絵を描く理由も
村上イスラエル


☆チュニジア2010 壁と卵

『村上春樹 雑文集』 エルサレム賞 受賞のあいさつ  より抜粋。


 小説家はうまい嘘をつくことによって、本当のように見える虚構を創り出すことによって、真実を別の場所に引っ張り出し、その姿に別の光を当てることができるからです。真実をそのままの形で捉え、正確に描写することは多くの場合ほとんど不可能です。だからこそ我々は、真実をおびき出して虚構の場所に移動させ、虚構のかたちに置き換えることによって、真実のしっぽをつかまえようとするのです。しかしそのためにはまず真実のありかを、自らの中に明確にしておかなければなりません。それがうまい嘘をつくための大事な資格になります

 しかし本日、私は嘘をつく予定はありません。できるだけ正直になろうと努めます。私にも年に数日は嘘をつかない日がありますし、今日はたまたまその一日にあたります。

 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側にたちます。

 そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。

 私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それそこが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人をおびえさせ、人を笑わせることによって、ここの魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は、日々真剣に虚構を作り続けているのです。


村上春樹 雑文集
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[2012/12/15 15:22] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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