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オペラ サモトラケのニケ
なぜだか、ただいま『フィガロの結婚』特集と……『ドン・ジョヴァンニ』が割り込んできました。
京都行ってきます
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 京都5泊6日の旅にでます。ちょっと時期が早すぎました。京都は東京はもちろん、大阪あたりよりもさらに遅いのです。2ヶ月ほど前、誰に聞いても、今年は桜が早い、といっていました。ところが例年とあまり変わらないもようです。数年前に4月に入ったらもう桜が散っていたという、とても早い年もありましたから、今年はぜんぜん早くありません。昨年はひどく寒かったのに、昨年とほとんど同じ時期のもようです。

 2001年から毎年奈良に行っていますが、その行き帰りの日は京都観光に当てています。京都だけに宿泊するのは今回で3回目です。したがって、もう20日ぐらいは京都観光をしているはずです。桜が咲いていないのなら、彦根・安土方面か比叡山か、大原も行っていないし、神戸の小磯良平の美術館とか、いつもと違うところに行ってみようかと思っているところです。

 一昨年秋、南禅寺に行きました。カーセン演出のキャンバスの色ですね。油絵をペインターで加工したものです。

テーマ:京都・奈良 - ジャンル:旅行

サモトラケのニケ
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 1992年頃、始めての海外旅行にパリに行きまして、そのころ描いた油絵です。オペラの森、タンホイザーも画家という演出だったので、関係なくもないかな。黒地に赤いベタベタは、以前からよくやっていました。まさか、タンホイザーがそんなことをするなんて。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

東京オペラの森「タンホイザー」第3幕
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第1幕第4場にもどったような地味な舞台。今度は最初から右奥が開放されている。奥に何か別の部屋があるのを感じさせる。絵の乗ったイーゼル、ペンキカン、そしてシーツをかぶせたベッドマットまでそのままある。寝室とアトリエが一緒という、貧乏画家の部屋だ。

 あれから数ヶ月の時間がたったけれど、巡礼に行った人たちはどうしているのだろう。いつになったら罪を許されて帰ってくるのだろうか。といった雰囲気の前奏曲に始まる。
その部屋の中を、左手から中央奥通路に向かって巡礼団の合唱隊が通り過ぎていく。第1幕で赤いペイントの付いたキャンバスを抱えって行った巡礼団は、こんどは木枠だけを持って帰ってきた。自分の十字架を背負いゴルゴダの丘に登るキリストの姿が浮かんでくる。「田」型の木枠は、十字架なのか。そして汚れたキャンバスが「罪」なのか。そして、その前で、エリーザベトはベッドマットの上にいる。

 そこへ、第1幕でのシーツをまいたヴェーヌスを思わせる白いドレスを着たエリーザベトがあらわれる。そして、ちょっと官能的にベッドの上でごろごろ、のたうちまわる。それを目にしたヴォルフラムが、台本どおり「彼女がここで祈っていると思っていた」「彼女は昼も夜もタンホイザーの救済を祈る」と歌う。えっ!なに、思わず吹き出しそうになる。エリーザベトは全然祈ってなんかいないし、寝てるだけなのに。しかも、あるじのいないタンホイザーの部屋へ、二人は勝手にあがりこんで、寝たり、歌ったりしてるなんて。 
 エリーザベト役のキャンセルにより直前まで決まっていなかったムラーダ・フドレイのエリーザベト。ここでの祈りの歌、声もすっきり出ていないし、残念ながら表情もあまり美しくない。だいたいベッドの上で祈るなんて!自分を犠牲にしてタンホイザーを救済するなんて印象は全く受けない。

 それでもヴォルフラムの「あなたとご一緒してはいけませんか?」と言い寄り、エリーザベトにやんわり拒絶されるところは、哀れみを感じずにいられない。こちらも代役のヴォルフラムの声は、やはり聴きやすいのだが、力強さもうまさもない。

 ここでのエリーザベトとヴォルフラムの歌は、たいへん感動的な場面、全曲の中での聴き所であるだけに、残念。ただ歌い終わってくれるのを待つだけ。第3幕は演出よりも、3人の歌唱によるところが大きいので、ここのあたりが今回の中でいちばんつまらなかったと思う。
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 ローマからもどってきたタンホイザーは、向かうときと同じ赤いペイントの付いたキャンバスを持ってきた。もう見るからに、彼は救われなかったのだ。ここからが最後の聴かせどころ「ローマ語り」。タンホイザーのステファン・グールドはなかなか巧い。低い方もちゃんと出ているし、声が通って聴きやすい。『ダフネ』の時の日本人のテノールに比べるまでもなく、立派な声のテノールだ。さらにもうちょっと声量があれば、言うことなしだが。

 ローマ法王に謁見し「私の杖から新芽が吹き出すことがないように、お前が救われることはない」と言われて帰ってくる。もう一度、ヴェーヌスのところへ行こうとすると、エリーザベトの犠牲によって、杖から芽が吹き出し、タンホイザーは救われて死ぬ。つまり二人とも死んでしまうお話なのだが、ここからぜんぜん違ってくる。

 再び現れたヴェーヌスが、ベッドの上でタンホイザーを誘惑していると、なぜだかエリーザベトがあらわれ、赤い塗料がついた杖のような長い筆を、タンホイザーにわたす。そしてエリーザベトは、ベッドの上のヴェーヌスによりそってすわる。その二人を見てタンホイザーは絵を仕上げる。
 
最後は、後ろの壁が開いて、すっきり爽やか大転回があるかと思っていたら、奥行きはぜんぜんなく第2幕とほぼ同じ美術館の壁面が現れる。ただし前方2枚の壁面には、普通の美術館にはあり得ないほどぎっしりと名画が詰めて飾られている。マネの「草上の昼食」、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」その他ルソー、クラナッハ、ブロンツイーノ、ベラスケスなどの見慣れた名画がある。あきらかに写真を拡大しただけのもので、悪趣味な配列で、あじわいが全くない。せめて油絵で模写したものを、きちんと展示できないものか。

 第2幕でタンホイザーの絵が置かれていた位置だけ、右側の壁の下の方だけ、絵を飾るスペースが空けられている。まさに今、ヴェーヌスとエリーザベトがモデルになって描いた絵を、みんなで褒め称え、名画の空いている場所へ持っていき展示しようとするところで幕となる。はたしてタンホイザーは救われたのか、体制がやっとタンホイザーの芸術を理解したのか。終結部のオケは、決してショルティではなくバレンボイムのように、きっちり刻んでソフトに終わる。

 会場でもらった「NOMORI PRESS」に載っている演出家ロバート・カーセンの文面。「私にとって彼は、芸術を象徴している人間のように思えます。おそらく、ワーグナーは、自分自身のことを彼の口を借りて話させたのでしょう。新しいものを生み出す苦しみ、芸術家の孤独・・・・。芸術家とは、その時代より先をいき、そして、社会がその新しさを理解するまでには時間がかかる。」と、言うことは分かるが、それが舞台に反映されているとは、素直に思えない。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

東京オペラの森「タンホイザー」 第2幕
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 演奏が始まる前に、幕が開く。舞台は美術館。美術館を思わせるような象徴的なセットというのではなく、完全に美術館になっていた。これには驚いた。第1幕ではヴェーヌスベルグの効果を上げるために、タンホイザーを画家に見立てていただけなのかと思ったら、これでは完全に「前衛で世間に認められない画家」と「旧態依然の美術アカデミー」の戦いの様相ではないか。ローマ法王はフランスアカデミーの会長で、ヘルマンがここの美術館の館長なのか。この演出で最後まで押し通せるのか不安を感じる。

 基本となる舞台の形は、第1幕と同じで、左側が長い三角形。その左側の壁が3枚に別れていて、真ん中1枚が奥に引っこんでいる。別の言い方をすると、手前に2枚の壁があり、その中央と左右に少し奥の壁が見えている。中央部分の幅は、手前2枚の壁の幅とほぼ同じくらい。
 その手前2枚と中央の壁のそれぞれに、布を掛けた80号ぐらいのキャンバスが乗ったイーゼルが置かれている。つまり絵は3点ある。絵を布で隠しているのが不可解だが、油絵の新作発表会だ。そしてオケピットの後ろ、舞台前方に、お客がそれ以上近づかないよう、美術館の重要な作品の前におかれているポールと、それに張られた赤いロープがある。客席と舞台を分断している。

 指揮者が入ってきて演奏が始まる。エリーザベトが客席後方から走ってきて、オケピット前で、客席の方を向いて歌い出す。タンホイザーもおそらく同様の登場。オケピットの左右に別れて、エリーザベトは左側で2重唱を歌う。
 歌が終わると、美術館の係員がロープの一本をはずして、エリーザベトを美術館の中に招き入れる。

 行進曲が始まると、1階客席4つの扉から、100人ぐらいの妙に着飾ったエキストラが入ってくる。もちろん合唱団員だろうけれど、セレブパーティーに出席するIT関係の成金みたいに悪趣味だ。ワイングラスを持ったホストが現れると、われ先にとワインを取りに駆け寄る。しかし、日本人エキストラは毎度、みすぼらしい。七五三でスーツとドレスを着せられた子供みたいだ。ドランクドラゴンの塚地みたいな男も数人いる。そんな人たちが雑然と動き回っているので、肝心の合唱がおろそかになっているように思われる。

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 歌合戦の場は、歌ではなく油絵の新作を競い合う設定だ。三面ある壁とイーゼルの左側から、ヴォルフラム、ビテロルフ、タンホイザーの順に作品が並んでいる。まずヴォルフラムが舞台前中央にイーゼルごと絵をもってくる。が、舞台奥の方へくるりと向きを変えて、舞台上の客に見える方向に絵を向ける。こちらからは全く見えないわけだ。そしてヴォルフラムの最初のぱっとしない歌を歌い終わると同時に、絵に掛けられていた布をとる。合唱団員から歓声が上がる。客は「歌」ではなく「油絵」に対して反応しているので、歌詩の内容が舞台と乖離しているような印象だ。

 ヴォルフラムの歌を受けてタンホイザーが返すところ、「ドレスデン版」のヴァルターの歌をカットしたために、むりやりつなげたような曲調になるところは、やはり不自然だ。ヴォルフラムの声は高めのバリトンで、もうちょっと高い声が出ればタンホイザーも歌えるような声質だ。かなり辛辣に絵を批評したようで、ヴォルフラムは落ち込んでしまう。おっと忘れちゃいけない、オケの方になかなか目がいかないけれども、ハープの演奏がとても良い。

 次に、中央奥にイーゼルを立てていたビテロルフが、絵ののったイーゼルを前へ持ってきて舞台のお客側に向け歌い出す。ビテロルフもちょっと高めなので、二人ともタンホイザーを撃破するだけの迫力はない。これまた歌い終わりと同時に、お客の賞賛する声があがる。この間、先ほどタンホイザーにけちょんけちょんに批判されたヴォルフラムは、周りのみんなに慰められている。

 みんなに励まされてヴォルフラムが再びイーゼルごと中央へ絵を持ってくる。一度目よりも立派に情熱的に歌っているが、演出上は自分の絵の良さをお客に訴えているというかたちになる。右奥から自分の絵を持って出てきたタンホイザーが、こともあろうにヴォルフラムの絵をイーゼルから引き剥がし左床へ投げ捨てる。そして自分の絵を彼の絵の乗っていたイーゼルの上にのせる。布が掛けられていて、まだ見えない。

 タンホイザーが、そのイーゼル上の絵を指しながら歌い出す。歌い終わると同時に、布を引っ張り油絵があらわになる。「なんとそこにはヴェーヌスの・・・」かどうかは全くこちらには分からない。悲鳴とともに、けがらわしい、卑猥なものを見た侮蔑の眼差しで、みんながのけぞる。

 大騒ぎが起こってみんながタンホイザーを責めているところで、エリーザベトの「待って!」が入る。スタジオ録音ではオケのクライマックス全奏に声がかぶるところだが、全奏が終わってから1秒ほど声を引き延ばして目立たせている。ライブではこれがよくある。その後もみんなでワイワイがやがややっているが、オケと合唱の音量がすさまじく、肝心のエリーザベトの声がよくきこえない。

 ここで再び登場、館長のヘルマンが力強すぎる。独唱の部分はとてもすばらしいが、重唱部では、他の歌手の声と違いすぎて浮いている。ゴリラかライオンが、ゴロゴロと喉をならしているようだ。こちらも「ちょいわるザラストロ」といったところか。

 この後、若い巡礼団の合唱が入って、タンホイザーが気を取り直し「ローマへ!」と叫ぶ。その間にある「パリ版」間奏曲の演奏。こくがあってとても良い。しかし、なにしろ絵を展示する前の美術館なのだから、いつものような宗教的雰囲気は全く感じられないまま第2幕が終わる。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

東京オペラの森「タンホイザー」 第1幕
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 先日『ダフネ』を見た席に、ほとんど同じといってもいい近い席。4階Rなかほど。そして十数年前小澤征爾の『ファルスタッフ』を見たのもほぼ同じところの席だった。2列目だったので、前の人の頭で、小澤征爾の指揮姿がちょっと顔をずらさないと見えない席だった。しかし、後で気づいたことに、指揮者の譜面代の光を隠してくれて、舞台はその方が見やすかった。オーケストラの音が、若杉弘の時とぜんぜん違って、音量は大きいものの繊細な響きは聴こえない。切れのないショルティか?

 序曲からやや早めのテンポで、かなり力強い大きい音を出している。巡礼の動機に戻ってこないで、そのままバッカナールに突入したので、「パリ版」だと思った。
 徐々に舞台が明るくなってくると、イーゼルに50号ぐらいのキャンバス、筆の入ったペンキのカンをいっぱい納めたキャスターのようなもの、左側にキングサイズベッドのマットにシーツを適当にかぶせたものがおいてある。イーゼルの横に赤い絵の具を付けた筆を持った画家が立っていて、左のベッドマットと画家の間に裸の女性が立っている。どうやら画家とモデルのようだ。「タンホイザー」は若い画家なのか。

 画家の方はお腹でっぷりに太っている。裸らしき姿の女性も太っていて、異常に大きくたれた乳房をつけている。付け胸?にしては変な形だ。体の表面の色がちょっと不自然なので、これはまた『裸体風タイツ』着用か?と思った。が、更によく見ると、詳しいところは書かないが、体にファンデーションか何かを塗ってタイツ着用風に見せている「丸裸」であった。そういえば、あまり舞台の前を向かない。テレビカメラが数台入っていたけれど、どうやって放送するのだろう。こっちはだいぶ横から見ている席なので、比較的良く見えたのかもしれない。なにしろ私ときたら、オペラグラスではなくてちゃんとした双眼鏡を用意していたのだから。

 舞台は壁2枚で、一辺が3・4・5の比率の三画定規のような三角形になっている。オケピット側が5で、左奥側が4、右奥側が3の形の三角形である。バッカナールの音楽のあいだに、次から次へと人が現れて30号から80号ぐらいのキャンバスを、50〜60枚ぐらい、左右の壁にばらばらに重ねて立てかけていく。三角形の床は真っ黒で、ここが徐々に赤い塗料で染まっていく。黒地に赤なんて、私の絵の下地みたいだ。20人ぐらいの男のダンサーが現れ、絵を描くタンホイザーの動きに似せて動いたり、めちゃくちゃに動いて、数枚の絵の赤い塗料を体に付け、それを踊りながら床に着け、といった具合に、徐々に舞台もダンサーも血で染まったように真っ赤になっていく。ボディーペインティングのようだが、絵についている塗料を体に付けていくというもの。こちらは裸に見えて、ちゃんと肌色の下着を付けていました。

 さてその全裸の女性。ダンサーか、ただのモデル役かと思わせておいて、実は彼女がヴェーヌスだった。あんな裸、見せて大丈夫なの?ミシェル・デ・ヤング、そこそこ有名な歌手なのに。しばらくして彼女はシーツを体に巻き付け、ちょっとした白いドレスにしたてた。白に包まれているとなぜだかエリーザベトのようにも見える。美しくなくてはヴェーヌスとは言えないけれど、いささか聖女の様相でもある。回りのダンサーが、さかんに彼女を挑発しているようだ。まだタンホイザーは画家である。

ヴェーヌスのミシェル・デ・ヤングの声は、ルートヴィヒやマイアーに近い。顔がまた「ちょいわる聖女」風でいい。生で聴いてもヴェーヌスは、やっぱりメゾソプラノ役の声だとあらためて思った。ヴェーヌスとタンホイザーの2重唱は、良かったような気がする。舞台に気を取られていて、なんだか確信がない。うん、良かったに違いない。

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 ここでたくさん出てくるキャンバスであるが、布も張ってあるから一見キャンバスのようではあるが、日本の普通のものとは全く違う。この演出はパリとバルセロナでもやるわけだからヨーロッパではそうなのかもしれないが、ちょっとおかしい。
 まず木枠の内側の支えが十文字になっている。普通長方形の短い方の辺の木1本または2本で支える。つまり漢字の「日」「目」のような具合になっている。次に木枠の四隅に3角形の支え板がついている。次に木枠の木の断面が長方形、つまり普通の木の棒らしいこと。キャンバスの木枠は、布がタイコ状に浮いた状態になるよう台形をしている。木枠の外側のみで布を支え、内側は当たらないように斜めにカットされているのだ。そのような様子は見えないことから、ただの木で枠を作っただけのように見える。あの伸び方からして布も、キャンバスではないだろう。キャンバスとは張ってある麻布のことです。

 タンホイザーの「マリーーアーー」の歌声で、ヴェーヌスは左手に去り、右側の壁が2メートルぐらい後退して左側の壁との間に通路らしいものが出来る。そこからから光が差し込んで来て、牧童の声も聞こえてくる。右側の壁が後退したものだから、立てかけてあったキャンバスが、今にも床につきそうなぐらい斜めにもたれかかっている。巡礼の合唱団が入ってきて、立てかけてあるキャンバスを次々に持ち去っていく。左手の方に巡礼団が通り過ぎ、合唱が終わると部屋はすっきり。全て持ち去って舞台転換するのかと思いきや、イーゼルとペンキカンと、そしてベッドマットがそのままにされている。タンホイザーが左手から、キャンバス1枚もって現れる。1枚だけは何とか取り返した、みたいな感じで入ってくる。ここまでは天才的な、まさに前衛芸術的な演出だと思った。

 そんなタンホイザーのアトリエに、奥からヴァルトブルグの騎士たちが入ってくる。衣装は普通のサラリーマン風スーツ姿。ぜんぜん場違いだ。しかし、あたりまえだが、歌はいたって普通に進む。重唱部では、ヘルマンの声だけがひときわ大きい。ヴォルフラムは高めで聴きやすい声をしている。ちょっとテンポが速いので、味わいには乏しい。ヴォルフラムのアリーソ風の歌の後の間奏部分、やっぱり「パリ版」だ。そこからの演奏は迫力いっぱいに展開するが、終結部で、ホルンセクションが思い切り音をはずして第1幕が終わる。
 全員、左手の方へ去ってから、タンホイザーがキャンバスを取りにもどってくる。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

いよいよ 明日 東京オペラの森「タンホイザー」
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「タンホイザー」の勉強のために始めたブログ『オペラ サモトラケのニケ』
「タンホイザー」のレコード聴き比べを始めたのですが、全部終わらないうちに公演の日が来てしまいました。3月15日(木)と21日(水・祝)も公演がありますが、私が見に行くのは18日の公演です。

 小澤征爾の演奏は過去2回、『マタイ受難曲』『ファルスタッフ』を聴いたことがありますが、どちらもそれほど良くははありませんでした。今度こそ期待しています。歌手は全員、今まで聴いたことのない歌手です。


 2007年3月18日(日) 15:00開演 東京文化会館 大ホール

【指揮】 小澤征爾
【演出】 ロバート・カーセン
【装置】 ポール・スタインバーグ
【衣装】 コンスタンス・ホフマン
【照明】 ロバート・カーセン、ペーター・ヴァン・プラット
【振付】 フィリップ・ジュラウドゥ
【演奏】 東京のオペラの森管弦楽団
【合唱】 東京のオペラの森合唱団

 タンホイザー::::ステファン・グールド
 エリーザベト::::ムラーダ・フドレイ
 ヴェーヌス:::::ミシェル・デ・ヤング
 ヴォルフラム::::ルーカス・ミーチェム
 領主ヘルマン::::アンドレア・シルベストレッリ
 ヴァルター:::::ジェイ・ハンター・モリス
 ビーテロルフ::::マーク・シュネイブル
 ハインリッヒ::::平尾 憲嗣
 ラインマール::::山下 浩司

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

バレンボイム ベルリン国立歌劇場盤 第3幕
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 最初の盛り上がりが終わって、静かにヴァイオリンとオーボエで演奏されるところ、シノーポリもよかったけれど、こちらもいい。序曲と同じで、巡礼の動機の演奏は、バレンボイムはすごく巧い。

 エリーザベトの、歌はすごくいい、というかニルソンとかブラウエンステインのようにしっかり歌っているのだが、声が低くて華やかさがない。実演だったらきっとすごく良いだろう。

 ここでのヴォルフラムは、カラヤン盤のヴェヒターに近い。力強い歌い方。ハンプソンは、歌曲とかも歌うのだろうか、力もあり繊細でもある。

タンホイザーのペーター・ザイフェルトであるが、やっぱりこの人はヴァルターとかエリックが向いていて、タンホイザーとかトリスタンのような本当のヘンデンテノールの役は合っていないと思われる。高くて細い声で、低い方が出ているのかどうか分からない。声というより、何だが器楽的にきこえる。実演では1992年バイエルン国立歌劇場公演の『影のない女』の皇帝、『オランダ人』のエリックを聴いている。どちらも違和感はなく感動的な公演だったが、このレコーディングのタンホイザー役には違和感がある。

 他の部分のオーケストラの立派さに比べると、終結部の演奏はちょっとあっけないくらい軽めに終わる。わりあいに単調に、素朴に進んできて、最後の最後だけテンポをぐっと落とし、ソフトな終わり方にしている。こんなに変化を付けているのは他にない。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

バレンボイム ベルリン国立歌劇場盤 第2幕
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 ヘルマンのルネ・パーペの声はとても立派ですばらしい。力強く響きわたる声だ。ドスが効きすぎているような気もするぐらい。

 歌合戦の場、ヴォルフラムの歌い出しがとてもいい。ゆっくり堂々としていて、いちばん良いかもしれない。こんな立派な歌を歌ったら、エリーザベトが不良のタンホイザーよりも、普通にヴォルフラムと結ばれても良いんじゃないの。タンホイザーの方が弱々しい声に感じて、完全にヴォルフラムの勝ち。

 ヴァルターは、ヴァルターらしい声で問題ない。肝心のタンホイザーの声が高いものだからヴァルターとの違いがわかりにくい。おまけにビテロルフも高くて張りのある声なので全員の声の幅が少なくきこえる。2回目のヴォルフラムのあと、いよいよタンホイザーが本性を現すところ、もうちょっとノビノビと歌ってほしい。やや声が詰まっている。

タンホイザーのザイフェルトの声がひときわ大きくきこえるが、たぶんスタジオで調整されたものだろう。本当にハンプソンやパーペよりも大きくて力強い声だったらすごいことだ。

エリーザベト一人中に割って入り「Haltet ein!(待って!)」と叫ぶところ。他のスタジオ録音盤と違ってエリーザベトの声がオケの全奏からはみ出している。
エリーザベトのジェーン・イーグレンは同時録音の『さまよえるオランダ人』でゼンタも歌っているが、声が低い。最後の重唱部分でも、エリーザベトの声が浮き出てこない。なにしろ、タンホイザーとエリーザベトが弱いのだから、最後の盛り上がりに欠ける。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

バレンボイム ベルリン国立歌劇場盤 第1幕
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 バレンボイムの演奏はひさびさに聴いた。20年以上前、私がクラシック音楽を聴き始めた頃は、アバドや小澤よりも若いのに、モーツァルトの曲のレコーディングもたくさんあり、将来が楽しみな音楽家だった。その後の活動に華々しいところは感じられなかったが、予想外に、最近はワーグナーの演奏の評判がいいみたいだ。それどころか、この「タンホイザー」で、ショルティ以来二人目のワーグナー楽劇全曲レコーディングを達成した。

 今年のベルリン国立歌劇場来日公演、バレンボイムの『トリスタンとイゾルデ』のチケットを買ったこともあり、現在のバレンボイムの実力は? 最近のワーグナー歌手の実力は? と聴いてみたくなった。もちろん、ライブ盤ビデオなどを見て、歌手に期待してはいけないと思いつつ聴き始めた。非力な歌手に孤軍奮闘するバレンボイムという図を想像していたのだ。ところがなかなかどうして、歌手もそれほど悪くない。特に二人のバス歌手がいい。

参考までに、バレンボイム指揮『さまよえるオランダ人』の方を見てみたらなんと、レコーディングデータが一緒。ベルリン国立歌劇場 2001年5月6月。しかも、テノールとソプラノ、ペーター・ザイフェルトとジェーン・イーグレンが両方にクレジットされている。ワーグナーものでまだ録音していなかった『さまよえるオランダ人』『タンホイザー』両方一辺にかたずけちゃったってことか。ジャケットデザインまで似ている。

ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場 2001年5月6月
「ドレスデン版」(第1幕第2場のみ「パリ版」)テルデック

ヘルマン:::::ルネ・パーペ
タンホイザー:::ペーター・ザイフェルト
ヴォルフラム:::トーマス・ハンプソン
ヴァルター::::グンナー・グートビョルンソン
ビテロルフ::::ハンノ・ミューラー=ブラッハマン
エリーザベト:::ジェーン・イーグレン
ヴェーヌス::::ヴァルトラウト・マイアー
牧童:::::::ドロテア・レッシュマン

 まず序曲であるが、これがとてもいい。序曲をちゃんと演奏しているのは、今回ゲルデス盤があっただけなので、2組めということだが、ゲルデス盤と比べて格段に良い。それどころか、全ての全曲盤の中でも存在価値のある演奏だろう。それぞれのテーマというか動機が、生きてからみあっているようだ。最後の「巡礼の動機リターンズ」も、クナッパーツブッシュを思わせるうねりがある。

 歌手陣は主役の二人以外は、トップクラスのいい線をいっている。すばらしい。マイアーの声はヴェーヌスにふさわしいが、ザイフェルトは典型的なヴァルターテノール。声が高すぎるので、低い声のマイアーとの2重唱はしっくりこない。第2場最後のところ、ザイフェルトもコロと似ていて「マリーーヤーー」と歌っている。

 牧童がなんとドロテア・レッシュマン。ヤノヴィッツ以来の大物登場。昨年、バレンボイム・ベルリン国立歌劇場『コジ』ライブをビデオで見て、レッシュマンのフィオルディリージに感動しましたが、ここでは貫禄ありすぎです。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

ショルティ ウイーン盤
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 このレコードは「タンホイザー」の音楽雑誌の名盤特集などで、いつもいちばんに推薦されているものです。初の「パリ版」によるスタジオ録音盤で、その後はシノーポリ盤がこれに続きます。

 英デッカのレコーディングは、不必要なくらいすみずみまではっきりきこえる録音、オールスターキャストといえる名歌手にウイーンフィル、そして何でこの指揮者?と疑問符がつく指揮者起用に特徴があります。ところが今回、前の年にオールスターキャストでレコーディングされたゲルデス盤の台風直撃を受けた後のせいか、定評のある有名な歌手というとルートヴィヒぐらいしかいません。デッカの専属であるかのようなニルソンまで持っていかれています。ゲルデス盤でラインマルを歌っていたゾーティンがヘルマンを歌っているくらいです。ヴォルフラムなんて聞いたこともない歌手です。残念ながら、歌手の差は歴然といえるでしょう。


ゲオルグ・ショルティ指揮 ウイーン・フィル
1970年10月 「パリ版」 デッカ

ヘルマン:::::ハンス・ゾーティン
タンホイザー:::ルネ・コロ
ヴォルフラム:::ヴィクター・ブラウン
ヴァルター::::ヴェルナー・ホルヴェーク
ビテロルフ::::マンフレート・ユングヴィルト
エリーザベト:::ヘルガ・デルネシュ
ヴェーヌス::::クリスタ・ルートヴィヒ
牧童:::::::ウイーン少年合唱団員

 しかしこの低調な歌手陣の中で、新人のルネ・コロを起用したのは大成功と言えるでしょう。この録音の前年、1969年に「オランダ人」の舵手としてバイロイトデビューしたばかりのコロを主役に抜擢したのです。1970年末にこの「タンホイザー」とカラヤンの名盤「マイスタージンガー」のヴァルターで評判の歌手になるわけですが、この「タンホイザー」の方が先にレコーディングされました。

 コロは高くて細い声なのでヘンデンテノールと言うよりは、やはりヴァルター・テノールです。実演で「マイスタージンガー」のヴァルターを歌うのを体験しましたが、時すでに遅く、声量が弱く、このころのような美しい声もありませんでした。メルヒオール・フラグスタートの時代からコロ・デルネシュまでの名歌手の生の声をたくさん聞いているドナルド・キーンはメルヒオールを讃えた後に『現在この役どころを立派に歌いこなせる歌手は、たぶん二人といない』『レコードは、たとえばルネ・コローもこの役をこなす力量を持っている事を証明しているかに見えるが、実際の舞台でコローがこの役を歌うのを聞いたことのある人なら、だれひとりとしてそう結論を下すことはあるまい』と書いている。

 一カ所、ちょっと変な歌い方をしていると思うのは、第1幕第2場の最後で「マリア」と叫ぶところ。彼は「マリーー、ヤーー」と歌っている。
 コロの声は、タンホイザーよりもヴァルターのほうが合っていると思うが、ここではたいへん立派に歌っている。私にとっては、声が高すぎて「タンホイザー」としては違和感を感じるが、その後に現れたタンホイザー歌手に比べたら、ここでのコロは、まったく見事な歌唱を示している。

 ヴォルフラムのヴィクター・ブラウンは、知らない歌手だけれど、なかなかどうしてうまく歌っている。ただし、コロやデルネシュと違って、内容はともなっているものの、声の張り艶がないので地味な印象を受ける。ハンス・ゾーティンのヘルマンも悪くない。

 デルネシュは、実演で聞いて感動したので残念なことではあるが、内容がともなっていない。とびきりの美しい声が、ただの棒読み、というか棒歌いになっていて、感情が伝わってこない。とくに第3幕にはがっかり。

 序曲からバッカナールまで、隅々まで力の入った演奏。というより力で押しすぎていて、ゲルデス盤と同じく感情移入できない。このレコードでは一部の合唱部分など、他の時に録音したものを編集でつないだような不自然な音場空間が感じられる。
 第2幕歌合戦の場の「パリ版」によってカットされたヴァルターの歌の部分の前後をつないでタンホイザーが歌うところ。この途中の曲調がかわるところが、いかにも不自然にきこえる。今回聴いた中ではシノーポリ盤とこのショルティ盤だけが、ヴァルターの歌をカットしている。ショルティのほうが「パリ版」の欠点を強調しているように思える。

 第3幕終結部は、他の指揮者の演奏と全く違う。今まで何度も書いてきたように、巡礼の音楽からどんどんひたすら上昇していくが、同じ音形が続くものだから、今どのあたりを演奏しているのかテンポの刻みがわからなくなる。上昇していた管弦楽が平行に進んで突然途切れる。ティンパニがトン!で終わる。カラヤンやサヴァリッシュ盤も、単純にテンポを刻むのではなく、途中でゆれる。テンポも各楽器同士も微妙にずれて、妙に不安定な感じがあってから、少し音量あるいはテンポを落として終わる。
 ところがショルティは、ライブ映像ものではたまにあるが、リズムどおり単純に階段を上っていって最後に爆発するような終わり方だ。ティンパニもおもいきり「ターーン」と音を出している。こんな脳天気な演奏があり得るとは。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

ゲルデス ベルリンドイツオペラ盤 第3幕
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 またまた、繊細で表情付けまくり、音量の高低差が多いヴォルフラム。どちらかというと弱音が多すぎる。これはこれでかけがえのない歌唱なのだろうが、ヴォルフラムではなくディースカウの声にきこえる。この後、序曲で使われた「巡礼の動機」が合唱で歌われ、オケも序曲風の演奏をする。

 ここでのエリーザベトの声は、あえてニルソンらしい力強さは出さず、心を押し殺してしっとりていねいに歌っている。こんな静かで献身的な歌が、宗教曲以外で、オペラであるなんて!「あの人を救うには、私の命を捧げるしかない」と心に決めた。今、決めた。そんな気になる歌唱である。ニルソンのヴェーヌスは最高だが、エリーザベトもまたすばらしい。

 再びヴォルフラム登場で『夕星の歌』。やっぱりディースカウの声だが、みごとなうたいっぷり。

 いよいよタンホイザー最後の登場。ヴィントガッセンは第2幕より断然いい声になっている。ハンス・バイラーとドミンゴの後だけに、ひときわ優れてきこえる。あれから時が過ぎたためか、ライブとスタジオの違いなのか、サヴァリッシュ盤よりも心なしか熱気がないが、ヘンデンテノールの第一人者、ヴィントガッセンここにあり、だ。

 最後に再びニルソンの声がヴェーヌスで聴ける。やっぱりこっちの方がニルソンらしい。とってもいいヴェーヌス。ここからは意外にもカラヤン盤に近い。さいご、巡礼の音楽からどんどんひたすら上昇して終わるのだけれど、同じ音形が続くものだから、今どのあたりを演奏しているのかテンポの刻みがわからなくなる。一瞬とまどっていると、上昇していた管弦楽が平行に進んで突然途切れる。ティンパニがトン!

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ゲルデス ベルリンドイツオペラ盤 第2幕
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 第2幕はじまりのオケは快調に進むのだがエリーザベトが心なしか声が弱い。ほとばしるような幸福感が感じられない。そう思っているとタンホイザー登場するも、これまた弱い。しっとりていねいに歌っていると言えなくもないが、この日は二人とも不調だったのかしら。ニルソンとヴィントガッセンとは思えない。

 ヘルマンのテオ・アダム登場。おお、ヴォータンの声だ。ワーグナーの声だ。すばらしい。実演では彼が「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王を歌うのを聴いたことがあるけれど、全く同じ印象で、良い声だ。

 うっとりしているといつの間にか有名な行進曲が始まる。かつてこのゲルデス盤の行進曲部分を、文化祭のオープニング曲として使っていたので、この演奏がいちばんしっくりくる。ゲルデス以外のどの指揮者の演奏を聴いても、ちょっとちがう感じがしてしまう。この演奏になじみすぎた。

 歌合戦に入って、まずヴォルフラムのフィッシャー=ディースカウが歌い出す。この、きれい事ばかりで歯がゆくなるような歌。うまい、なんだかうますぎる。歌い回しに表情、というか抑揚をつけすぎてワーグナー歌手らしくない。「あっ、ディースカウがうたっている」と感じてしまう。もうちょっと単調に歌った方がヴォルフラムとしてふさわしいのではないか。

 次にヴァルターがディースカウの影響かちょっとていねいに歌いすぎる。もっと勢いで歌い飛ばしてほしい。ホルスト・R・ラウベンタールというテノールは、1984年ハンブルク歌劇場来日公演「魔笛」でタミーノを歌っていた。そういえばこの公演の時は、現天皇さまが2階中央に座っていらした。
 次のビテロルフはバスが歌うんだけれど、どう聴いてもディースカウよりも声が高い。そのせいもあって歌合戦に参加している4人の声が、比較的にかよってきている。

 興奮して再び登場のヴォルフラム。いくら声を荒げてもディースカウの芸としかきこえない。どう考えても、歌い出しのヴォルフラムの歌唱スタイルにみんな引きずられて、シノーポリ盤同様、活気に欠ける。間に入るオーケストラは、興奮をあおりまくっているのだが、歌手たちが燃えない。

「タンホイザー」が騎士たちみんなに剣を向けられ絶体絶命の危機。この時、エリーザベト一人中に割って入り「Haltet ein!(待って!)」と叫ぶところの『聴き比べポイント』。他のスタジオ録音盤同様、エリーザベトの声に完全にオケがかぶさっているのだけれど、それでもニルソンの声ははっきりきこえる。しかし一番の聴き所「命乞いのアリア」以降静かに歌っている。ニルソンらしくない。まさか、ニルソンまでディースカウのあおりをくらって地味な歌い方になっているのか。いやしかし、ヴィントガッセンもそんな感じ。

 ヘルマンのテオ・アダムだけが、立派な歌唱。彼だけすごくいい。これ以上のヘルマンは考えられないくらいの出来。オケもやっぱり弱いにはちがいないけれど、良いところもある。巡礼の合唱、終結30秒前のオーケストレーション、タンホイザーが「ローマへ」と叫ぶ、オケで締める。この最後の部分は、早めのすっきりした演奏で、最も違和感がないのではないか。


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ゲルデス ベルリン・ドイツ・オペラ盤 第1幕
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 初めて「タンホイザー」のレコードを買う人がお店へ行ったとする。そして指揮者・オーケストラのことを無視して、歌手だけで「タンホイザー」のレコードを選ぶとすると、だれでもこのオットー・ゲルデス盤を選ぶと思う。ヴィントガッセン ニルソン フィッシャー=ディースカウ テオ・アダムと、最高のワーグナー歌手が名をつらねている。メルヒオール、フラグスタートの時代ならいざしらず、1960年代以降これ以上の歌手の「タンホイザー」は存在しない。

 それにもかかわらずこのレコードの存在は、「タンホイザー」の名盤解説・名盤300選などの選考で、全くといっていいぐらい無視されている。それというのも、このレコード以外で聴いたこともない名前の指揮者に原因がある、と思われる。ベルリン国立歌劇場のNHK放映を見て、なにも知らずに真っ先に買い込んだLPが、この「タンホイザー」ハイライト盤だった。初めて聴いたときは歌のことはよく分からず、気持ちのいい行進曲が入っているといった程度の印象だった。こんな有名な歌手が歌っているのだから、ゲルデスという指揮者もそれなりに有名な指揮者なんだろうと思っていた。ところがそれ以降、ゲルデスという名前を見たことがない。

 ところが、そのゲルデスの名前がカラヤンのレコーディング資料にたくさん載っていました。ドイツグラモフォン1961年から69年のカラヤンのレコーディング・プロデューサーがオットー・ゲルデスなのです。1956年にドイツグラモフォンに入社したのだが、それ以前はドレスデン・ベルリン・ミュンヘンの歌劇場で指揮をしたことがあるという。そして、この「タンホイザー」の録音がなされた1969年を最後にドイツグラモフォンを辞めたらしい。

 私の憶測であるが、このレコードはカラヤン指揮で企画された「タンホイザー」であったものが、カラヤンがキャンセルし、急遽プロデューサーであったゲルデスが指揮を代行したものではないのか。ある文献にはメトロポリタン歌劇場の『ヴァルキューレ』公演において、カラヤンとニルソンの確執が生じたことが記録されている。それ以降二人は共演しなくなったようだ。カラヤンかニルソンか、どちらかの意志によって企画の変更をよぎなくされ、このレコーディングが成立したのにちがいない。カラヤンは1963年の問題の公演以来「タンホイザー」を振っていないはずだが、この録音が実現していたらどんな結果になっていたのだろう。


オットー・ゲルデス指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団
1968年12月、1969年2月、5月 「ドレスデン版」 ドイツグラモフォン

ヘルマン          テオ・アダム
タンホイザー ヴォルフガング・ヴィントガッセン
ヴォルフラム フィッシャー=ディースカウ
ヴァルター ホルスト・R・ラウベンタール
ビテロルフ クラウス・ヒルテ
エリーザベト ビルギット・ニルソン
ヴェーヌス ビルギット・ニルソン
牧童 カテリーナ・アルダ
ラインマル         ハンス・ゾーティン

私が今回聴いたレコードの中で、純粋「ドレスデン版」はこれだけです。バレンボイム盤、サヴァリッシュ盤は「ドレスデン版」を基本としながら一部「パリ版」を使っています。

 「ドレスデン版」ですから序曲を完全に演奏しています。トロンボーンが「巡礼の動機」の主題を歌い上げているとき、弦の方がくるくる回転しているような音を出していますが、それがかなり早い。そして、その後の演奏も早い。早いけれども、どういうわけかカラヤンやサヴァリッシュのような熱気と興奮は出てこない。

 ヴィントガッセンは、残念ながら、栄光の彼のキャリアもそろそろ終わりに近づいてきたのかな、と思わせるところもある。しかし、格調高く正統な歌唱だと思う。ニルソンのヴェーヌスは、予想に反してというか、とてもいい。彼女はヴェーヌスはほとんど歌ったことはないと思うけれど、ニルソンは気持ちよく聴ける。第1幕第2場の歌唱は、この二人が極めつけだと思う。

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