そこに人生のほんとう。




 先日、ドナルド・キーンさんの「わたしの好きなレコード」を読み直してみたら、オペラ好きのことが書いてあった。もとよりオペラについて書いてある本である。

 ちょっと盛って要約すると、なぜ源氏物語大好きな、こてこての日本文学者であるキーンさんが、よりにもよってオペラなんてものを好むのか、世の人々は理解できないらしい。オペラというと、あんなもの、なんで好きなんだという顔をされる。

 人間の好奇心は、バラエティのあるものを求める。こっちも好きだけど、全然関係のないあっちにも興味があるものだ。(ついでに、吉田秀和さんはすもうが好きだ。)

 そして、源氏物語のあの場面と、椿姫のこの場面は、同じ心情を表している。人間というものは、古今東西、どんな芸術であれ、変わらないものなんだよ。


 キーンさんはそう言うが、私も「オペラ」という言葉は出しにくい。
 どうも世の(音楽嫌いな人にはもちろん)クラシック愛好家にも、器楽に比べて、オペラは一段低くみられているようだ。ミュージカルとか歌舞伎に近いような雰囲気があるせいか、雑誌の月評や、人気ランキングでも常に終わりの方に置かれている。

 私の音楽がもてはやされるのは、、モーツァルトのピアノ協奏曲のような最高の音楽を人々が理解しないおかげです。と、ブラームスが言っていたそうだが、それとはちょっと違う。モーツァルトやベートーベンが、どれだけオペラに力を入れていたか。

 そんな私でも、バッハのゴールドベルク変奏曲やモーツァルトのピアノ曲に比べたら(こんなふうに限定するのもよくないが)、ほとんどのオペラが内容が薄いことを認めるにやぶさかではない。 ほんの一部以外、オペラもミュージカルも好きではない。どっちかって言うと、よっぽど慣れないと聞き苦しい。

 だからして、キーンさんもそのように見えるが、クラシック曲の中で大好きな一部の曲がオペラというジャンルに含まれているだけであって、他の器楽曲に比べれば、生演奏に接する機会が少ないために良さが伝わりにくい。 たまたま他の人よりも多く、たとえば『フィガロの結婚』などは8回も、接することができた。

 だから、そこに源氏物語と同じ、人間のもののあわれというもの、人生のほんとうを感じているのであります。
(って、あれ、絵はどういう関係があるのか?、さようならー。)
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

[2012/10/02 18:04] | フィガロの結婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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