■リスボンの長い1日 7  25人で美術館
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☆ 帰りの地下鉄。こんなところで写真を撮ってはいけない。


 昼食がすんでバスに戻る途中、アケミ(添乗員)にグルベンキアンの入場料についてあらためて聞く。何か新しい情報でも入ったかと思ったのだが、バス中のコメントと同じで、みなさんが見たいような主要部分の料金は2、5ユーロで、他の部分がどうなのかはわからないとのこと。主要部分がその値段なら、全部見たとしても日本円で千円もしないだろうと問いただしてみても、はっきりしたことはわからないらしい。

 私が、グルベンキアンの後は古美術館に行くつもりだというと、アケミはあきれていた。1日に2カ所も美術館を巡るなんてとんでもない。私だったら耐えられないと言う。だれだって35人も連れて回るんだったら耐えられない。

 だが、ひとりの場合は違う。その意見に反論したくて、ブリュッセルから往復8時間ほど電車に乗ってアムステルダムで国立美術館と現代美術館とゴッホ美術館を2時間ですまし、返す刀でデン・ハーグのマウリッツハウス美術館によってブリュッセルに戻ってきたという話や、1日だけのマドリッドでプラド美術館を含む7つの美術館をほとんど徒歩で回ったことなど話した。この時、ワインを飲んで顔を真っ赤にしていた私の発言をアケミは本気にしていないようにも見えた。

 だからして、こんなに小さなリスボンの美術館を二つ見るぐらいは朝飯前ではむりだが、半日もかかるわけがないと踏んでいた。ところがどういうわけか一人の行動ではなくなった。というより、自分で望んでそうしたのだ。めったにないことだが、二人で歩くのもいいものだ。(その後ろには、いや別に後ろとは限ってないが、同ツアーの人がぞろぞろ付いてきていた、ような気がする)。この時には、空は曇ってはいるものの雨がやんでいた。まったく異常気象のこのツアーを象徴するような、雨のち晴れ。

 昼食後、美術館近くで降ろしてくれたことのメリットは、私の予定消化の助けになるという個人的メリットだけではなくて、もう一つの副産物も生み出した。美術館など見る気のなかった、要するに他のメンバーもいっしょに付いてきたことだ。

 とりわけマサコ(ポルトガル語がちょっとできる)がいたことで助かったというか、私が楽ができたように思う。チケットを手に入れるのも、手荷物を預けるのも、自分でしなくてすんだ。だいたいマサコもアキコもカズエもサカイも美術館の入口まで連れてこられなければ絵を鑑賞するようなヤツらじゃない。(ウソです。失礼)

 美術館入り口に向かう途中、まわりを見渡す。これは団体料金で入れるんじゃないかとマサコに話しかけたが、カズエと話しながら歩いていた彼女は相手にしてくれなかった。人の話を聞かん女だ。

 美術館の中に入り、チケット売り場の前まで来て後ろを振り返ると、やはりどう見ても20人以上いる。もう一度マサコを呼んで、みんなが団体料金で入れるように、交渉するよう要請した。係員と話を始めると、マサコは何人の団体なのか聞かれて困っているらしい。後ろの方から「2列に並ぶから数えて」という協力的な声のあと「25人」という声が。なぜ、添乗員がいない。


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[2012/12/26 19:33] | リスボンの長い1日 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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