「これだけは、村上さんに言っておこう」より
村上さん雄綱

☆明日香栢の森 雄綱

 「そうだ、村上さんに聞いてみよう」をとりあげたら、続きがあったようです。
「これだけは、村上さんに言っておこう」より。


 ドストエフスキーは作家としてのすべての資質を備えた作家であると、僕は考えています。彼のもっとも優れた点は、説明的にではなく、あくまで描写的に、人間の魂のもっとも深いところにまで、読者をひきずっていけたことです。僕がやりたいのも、同じようなことです。

 僕は小説を書くことは、目覚めたまま夢を見ることだと考えています。その夢は見たいときに自由に見ることもできますし、好きなときに続きを見ることもできますし、書き直すことだってできます。小説家というのは、そのような作業ができる人々のことです。

 とにかくいろんな本をいっぱい読むことをおすすめします。小説を書くためには、人生経験も語彙もそんなに必要ありません。でも本だけは浴びるほど読まないとだめです。スポーツ選手の「走り込み」と同じです。

 僕はこれまで小説を読んで「これは一体何をいいたいのだ?」という感想を持った経験が一度もないからです。小説というのは基本的には「そこにあるままのものだ」と僕は考えています。女の子と同じです。感じるか感じないか、基本的にはそれだけです。


 僕はわりに、というか、終始一貫してきわめて個人的な人間で、どうすればうまく社会や他者と関わりつつ自分を保持していけるか、そしてまたそのように自己を保持しつつ生きることの意味はどこにあるのか、ということをいつも考えながら、生きてきました。

 しかしものを書き始める前から、僕のpoint of viewみたいなものはわりにはっきりとしていました。それは「生きる目的は固定された何かの中にあるのではなく、対象にあわせて変遷していく自己のスタイルの落差の中にある」というものです。

 もっとわかりやすく言えば、生きることの本当の意味は「何をなしとげられるか」というよりも、その「何か」に向かう自分の「身の動き」のパターンの中にあるのではないかということです。


 一人の人間の文体というのは、行き方そのものです。あなたが迷っていれば、文体も迷います。まず自分自身を正確に把握することが大切です。

 コピーライターの命は文章よりはむしろ「ものの見方」だと僕は思います。ものの見方がしっかりすれば、文章は自然についてきます。

 ただし書いた文章は必ず一日寝かせます。書いてすぐに送信すると、後悔することは多いですね。これはプロでもアマチュアでも同じことだと思います。

 うまい手紙を書くのに必要なのものは才能です。女の人を口説く才能をもっているかもっていないか、というのと同じことです。でもそう言っちゃうと身も蓋もないので、つけ加えますと、コツはとにかく「何度も読み返し、書き直す」ことです。書いたその日に投函するなどもってのほかです。

 男の人も、女の人も、だいたい同じくらい残酷なものです。残酷さの引き受ける部位が違っているだけです。深い残酷さを経験した人だけが、深い優しさを知ることができる、ということも可能かもしれません。

 成長してください、と他人に口で言うことは簡単です。でもやはりそう言わないわけにはいかないケースもあります。あなたの場合がそうです。がんばってね。


「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?


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[2013/04/26 00:09] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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