プロフィール

にけ

Author:にけ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ


無料カウンター

オペラ サモトラケのニケ
なぜだか、ただいま『フィガロの結婚』特集と……『ドン・ジョヴァンニ』が割り込んできました。
シノーポリ フィルハーモニア盤 第3幕

どの演奏でもゆっくり静かに始まるので、導入は普通である。開始から5分ぐらいに音楽がいったん盛り上がって、そこを過ぎると急に静かな場面になる。エリーザベトの「命乞いの動機」のあたりからヴォルフラムの歌が始まるぐらいまでが叙情的でとてもいい。

 第3幕ではヴォルフラム、エリーザベト、ヴォルフラム、と歌って、最後に長いタンホイザーの「ローマ語り」で終わる。ヴォルフラムはエリーザベトの歌の前後とタンホイザーにも絡み、ずっと舞台にいる。二人のいるところにヴォルフラムが必ずいる。全曲通してアンドレアス・シュミットのヴォルフラムはまあまあ悪くはないが、個性が感じられない。オケのパートのひとつとして歌っているようにみえる。

 ここでのヴォルフラムの歌は通称『夕星の歌』といわれているが、この夕星とは『宵の明星』金星のことである。金星はビーナスと呼ばれている。ビーナスとはヴェーヌスのことである。いったいヴォルフラムはなにを考えて、金星に向かい合って歌を歌っているのだろう。エリーザベトと別れたばかりだというのに。

 エリーザベトのスチューダーは、本当にすばらしい。ソフトな録音のせいもあってか、声に「神がかり的」オーラが感じられる。感情がこもった真心とでもいったもの、歌声に真実味がある。涙が出そうになるほど美しい。いまだ、エリザベート・グリュンマー、ルチア・ポップなどの歌はまだ聴いていないけれど、これ以上のエリーザベトはちょっと考えられない。

ここまでなかなか健闘してきたタイトルロールのドミンゴでしたが・・・ここで、いや残念。違和感が出てきた。なんだかワーグナーのテノールらしくない。でも、声はよく出ているし頑張っている感じはする。
 第3幕の終結部は、巡礼の合唱から順調に階段を上っていって、最後の最後でテンポをゆるめ、ふわっと消えていく。美しい終わり方です。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

シノーポリ フィルハーモニア盤 第2幕
  ゆっくりとソフトな導入部で気持ちよく第2幕に入っていける。ヴァイオリンの繊細なざわめき。エリーザベトの「歌の殿堂のアリア」もいい。声の美しさと、真摯な感情がひとつに解け合っている。スチューダーがこんなみごとな歌を歌っているのを、他に知らない。聴いているこっちまで幸福な気分になるようだ。所々でぐっとテンポを落とすのに、また、うっとりさせられてしまう。タンホイザーよりもエリーザベト優勢で音楽はすすむ。ドミンゴは悪くはないが、終盤までぱっとしない。入場行進曲の後のヘルマン。歌合戦の前も後も、なかなかいい。何も不満はない。ここまでの音楽が、このシノーポリ盤の最も良いところかもしれない。

 歌合戦の部分は精彩を欠く。ヴァルターの歌がないのも欠点だが、全体的な熱気が足りない。「俺が俺が」と、人を押しのけても歌うという気概がない。ヴォルフラムもビテロルフも上品な歌唱で迫力に欠ける。
 
 しかし、第2幕も終盤に近づくにつれて、がぜん熱を持って盛り上がってくる。ドミンゴがひときわ孤軍奮闘しているかとおもうと、エリーザベトもなかなか頑張っている。
 終結30秒前のオーケストレーション。巡礼の合唱とタンホイザーが「ローマへ」と叫ぶあいだの部分は、他盤ほど不自然さを感じない。
 バイロイトを意識しているのか、この演奏を通してエコーがかかっているような、ふんわりしたソフトな録音になっている。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

シノーポリ フィルハーモニア盤 第1幕

ジュゼッペ・シノーポリは1985年から3年間、バイロイトで「タンホイザー」を手がけた後、1988年になってドイツグラモフォンでレコーディングをおこなった。バイロイトではヴィーラント・ワーグナー演出の「ドレスデン版」で演奏したのだが、このレコーディングは「パリ版」になっている。「パリ版」としてはショルティ盤に次ぐ2番目のスタジオ録音盤である。
 シノーポリはドイツグラモフォンに、すでに4組のレコードを残している。それはヴェルディとプッチーニであるが、ワーグナーに挑戦するのは初めてのこと。彼の指揮する『ナブッコ』は持っているけれど、イメージ通り刺激的な演奏をしている。どうしても、今までの指揮者と違う、驚くような演奏をするのではないかと予想された。
 ところが、みごとに外れ、バイロイトのライブと同じような正統で、一見ごく普通の演奏のように感じられた。初めて聴いたときは、全然つまらないと思ったものだ。テンポが遅めで、繊細、ソフトムードで聴きやすい、という「カラヤンのニーベルングの指輪」に近い印象を受けた。ショルティ=デッカ盤のような細部がはっきり聴こえすぎる管弦楽、強引なアタック、不自然な編集によるつなぎ、みたいなところは全くない。他盤に比較すれば、緊張感、推進力、エネルギー感などは希薄であるが、それではつまらない演奏かというと、そんなことは全くない。全編、細部に至るまでシノーポリの統率が利いている。神経の届いていないところはない。「タンホイザー」を初めて歌うドミンゴをはじめとする歌手たちも、完全にシノーポリの意をくんで、終始一貫、統一された演奏を繰り広げている。

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団  
1988年4月から8月録音 「パリ版」 ドイツグラモフォン

ヘルマン          マッティ・サルミネン
タンホイザー        プラシド・ドミンゴ
ヴォルフラム アンドレアス・シュミット
ヴァルター         ウィリアム・ペル
ビテロルフ クルト・リドル
エリーザベト チェリル・スチューダー
ヴェーヌス アグネス・バルツァ
牧童 バーバラ・ボニー

 タンホイザー役がなんとドミンゴ。そのせいで、しばらくこのレコードは聴く気がしなくて後回しになっていたのだ。ドミンゴは以前に、ヴァルターとローエングリン、パルシファルを歌っているし、これ以降ジークムント、トリスタンも歌っているが、ドイツオペラがはたして歌えるのかと疑問を持っていた。イタリアオペラだと、なんだかうますぎて面白味に欠ける歌唱をくりひろげている。彼にとってはもはや、簡単に歌えてしまうのだろう。そんな気がしていて、避けていたのだ。
 ドミンゴはもちろんヘンデンテノールとは違うのだろうが、かといってヴァルターテノールでもない。もともとバリトンだったから低域がしっかりしている。違和感が感じられると思っていたが、意外なことに、なんだかヴィントガッセンに近いような気もする。特に、悪いところや違和感はほとんどない。とにかくバイロイトでのリチャード・ヴァーサルを、レコーディングにあたってドミンゴに代えたのは正解だと思う。ヴィントガッセンやコロと同じように、安心して聴けるタンホイザーだ。

 ヴェーヌスのアグネス・バルツァも、恐らく今回だけのことだろうが、悪くない。クリスタ・ルートヴィヒなどの定評のあるヴェーヌスのよさが全く分からない私にとっては、むしろ、なかなか良い歌唱だと思う。バルツァの明瞭でよく通る声は、気持ちよく聴ける。
 
 ヴォルフラムのアンドレアス・シュミットはちょっと声がドミンゴに似ている。したがって、重唱部分でのタンホイザーとの違いが出にくい。ちょっと、目立たない。ヴォルフラムのアリオーゾの手前で、どの指揮者もぐっとテンポを落として効果を上げるのだが、この演奏ではもともとがゆっくり目の演奏なので対比が弱くなってしまっている。

 このシノーポリ盤でいちばん気になっているのは、第一幕最後手前3分前のところにある管弦楽部分だ。ヴォルフラムのアリオーゾに始まる全体合唱がいったん収まって、タンホイザーが「Zu ihr! Zu ihr!」(彼女のもとへ)と歌い出すまでの間の間奏部分。いちばん最初に聴いていたサヴァリッシュ盤では、ここのところは全く単純に演奏している。ぜんぜん違う。十数年前に初めて聴いたとき、これは、シノーポリ独特の演奏で、変わったことをしているに違いない、やっぱり彼はこんなことをするのだ、と思いこんでいた。それから他の人の演奏を聴くと、むしろ変わっているのはサヴァリッシュ盤の方だったことに気づいた。そうと分かっても、このシノーポリ盤が最もこの部分をきわだたせて、ゆっくり演奏しているので、やっぱり、ちょっと変な気がする。しかし、全曲通して何度か聴くとシノーポリの解釈も納得できるものではある。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

ダフネは樹に変身する? 『ダフネ』日本初演 2
dafne1mm.jpg   ダンサーに集中していたライトが、徐々に舞台全体を照らしていくと、中央奥と左右に台があり、上に樹のようなダンサーがいる。後でダンサーだと分かるのであって、このときなまったく動かないので、セットのマネキンかと思われた。音楽が盛り上がってくると3人のダンサーが不自然なくらいに前後左右に体を揺らして踊る。足が何か棒のようなものに固定されていて、その足元から傾いて、倒れそうな感じになっている。その後、宙吊りになって出てきたりと、ダンサー大活躍。ダンスとかバレエは、外来オペラの中でやられるもの以外で、ほとんど見たことがないので、5人の舞踏だけでも十分面白かったのだけれど、はたして、シュトラウスの音楽と合っていたのだろうか。

 舞台装置としては、階段が3つ、解体された鉄骨の出ているビルの壁が何枚も、ぶら下がり健康器、または思いっきり背の高い鉄棒にツタを絡ませたものなどが、鏡張りのようになっている床の上を音もなく移動するという、よく考えたらなんだかわけが分からないものである。しかし、床にいろいろなものが映ってキラキラしている。近頃のオペラの舞台は本当に美しい。最近見た新国立劇場『ホフマン物語』『ドン・カルロ』も美しかったが、今回は更に美しい上に5人のダンサーが活躍する。十数年前の二期会の舞台なんて、本当に地味だったのに。立派になったものだ。

 よくよく考えると、日本人のヘンデンテノールって、今まで聴いたことがなかった。外来オペラの引っ越し公演か、日本人主体の公演でも、主役だけ西洋人の歌手というのばかりだった。他の声種では、日本人の歌手でも、声の魅力では西洋人に劣るとしても、感情表現のうまさでうっとりすることが何度もあった。先に聴きに行った人の話によると、福井さんのアポロがすばらしい、ダフネもロイキッポスもとてもいい、だったようだ。なにしろ、こちらが不勉強で音楽が分かっていないのだから、ほめようがない。でもオケも悪くはないと思った。しかし、こんな難しいオペラを、悪くないと思わせるぐらい破錠のない演奏するのは、きっとすごいことなのだろう。影のない女・アラベラ・無口な女・オーボエ協奏曲などとやっぱり似ているような、しかし刺激的なところのない牧歌的な音楽。始まりも終わりも静か。

 どちらかというと舞台の美しさとダンスの面白さが優先されて、音楽がどのように進行していったのか、物語の高揚と舞台の動きが合っているのか、歌手の演出はどこにあったのか、分からないところが多い。恐らく美しい演奏だったのだろうけれど、舞台の視覚的要素の方に気が取られすぎていて、確信が持てない。ダフネがダンサーにけっこう堂々と入れ替わるなんて。最後に”ダフネが樹に変身する”とばかり思っていたので、「ダンサーそのままやん」「樹にならへんがな」、と心の中でつっこんでいるうちに、終わってしまった。
 でも、最後のヴァイオリンの響きは、心にのこります。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

カラヤン ウイーン国立歌劇場ライブ盤 第3幕
TANK1M.jpg  けっこう長めの「タンホイザーの巡礼行」と名づけられた導入曲がある。これはタンホイザーがローマへの旅に出てから、ずいぶん時間がたったけれど、彼はいつになったら戻ってくるのだろう。はたして、恩赦に預かって戻ってこれるのだろうか。という雰囲気を出しているものと思われる。だから、長くてもがまん。静かな部分が多いので、客席の「咳の音」がひときわよく聞こえる。
 聴き所の、エリーザベトの祈り。グレ・ブラウエンステインは、感情はこもっているのだが、抑揚を押さえ平板に歌っている。あまりにそっけないんじゃないの。でも、数ヶ月の心労のあまり、声が出ないという演出なのか。この反対の歌唱がショルティ盤のヘルガ・デルネシュ。
 1幕・2幕では、なかなかいいと思っていたヴォルフラムだが、3幕になって物足りなくなってきた。エーベルハルト・ヴェヒターはサヴァリッシュ盤でも歌っているが「夕星の歌」は、こちらの方が劣る。気持ちよく聴きやすい声なのだが、体育会系。もうちょっと思慮深く、丁寧に、お願いしたいものだ。カラヤンの繊細な演奏と合っていない。第1場、第2場の管弦楽がずいぶんな弱音で雰囲気を盛り上げている。ここも裏オケの演奏か。
不調のタンホイザーであるが、最後はがんばってほしいものだ。タンホイザーの歌になってから、プロンプターの声がよく入るようになった。

 このカラヤン盤のフィナーレ終結部は衝撃的だ。巡礼の音楽からどんどんひたすら上昇して終わるのだけれど、同じ音形が続くものだから、今どのあたりを演奏しているのかわからなくなる。一瞬とまどっていると、上昇していた管弦楽が突然途切れる。最後のティンパニの一打といい、これこそ「タンホイザー」の本質を突いている演奏だと思う。高揚している途中で天に召されたのか、ふわっと身体が宙に浮いてしまったような、コジ・ファン・トゥッテを見終わった後のような。
 こんな終わり方ってありなの。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

『ダフネ』日本初演を観た 1
dafne1mm.jpg  会場が暗くなって、指揮者登場。それからさらに真っ暗になって、ぱっと舞台の中央にライトが当たる。無音の中、一人のダンサーが踊りだす。しばらくその状態が続いてからから、シュトラウスの繊細な響きの音楽が鳴り始めた。

2007年 2月12日 (日) 14:00  東京文化会館 大ホール
R・シュトラウス 歌劇『ダフネ』全1幕

台本:ヨーゼフ・グレゴール
指揮:若杉 弘   演出・振付:大島早紀子
公演監督:曽我 榮子  装置:松井 るみ  舞台美術協力:島田清徳
舞踊:H・アール・カオス(木戸紫乃 小林史佳 斉木香里 横山博子)
メインダンサー: 白河直子
合唱:二期会合唱団  管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

ダフネ :釜洞祐子
ロイキッポス :樋口達哉
アポロ : 福井 敬
ペナイオス ダフネの父親 :池田直樹
ゲーア ダフネの母親  :板波利加
第1の羊飼い :勝部太  第2の羊飼い: 塚田裕之
第3の羊飼い :村林徹也  第4の羊飼い :斉木健詞
第1の乙女 :平井香織  第2の乙女 :江口順子

 東京文化会館は久しぶり。以前は、上演中ずっと舞台左右と各階ドアの上に『非常口』のランプが点きっぱなしになっていた。最近はかなり真っ暗になるので見やすい。駅ビルの中のベックスコーヒーであらすじを読みながらケーキセット。前に座っているおばさまたちも『ダフネ』のシートを持っている。全1幕だから、休憩時間がないのだ。サロメも1幕ものだけれど、なんだかちょっと損した気分になる。幕間にコーヒーが飲めないから、駅の中でのケーキセット。食べ過ぎのような。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

直前に若杉弘指揮『ダフネ』のチケットをとる
dafne1mm.jpg 公演の一週間前を切って、急激に『ダフネ』が観たくなった。”日本初演”て書いてある。”日本初演”なんて、『影のない女』しか体験してないし。しかし、ダフネは全く聴いたことがない。上野の「オルセー美術館展」を見に行ったついでに、秋葉原の石丸電機に行って『ダフネ』のCDを買ってきた。いちばん安いのがベーム・ウイーン国立歌劇場ライブだが、ドイツグラモフォンから出ているのではなくて、1944年の録音だ。ダフネがマリア・ライニングだったので、買いました。ライニングって、確か、クライバーのばらの騎士で歌っていた人じゃないか。聴いてみたい。しかし、解説の類は何も付いていない。『影のない女』の時は、ホフマンスタール全集まで調べたりしたのに、今回なにも分かっていない。
 すぐさま家に帰って、通しで聴いて、そんな悪い感じの曲でない(音は悪い)のを確認してから、二期会に電話してチケットをとった。チケットぴあと東京文化会館チケット売り場で確認したところ、二期会本部のほうがどういうわけか、安い席がたくさん売っている。しかも親切で、同じランクでも、3階のこの席と4階の左右どちらか、などの選択技をいくつか言ってくれて、自分で選ばせてくれた。昔はどこでもこうしてくれたんだけれど、最近ではめずらしい。楠見千鶴子著『オペラとギリシャ神話』でだいたいのあらすじは分かりました。
しかし、今頃やっと、初演だったのか。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

カラヤン ウイーン国立歌劇場ライブ盤 第2幕
TANK1M.jpg   導入部のエリーザベトのアリアはよく歌っているとは思うのだが、録音のせいかすっきり聞こえない。二重唱になるがタンホイザーはあいかわらず不調。再びエリーザベトのソロがあってから、盛り上がる「喜びの二重唱」。しかし、どちらかというと管弦楽の方が情熱的に演奏している。
 続く大行進曲も、ライブ特有の合唱と管弦楽のずれも気持ちよく盛り上がっていく。ここで今日の主題が「愛の本質について」だと宣言される。しかし、ヴォルフラムに代表されるような禁欲的謹厳実直な中世の騎士たちに、こんな愛の歌を歌わせて良いものだろうか。そんな主題を出すこと自体が不謹慎な気がする。しかも、よりによってタンホイザーがいる時に何も。

 「パリ版」ではヴァルターの歌はカットされているのだが、この部分は「ドレスデン版」で演奏されている。このCDはタイトル下に何の但し書きもなく「パリ版」とだけ書いてある。説明書にも何も触れられていない。バレンボイム盤では「ドレスデン版」の下に、ただし第一幕第二場は「パリ版」による、と書いてある。そういうことはほとんどの解説書できちんと書いてあるものだけれど。ヴァルターの歌が入っていることはうれしいのだが、ヴァルター役の声が、残念ながらタンホイザーの声質に似るいる。いままで聴いたほとんどのヴァルターの声は、タンホイザーよりも高くて細めの声だ。したがって先に出たリチャード・ヴァーサルとかルネ・コロとかペーター・ザイフェルトとかを、「ヘンデンテノール」に対する、「ヴァルターテノール」と、私は勝手に名付けている。もちろん「マイスタージンガー」のヴァルターの意味も含めて。
 この歌合戦では、
ヴォルフラム、タンホイザー、
ヴァルター、タンホイザー、
ビテロルフ、タンホイザー、
ヴォルフラム、タンホイザーと歌い継がれる。
1度目のタンホイザーの歌の途中で、またもや電子音が。家の炊飯電子ジャーがご飯が炊けたときに出す音みたいなのがわずかにきこえる。2度目のタンホイザーの歌がひどい。途中で歌詞を忘れたのか、後で歌う歌詞を適当な順番で歌っている。プロンプターが軌道修正しようと、さかんに合いの手を入れているのがよくきこえる。

 タンホイザーが「ヴェーヌス」と口走った事から、騎士たちみんなに剣を向けられ絶体絶命の危機。この時、エリーザベト一人中に割って入り「Haltet ein!(待って!)」と叫ぶところ。ここが『聴き比べポイント』です。スタジオ録音盤では、このエリーザベトの叫ぶ声がオケのクライマックスと被って、はっきり聞き取りにくい。恐らく楽譜上はそのように書かれているのだろう。しかし、ライブものになると、エリーザベトの叫びを長く引き延ばして、オケの全奏が終わってからも聞こえるようにしている。オケの音が鳴り終わってみたら、エリーザベトの声だけ残っていた、という感じで一瞬の静寂がやってくる。この部分は本当に、それぞれの演奏で違っている。先に紹介した1983年のベルリン国立歌劇場公演でのカサピエートラがいちばん長く歌っている。このカラヤン盤では比較的短めであるが、しっかりと聞こえている。ヘルマンのゴットロープ・フリックはしっかりとした声だが、厳しさの中に色気がかいま見える。もっと厳しくてもいいかな。ハンス・バイラーはここでもいまいちだ。そこから先は、グレ・ブラウエンステインがなかなか健闘して、群衆の中から突き抜けた声を出していて気持ちがいい。他盤と比べてもエリーザベト声が一番よく聞こえていると思うが、もしかしたら舞台裏オケの影響でもあるのか。終結20秒ぐらい前のオーケストレーション、巡礼の合唱とタンホイザーが「ローマへ」と叫ぶあいだの部分、がどうしてもなじめない。ここも各盤、それぞれ違う。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

東京のオペラの森「タンホイザー」公演の予習
 小澤征爾が「タンホイザー」を振るというので、チケットをとりました。東京のオペラの森公演、昨年の「オテロ」は体調不良長期休暇のため小澤さんはキャンセルしましたが、このシリーズの評判はなかなかのものでした。今年こそ聴きに行こうと思っていたら、演目が私のレパートリー(もちろん聴く方のです)なので、期待してチケットを買いました。 もう一度「タンホイザー」を勉強しようと思い、手持ちのビデオテープ、LP、図書館から借りたCDなどを視聴しようと思います。
 どこかのホームページにレコード類の解説がないか、ちょこっとだけ探したのですが、私の検索では見つかりません。「タンホイザー」の「楽曲解説」とか「あらすじ」とかは、詳しくていねいに書いてあるホームページがあります。
 私は音楽の専門知識のない全くの素人ですが、これから10種類ぐらいディスクやテープを視聴しようと思っているので、これから連載します。

オデュセウスさんのページにこれからのワーグナー公演の予定が書いてました。
http://blogs.yahoo.co.jp/wotan73meister19/13199385.html#13219639

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

カラヤン ウイーン国立歌劇場ライブ盤 第1幕
TANK1M.jpg  数年前、カラヤン・ウイーン国立歌劇場時代のライブ音源CD、「タンホイザー」「影のない女」その他がドイツグラモフォンから発売された。レコーディングスタッフを見ても、いつもと違うので、このレコーディングはドイツグラモフォン社のものではなく、ラジオ放送用音源だと思われる。当然、この演奏がレコードの形で世に出ることを、カラヤンは許可していないはずだ。しかし、「影のない女」も含め、カラヤン得意の演目であったにもかかわらず、スタジオレコーディングを残していないので、このCDを待ち望んでいた人もいるだろう。どちらも決定的な名盤が存在しない曲目であるだけに、意義は大きい。私としては「影のない女」の方が、より価値があると思っているけれど。
 この演奏ではバイロイトサウンドを意識して、舞台裏にフル編成に近いオーケストラをおいて、エリーザベトの歌などの一部の伴奏をつけていたという。二つのオーケストラの音がみごとに解け合っていたというが、効果は聴いていてもよく分からない。演出もカラヤン。このような大変なことを要求するためか、ウイーン当局や労働組合(と言っていいものか)と関係が悪化する。カラヤンが「もう二度とウイーンには戻ってこない」と発言し、ウイーン国立歌劇場を辞める一年ちょっと前で、いろいろなトラブルを抱えた状態での公演であったはずだが、演奏は全くすばらしい。

1963年1月8日 ウイーン国立歌劇場でのライブ録音 「パリ版」モノラル

ヘルマン ゴットロープ・フリック
タンホイザー ハンス・バイラー
ヴォルフラム エーベルハルト・ヴェヒター
ヴァルター ヴァルデマール・クメント
ビテロルフ ルートヴィヒ・ヴェルター
エリーザベト グレ・ブラウエンステイン
ヴェーヌス クリスタ・ルートヴィヒ
牧童 グンドゥラ・ヤノヴィッツ

 序曲は、スタジオ録音の序曲集などとは違って、熱気のある演奏であるが、モノラル録音のため、同じくライブのサヴァリッシュ盤に比べると、いささか分が悪い。バッカナールに入って1分ぐらいしたところで、電話の呼び出し音のような電子音が入っていて、聴くたびにそこのところでびっくりする。そのせいか、のめり込んでいけない。
 第2場でルートヴィヒが出てくる。7年後のショルティ盤でも歌っているが、どこが良いのかよく分からない。「影のない女」にも出演しているが、そちらの方は明瞭な発声でとても気持ちがいい。役柄の違いか、私の勉強不足か。
 ハンス・バイラーは、今回初めて聴いたテノールだ。初日は不調で緊張して固くなっていたと、当時の批評に書かれていたそうだが、本当に調子が悪そうだ。言葉がわかりにくい。口の中に食べ物を入れて歌っているかのようだ。声質は、リチャード・ヴァーサルの対局にある、野太い声。これこそ古いタイプのヘンデンテノールではないか!うっかり聴いていると、いま歌っているのはタンホイザーなのか、ヴォルフラムなのか分からなくなる。このような太い声、わたしは嫌いではない。この二人も、第2場も後半になるとどんどん盛り上がって感動的になる。
 第3場の牧童はグンドゥラ・ヤノヴィッツ。ベーム、カラヤン、両巨頭との録音がたくさんあってお馴染みのヤノヴィッツが、こんな役も歌っていたとは。ちょっと色っぽいが、なかなかどうして、とてもいい。続く第4場の途中まではなかなか良い演奏。騎士たちのソロの部分では、プロンプターの声が聞こえる。ヴォルフラムのアリオーゾもいささか大げさな表現だが気持ちがいい。それ以降の7人のアンサンブルの中で、肝心のタンホイザーの声があまり出ていない。そんな、不完全燃焼状態で第1幕が終了となる。


テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦の伝承
gerdes2.jpg
 タンホイザーは13世紀の吟遊詩人と言い伝えられている。そして、このオペラの正式なタイトルは「タンホイザーならびにヴァルトブルクの歌合戦」である。歌う詩人というと「ニュルンベルクのマイスタージンガー」や「トロヴァトーレ」が連想されるが、それらとはちょっと違うようだ。
 タンホイザーは、愛を歌う詩人「ミンネゼンガー」と言われる。英語で言うと、なんだか安直だけれど、「ラブ・シンガー」ということになる。主にフランス語で歌うのが「トロヴァトーレ」で、ドイツ語が「ミンネゼンガー」。以上は上流階級または騎士階級で「マイスタージンガー」は市民階級で職人、まさしく「親方歌手」というわけである。
「ニーベルングの指輪」も「タンホイザー」も、歌というかたちで残されている。琵琶法師が語る平家物語とか、ホメロスの叙事詩のような昔話的な伝わり方をしてきたもののようだ。ドイツもスコットランドやアイルランド同様、ローマ帝国の文明が伝わらなかったために、歴史を成文化し本にするということがおくれ、そのために口伝えが後世まで残ったのだろうか。北海道のアイヌ民族などもそうかもしれない。文字のない時代の人々の記憶力は、現代では考えられないほどの力があったと思う。言葉の力が今よりもずっと強かったと言うべきか。

 旧東ドイツと西ドイツの国境近くのアイゼナハの町とヴァルトブルクの城、その近郊のヘルゼルベルクにあったヴェーヌスの森がその舞台となっている。
 ミンネゼンガーであるタンホイザーが各地を遍歴しているうちにヴェーヌスの宮殿に入ってしまい、一年間滞在する。その罪の許しを請うためにローマ法王に謁見したが、許されず、もう一度ヴェーヌスの森に戻るというお話。
 ローマ法王がタンホイザーに「私の杖から緑の新芽が出るようなことがあれば、お前の罪は許される」と宣言した。つまり奇跡でも起こらない限り絶対に許されない。諦めたタンホイザーは再びヴェーヌスの森へ向かう。ところが3日後、法王の杖から緑の新芽がふき出した。それを伝えようと法王がタンホイザーを探すと、彼はなんとヴェーヌスのところにいたものだから、再び法王は破門を宣告したというお話。
 ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲンというミンネゼンガーが、チューリンゲン辺境伯ヘルマンの居城での歌合戦で敗れ、死罪になるところを、ヘルマンの姪(または娘)ソフィアによって救われるというお話。「タンホイザー」は劇中では、騎士仲間にハインリッヒ・デア・シュライバーという人物がいるのにも関わらず、仲間から「ハインリッヒ」と呼ばれている。そのような伝承を合体させ、ワーグナー自らが「タンホイザー」の台本を作りあげました。
 ヴェーヌスと聞くとなんだか馴染みがないようですが、「ミロのビーナス」とかの、ビーナスのドイツ語読みがヴェーヌスなわけです。なにもそんな悪い人じゃない気がしてきませんか。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

「ドレスデン版」と「パリ版」の違い
 ワーグナーは「タンホイザー」の出来に生涯満足せず、何度も改訂をおこなった。どのような版があるか簡単に年代順に並べてみる。

 1.ドレスデンで初演された時のもの。
2.その後改訂されたもの。
 3.パリ・オペラ座で演奏されたもの。
 4.それをドイツ語にしたもの。
 5.ウイーンで上演されたもの。

現在一般に言われている「ドレスデン版」は上記の”2”のことであり、「パリ版」とは”5”の最終改訂版のことである。最晩年のワーグナーが「わたしはまだこの世に『タンホイザー』という借りがある」と発言していることからも、改訂を繰り返すことによる様式上の不統一感が残っている。どちらにも満足できないために、バイロイト音楽祭などの演奏会やレコーディングでも、そのつど指揮者の判断によった、「折衷版」とでも呼ぶしかないような演奏が毎回おこなわれている。
 それでは「ドレスデン版」と「パリ版」の具体的に違うところはどこか。まず「ドレスデン版」では序曲が単独で完結しており、序曲が終わってから第1場が始まる。「パリ版」では序曲の後半、巡礼の歌が再び現れるところを削除し、第1場のバッカナールにつながるようにしたこと。第1幕第2場の2重唱の台詞が多くなり、もちろんオーケストレーションもより官能的になっている。第2幕第4場のヴァルターの歌をカットし、前後の台詞を微調整したもの。簡単に言うと、この3カ所だけ。
 この改訂、増やした部分は悪くないと思うのだけど、2カ所のカットはいかにももったいない。序曲の最終部、帰ってきた巡礼の歌部分は最も感動的な所ではないか。「ドン・ジョバンニ」のドン・オッターヴィオのアリアはカットしてもいいけれど、ヴァルターの歌がないのは不自然だと思う。歌合戦も始まったばかりなのに、タンホイザーがすぐに興奮して、ヴェーヌスのことを口に出してしまうのが、あまりにも早すぎる。できればお仲間の、ラインマルとハインリッヒにも歌わせてほしいぐらいだ。
そんなこともあってか、純粋「パリ版」のレコードは少ない。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽