プロフィール

にけ

Author:にけ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ


無料カウンター

オペラ サモトラケのニケ
なぜだか、ただいま『フィガロの結婚』特集と……『ドン・ジョヴァンニ』が割り込んできました。
6.ある日突然、うまくなる
20070526191345.jpg


 毎日の学習の成果はすこしづつ着実にあなたの身に付いています。しかしそれは、なかなか、目に見える形では現れません。まれに良い作品ができることはありますが、安定しているわけでありません。たいていは作品がうまく進まなくて制作に苦しんでいます。

 カイコの幼虫は何回か脱皮をして成虫になります。カイコの体は毎日少しづつ大きくなるわけではありません。脱皮をしたときだけ一気に体が大きくなります。そして大きくなるのはその一瞬だけです。もう当分大きくはなりませんし、もちろん小さくもなりません。内部ではどんなに変わっていても、次の脱皮の時まで見た目の大きさは変わらないのです。

 あなたにも、ある日、今までのレベルから飛び抜けた良い作品が描けるようになります。そうなったらもう元へは戻りません。ある一定のレベル以上の作品はいつでも描けます。たゆまぬ努力をしているあなたには、良い絵が描けるようになります。
 ある日、突然に!

テーマ:言霊(格言・名言・自分の考え) - ジャンル:学問・文化・芸術

四国旅行 四万十川としまなみ海道をサイクリング
20070526012006.jpg

 四国に旅行することは、以前から考えていたのですが、その時は徳島・鳴門の渦潮と香川・讃岐うどん、金比羅さん、大歩危小歩危方面の予定でした。

 ガイドブックを読んでいて、7冊はパラパラ見た、「四万十・宇和海フリーきっぷ」というものすごいお得なものを発見したので、考えを改めました。このきっぷは、私の知る限り、「奈良大和路スルーパス」(近鉄名古屋から、奈良・吉野一帯フリーで、京都までの片道、4日間有効¥2,820)、に次ぐお買い得なきっぷです。

 高知から、窪川〜宇和島と窪川〜中村〜宿毛・・バスで宇和島などがフリー、松山まで4日間有効¥4,800、ただし特急自由席にも乗れる、逆ルートもあり、とほぼ半額で回れるフリーきっぷなのだ。四国の左下方面をぐるっと回るわけだ。

このフリー区間、窪川〜宇和島と、さらに南下して中村を通ってバスに2時間乗って宇和島まで行く、二つのコースが使える。 窪川〜宇和島間のちょうど真ん中ぐらいの駅から、四万十川沿いをサイクリングして中村につく、逆もあり、約4時間のサイクリングコースがある。心配はホテルだったが、どういうわけかHISのツアーの選択肢の中に中村のホテルも入っていたので、往復航空機と中村1泊のセットツアーにしました。

 1日目高知1泊、2日目中村1泊。天候がよければ2日目に、2日目が雨だったら3日目にサイクリングできるような時間配分はできているが、荷物をどうしよう。自転車は片道、乗り捨てなので、乗り始めの駅に戻ってこない。駅のロッカーにあずけるわけにもいかない。2日目に決行できれば、あらかじめ荷物は中村のホテルに送っておいて、問題ないのだが。それとも、ほとんど着替えなしで、小さいリュックだけで出かけるか。3泊目のホテルに着替えを送っておくか。うーん苦しい。

四万十川サイクリングのあと、3日目は宿毛・宇和島を通って松山に移動して、次の日は、「しまなみ海道」をサイクリングしようと考えています。この場合、かなり天気が良くないと辛いと思いますが。四国のガイドブックをさんざん読んで、簡単にいけるところでは、ここが一番面白そうだと思いました。3・4泊は松山駅前に泊まり、天候によってはどちらの日にでも行けるようにしました。

 というわけで四国に行って来ます。

テーマ:一人旅 - ジャンル:旅行

ガーディナー オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
gadina.jpg

ショルティ盤もいささか変わった配役をしていたが、こちらは全く知っている歌手がいない。しかし、古楽専門の歌手というわけではなく、経歴を見ると普通のオペラ歌手のようだ。オケは、ガーディナーが1990年に創設したもので、現代楽器制作者によって改良が加えられたオリジナルあるいはレプリカの楽器を使用しているそうだ。つまり古楽器演奏ということになる。この組み合わせで、ヴェルディの「レクイエム」と「聖歌四篇」の録音をすでにおこなっている。1998年6月のバーデン・バーデンで公演を行い、その成果をふまえてのレコーディングである。


ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
モンテヴェルディ合唱団 1998年7月16−21日

ファルスタッフ====ジャン=フィリップ・ラフォン
アリーチェ======ヒレヴィ・マルティンペルト
フォード=======アンソニー・マイケルズ・ムーア
ナネッタ=======レベッカ・エヴァンズ
フェントン======アントネッロ・バロンビ
クイックリー=====サラ・ミンガルド
メグ=========エイリアン・ジェイムズ
カイウス=======ピーター・ブロンダー
バルドルフォ=====フランシス・エジャートン
ピストーラ======ガブリエレ・モニーチ

 第一幕では、いまひとつぱっとせず、ガーディナーにバッハの時のような凄みがないと感じた。特に、知らない歌手のせいか、主役の歌唱に違和感が強い。しかし、第二幕・第三幕と鋭い演奏にひきこまれていく。


テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

ショルティ指揮 ベルリンP.O. 1993年ライブ
syoruCD.jpg

 ライブのせいか、いつものショルティのような固さがない。前回のビデオ用の演奏は、ウイーンフィルを使っているにもかかわらず、トスカニーニのような固く鋭い演奏だった。カラヤンがライブではソフトな演奏になっているように、ショルティもライブだと鋭さが後退し、テンポの緩急もはっきりついている演奏に仕上がっている。いや、だいぶ前回と時間の隔たりがあるから、自身の解釈が深まったと言えるのかもしれない。第1幕では、ショルティらしくなさにビックリし、誰よりも遅く、ぐっとテンポを落として演奏している部分もあり面白く聴けた。

ショルティ指揮 ベルリンPO 1993年3月6、8日録音 

ベルリンフィルハーモニーにおける演奏会形式のライブ録音

ファルスタッフ====ヨセ・ヴァン・ダム
アリーチェ======ルチアーナ・セッラ
フォード=======パオロ・コーニ
ナネッタ=======エリザベス・ノイベルイ・シュルツ
フェントン======ルーカ・カノニーチ
クイックリー=====マリアーナ・リポヴシェク
メグ=========スーザン・グラハム
カイウス=======キム・ペグリー
バルドルフォ=====ピエール・ルフェーブル
ピストーラ======マリオ・ルベーリ


 ファルスタッフという役は、ヴェルディの他のオペラのバリトン役をこなした人が、晩年になって取り上げるのが一般的である。ところがショルティのファルスタッフはちょっと変わっている。1963年の録音ではエヴァンズ、1979年のビデオではバキエ、そして今回1993年のヴァン・ダムである。あまりヴェルディのオペラで活躍していない歌手たちである。ファルスタッフで定評のある歌手を使わないのは、ショルティの考えあってのことだろう。

 そのせいで、ファルスタッフとアリーチェが、いまひとつその役らしくない。それが今まで聴いてきた他の全曲盤とちがって楽しめない原因だと思う。ショルティのオペラは、どちらかというと完璧な歌手陣に対して、指揮が固くて見劣りがするのが多かったような気がするが、ことファルスタッフに関しては逆で、ショルティの指揮の立派さに歌手陣がついていっていない。


テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

番外編2.毎日、規則正しく制作する
20070517225844.jpg

 芸術家は、気まぐれに仕事をしていると思われがちですが、多作な芸術家は規則正しい毎日の生活の中に、制作の時間を入れています。インスピレーションが湧いたときだけ、あるいは描きたいときだけ制作する、といった態度では偉大な芸術は生まれません。作品の「質」を高めるためには、「大量」の作品制作が不可欠です。「量」をこなさなければ「良質」の作品はできないのです。そして、「量」をこなすためには、規則的で健康的な生活態度、計算された時間配分などが必要とされるのです。

 まれに不規則に仕事をこなしている芸術家はいますが、そういう人は仕事の量が半端ではありません。食事の時間をのぞいて、あるいは寝食忘れて、一日中制作に没頭して、大量の作品を残します。残念ながら、こんな天才は、あまり長生きできないと思います。

 山下清の場合、時間をきっちり決めて貼り絵をするそうです。朝は10時から12時まで。お昼を食べて午後1時から始め、おやつの時間の3時になるとやめる、という学生のような仕事っぷり。奔放に生きているかのようにみえる山下清にして、こうです。

 芸術作品制作に規則正しい勤勉さが必要なことは、初めからわかっていました。しかしわたしは、どちらかというと、マーラーが「夏休み作曲家」であったように、「夏休み画家」でした。一年の内の、ある時期だけ絵を描き、それ以外は何ヶ月もなにもしない。そんなぐうたらな年月を過ごしてきたのです。しかし、ここ数年、心をいれかえました。規則的生活はいまだ出来ないのですが、せめて一日に一度は、ちょっとだけでも、歩き、体操し、音楽を聴き、絵を描き、本を読み、文章を書くようにしようと思っています。たとえ、ほんのちょっとだけでも。そして一年に一度くらいは、冒険の旅に出て行きたいものです。

テーマ:人生=ART だ! - ジャンル:学問・文化・芸術

著作権切れの音源 英デッカ1955年録音
figaro_k1.jpg



 秋葉原の石丸電機ソフト3に行って、CDを買ってきました。
平積みされたバーゲン品コーナーでモーツァルト4大オペラ10枚組CD¥2、280(レーベルは不明)を発見。不審に思いクレジットを見ると、

「コジ・ファン・トゥッテ」ベーム1955 デラ・カーザ他
「ドン・ジョヴァンニ」クリップス1955 デラ・カーザ、シエピ他
「フィガロの結婚」クライバー1955 デラ・カーザ、シエピ、ギューデン他
以上すべてウイーン国立歌劇場合唱団とウイーン・フィル

 これは英デッカがモーツァルト生誕200年を記念して4大オペラを始めてステレオで録音した名盤ばかりではないか! 当然「魔笛」もベーム1955年のが入っていると思っていたら、それだけどういうわけか違っていた。
「魔笛」フリッチャイ 1954 ドイツのオケ だった。

 「魔笛」ベーム、 「フィガロの結婚」クライバー、 「ドン・ジョヴァンニ」クリップスは持っているので、買わなくてもいいようなものだが、1955年の「コジ」とフリッチャイ「魔笛」だけでも、この値段は安い。一組だけでも3〜4千円ぐらいするのに、安すぎるから、なにか問題でもあるのかと、店員にたずねてみた。資料をめくってみて、結局はわからないのだが、恐らく著作権切れのため、安く出せるのだろうと言う。

 著作権切れ。1955年録音だから50年経ったわけだ。ここのところ「レコード芸術」などをとんと読んでいないので、不勉強なのだが、そういえば昨年1955年のステレオライブ録音「ニーベルングの指輪」が出た。以前、デッカレコーディング(音が良いということ)1951年のクナッパーツブッシュ「神々の黄昏」バイロイトライブも、40年経って発売された。これらは新盤同様高価である。

 50年経ったから歌手にまつわる契約関係のごたごたが解消されたのだろうか。それとも、「ニーベルングの指輪」ショルティ盤とカラヤン盤を、莫大な予算をかけて制作した、デッカ社とドイツグラモフォン社が発売にストップをかけた、なんていうことがあるのだろうか。そして、著作権が切れたからといって、誰でも発売して良いのか。

それとは別に、フルトヴェングラーの名盤のLPからの復刻CDがあった。東芝EMIから出ている名盤であるが、どなたかの所有している昔のLPを再生して録音しCD化したものである。このCDの制作は、LP所有者のプライベートレーベルのようだった。置いてあったのは第5と第3交響曲で、視聴してみたが、私の持っているLPと同じ演奏で、なおかつ針の音も演奏も生々しく響いていた。

 お店にあったフリーペーパーによると、フルトヴェングラーの著作隣接権がLPの発売後50年で切れる。この50年を経過すると、誰でも音源を自由に加工して販売できるそうだ。LPの場合はオリジナルのマスターテープがあるが、年々劣化する。したがって最近CD化したものよりも、50年前にLP化したものを再生した方が音の鮮度が高い、という理屈らしい。

 著作権切れに関するのかどうか微妙であるが、もうひとつ驚きがあった。

bemFigalo.jpg


−1980年ウイーン国立歌劇場来日公演「フィガロの結婚」ベーム指揮DVD発売−

のポスターが貼ってありました。このビデオは、ここ十数年もっとも見たいものでした。以前NHK教育で放映され、数年前、放送大学の音楽の歴史の時間に、オペラの例として5分ほど映像が流されたことがありました。やっぱりこの映像は残っていたのだと、うれしくなったことを憶えています。

 ライブから27年経っているのが、どのように関係しているのでしょうか。1976年ベーム・ポネルでグラモフォン制作の「フィガロの結婚」が、30年経過していますが、それも関係しているのでしょうか。

1980年ウイーン国立歌劇場来日公演「フィガロの結婚」ベーム指揮の私が記憶しているキャスト。
伯爵夫人****ヤノヴィッツ
伯爵******ヴァイクル
フィガロ****プライ
スザンナ****ルチア・ポップ
ケルビーノ***アグネス・バルツァ
本場ウイーンでも実現しなかった最高のメンバーのはずです。
そして、ベーム、ウイーン国立歌劇場です。こんなもの出したら他のビデオが売れないでしょう。

 誕生日のプレゼントに、誰かくれないものだろうか。




ありゃまあ、検索したら出てきた。
ウィーン国立歌劇場日本公演 1980年カール・ベーム/『フィガロの結婚』(2DVD)
NHKクラシカル・シリーズ、オペラ公演リリース開始!
カール・ベーム&ウィーン国立歌劇場の1980年日本公演、待望のDVD化!
 世界的名指揮者・名だたるオーケストラによる日本公演を贅沢にラインナップした「NHKクラシカル・シリーズ」。待望のオペラ公演リリース開始。第一弾は、モーツァルト三大オペラのひとつ、歌劇『フィガロの結婚』。ベーム、ウィーン国立歌劇場、ヘルマン・プライ、ルチア・ポップ他、豪華な編成で贈る至極の一作!(NHKエンタープライズ)

・モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』 K.492
 フィガロ:ヘルマン・プライ
 スザンナ:ルチア・ポップ
 アルマヴィーヴァ伯爵:ベルント・ヴァイクル
 伯爵夫人:グンドラ・ヤノヴィッツ
 ケルビーノ:アグネス・バルツァ
 マルチェリーナ:マルガリータ・リローヴァ
 バルトロ:クルト・リドル
 ドン・バジーリオ:ハインツ・ツェドニク
 ドン・クルツィオ:クルト・エクウィルツ
 バルバリーナ:マリア・ヴェヌーティ
 アントニオ:ワルター・フィンク
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 カール・ベーム(指揮)
 演出:ヘルゲ・トマ
 収録:1980年9月30日、東京文化会館(ライヴ)
・(特典映像:国歌演奏)
 収録時間:本編182分+特典2分
 画面:カラー、4:3
 音声:リニアPCMステレオ  字幕:日本語
 ライナーノーツ: 解説: 黒田恭一(音楽評論家)/辻本廉(NHKテクニカルサービス) 1980年日本公演メンバーリスト NTSC


 もう、レコ芸などで取り上げられて有名になっているのだろうか。

テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽

番外編1. 芸術作品制作は、機械的な仕事である
20070501184012.jpg

 山下清の作品製作態度には、偉大な芸術家によくある普遍性があります。この有名な「貼り絵画家」のことは、今までまったく気にしたことはありませんでしたし、作品もろくに見たことがありません。一般的には「放浪の画家」としてテレビドラマにもなって、ご存じの方も多いと思います。

 彼は、旅をしているときはスケッチブックを持っていません。スケッチはしないのです。これは、画家としてはきわめて普通のことです。わたしもたまにヨーロッパに行って、帰ってくると「スケッチしてきたんですか?」「絵は出来ましたか?」なんて質問をされて辟易します。外国へ行ったら、ひたすら街の中を歩き回るだけです。

 画家は普通、外で絵は描きません。風景写生するのは、モネを代表とする印象派の時代の流行のようなもので、そんなことをするのは一部の画家だけです。ターナーが嵐の中で絵を描いたり、ベートーベンが田園に出かけていって、五線譜に音符を書き入れるでしょうか。

 ただし彼の場合は、かなりの長時間、風景を見続けていたようです。何時間も、あるいは数日、同じものを見て、頭の中で作品を仕上げていたのでしょう。その時点で、もう作品は完全に出来ているのです。モーツァルトみたいな天才です。映画「アマデウス」で、サリエリがモーツァルトの自筆符をみて、修正や書き直しが全くないので驚いている場面がありました。楽譜を書くというのは、ただ頭の中にあるものを写す機械的な作業なわけです。ですから交響曲を書きながら、頭の中ではオペラを作曲するなんて芸当ができるのです。

 貼り絵の作業はものすごく早いです。どんな小さな部分もはさみを使わず、手でちぎったり、こよりのように丸めたりして、目にもとまらぬ早さでのりを付けて、端からきっちり貼っていきます。内職のベテランみたいです。構想を練ったり、迷ったりすることなく、淡々と単純作業が続きます。農夫が毎日畑を耕すように、芸術作品は出来ていくのです。

 いま描いている。その絵が終わらないうちに、次の作品はもう始まっているのです。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

5.絵を描くようになる前のあなたは、何も見てはいなかった
20070504093330.jpg

 あなたが毎日使っているカバン、目覚まし時計、車、100円玉などを、突然、見ないで画用紙に描いてみなさいと言われたらどうします。描けませんね。毎日何度となく見ているものなのにです。

あなたは人の顔、目、鼻、口、あるいは髪の毛のくせ、などを1時間もじっくり見たことはないでしょう。富士山がきれいだからといって、半日も眺めていたことはないでしょう。テーブル上のリンゴの位置を何度も移動させながら絵の構図を考えたこともなかったでしょう。自分のまわりの物をじっくり見たこともなく、ただここにはテーブル、あそこにはピアノと漠然と感じていただけです。

自分が見ていないことにも気がついていないのです。良く描くためには、よく見なければなりません。人は自分の見ているだけしか描けません。あなたには、まだ、上手く絵が描けません。自分ではわかっていませんが、あなたには物が見えていないのです。絵を描くようになって、自分が今までよく見ていなかったことに気づき、少しづつものが見えるようになってくるのです。


テーマ:絵本・制作・イラスト - ジャンル:学問・文化・芸術

ショルティ指揮 ウイーンPO 1979年 ビデオ 第3幕
syoruti.jpg

 第1場 さらにファルスタッフを懲らしめるために、おびき出しの手紙を書く、恐ろしいアリーチェ。洗濯場でびしょぬれのファルスタッフが、ガーター亭の主人に、熱い酒を頼むところから音楽が始まる。「長年立派な騎士として生きてきたのに、洗濯物と一緒に川へ投げ込まれるとは」「世も末だ」「美徳などない」と嘆いているファルスタッフを、女性陣が陰で見て笑っている。全く同情する。

 そこへ、クイックリー婦人が手紙を持って現れる。悪魔を見たかのように驚いてひっくり返る。「ウインザー公園の樫の木の下で待っている」というアリーチェの手紙を読み上げる。

 第2場 仮装してみんなで出ていくが、実演ではなく映画のため、本格的な仮装をしている。よくあるオペラの仮面舞踏会ふうの仮面ではなく、ハロウイーンなどの完全な仮装である。ファルスタッフがいるところへ、まず、ナネッタの妖精が現れ、20人ぐらいの子供まで妖精姿にして登場する。町ぐるみで「ドッキリ」を仕掛けているのか。「あっ!人間がいた!」とファルスタッフをみんなでこづき回して、いじめる。

 そのうち、酒の匂いをさせた元手下バルドルフォに気づいて、この劇がインチキであることを悟る。そこでフォードが現れ、フォンターナがフォードであったことをばらす。ファルスタッフは、またまたビックリ。「おまえたちみんな塩のない料理だ」「俺なしでどうする」と開き直る。

 娘とカイウスを結婚させようと画策しているフォードが、カイウスとベールをかぶった女性の結婚を認めようとする。そこへアリーチェが、もう一組結婚するカップルがいるので、一緒に祝福する事を頼む。フォードが二組を祝福して、ヴェールを取ると、カイウスの相手はナネッタではなく、追加のもう一組がフェントンとナンネッタだった。アリーチェのしわざである。フェントンとナンネッタは、つまらないカップルであるが、「ばらの騎士」同様、若いだけがとりえの、なんでもない相手を選ぶもののようだ。若い頃には見かけが一番大事ですから。

 結婚の約束を一方的に反故にされたカイウス、ファルスタッフはもとより、フォードまで妻を疑ったという理由で、アリーチェに怒られている。アリーチェはすべての男を、虐げなければ気が済まないのだろうか。ファルスタッフはカメラ目線で、得意げに歌う。「人間すべていかさま師」「最後に笑う者が、本当に笑う」・・・・笑えない。

 アリーチェ役のカラン・アームストロングは、この年、バイロイトにエルザでデビューしている。同じくこの年、この演出をしている、ベルリンドイツオペラ監督でもあるゲッツ・フリードリッヒと結婚している。この映像ではファルスタッフよりもアリーチェの方が、主役の印象が強い。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

ショルティ指揮 ウイーンPO 1979年 ビデオ 第2幕
syoruti.jpg

 第2幕の音楽が始まる前に、幕間になにが起こっているのか、すじの進行具合のナレーションが入る。第1場のフォードの歌は、やっぱり「ドン・カルロ」のフィリッポのアリアの雰囲気がむんむんしている。

 その中の、一部カラヤン盤と訳が違って、よりわかりやすくなっている。
「ドイツ人にビールをあずけてもいい、オランダ人に配膳をまかせてもいい、トルコ人にタバコをあずけてもいい、しかし女房は目を離したらいけない」という訳。ドイツ人はビールを飲まずにはいられない、オランダ人は食事の準備中につまみ食いをする、トルコ人に禁煙は無理、というふうにとれる。この人たちと同じように、女房も必ず浮気をする生き物だから、監視を怠るな。つまみ食いは許しても、浮気を許すな、である。

 ファルスタッフが着飾って出てきて、フォードと、どちらが先に外に出るかを譲り合い、結局二人肩を組んで出るところ、ファルスタッフが太っているから出口につっかえてしまう。

 第2場 なぜだかアリーチェだけお風呂に入っている。他の女性は洗濯物の仕分けをしている。アリーチェ役のカラン・アームストロング、バイロイトの「ローエングリン」の映像より老けた印象がする。クイックリー婦人は、実演で見たコッソットに近い。ナネッタは、若き日のルチア・ポップみたいでかわいい。

ファルスタッフが部屋に入ってきて、始めてアリーチェに会ったとき、かわいい女を演じていて、なかなか見ていても気持ちいい。10人以上の手下を連れたフォードが、ついたての後ろに隠れているファルスタッフも、フェントンとナンネッタも見つけられないのはいかにも不自然だ。

 最後に、ファルスタッフを洗濯場の水の中に落とした後、アリーチェがフォードをにらみつけ、困惑した顔のフォード、そしてさらに渋い顔をするアリーチェのアップで第2幕が終わる。「私のことを疑ったわね!」と「ナネッタをハゲのカイウスと結婚させるつもり!」と言いたいものと思われる。

テーマ:音楽 - ジャンル:音楽

4.とにかくたくさん描くこと
20070504093303.jpg

 勉強の仕始めは、とにかくたくさん描かなければいけません。基本の勉強の段階では、じっくり時間をかけてそれが生活の習慣であるかのように毎日描かなければいけません。そのとき、絵の出来・不出来を気にしてはいけません。あなたはまだ絵をうまく描く段階ではないのです。とにかく毎日描くのです。

 英会話の修得など特にそうですが、とにかく英語を流しっぱなしにして耳になじませるんです。英語のドラマとか映画を見続けるのです。わからなくても気にしないでしばらくそうしていると、いつの間にかなにをしゃべっているか理解できるようになるものです。さらに進めば、自分から自然に話せるようになります。

 とにかく毎日描く。そういう生活を続けていけば、ある日突然、物がよく見えるようになります。物がよく見えなければ絵は描けません。いままでのあなたには物が見えていなかったのです。


NHKの迷宮美術館でやっていたクイズです。

■貼り絵で有名な放浪の画家 山下清 画伯 の作品を制作する時の、まちがいはどれ?

1、はさみは使わず、紙を全て手でちぎる。
2、画用紙の端から順番に紙を貼ってゆく。
3、作品が完成するまで、制作をやめない。

この中で、2つは本当のことで、1つが違っているのです。
この段階で考えて、お気軽にコメント下さい。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

ショルティ指揮 ウイーンPO 1979年 ビデオ 第1幕
syoruti.jpg

 これはユニテルの映画であるから、音楽を先に録音し、それにあわせて歌手が演技をして録画したものである。したがって、「くちパク」の、つまり口と声が合っていない不自然なところがある。通常のライブに比べて演技も大げさに感じる。舞台セットは時代背景に忠実、説明的で初心者にもわかりやすい。ファルスタッフと部下以外の配役は、映り栄えがする美しい顔の歌手を選んでいるようだ。

 映像が始まって3分ぐらい、タイトルロールが流れているあいだずっと、ファルスタッフの顔のアップ。パックをしているみたいに目・鼻・口部分以外に、包帯の切れ端のようなものを貼り付けている。その顔と、しばらくにらめっこ。カメラが引いて全身が映るのと同時に、威勢のいい音楽が始まる。入りのオケ全奏のアタックは強くて、トスカニーニに近い。キビキビしていて、音楽だけ聴いていると気持ちがいい。しかし、進行しているドタバタ劇に対して、緊張感と迫力がありすぎやしないか。


サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 ウイーンPO 1979年録画  VHS
ゲッツ・フリードリッヒ演出 ユニテル制作ビデオ

ファルスタッフ====ガブリエル・バキエ
アリーチェ======カラン・アームストロング
フォード=======リチャード・スティルウェル
ナネッタ=======ユッタ・レナーテ・イーロフ
フェントン======マックス・ルネ・コソッティ
クイックリー=====マルタ・シルマイ
メグ=========シルヴィア・リンデンストランド
カイウス=======ジョン・ラニガン
バルドルフォ=====ペーター・マウス
ピストーラ======ウルリック・コールド

 第1幕第1場と第2場の間に、音楽なしの3分ぐらいの映像が挿入されている。イギリスの田舎町で、子供がファルスタッフからの手紙を二軒の家に配達するシーンだ。

 アリーチェがメグを呼んで、「大変なことがあったのよ」と、お互い手紙を交換して読み上げる。「あたし、軽く見られたのよ!」と、大変な剣幕。なぜ、二人に手紙を出しただけで、みんなの笑いものにされ、ひどい目に合わせられなくてはならないのか、女性陣の精神構造がいまいちわからない。アリーチェの統率力と手腕に脱帽ではあるが、いささか能力を誇示しすぎているようにもみえる。

 第1幕の終わりで、音楽がすべて終わりきらないうちに、映像に合わせてフェードアウトしてしまう。映画とはいえ、こんなことショルティが許すのか。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

「ばらの騎士」今年の攻防
Ros2.jpg

 吉田秀和の著書で、「好きな曲」について、オペラではもちろんモーツァルトの3大オペラが筆頭に挙げられている。では、その次は何が好きか。なにか遠い昔のことを思い出すかのように、その次にくるのは「ばらの騎士」に違いない、とそんな内容が書いてあった。

 そんなことを言われなくても、ちょっとあらすじを読めば、すごく気になるオペラです。誰でも年齢に応じて、主役4人の、どの立場にもなりうる可能性がありますよね。ホフマンスタールの解説によると「カンカンがマルシャリンとゾフィーの間に立った時、この普通の行き当たりばったりの娘の方にひかれていくというのが、このオペラのこっけいなところなのです」。そして、立場が逆っぽくなっているのが「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。ホフマンスタール台本の「ばらの騎士」は、先行する「フィガロ」と「マイスタージンガー」を合体させたものかもしれません。

 今年のほぼ同じ時期に「トリスタンとイゾルデ」も公演があります。昨晩、このあいだ取り上げた「コジ」ノーカット放映もされます。「コジ」や「ばら」は、人生の一時期のお話ですが、「トリスタン」は、もっと人生全般を語って、より単純化しているように思います。

 見たいと思って往く年月。「サロメ」「影のない女」「ダフネ」は見に行ったのに、「ばらの騎士」の体験はまだです。台本は良いのだけれど、音楽がどうもなじめない、という気分がありまして、ウイーン国立歌劇場などのチケットは取りませんでした。相当気力がないと取れないでしょ。ちなみに「アリアドネ」と「影のない女」は、お馴染み気分があります。

 今年は、「ばらの騎士」が、外来オペラでふたつ、新国でもやりますよね。ここらで見ておかないと、もう縁がなくなりそうなので、ひとつ買っちゃいました。でも、高価なドレスデン国立歌劇場は買えませんでしたが。

 そんなわけで、いま取りそろえている「ばらの騎士」のディスコグラフィーを紹介。
まだちゃんと聴いていない。

 自家DVDで カラヤン ザルツブルグライブ1984年もの
        ウエルザー=メスト チューリッヒ歌劇場ライブ2004

CDで    クライバー ウイーンPO1954 DECCA
        カラヤン フィルハーモニア1956 EMI
カラヤン ザルツブルグライブ1960 DG
カラヤン ウイーンPO1984 DG

 これから手に入りそうなCD
        ベーム ドレスデン国立歌劇場1958 DG
バーンスタイン ウイーンPO1971 SONY

 ちょっとかじったカンでは、カラヤン ザルツブルグライブ1960ものが、気持ちよく聴けるような気がします。


テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

カラヤン ザルツブルグライブによる 第3幕 ほとんどあらすじ
41G68VzaQcL._AA240_.jpg

第3幕 第1場 ガーター亭の前

 管弦楽による印象的な短い前奏がある。水の中に落され、さんざんのファルスタッフ。ワインを注文してからぶつぶつ不満を歌う。「ひどい世の中だ」「美徳なんてない」「すべて地に落ちた」「行け、老いたるジョン。お前の道を行け。お前が死んだら、真の男らしい男がいなくなる」第2幕第1場と同じ旋律も出てくる。「ひどい日だった」と言いながらだんだん気分が良くなってくる。「腹に入ったテムズ川の水に、ぶどう酒を注いでやるか」かなり長めのモノローグ。ここで、落とされたのがテムズ川だったことがわかる。この当時だって、かなり汚いはずだ。

 そこへクイックリー婦人現れる。「Reverenza」という第2幕第1場でも、第3幕第2場でも、婦人が登場するとき発する慇懃な挨拶をする。ファルスタッフは、やっと持ち直した気分も再びどん底に。悪魔が現れたかのような顔で、先ほどの仕打ちを非難する。それは誤解で、アリーチェは気があるからと手紙をわたす。手紙には「ハーンの樫の木の下で待つように」と書かれている。機嫌を取り戻したファルスタッフは、クイックリー婦人と共に外へ出る。その一部始終をみんなが後ろの塀からのぞいて見ている。フォードやフェントンまで。
 
ファルスタッフとクイックリー婦人がいなくなると、アリーチェ率いる全員が入ってきて復讐の手はずのうち合わせ。「女の復讐に失敗はない」と歌うのを聴いてフォードも居心地がわるそう。さらに「あなただって罰を受けてもいいわ」と、もう悪魔みたいなアリーチェだ。アリーチェ役のライナ・カバイヴァンスカは本当に凄みのある顔をしている。そしてみんなに指図をする。「森の緑の精・・・メグ」「妖精の女王・・・ナネッタ」「魔女・・・クイックリー婦人」そして「ハーンの樫の木の前で」と言って解散する。

 その後、フォードとカイウスが出てきて、結婚の手はずを打ち合わせる。ヴェールをかぶった娘と僧服の君を祝福するという。そんな話を、クイックリー婦人が窓からのぞき見をしていて、ナネッタに告げにいく。

 

第3幕 第2場 ウインザーの庭

 静かな前奏に始まり、幕が開くと、暗めの照明、中央に大きく古そうな樫の木。すぐにフェントンが愛の歌を歌い出す。唯一のフェントンのソロ。しばらく歌っていると第1幕第2場の「口づけされた唇は、幸せを忘れない」を繰り返して終わる。アリーチェが女性隊とフェントンに「言われたとおりにしなさいよ」「チャンスは来るように、去っても行くのよ」と厳しく仕切る。

 鹿の角をつけたファルスタッフが現れると、12時の鐘が鳴る。鐘の数を数えるファルスタッフの声が、これから起こる事件の不気味さを暗示する。アリーチェに「君はワシのもんだ」と言って近づくと、「助けてー」という声がどこかから聞こえる。アリーチェは、誰か来るからという理由で、どこかに去ってゆく。ファルスタッフだけになったところで、ナネッタ扮する妖精が現れて歌う。歌のあいだ、白い布をかぶったダンサーが幽霊風に踊る。この妖精の歌も、ナネッタ唯一のソロで、意外に長く美しい曲。

 「人間がいるぞ」という掛け声で、ファルスタッフのまわりに大勢の仮装した妖精仲間(?)が現れる。キリギリスのような10人ぐらいの子供が、ファルスタッフを棒でつつきまわし、その後、大人みんなで取り囲み「後悔しているとあやまれ」とせまる。全員で30人ぐらい。ファルスタッフもたまりかねて、みんなに謝る。

 その中の一人が酒臭いのに気づいたファルスタッフが、頭巾を引っ張るとバルドルフォが出てきた。クイックリー婦人も現れ再度「Reverenza」。みんなに騙されたということを悟ったファルスタッフは開きなおる。そこへフォンタナが現れたと思って話しかけるファルスタッフに、アリーチェが自分の旦那だとばらす。ファルスタッフはまたまたビックリ。「ワシがいなけりゃなにも出来ないくせに」「ワシがお前らを利口にしてやっているんだ」と愚痴っぽくなってくる。

 最後にフォードには、娘とカイウスを結婚させるという計画がある。仮装している二人を連れてきて、祝福するというと、アリーチェがもう一組も一緒に祝福してくれるよう頼む。フォードは格調高く、二組の結婚を祝福する。ところがヴェールを取ると、カイウスの相手はバルドルフォで、もう一組がナネッタとフェントンだった。あっけにとられるフォードとカイウス。「自分の罠にはまることもよくある事よ」とアリーチェ。「人間たるもの、多少のごたごたは甘んじて受けねばならない」とあきらめ顔のフォード。アリーチェ隊の最後の大芝居は、ファルスタッフを懲らしめることを口実にして、実は娘の結婚を自分の意に沿うように持っていくためだったのだ。

映像的な見た目では、メグ役のシュミットが断然美しい。アリーチェ役のカバイヴァンスカは恐い。タディとルートヴィヒの歌唱は文句のつけようがないし、ツェドニクの声もすばらしい。パネライは後にファルスタッフも歌うが、フォードがお似合いだ。

 全てこの世は冗談だ。人は生まれついての道化者。お互い相手を笑い者にしているが、最後に笑う者が、本当に笑っているのだ。と、みんなで歌いながら終わるのだが、フェントン以外の男性陣は、笑える状況ではない。長大なフーガを使ったアンサンブルで、ヴェルディの天才が生んだ最大のフィナーレで幕を閉じる。

映像的な見た目では、メグ役のシュミットが断然美しい。アリーチェ役のカバイヴァンスカは恐い。タディとルートヴィヒの歌唱は文句のつけようがないし、ツェドニクの声もすばらしい。パネライは後にファルスタッフも歌うが、フォードがお似合いだ。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

3.なによりも本物を見ること
20070504093047.jpg

 今まで見ることが大切だと何度も言ってきましたが、なにより本物を見ることが大切です。ここで言う本物を見るとは、駄作をたくさん見るよりは、数は少なくても名画を見ろという意味ではありません。

 名画を見ることも、もちろん大切なことです。画商の見習いは、まず、名作だけをたくさん見ます。出来の悪い物はいっさい見ないで、選ばれたよい物だけを見るのです。そうやって見る目ができてから他の作品を見れば、その作品の良し悪しが分かるというのです。そういうやり方はきっと望ましいのでしょうが、一般の人が選ばれた一流の作品だけ見るなどということが出来るわけはありません。日本で外来展覧会がたくさん催されるこのごろでも、名画の見られる機会は少ないのです。展覧会に出かけて行き、1枚の名画だけを見て、他の作品は一切見ない。そんなことが出来るはずがありません。ある程度の量を見ないことには始まりません。見られるものは全部見る、という心構えでいた方がいいでしょう。

本物を見るとは、画集やビデオなどの二次媒体を通して見るのではなくて、じかに絵を見るということです。絵だとちょっと違いがわかりにくいので、音楽で考えてみます。家庭のスピーカーからオーケストラの音を聞いているのと、コンサートホールでオーケストラを聴いているのでは全く違います。今まで嫌いな曲だと思っていたのに、生で聞いてみると感動して瞳を潤ませることもあるのです。録音されたものではわからない、演奏者の実力の違いもはっきりわかります。複製で物事を判断するのは、本末転倒です。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

カラヤン ザルツブルグライブによる 第2幕 ほとんどあらすじ
41G68VzaQcL._AA240_.jpg

第2幕 第1場 ガーター亭

 かつて追い出された子分2人がファルスタッフに詫びを入れ、戻ってくる。すぐにクイックリー婦人を招き入れる。2時から3時の間にフォード邸に来てくれという、アリーチェの言葉を伝える。メグもファルスタッフのことを好いているけれども、こちらはご主人が家にいるので会えない。そして二人とも、お互いのことは知らないと告げる。

 クイックリー婦人が帰ると、第1場に3回出てくる軽快な音楽とともに、「アリーチェはワシのものだ!」と歌い出す。そこへフォンタナという人物が現れる。「金は何者にも勝つ」と歌いながら、ファルスタッフにお金を渡し、味方に付ける。そしてアリーチェに恋をしているが、まったく相手にしてもらえないことを告げる。まずファルスタッフが彼女の固い操をやぶって、心を開いてくれれば、自分にもチャンスがまわってくるかもしれない。だから、ファルスタッフを応援するのだと言う。

 いい気分で調子にのったファルスタッフは、アリーチェはもうすぐ自分のものになる手はずだと計画を話す。まぬけな亭主がいない隙に、フォード邸に入って寝取ってやる。あいつは角の生えた牡牛だ、うすのろ亭主め!と本人を目の前にして自慢げに歌って、したくをするためにその場を去る。

 残されたフォードは苦悩する。ここから音楽が「ドン・カルロ」風になる。「自分は愚か者だ、目を覚ませ」「結婚なんて地獄だ」「女なんてバカだ」「ドイツ人にビールを、オランダ人に食べ物を、トルコ人に酒をやっても、女房はだれにもやらない」「俺が牡牛だと」「寝取られ男に角が生えるだと」と、シェイクスピアによる当時の警句があふれ出す。浮気現場を見つけて、仕返しをすることを決意するフォード。ほとんどアリアらしいアリアのないこのオペラで、いちばん力強い独唱になっている。どんどんドン・カルロのフィリッポのアリアに近づいてくるが、この劇には大げさすぎる音楽表現で、ヴェルディがパロディ曲を作って遊んでいるようにも見える。

 ファルスタッフが着飾って登場する。フォンタナと一緒に出て行こうとするが、お互いに「お先にどうぞ」と譲り合ってなかなか出ていかない。「フィガロ」のスザンナとマルチェリーナの二重唱のパロディか。結局、二人並んで出ていく。ファルスタッフのモノローグ時の軽快な音楽が第1場を閉める。


第2幕 第2場 フォード邸の一室

 クイックリー婦人が、ガーター亭での話を、ファルスタッフのモノマネも入れて、アリーチェとメグに話す。2時から3時にやってくるという。この時間はシエスタだけれども、働き者のフォードは、ふだんお昼を食べに帰ってこないということを現している。ナネッタが飛び込んできて、父親のフォードがカイウスと結婚しろと強要しているとアリーチェに告げる。あんなバカの老いぼれ何かと結婚させないとアリーチェ。使用人が大きな洗濯かごを持ってくる。女性陣はついたてを用意。

 アリーチェがリュートを弾いているところへファルスタッフが登場。フォードさんは一人で余生をおくり、アリーチェは騎士の妻になる。愛してる。あなたを千年も待っていたと、迫ってくるファルスタッフ。のらりくらりとかわしているアリーチェだが、いよいよ危なくなってきた。そこへクイックリー婦人が、メグがやってきたと叫ぶ。ファルスタッフはついたての後ろに隠れる。メグが入ってくるなり、フォードが手下を連れて間男を捕まえに来ると言う。見つけだして殺すそうだ。隠れているファルスタッフに聞こえるように大げさに言う。お芝居をしているのかと思うと・・・本当。

 フォード隊が入ってくる。まず洗濯かごの中を探すがいない。ついたて以外を一通り探ると他の部屋に探しに行く。女性陣がファルスタッフを洗濯かごの方へ導き、中にファルスタッフをむりやり入れる。他人のことが眼中にないフェントンとナネッタがついたての後ろに隠れていちゃいちゃ歌い出す。この二人の歌も、このオペラではめずらしく普通の愛の歌。戻ってきたフォード隊が、ついたての後ろに誰かいるのを発見。およそ3分くらいかけて、しずかにゆっくり、周りを包囲してついたてを倒す。そこにいたのはファルスタッフとアリーチェではなくてフェントンとナネッタだった。この部分も「フィガロ」第一幕4重唱のパロディではないか。

 二人はすぐに部屋から逃げ出す。フォード隊もそれを追いかけて部屋から出ていく。アリーチェは使用人を呼んで、それからフォードも呼んで、洗濯かごを窓の外にひっくり返して、洗濯物に包まれたファルスタッフを水場に落とす。落ちていくところは見えないけれども、落ちちゃった、ばんざーい!、みんなで大笑いする。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

2.わからないものを見ることによって、人は成長する
20070501184112.jpg

 今年の夏も美術館でピカソ展があります。本物の絵は、画集などで見るのとはだいぶ違います。本物が見られるときに、自分が理解できないからといって避けていてはいけません。あなたは、わけのわからない物を見たとき、あんな物はくだらないとか、大嫌いだとか言ってすませていませんか。

 歴史に残るような名画が発表されたとき、世間の人に好意を持って受け入れられた例はまれです。同時代の先輩や同僚からも、絵画愛好家からも相手にされなかったり、痛烈に批判されたりしました。どんなにすぐれた絵やデザインでも、はじめて見たときには不作法な、はなはだ気分の悪いものに見えることがあります。時がたつと、初めは神経を逆撫でしていたものも心地よく受け入れられるようになるものです。

 世の中で名画と呼ばれているものには、そう呼ばれるだけの理由があります。自分にはさっぱりわからないこの絵が、なぜ名画と呼ばれるのか、考えてみることも大切です。成果はすぐには現れないかもしれません。結果として、やっぱりわからない、どうも好きになれないという事でもいいのです。わからないものを見ることで、人は成長するのです。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術