片方の眼だけで泣く女
カラ60v


『ばらの騎士』
この曲のハイライトは。
第3幕「マリーテレーズ」で始まる三重唱からのフィナーレです。
シュトラウス自身も「私の書いた最も美しい音楽」と言っていたと伝えられています。

 ホフマンスタール自身の解説によると
「ゾフィーは気だてがよく、愛らしい娘ではありますが、でもただの人並みの娘でしかありません。カンカンが伯爵夫人とゾフィーの間に立ったとき、このふつうの行きあたりばったりの娘のほうにひかれて行くというのが、このオペラの滑稽なところなのです」
マルシャリンには「常にウイーン風の優雅さを、軽やかさを失わぬ、いわば片方の眼だけで泣く女なのですから」と説明しています。

 以前、とあるパーティーで「トリスタンとイゾルデ前奏曲」と「ばらの騎士」フィナーレを、ヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ独奏で聴かせてもらいました。
彼は、ピアノで演奏するのに最も適さない曲だ、なんて言い訳しつつ演奏してくれました。
ものすごく感動しました。
それまでLP・CD・VHSなどで、見たり聴いたりしていた、どんな演奏よりも感動しました。
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[2010/06/05 17:12] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『ばらの騎士』 チューリッヒ歌劇場 2007年9月8日
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 映像でオペラを見ると、字幕がいままで馴染んでいた台詞とあまりに違って、腹を立てたり興ざめしたりすることがある。オペラは伝統芸能なのだから、台本をただ日本語に訳せばいいってもんじゃない。過去の成果をふまえるべきだ。
それで、今回もひどい字幕だった。BSで放映された時とまったく違う字幕。
 それじゃあ意味が伝わらないだろう。
 マルシャリンがそんな言い方はしない。
 もっと遠回しな表現をしているはずだ。
そんなよけいなことばかり頭に浮かんできて、ときどき大事なところで、字幕を見ないようにした。


フランツ・ウェルザー=メスト指揮 チューリッヒ歌劇場 
2007年9月8日 オーチャードホール スヴェン・エリック・ベヒトルフ演出
Ⅰ.70m08s Ⅱ.57m24s Ⅲ.約63m
オックス男爵=====アルフレート・ムフ
マルシャリン=====ニーナ・シュテンメ
オクタヴィアン====ヴェッセリーナ・カサロヴァ
ゾフィー=======マリン・ハルテリウス
ファーニナル=====ロルフ・ハウンシュタイン
歌手=========ピョートル・ベチャーラ
ヴァルツァッキ====ルドルフ・シャシング
アンニーナ======キスマーラ・ペサティ


 第1幕の舞台装置は、真新しい美術館とかホールのロビーのような、3階まで吹き抜けで窓がたくさんある白い部屋。暖炉があり、テーブルとイス、ベッドではなくて床にふとんが敷いてある。部屋の中なのに枯れ木が4本立っている。磨りガラスの窓が、時として効果的に使われている。

 カサロヴァは、顔がF1のデビット・クルサードに似ていて、男っぱいのではあるが、けっして美少年ではない。カラヤンのアグネス・バルツァ同様、クローズアップはさけるべし。美少年といえば、オックスの手下のレオポルトが、ちょっと見たことがないくらいの美少年。もしかしたら女の子かもしれない。第3幕の開始でオックスと並んで座っていたので、てっきりマリアンデル(オクタヴィアン)が美しく変装したのかと思ってビックリしていたら、レオポルトだった。

 テノール歌手はからくり人形のようで、車椅子のように箱に入って運ばれてくる。声が詰まって、あまり気持ちよくないが、オックスとチェスをしながら歌うのは面白い。「ホフマン物語」のオランピアだね。

 2003年、グルベローヴァの「ノルマ」の時にカサロヴァとラ・スコーラが共演していたが、声の力という点で、二人ともグルベローヴァにまったくかなわない。以前に比べてだいぶ弱ってきたグルベローヴァなのに。あまりに違いすぎて、もうカサロヴァは聴かなくてもいいとさえ思ったものだ。ニーナ・シュテンメは先日、ドミンゴと共演している「トリスタンとイゾルデ」で立派な歌唱をしていたので、さぞかしすごい声をしているかと思ったら、それほどでもない。マルシャリンでは声を張り上げる必要もないからか、カサロヴァとそれほど変わらない声量だった。ただし十分説得力のあるマルシャリンで、歌唱力は優れていると思う。


 第2幕の舞台装置は後方壁が背の高さまで、お皿で埋められている厨房。ギリシャやトルコの土産物屋では、このように壁一面、絵皿が貼り付けられている。その上部が大きな半円形の磨りガラスとなっていて、人が通のが見える。道路になっているらしくて、そこを人が通ってから、舞台に現れる。この厨房は地下にあるようだ。みんな、青い粘土を練ったり切ったりして、調理をしている。

 ここで初めてゾフィーのマリン・ハルテリウスが出てくる。見かけは今まで見た映像の中では、ルチア・ポップと並んで、もっともゾフィーらしい姿をしている。舞台姿だけをとれば、今回の中で群を抜いて美しいが、肝心の歌の方はごくふつう。かといってオクタヴィアンよりも劣るというわけでもない。ゾフィーは添え物のようなものだから、これぐらいで十分なのかもしれない。かわいいだけではない、最後の2重唱はよかった。

 途中、二人とも太ったヴァルツァッキとアンニーナが、舞台後ろに座ってお菓子をバクバク食べている姿は面白かった。普通だと剣でオックス男爵を傷つける所で、調理場の包丁をオックスの足に刺すという行動に出る。その後オックスは調理台に寝かされ、最後のワルツも寝たまま歌っていた。

元帥夫人と共に主役といえるオックス男爵であるが、アルフレート・ムフ、悪くはない。どんなオックスが良いのかわからないという私にも問題があるのだが。したがってというか結果、オックスとオクタヴィアンとゾフィーは、均質でバランスの良いアンサンブルになっていると思う。

 9月4日の公演では、皇后陛下(美智子妃殿下)がおいでになって、第3幕を2階下手側の席で鑑賞されたようです。私も過去に一度、東京文化会館で、2階センターに座る天皇さまを2階左席から間近に見下ろしたことがあります。


 第3幕の舞台装置は第1幕とまったく同じものの、中央につり下げ式の、ゲルのようなテントを置いている。このテントは、ベッドルームの役目であるが、ここからいろいろな登場人物が出入りする。黒タイツの骸骨部隊も登場する。こちらはちょっと横から見ていたので、テントの後ろのドアから出入りしているのが見えたが、正面から見ている人にはテントの中から大勢出てくるのが不思議だったのでは。幕開きは床にぺしゃんこに置かれていて、5分ほどしてから天井から引っ張ってテントを立ち上げる。最後には、オックス男爵が退場するときに、また降ろしてぺしゃんこにして第3幕が終わる。テントの中には何も入っていませんでした、という手品かい。

 アンニーナが子供を連れて現れる場面では、天使の羽根を付けたような、日本人の子供たちが出てくる。歌手たちが歌っているのを、不思議なものを見るような目で見て、タイミングを計っているところがかわいい。ちょこちょこ歩きのモハメッドも日本人。

 今まで見たものは全て、最後にハンカチを探しにきたモハメッドが走り去って終わるのだが、ちょっと違っていた。部屋の外にマルシャリンが現れ、磨りガラス越しに立っている所に向かってモハメッドが走っていき、ガラスを挟んで二人が重なるところで終わる。

 ちょっとした問題なのは、最後の最後にマルシャリンがやけに感情的で動きが細かいこと。オックスに殴りかかったり、バタッと倒れたりもする。シュワルツコップの元帥夫人が理想的であるように、表情と手の仕草だけで、ほとんど動かないで真っ直ぐ立っている方が、気品と威厳が感じられる。しかしニーナ・シュテンメが登場すると、緊張感が高まり、きりっと締まる。やはり第3幕の方が存在感が大きい。すばらしい歌手だ。


 チューリッヒのオーケストラであるが、第1幕では『ばらの騎士』にしては荒い演奏で、指揮に付いていっていない感じもあり、やっぱりウイーンじゃなきゃダメかとも思ったが、第2幕以降尻上がりに繊細優美なシュトラウスらしい演奏に変わっていった。ワルツのテンポも絶妙ですし、結果的にはたいへん満足です。久しぶりに腹の底からオペラを味わったという感慨にふけっています。ウェルザー=メストは第3幕の指揮が終了すると合掌しました。

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[2007/09/09 18:46] | ばらの騎士 | トラックバック(1) | コメント(6) | page top
『ばらの騎士』初期スタジオ録音3名盤 
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 戦後大レコード会社が出した、スタジオ録音盤を比べてみます。

 年代順に並べると、このようになります。
1954年6月 DECCA クライバー指揮 ウイーン・フィル
1956年12月 EMI カラヤン指揮 ファイルハーモニア
1958年12月 DG ベーム指揮 ドレスデン国立歌劇場

 どういうわけか一年置きに録音されていますが、レコード会社の力関係と指揮者の評価がよく現れていると思います。当時は契約関係がうるさかったので、ウイーンフィルはDECCAしか使えず、シュワルツコップがEMI以外で歌うこともありませんでした。一旦録音した歌手は、数年間は同じ役を歌えません。これ以降のライブなどでよくあるように、ある役が同一のキャスト、といったことはなくて、すべて違う歌手が歌っています。


クライバー指揮 ウイーン・フィル ウイーン国立歌劇場cho 
1954年6月 DECCA
Ⅰ.71m28s Ⅱ.59m58s Ⅲ.65m07s F.11m36s

オックス男爵=====ルートヴィヒ・ヴェーバー
マルシャリン=====マリア・ライニング
オクタヴィアン====セーナ・ユリナッチ
ゾフィー=======ヒルデ・ギューデン
ファーニナル=====アルフレート・ペル
歌手=========アントン・デルモータ
ヴァルツァッキ====ペーター・クライン
アンニーナ======ヒルデ・レッセル=マイダン

 この次の年、初のDECCAステレオ録音の『フィガロの結婚』の名盤を録音していることからみても、クライバーが一番!だったのだろう。ちなみに同年の『コジ』と『魔笛』はベームが指揮をまかされている。クライバーの指揮は、中庸をえたテンポで活き活きとして、かつウイーンらしい典雅なところもあり素晴らしい。録音がモノラルなのと、ウイーンの歌手のみなので、歌手が他の盤に比べれば弱いという問題はあるが、安心して聴いていられる。後年カルロス・クライバーの演奏に見る良いところは、すでにこの演奏に出ている。カルロスが総譜などの、父の遺産を引き継いだのだろうけれど。

 オクタヴィアンのセーナ・ユリナッチと、アンニーナのヒルデ・レッセル=マイダンはカラヤン60年ビデオでも使われており、さらに60年ライブCDではゾフィーのヒルデ・ギューデンも加えた3人が同一キャストとなっている。


カラヤン指揮 ファイルハーモニアO&Cho 1956年12月 EMI
Ⅰ.70m04s Ⅱ.59m44s Ⅲ.61m35s F.13m09s

オックス男爵=====オットー・エーデルマン
マルシャリン=====エリザベート・シュワルツコップ
オクタヴィアン====クリスタ・ルートヴィッヒ
ゾフィー=======テレサ・シュティッヒ=ランダル
ファーニナル=====エーヴェルハルト・ヴェヒター
歌手=========ニコライ・ゲッダ
ヴァルツァッキ====パウル・クーエン
アンニーナ======ケステレン・マイヤー

 「ばらの騎士」最高の名盤の誉れ高い演奏ですが、カラヤンよりもウォルター・レッグの力が大きいのでしょう。LPで持っているただ1組の『ばらの騎士』ですが、あまり聴きません。ウイーン・フィルに比べると、オケの音の不自然さが気になるのです。素晴らしい配役のように言われていますが、エーデルマンとシュワルツコップをのぞけば、それほどでもありません。

ベーム盤の解説によると、カラヤン盤では、オクタヴィアンはイルムガルト・ゼーフリート、ゾフィーはリタ・シュトライヒの予定であったのだが、妊娠その他の理由により若い歌手に変更になったそうだ。ルートヴィッヒにしたのは微妙なところであるが、ゾフィーはシュトライヒの方がいいだろう。1950年録音のカラヤン盤「フィガロ」では、伯爵夫人がシュワルツコップ、スザンナがゼーフリート、ケルビーノがユリナッチという配役だった。このころはゼーフリートの方がシュワルツコップの相方、という感じが強い。


カール・ベーム指揮 ドレスデン国立歌劇場 1958年12月 DG
Ⅰ.68m35s Ⅱ.56m18s Ⅲ.62m35s F.12m07s

オックス男爵=====クルト・ベーメ
マルシャリン=====マリアンネ・シェヒ
オクタヴィアン====イルムガルト・ゼーフリート
ゾフィー=======リタ・シュトライヒ
ファーニナル=====フィッシャー=ディースカウ
歌手=========ルドルフ・フランクル
ヴァルツァッキ====ゲルハルト・ウンガー
アンニーナ======ジークリンデ・ヴァーグナー

 ここでマルシャリンにシュワルツコップが使えないなら、デッカからリーザ・デラ・カーザでも借りてくればいいと思うのだが、どういうわけか他に聞いたことのないマリアンネ・シェヒという歌手。ベームは、レオニー・リザネクを使いたかったようだ。しかし、カラヤン盤キャンセルのおこぼれで、ゼーフリートとシュトライヒを使えたのは幸運だった。

 この演奏も立派で、聴き終えれば感動に包まれるが、なんだかちょっと「ばらの騎士」らしい香りが足りない。これはベームのせいもあるが、プロデューサーや録音エンジニアの質のせいではないかと思う。音のバランスや繋ぎの間がしっくりこない部分がある。オケの美しさではクライバー盤にまったくかなわない。

 各幕の開始ではベームがあっと驚くぐらい、一番早く、勢いがある。第1楽章の時間を、手持ちの10種類の音源で比べると、ベームがいちばん早く68m35sで、一番遅いのがバーンスタイン80m05s。「トリスタンとイゾルデ」の演奏時間と同じ結果となる。「フィデリオ」なんかも、むちゃくちゃ早いし、どうもカール・ベームという指揮者はイメージがつかめない。

 それぞれすばらしい演奏であるが、クライバー盤がいちばん聴きやすい。

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[2007/08/28 21:46] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
「ばらの騎士」歌手の遍歴とディスコグラフィー
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 過去に見たものと、現在うちで視聴できるリストです。
歌手の移り変わりを見ていると、感慨深いものがあります。
時間は、表記されているものをあてにせず、自分ではかったものを入れています。
最後のF.は、「マリーテレーズ」に始まるフィナーレの時間です。
大レコード会社のスタジオレコーディングは、古いのばっかりですね。


クライバー指揮 ウイーン・フィル ウイーン国立歌劇場cho 
1954年6月 DECCA

オックス男爵=====ルートヴィヒ・ヴェーバー
マルシャリン=====マリア・ライニング
オクタヴィアン====セーナ・ユリナッチ
ゾフィー=======ヒルデ・ギューデン
ファーニナル=====アルフレート・ペル
歌手=========アントン・デルモータ
ヴァルツァッキ====ペーター・クライン
アンニーナ======ヒルデ・レッセル=マイダン



カラヤン指揮 ファイルハーモニアO&Cho 1956年12月 EMI
Ⅰ.70m04s Ⅱ.59m44s Ⅲ.61m35s F.ms

オックス男爵=====オットー・エーデルマン
マルシャリン=====エリザベート・シュワルツコップ
オクタヴィアン====クリスタ・ルートヴィッヒ
ゾフィー=======テレサ・シュティッヒ=ランダル
ファーニナル=====エーヴェルハルト・ヴェヒター
歌手=========ニコライ・ゲッダ
ヴァルツァッキ====パウル・クーエン
アンニーナ======ケステレン・マイヤー



カール・ベーム指揮 ドレスデン国立歌劇場 1958年12月 DG
Ⅰ.68m35s Ⅱ.56m18s Ⅲ.62m35s F.12m07s

オックス男爵=====クルト・ベーメ
マルシャリン=====マリアンネ・シェヒ
オクタヴィアン====イルムガルト・ゼーフリート
ゾフィー=======リタ・シュトライヒ
ファーニナル=====フィッシャー=ディースカウ
歌手=========ルドルフ・フランクル
ヴァルツァッキ====ゲルハルト・ウンガー
アンニーナ======ジークリンデ・ヴァーグナー



カラヤン指揮 ザルツブルグ音楽祭1960年7月26日 ライブCD 
ルドルフ・ハルトマン演出
Ⅰ.ms Ⅱ.ms Ⅲ.60m00s F.12m17s  

オックス男爵=====オットー・エーデルマン
マルシャリン=====リーザ・デラ・カーザ
オクタヴィアン====セーナ・ユリナッチ
ゾフィー=======ヒルデ・ギューデン
ファーニナル=====エーリッヒ・クンツ
歌手=========ジュゼッペ・ザンピエーリ
ヴァルツァッキ====レナート・エルコラーニ
アンニーナ======ヒルデ・レッスル=マイダン



カラヤン指揮 ウイーンPO ザルツブルグ音楽祭1960年8月 VHSビデオ
 ルドルフ・ハルトマン演出  制作・監督パウル・ツィンナー
Ⅰ.77m36s Ⅱ.53m10s Ⅲ.59m05s F.ms

オックス男爵=====オットー・エーデルマン
マルシャリン=====エリザベート・シュワルツコップ
オクタヴィアン====セーナ・ユリナッチ
ゾフィー=======アンネリーゼ・ローテンベルガー
ファーニナル=====エーリッヒ・クンツ
歌手=========ジュゼッペ・ザンピエーリ
ヴァルツァッキ====レナート・エルコラーニ
アンニーナ======ヒルデ・レッスル=マイダン



カール・ベーム指揮 ザルツブルグ音楽祭 1969年7月27日 ライブCD
Ⅰ.70m07s Ⅱ.56m32s Ⅲ.59m19s F.ms
オックス男爵=====テオ・アダム
マルシャリン=====クリスタ・ルートヴィッヒ
オクタヴィアン====タティアーナ・トロヤノス
ゾフィー=======エディット・マティス
ファーニナル=====オットー・ヴィーナー
歌手=========アントン・デ・リッダー
ヴァルツァッキ====ゲルハルト・ウンガー
アンニーナ======ツヴェトカ・アーリン



レナード・バーンスタイン指揮 ウイーン・フィル ウイーン国立歌劇場cho
1971年3~4月 CBS
Ⅰ.80m05s Ⅱ.65m40s Ⅲ.68m48s F.13m46s

オックス男爵=====ワルター・ベリー
マルシャリン=====クリスタ・ルートヴィッヒ
オクタヴィアン====ギネス・ジョーンズ
ゾフィー=======ルチア・ポップ
ファーニナル=====エルンスト・グートシュタイン
歌手=========プラシド・ドミンゴ
ヴァルツァッキ====ミュレイ・ディッキー
アンニーナ======マルガリータ・リローヴァ



カルロス・クライバー指揮 バイエルン国立歌劇場 1979年5~6月 ビデオ

オックス男爵=====マンフレート・ユングヴィルト
マルシャリン=====ギネス・ジョーンズ
オクタヴィアン====ブリギッテ・ファスベンダー
ゾフィー=======ルチア・ポップ
ファーニナル=====ベンノ・クッシェ
歌手=========フランシスコ・アライサ
ヴァルツァッキ====
アンニーナ======


カラヤン指揮 ウイーン・フィル ウイーン国立歌劇場 
1982年11月、1983年5月、1984年1月 DG
Ⅰ.ms Ⅱ.ms Ⅲ.ms F.13m12s

オックス男爵=====クルト・モル
マルシャリン=====アンナ・トモワ=シントウ
オクタヴィアン====アグネス・バルツァ
ゾフィー=======ジャネット・ペリー
ファーニナル=====ゴットフリート・ホーニク
歌手=========ヴィンソン・コール
ヴァルツァッキ====ハインツ・ツェドニク
アンニーナ======ヘルガ・ミュラー=モリナーリ



カラヤン指揮と演出 ザルツブルグ音楽祭1984年7月 ビデオ
Ⅰ.73m36s Ⅱ.51m49s Ⅲ.64m14s F.13m01s

オックス男爵=====クルト・モル
マルシャリン=====アンナ・トモワ=シントウ
オクタヴィアン====アグネス・バルツァ
ゾフィー=======ジャネット・ペリー
ファーニナル=====ゴットフリート・ホーニク
歌手=========ヴィンソン・コール
ヴァルツァッキ====ハインツ・ツェドニク
アンニーナ======ヘルガ・ミュラー=モリナーリ


カルロス・クライバー指揮 ウイーン国立歌劇場ライブ1994年3月 ビデオ
演出 オットー・シェンク
Ⅰ.69m26s Ⅱ.56m39s

オックス男爵=====クルト・モル
マルシャリン=====フェリシティ・ロット
オクタヴィアン====アンネ・ソフィー・フォン・オッター
ゾフィー=======バーバラ・ボニー
ファーニナル=====ゴットフリート・ホーニク
歌手=========キース・イカイア=ブルディ
ヴァルツァッキ====ハインツ・ツェドニク
アンニーナ======アンナ・ゴンダ



フランツ・ウェルザー=メスト指揮 チューリッヒ歌劇場 2004年7月 ビデオ
スヴェン・エリック・ベヒトルフ演出

オックス男爵=====アルフレート・ムフ
マルシャリン=====ニーナ・シュテンメ
オクタヴィアン====ヴェッセリーナ・カサロヴァ
ゾフィー=======マリン・ハルテリウス
ファーニナル=====ロルフ・ハウンシュタイン
歌手=========
ヴァルツァッキ====ルドルフ・シャシング
アンニーナ======ブリギッテ・ビンダー

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[2007/07/29 22:43] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
カラヤン1984年とカルロス1994年ライブビデオ
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 カラヤンが1984年に録画したザルツブルグ音楽祭ライブビデオです。これは十数年前にBS放送されたものをVHSテープで撮ったものです。ベータテープで撮ったものも持っています。現在はディスクに写しています。

 1960年撮影の映画よりも、古い録画テープですが、格段に自然できれいな映像と音声です。有名なビデオとしては他にカルロス・クライバー指揮のものが2種発売されていて、そちらも見たことはありますが、カラヤンの演出、とてもすっきりしていていいと思います。装置はいつものギュンター・シュナイダー=ジームセンでしょうが、これもまたシンプルで気持ちがいい。たいていの指揮者は、演出家の細かい演技指導が、音楽にそっていない、あるいは音楽の魅力をそいでいると感じているのではないでしょうか。カラヤンはウイーン国立歌劇場音楽監督の時から、自分で演出も手がけていました。

 カルロス・クライバー指揮は、そのちょうど10年後、1994年のウイーン国立歌劇場ライブです。こちらはちゃんと販売されている商品DVDなので、さらに映像と音声が美しくなっています。そしてクライバーの指揮姿は、楽しくほれぼれします。


カラヤン指揮と演出 ザルツブルグ音楽祭1984年7月
Ⅰ.73m36s Ⅱ.51m49s Ⅲ.64m14s F.13m01s

オックス男爵=====クルト・モル
マルシャリン=====アンナ・トモワ=シントウ
オクタヴィアン====アグネス・バルツァ
ゾフィー=======ジャネット・ペリー
ファーニナル=====ゴットフリート・ホーニク
歌手=========ヴィンソン・コール
ヴァルツァッキ====ハインツ・ツェドニク
アンニーナ======ヘルガ・ミュラー=モリナーリ


カルロス・クライバー指揮 ウイーン国立歌劇場ライブ1994年3月
演出 オットー・シェンク
Ⅰ.69m24s Ⅱ.56m39s

オックス男爵=====クルト・モル
マルシャリン=====フェリシティ・ロット
オクタヴィアン====アンネ・ソフィー・フォン・オッター
ゾフィー=======バーバラ・ボニー
ファーニナル=====ゴットフリート・ホーニク
歌手=========キース・イカイア=ブルディ
ヴァルツァッキ====ハインツ・ツェドニク
アンニーナ======アンナ・ゴンダ


 ここで注目なのは、10年の時間が経っているにもかかわらず、歌手以外の男声陣3人が同じということ。クルト・モル、ゴットフリート・ホーニク、ハインツ・ツェドニクはこの当時の最高の配役と言ってもいいのだろう。カラヤンとクライバー、両指揮者が認めたのだから。映像的にも演技も、古いものに比べて何ら遜色ない。

 特にいいのは、オックス男爵のクルト・モル。カラヤンの演出だろうけれど、それまでのオックスは滑稽で下品な演技が鼻についたのだが、モルはちゃんと貴族らしい威厳と落ち着きを持っていて、すっきりしている。これはシュトラウスとホフマンスタールが指摘していることだ。彼はまだ35歳の貴族なのだ。そしてこの「ばらの騎士」というタイトルはもともと「オックス男爵」だったのだから。

 それに比べて、残念ながら、女声陣。思い返すと、カラヤン1960年盤のシュワルツコップ、ユリナッチ、ローテンベルガーは素晴らしかったのだ。クライバー・バイエルン1978のジョーンズ、ポップもよかった。これらの古いものと比べて、マルシャリンはなんとか我慢できる程度であるが、オクタヴィアンとゾフィーは、見るに耐えない。カラヤンの映像はクローズアップが多用されて、バルツァとペリーの顔で画面を埋め尽くすことがあるが、正視できない。プラズマ大画面で見たら、どうなるのだろう。これは歌唱のことではなくて、映像としての見かけの事だけについてです。もう、目をつぶって、セーナ・ユリナッチとルチア・ポップが歌っているのを想像して楽しむしかない。

 マルシャリン役は普通、「ドン・ジョヴァンニ」ではドンナ・エルヴィーラを歌っている。シュワルツコップもリーザ・デラ・カーザもそうである。ところがアンナ・トモワ=シントウは、ドンナ・アンナを歌っている。しかも、カラヤンとベームの「ドン・ジョヴァンニ」で歌っている。トモワ=シントウの声は好きではないし、実演では一度しか聴いたことはないが、ドンナ・アンナは彼女しかないと思う。聴いていて息苦しくなるような声だが、他の人ではもの足りないのだ。

 演奏は、恐らく、クライバーの方がノリノリで楽しく感じる。しかし、男声3人とも10年たって老けている。ああ、おじいさんになったなあ!と感じてしまう。それとテノール歌手、今まで聴いた中でいちばん下手。見かけもいまいち。フェリシティ・ロットは、ちょっとおばあさんぽいものの、顔の表情・感情表現がわかりやすい。演出では、バラの騎士入場で全員がピタッと動きを止め、オクタヴィアンの台詞が終わるのを待つところが素晴らしかった。クライバー盤はDVDだけど、音声だけ取り出してCDにして聴きます。両盤とも、もっと時間をかけて鑑賞しないとね。

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[2007/07/26 23:46] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
カラヤン ザルツブルグ音楽祭1960ビデオ 2
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 ホフマンスタール自身の解説によると
「ゾフィーは気だてがよく、愛らしい娘ではありますが、でもただの人並みの娘でしかありません。カンカンが伯爵夫人とゾフィーの間に立ったとき、このふつうの行きあたりばったりの娘のほうにひかれて行くというのが、このオペラの滑稽なところなのです」
マルシャリンには「常にウイーン風の優雅さを、軽やかさを失わぬ、いわば片方の眼だけで泣く女なのですから」と説明しています。

 若い頃には、オクタヴィアンとゾフィーが結ばれてめでたしと、なんの疑いもなく思っていた。マルシャリンはちょっと悲しいけど、立ち直るだろうしと。いまでは、この二人のことは、『ファルスタッフ』のフェントンとナンネッタのように、存在意義が小さくなっている。なんといっても、可哀想なのはオックス男爵の方だし、ファーニナルは、そして元帥はどうやって生きていくのだろう。時の流れはいつも、誰にとっても悲しいもの。マルシャリンは、新しい若い男の子を見つけるに違いないが。

 結婚にしたがわないゾフィーを、オクタヴィアンに向かって「あんたが先に手を出してくれてかまわないんだ。乗りこなしてもらえば、ワシも助かる」と言うオックス。「お嬢さんは、あなたが嫌いなのです」と言われても「娘のわがままなんか聞いていられないよ」と、聞く耳を持たない。結婚は好き嫌いとは全く関係のない、別の次元で進められるとはいえ、なんて鷹揚な。恐らく、元帥も、マルシャリンが若い男と遊んでいるのを知っていて、放っているのだろう。貴族の生活とはこういうものか。

 いろいろ不満のあるこのビデオで、シュワルツコップとローテンベルガーの姿に居心地の悪さを感じるなんていいましたが、それでも第3幕のシュワルツコップの登場以降は見事としかいいようのないものです。 素晴らしい! 音楽と舞台上の演技が、これ以上考えられないぐらい幸福に解け合っています。

元帥夫人はここで、オクタヴィアンのことを「ロフラーノ」と呼ぶ。そしてオックスに向かい「私はあなたにお願いしましたかしら、私のマリアンデルを誘惑してくれと」「あなたは騎士なのですよ」「物事には終わりがあることを知らなくては」「それこそ、私が、今あなたに望んでいることです」身分の高い人は、こうやって人を脅すのですね。

 「ばらの騎士」全曲のハイライトは、第3幕「マリーテレーズ」で始まる三重唱からのフィナーレです。シュトラウス自身も「私の書いた最も美しい音楽」と言っていたと伝えられています。以前、とあるパーティーで「トリスタンとイゾルデ前奏曲」と「ばらの騎士」フィナーレを、ヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ独奏で聴かせてもらいました。彼は、ピアノで演奏するのに最も適さない曲だ、なんて言い訳しつつ演奏してくれました。それには、わけも分からず、ものすごく感動しました。
 
 ファイナルの二重唱で、二人が口づけをするかのように、顔を近づけて歌っている。この場合は映像撮りだけの口パクだけれど、実際の舞台でもこうしているはずです。うるさくないのだろうか、我慢しているのだろうか、心配になってしまう。ゾフィー役のローテンベルガーが著書の中で語っています。

 急な代役で、練習なしでカラヤン指揮の舞台に立ったときのこと。
カラヤンは「あなたにすっかりお任せしますよ。どうぞ、心配しないで。ちゃんと合わせますから。」「最後の二重唱は、決してオペラ歌手風に頑張らないでくださいよ。観客の方を向かず、二人ともお互いに向かい合って、お互いの目をじっと見つめてください。」
私が「でもそれではお客様に聞こえませんわ」と言うと、「私が振れば、聞こえますとも。」と言いました。
そして実際、客席の最後列まで言葉は、はっきりとどいていたのです。
幕が下りた後の拍手は、これまで一度も経験したことのないものでした。
楽屋に帰ると、カラヤンが飛び込んできて、私にキスをするとこう言いました。「ありがとう。本当にありがとう。あなたのおかげで、音楽が光り輝く素晴らしい一瞬を味わせていただいた。」

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[2007/07/07 19:21] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
カラヤン ザルツブルグ音楽祭1960ビデオ 1
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 長年、暖めてきた「ばらの騎士」です。事情によりキャンセルしましたが、これを見るためにザルツブルグ音楽祭鑑賞ツアーに申し込んだこともあります。またまたカラヤン指揮の映像から始まります。新国立劇場公演のファルスタッフが終わったあと、思いがけず、1960年カラヤン・ザルツブルグ公演のビデオテープが届きました。あまりにも有名な映像です。

 「ばらの騎士」の映像といえば、クライバー・バイエルンSOのものに馴染んでいただけに、古い映画版のオペラは、ちょっと不自然で楽しみにくいところがあります。最初と最後の拍手の部分だけライブ取りし、別に音楽を録音し、それに合わせて映像を後で付けたものです。フィルムに入っている音声なので、CDに比べて格段に音が悪い。映像もフィルムの、はっきりとした、つなぎが目立つ。見始めの頃は、ちょとガッカリなビデオという印象。ただし演出と舞台装置は、古さや違和感のない素晴らしい出来だと思います。もちろん演奏も。


 まず、第1幕序奏が始まって指揮者とオケが映る。カラヤンの動きがものすごく早い。マリオネット・あやつり人形のように、大げさに手を伸ばして激しく動いている。晩年のカラヤンからは想像もできないが、40代の頃はこうだったのか。上半身の軽やかさと裏腹に、歩き方はぎこちない。最後のカーテンコールの時なんか、完全に片足引きずって歩いている。欽ちゃん走りならぬ、欽ちゃん歩きのようだ。

 映画であるからには、音楽よりも映像の美しさが優先される。つまり、見かけも美しく、その役にふさわしいかが重要とされる。1956年にEMIでレコーディングされたカラヤンの名盤のキャストよりも良くなっている。なんと、ほぼ全員、役柄にふさわしい最高の歌手を揃えていると思われる。特にオクタヴィアンのセーナ・ユリナッチとアンニーナのヒルデ・レッスル=マイダンは、ちょっとこれ以上の人は考えられない。見ていて、とても気持ちがいい。

 オックス男爵のオットー・エーデルマンも田舎貴族らしくて、とてもいい。ただ、どの演出を見ても、作者の意図と違って、滑稽な老人すぎると思います。シュトラウスによれば、年齢は35歳位「あくまでも貴族であり、いささかあか抜けはせぬものの、どこかドン・ファンの美しさを持って演じられなければならない」のです。マルシャリンだって32歳位の設定だから、シュワルツコップではちょっと遅かったかな、という感がぬぐえません。

 シュワルツコップ同様、大変評判のいいゾフィー役のアンネリーゼ・ローテンベルガーですが、今となっては、二人とも古い感じがします。クライバー盤のギネス・ジョーンズとルチア・ポップに親しみすぎたせいでしょうか、古い古いオードリー・ヘプバーンの映画を見ているような、いごごちの悪さを感じます。


 カラヤン指揮 ウイーンPO ザルツブルグ音楽祭1960年8月 VHSビデオ
 ルドルフ・ハルトマン演出  制作・監督パウル・ツィンナー

  オックス男爵=====オットー・エーデルマン
  マルシャリン=====エリザベート・シュワルツコップ
  オクタヴィアン====セーナ・ユリナッチ
  ゾフィー=======アンネリーゼ・ローテンベルガー
  ファーニナル=====エーリッヒ・クンツ
  歌手=========ジュゼッペ・ザンピエーリ
  ヴァルツァッキ====レナート・エルコラーニ
  アンニーナ======ヒルデ・レッスル=マイダン


 昨晩、元帥が帰ってくる夢を見たと話すマルシャリン。「元帥はとっても早いの。前にもこんな・・・」と、以前も不倫現場を見つかりそうになったことがあるのをほのめかす。オクタヴィアンは何人目かの愛人で、昨晩始めて一夜を共にしたのだ。さらに「今はこの子を慰めなければ。いずれ私を捨ててしまうというのに。」と言って、今まで何度か自分を通り過ぎていった貴族の師弟がいたことを明らかにする。

 「他の男たちと同じようにしないで。元帥やオックス男爵のように。」オクタヴィアンには、ちゃんと妻を愛する男性になってほしいと思っているのでしょう。しかし、オクタヴィアンは普通の男ですから、元帥のような立派な貴族になることでしょう。ゾフィーのような、なんの取り柄もない、ごく普通の若い女の子を好きになるところを見てもわかります。

第1幕のマルシャリンの語り「時の流れの悲しさ」「老いゆく美しい女」が、このオペラの主題みたいなものですが、決して感傷的に、そして悲劇的に人生の別れを演じてはいけないと、シュトラウスも言っています。「常にウイーン風の優雅さを、軽やかさを失わぬ、いわば片方の眼だけで泣く女なのですから」と。それに、美しい女性ばかりではありません。男性だって、時の流れに涙することはたびたびあります。マルシャリンなんて、裕福で地位もあって、幸せな人です。淡々と悲しみましょう。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

[2007/07/05 01:41] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
「ばらの騎士」今年の攻防
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 吉田秀和の著書で、「好きな曲」について、オペラではもちろんモーツァルトの3大オペラが筆頭に挙げられている。では、その次は何が好きか。なにか遠い昔のことを思い出すかのように、その次にくるのは「ばらの騎士」に違いない、とそんな内容が書いてあった。

 そんなことを言われなくても、ちょっとあらすじを読めば、すごく気になるオペラです。誰でも年齢に応じて、主役4人の、どの立場にもなりうる可能性がありますよね。ホフマンスタールの解説によると「カンカンがマルシャリンとゾフィーの間に立った時、この普通の行き当たりばったりの娘の方にひかれていくというのが、このオペラのこっけいなところなのです」。そして、立場が逆っぽくなっているのが「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。ホフマンスタール台本の「ばらの騎士」は、先行する「フィガロ」と「マイスタージンガー」を合体させたものかもしれません。

 今年のほぼ同じ時期に「トリスタンとイゾルデ」も公演があります。昨晩、このあいだ取り上げた「コジ」ノーカット放映もされます。「コジ」や「ばら」は、人生の一時期のお話ですが、「トリスタン」は、もっと人生全般を語って、より単純化しているように思います。

 見たいと思って往く年月。「サロメ」「影のない女」「ダフネ」は見に行ったのに、「ばらの騎士」の体験はまだです。台本は良いのだけれど、音楽がどうもなじめない、という気分がありまして、ウイーン国立歌劇場などのチケットは取りませんでした。相当気力がないと取れないでしょ。ちなみに「アリアドネ」と「影のない女」は、お馴染み気分があります。

 今年は、「ばらの騎士」が、外来オペラでふたつ、新国でもやりますよね。ここらで見ておかないと、もう縁がなくなりそうなので、ひとつ買っちゃいました。でも、高価なドレスデン国立歌劇場は買えませんでしたが。

 そんなわけで、いま取りそろえている「ばらの騎士」のディスコグラフィーを紹介。
まだちゃんと聴いていない。

 自家DVDで カラヤン ザルツブルグライブ1984年もの
        ウエルザー=メスト チューリッヒ歌劇場ライブ2004

CDで    クライバー ウイーンPO1954 DECCA
        カラヤン フィルハーモニア1956 EMI
カラヤン ザルツブルグライブ1960 DG
カラヤン ウイーンPO1984 DG

 これから手に入りそうなCD
        ベーム ドレスデン国立歌劇場1958 DG
バーンスタイン ウイーンPO1971 SONY

 ちょっとかじったカンでは、カラヤン ザルツブルグライブ1960ものが、気持ちよく聴けるような気がします。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

[2007/05/07 17:18] | ばらの騎士 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
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