かいてみなければわからない
 とりあえず、書いてみなければわからない。確か、渡辺昇一も、「知的生活の方法」か何かに、論文などは、考えるよりもまず書きはじめる事が大事だと書いていた。ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」が完成したとき、すごいものが出来たと、本人がいちばん驚いていた。頭の中で完全に作品が完成していて、書くのが作業だったのは、モーツァルトぐらいしか考えられない。


 小林秀雄講演集「宣長の学問」のテープを聴いていたら、画に関係のあることを言っていた。だいたいこの人は、講演というものが嫌いだと、何度か講演の枕にしゃべっている。
以下、適当に要約して書いておきたい。こっちも書いてみなければわからない。


 戦争中に文士は政治講演をやらされて、マイクなんてないから、喉がかれるような大声を出してしゃべらされた。聴衆は黙って聞いているわけではなくて、さんざん野次られた。その頃から、講演ていうものは嫌いでした。いま講演するのは、義理人情ですよ。誰々さんにはお世話になりましたからね。誰々くんに熱心に頼まれたとか、個人的理由でこういうところに来ているんです。けっして、みなさんに聴いてもらいたい内容が、わたしの方にあるわけじゃないんです。「本居宣長」について啓発してやろうとか、そんな欲望はないんです。雑談みたいな事で勘弁してほしいんです。

 今日は「本居宣長」について、話をしろと言われたんですが、「本居宣長」は、いま書いているんです。書いていると言うことは、まだよくわからんということなんです。文学者の仕事というのはそういうことなんです。書いてみなければわからないことをやっているんです。

 絵描きだってそうでしょ。描いてみなければ何が描けるかわからない仕事をやってます。小説家もそうです。わたし、昔伊豆で、梅原龍三郎さんと同じ宿に、ずいぶん長くいたことがあるんです。富士山を描いているんですが、4月頃から、毎日毎日描いているんです。出来上がるのは秋なんです。秋なんですが、初めに描いた富士山と、終いに出来上がった富士山とはまるで違ったものなんです。

 それはどういうふうに違ってくるかというと、描いているうちに違ってくるんです。富士山の雪が消えてくると、画の方も雪が消えてくるんですね。 だんだん景色が変わってきます。 どんどん画も変わってくるんです。なるほど絵描きってのはこういうものかと、つくづく思いました。

 富士山は見ているんですが、やっぱり、出来上がっている自分の画を見ているんですね。何ができるっていうことは、富士山の方からは来ないですね。 自分描いている画の方から、いろんな事がやってくるんです。こういう事が私、たいへんよく分かりました。

 そういうことは、僕らが書くものでも言えるんです。ぼくら、こういう風なものが書きたいと思って書いたことは一辺だってないです。小説家でもそうでしょう。こういうものが書きたいと思って、そのとおりのものが書けることはまずないですね。書いているうちに、いろいろ人物が動いてきたり、考えが変わってきたりして、書き終わるんじゃないかと思います。そんなふうに僕らは仕事をしているんです。 

だから「本居宣長」のことを書こうと思ったのはずいぶん前からのことなんですが、これ、書かないと、書かないんですね。書かないと、書かないってことは、つまりね。頭の中でこういうようなものを書こうという観念が出来上がってから書こう、なんて思ってたら、一生書かないんです。 だから、とにかく書いてみるんです。書いてみると、書いた自分の文章から、何かが出てくるんです。

 というようなわけだから、とにかく書いてみようと、書きだしたわけです。だからこれ、どうなるかわからないんです。だから「本居宣長」の話をしてくれと言われても、たいへん困るんですね。本居宣長っていう人は、こういう事を考えていると、はっきり言えればね、私はもう書きやしないし。 わかっちゃうって事は、だいたい面白くないんです。これはこうだ、と思ってしまえば、面白くもないんで。

 なんだかよく分からないところがあるから、これを文章の上で整理してみたい、ハッキリさせてみたいと、思うから書くんです。そういうところ、素人といっちゃあ失礼だが、素人の方は間違えるんですね。

 だから自分の書いたものに、偉い芸術家というものは、驚いているに違いないんです。初めから思っていたように書けたということは、計画通りに進んだということで、文学とか芸術といったものではないんです。図面通りビルが建ったとか、こういうのは理論とテクニックの問題でね。

 芸術家はみんな、やってみなければわからないものをやるんです。


小林秀雄講演 第2巻―信ずることと考えること
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[2014/06/13 17:10] | 次の作品は | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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