう。(瞑想用のCDなどは使っている)

 小池龍之介の『もう、怒らない』を再度、読んでみました。
読み返してみて、以前とは違うところが気になりました。

 「物事が退屈なのは、きちんと観察しないから」

人間の脳は、省エネに徹していて、一回見たものは、二度目はちゃんと見ないといわれています。過去の記憶を駆使して、見たことにしているようです。意識して見ようとしなければ、見ていないのです。今、見ている場所が、よほど以前と変わった状況になっていなければ、気づかないのです。

 まだパソコンの性能が弱かった頃の、動画録画システムに、前のコマから変化した部分のみ記録していくというのがありました。(使ったことがないので、うろ覚え)一秒間に何十コマの画像を連続して記録していくわけですが、当然ですが、前のコマと次のコマの画像の違っている部分は、ほんの僅かです。見比べてみても、ほとんど違いはわかりません。人が喋っている部分なんて、背景はずーっと変化がなかったりしますよね。その無駄をなくすのです。そうすると、ずっと前のコマからの記録がごっちゃになっているためか、編集時の制約があったはずです。(今でもあるのか、しらんけど!)

 人間の脳も、極力、過去の記憶で処理しようとします。見ているつもりでも、ザルのように盲点があったり、わざと現実を直視しないのようにしているのです。潜在意識の、現状維持メカニズムも強力ですね。

 昨年の展覧会に、どこかのテレビ局が来て、インタビューを受けました。いきなり「絵を習うと、いったいどういう役に立つんですか?」とマイクを向けられました。なんて哲学的な。「人生に目的はあるのですか?」みたいなことではないですか。

 そんなこと急に言われたって答えられるわけないじゃないか、「この世に、役に立つことなんてほとんどない」とか何か適当に言っておこうとあきらめてしゃべり始めました。(国会答弁みたいだが)その時の記憶はほとんどありません。

 後で、放映されたビデオを見て、なるほど!と感心しました。(編集のせいかも)展示されている絵画作品を写しながら、「絵は離れてみた方がいい」なんて、私が絶対に言わないセリフを、ナレーターが入れている部分もありました。
その時、映像の私はこう言っていました。

「私たちは普段、回りのものをちゃんと見ていません。絵を描くことによって、回りの物事を、正しく見るように努めるのです」

 芸術作品は、私たちに、正しくものを見、正しく感じることを教えてくれているものなのですと、小林秀雄が言っていたような気がします。


もう、怒らない (幻冬舎文庫)

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉

怒らない技術 (フォレスト2545新書)

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2018/10/11 18:01] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
生きる技法

 人に迷惑をかけないで、自分で何でもやってしまうことが、自立することだと思ってませんか。私たちは、家族に十分なお金を稼いだり、自分だけではなくて、他の人の世話までしたりすることが、自立することだと思っています。そのように教育されて、あるいは洗脳されているからです。

 自分の生きる目標などを、すらすら明確に言える人ほど、要注意です。社会から押しつけられたものではないですか。自分で考えたと思っているでしょうが。

 というわけで今週読んだ『生きる技法 安冨歩』です。

 この作者の考える「生きるための根本原理」は、社会で巧妙に隠蔽されているようで、40過ぎて離婚もして、気づいたと言っています。(大雑把に書きました)
「自立とは多くの人に依存することである」
(依存する相手が増えるとき、人はより自立する)
「従属とは依存できないことだ」
(少数の他者に依存するという状態こそは、他者に従属している状態)
「助けてください、と言えたとき、あなたは自立している」

 私は、10数年前に車を盗まれ、それから車に乗らなくなりました。あるべく歩くようにし、まれに必要なときは、人の車に乗せてもらうようになりました。

 それまでは、自分の力の過信といいますか、何でも自分で出来るからいいやと、人に相談することなどありませんでした。車も自転車も止めたら、不自由なことがいっぱいあります。やりたいことをあきらめることが、何度かありました。それから、知り合いに、相談したり、頼んだりするようになりました。

 人にお世話になると、なんらかの恩返しをしなければなりません。あたりまえのことですが、以前はほとんど考えていませんでした。(お年玉はもらうもので、あげたことはほとんどない)人に会うたびに、この人には何をすれば、何をプレゼントすれば喜んでもらえるか考えるようになりました。

 もちろん人から自分に与えられるものが多くて、私がお返しできるものは微々たるものです。しかし、自分が変わったのでしょうが、周りの人が以前よりも親切になったような気がします。


そのほか、こんなのも書いてある。読んでみてくだされ。
「誰とでも仲良くしてはいけない」
(嫌いな人と、仲良さそうに装ってはいけないということだと思う)
「人を愛するためには、自分を愛さなければならない」
(たいていの人が、人を愛したことがないと思うが?)
「自由とは、選択の自由のことではない」(選択肢があるかないかではない)
「選択という設定自体が危険である」(それが自由ではない)
「どれを選ぶかは問題ではなく、どのように選ぶかだけが問題である」
(どれを選んだ方が良いのかは、結局はわからない)


生きる技法

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2018/10/02 18:23] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
豊かさの限界
豊かさの限界2


 地球温暖化の影響もあるであろう巨大台風や、地震などの被害が目立ってきた日本ですが、リーマンショック以上の世界恐慌が心配されています。20年前の番組でも、すでに同じようなこと、いやそれ以上のことが、言われていました。

NHKスペシャル 世紀を超えて 地球・豊かさの限界 5h20m たぶん1999
NHKスペシャル 世紀を超えて 地球・ビッグパワーの戦略 5h たぶん2000

 同じく、NHKスペシャル マネー革命の第一回目「1日で50億円失った男」でも、取り上げていたように、お金が簡単に増えたり、減ったりするのです。ビクター・ニーダーホッファー(日本人トレーダーであるBNF氏(ジェイコム男)のイニシャルは、ニーダホッファーからの引用)は、邸宅にタイタニック号の絵を、絶対沈まない豪華客船と言われていたのに沈没したタイタニック号の絵を、架けていました。

 相当な自戒をしている天才トレーダーやヘッジファンドでも、破産するのです。トルコリラでなくても、大英帝国ポンドなどでも暴落するのです。「50億円失った男」はその後、「100億円稼いだ」そうです。

 しかしながら、実体経済からかけ離れた、デリバティブなどの金融商品は、恐らくその頃の一万倍ほどにはなっています。トルコやアルゼンチンなどの、国を挙げて危ないところや、破綻懸念されているドイツ銀行などの巨大金融機関もあります。

 日本以外の、世界人口は爆発的に増えていますし、耕作できる農地面積は、減っています(水不足や塩害など)。中国などの大勢の人々が、牛肉を食べるようになると、数倍の穀物が必要になります。穀物を直接食べるのと、動物を育ててから食べるのでは、全然違います。小麦などの、遺伝子組み換え食品の影響は、これから出てくるでしょう。

 地球温暖化は、かならずしも人間の問題じゃないとおもうんだけどね。
ながーい歴史的には、地球はまだ「氷河期」ですから。
(ニャン吉もそう言っている)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2018/09/17 18:16] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
わたしを離さないで・再・再
私を離さないDVD

 カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」についての、3回目です。

【【カズオ・イシグロのベストセラー小説を奇跡の映画化!
劇場ロングランヒットを記録した、あまりにも儚く切ない衝撃作!
命を“提供”するために、彼らは生まれた――

<キャスト&スタッフ>
キャシー…キャリー・マリガン
トミー…アンドリュー・ガーフィールド
ルース…キーラ・ナイトレイ

監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド
原作:カズオ・イシグロ
製作総指揮:アレックス・ガーランド/カズオ・イシグロ/テッサ・ロス】】

という映画のDVDです。いつものように借りてきました。

 有名な小説を映画化したもので、よかったと思えるのは「風と共に去りぬ」ぐらいしか思いつきません。もっともこれは小説の方のできはそこそこであるので、映画の方が歴史的名作なのだろうけれど。

 「わたしを離さないで」は、それ以上の作品だと思っているので、映画などはなっから見る気はなかったのである。原作がたいしたものではない作品では、「ダビンチ・コード」。たいした作品に違いないブッカー賞の「日の名残り」など見たけど、ぜんぜんダメ。

 映画は時間的制約があるとはいえ、大河ドラマの総集編を見ているような、大事な部分がたくさん省略されて、ほとんどあらすじだけになっているように感じて、不満が残るのです。

 映画の口コミなどを見ても、ほとんど的外れなコメントばかりなので、表面的なことしか伝わっていないにちがいない。そうにちがいない。

 どうせ今回もそんなものだろうと思い、最初の方はやはりそうで、早送りしました。しかし後半は、原作の雰囲気を壊すことのない、すばらしい総集編でした。画像も、めったに見ないぐらい美しいと思います。

  実は、あまりにすばらしかったので、最初からもう一度見ました。主題であるヘールシャムの話は減らして、恋愛を多めにしています。カセットテープのくだりなど、原作と違っている部分もありますが、悪い感じはしません。カズオ・イシグロが制作に関わっているからでしょう。

ほんとは、アミダラ女王の替え玉、キーラ・ナイトレイが気になって見始めたのですが、彼女は嫌な役でした。主役キャシーのキャリー・マリガンは、ほんとうによかった。すこし元気になりました。


■二〇〇六年五月十日、ロンドンでの著者へのインタヴューから
 究極的な言い方をすれば、私は我々が住む人間の状況の、一種のメタファーを書こうとしていたのです。幸運であれば、七十歳、八十歳、恐らく九十歳まで生きることができますが、二百歳まで生きることはできません。つまり現実には、我々の時間は限られているのです。いずれ老化と死に直面しなければなりません。確かに私は、このストーリーの中で、若い人がかなり早く年を取る状況を人工的に作りました。つまり、彼らが三十代になると、もう老人のようになるのです。でもこれは、我々がすでにわかっていることを、別の新しい観点から認識させてくれる方法に過ぎません。

わたしを離さないで

わたしを離さないで [DVD]


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2018/08/29 16:40] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
情報が多すぎる
%はスルー


 そんな人も増えていると思うが、最近テレビを見なくなった。新聞、雑誌などは元々見ない。ラジオは学生の頃は(他に何もなかったので)よく聴いていたが、長い間聴いていない。ハードディスク・ウォークマンが出てきてから、CDや(むろん)カセットテープも聴かなくなった。

 さんざん録画したVHFやベータなどのビデオテープは、無情にも捨てた。いまやユーチューブなどでたいていのものを見ることが出来る。写真アルバムやフィルムや、DVDなどに保存している膨大な写真は、ほとんど見ることがない。

 だいぶ前から恐ろしく感じていたのは、カメラの記憶メモリーだ。初めて買ったときのデジカメは、2メガのメモリーだった。さて、記憶容量は10年で何倍になったでしょう?、と質問しても、持っていない人はまったく当てられない。今から10年前の段階で、カメラの記憶メモリーは2ギガだった。5年前に買ったハードディスクは2テラバイトだ。

 日本の単位では「円、万円、億円」というふうに一万倍ごとに単位が変わる。西欧では千単位だ。(金額を書くときに点を入れる位置)だから「2バイト、2メガ、2ギガ、2テラ」は、それぞれ千倍になる。

 カメラの画素数は、すでに15年前から、これ以上増えても意味がないと言われていた。逆に一つあたりのCCDの面積が微少になることから、画質が悪くなるとも言われていた。さすがに画質は進歩したが、あんな画素数はいらないだろう。メモリーもたくさんいるし。たださすがに、画素数は10倍単位ぐらいでしか増えていない。ただ写真は、毎年、一万枚ぐらい増え続けている。(音楽CDも一時期は、毎週5枚ずつ増えていた)

 というわけで、あまりにも私たちの回りの情報が増えすぎて、結局スルーしてしまうというお話です。(LINE既読スルーもそうかな)本の中で特に驚いたのは、インターネットの発達などにより、1999年~2000年の一年間に、有史以来から1999年まで蓄積された情報と、同じ量の情報が増えたそうだ。

 そこで、この本のタイトルだ。私たちの回りの情報が増えすぎた結果。一人の人間が見たり聞いたりすることのできる時間や能力は、昔とほとんど変わっていない。アナウンサーの喋るスピードが速まったなどの、若干の進歩は見られるが。

 この世にある情報の中で、私たちが接することができるのは、たったの「0.004%」だそうなのである。だから「99.996%はスルー」となる。


「本当に情報は爆発しているのでしょうか?(ええと、してます…) しているとしたら、その膨大な情報は、どれくらいスルーされているのでしょうか?(ええと、99.996%がスルーされてます…) この本には、うまく情報をスルーしつつ、自分はスルーされないための『基本情報』が詰まっています。」(竹内 薫)

99.996%はスルー 進化と脳の情報学 竹内 薫 丸山 篤史

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2018/07/20 19:31] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>