ただ一人の支配する国
『男の肖像 塩野七生』より

 古代の歴史家タキトゥスによれば「神々にも比さるべき才能」、近代西欧の歴史家モヌセンによれば、「ローマが生んだ唯一の創造的天才」であったユリウス・カエサルは、政治と軍事の才能が一身に集まった人物であった。そのうえ、文才にも恵まれ、女たちの愛にも恵まれ、とくるからいやになってしまう。

 オクタヴィアヌスには政治家の才能は十分すぎるほどあるのだが、武人としては平凡な出来でしかないことを見抜いたカエサルは、武人としては将来性豊かと見たアグリッパを、出生の卑しさにもかかわらず抜擢したのである。18歳の若者二人に向かい、五十五歳を迎えていても少しも肉体の衰えを見せないカエサルは言った。「以後は、たがいに協力してすべてのことに当たるように」


 歴史家ツキディデスをして、「名目は民主制だが、事実はただ一人の支配する国」と言わせたそのただ一人は、その他多勢が、あることについてだけは、ひどく鋭敏に反応することも知っていたようである。賄賂というものとは、彼の権力は無縁でありつづけた。また、民衆とは、統治されることは受け入れるが、統治者に対する批判の権利だけは手放したくないと思う人種である。

 選ばれたる能力の持ち主でない人が、全員平等の制度を好むのはうなずける。だが、その種の人々だけでこの制度を運用すると、なぜか失敗に終わるのも事実だ。やはり、運用役には、選ばれたる能力の持ち主を必要とするらしい。ペリクレスの死後、アテネの愚衆政治が始まる。

 彼は、多数を、その人たちに思いっきり悪口を言わせることと、自分自身はクリーンであることで、四〇年間統治しつづけたのであった。ペリクレスは、アテネの魂であった。アテネがギリシャの魂であった時代の、アテネの魂であった。


 人類はこれまでありとあらゆる政治体制を考え出してきたが、指導者のいない政体だけはつくることはできなかった。

スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2013/07/08 19:56] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<まいにち・ツール・ド・フランスの季節 | ホーム | リトル・ピノキオ>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://samotorakenike.blog91.fc2.com/tb.php/1162-6744b000
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |