熊野古道計画6■4月6日(日)神秘の熊野
 何事も得るものがあれば、失うものがある。毎日使う、車、テレビ、電話、カメラなどの便利な道具というものは、得るところが大きい代わりに、失うものがある。ついでに言えば、本を読んだり、絵を描いたりすることにも失うものがあるような気がしている。かといって何もしない状態で、何かとつながっているのは難しい。その点、ただ歩くというのはいいものだ。前アップル日本法人社長も、散歩のときにiPodは聴くな!と言っているぐらいだ。

 旅行中、写真を撮っていると、ある種の感覚が鈍くなるのは間違いない。最初の2回の海外旅行では、写真を撮らなかった。写真に美しさが写らないのに、そのころは腹を立てていた。文章で本当に言いたいことが伝わらないのといっしょだ。したがって数をこなして、いろいろな回りの角度から見て、その真ん中にあるものを想像してもらうしかない。


 予想された天気予報よりも、昨日はずっとよくて夕方の1時間ほどしか雨に遭わなかった。今日は、雨が降らないはずであるが、地域の半分はちょっと降るかもしれないというぐらいの予報だった。ほとんどの時間帯は太陽の輝くいい天気だったが、本宮大社まじかの山越えみたいな、石畳の、イチバンキツイ所で、杉林の中、1時間だけ雨が降った。

 行きと帰りのバスの途中でも降っていた。今日は3回雨が降った。そんないちばんの盛り上がりどころである山道で、雨が降り、カメラが動かなくなった。

 買ったばっかりのコンパクトカメラで、バッテリーが切れたのだろうと思って写真を撮るのをあきらめた。たいてい、1日でバッテリーがなくなるくらいの枚数、写真を撮る。大齋原(おおゆのはら)も良かったし、もうたくさん写真を撮ったのだろう。もう写真のことは忘れよう。

 雨も降り止んだ、景色のいいと言われる丘の上に登った。私が先頭を切って道を上りきって顔を出すと、美しい景色があった。比較のしようもない美しさだ。光が差してきたなかを、霞が横切る。まったく、絵にも描けない美しさだ。熊野の神が現れた。天上の世界。

 他の人は誰も、美しいとも何とも言わず通り過ぎた。ああ、やっと上りが終わって一段落ついた、といった雰囲気だ。そこの美しい地帯を過ぎると、下界の熊野川と大齋原の鳥居が見下ろせる。ここで、はっと気づいて、カメラを取りだし、試してみた。バッテリーをいったん抜いて、もう一度入れ直して、スイッチを入れたらカメラが復活した。どういうわけだか復活した。

 いちばん美しいところを通るときだけ、カメラが壊れた。いや、写真を撮ることを考えていなかった時に、美しいものが見えたのか。間違いなく、神秘的で美しいものを見た。

 その後、本宮大社は、特に感慨もなく、バスの時間があったので、私だけみんなと別れて先を急いだ。といってもバス停までは5分とかからなかったけど。新宮と速玉とここの本宮。全部奥行きのない横に長い配置なのが、自分に馴染まなかったのではないかと思う。出雲の神魂神社が目に浮かぶ。

 神社で、お願い事はしない。お礼を言うだけ。


大齋原2

大齋原の鳥居を見下ろす。ここでカメラが復活した。
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[2014/04/29 17:24] | 奈良京都旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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