「戦争と平和」のあとの寂しさ
病院銀行


 「戦争と平和」が14日間かかりました。3冊なのに。これはホントに長いです。「源氏物語」とおなじくらい。「罪と罰」の3倍はあります。その後、『競売ナンバー49の叫び』トマス・ピンチョン、『第四の手』ジョン・アーヴィングの2冊は合わせて3日間で。

「戦争と平和」は、戦争や兵士の描写が驚くほど自然です。昨年読んだ他の有名文学者3人の戦闘場面は、比べると作り物のように感じます。ただ「アンナ・カレーニナ」にも出てくる、大農場所有貴族の生活というのは共感できません。なんでこんな事を、長々と書いているんだろうと思います。

 いま読み終わったのは、ウラジーミル・ナブコフの「ロリータ」です。ロリータコンプレックス、ロリコンの元ですね。内容は、長さを比べなければ「失われた時を求めて」と似たところがあります。

 本文中にも、「消え去ったドロレス(ロリータのこと)」と呼べそうな部分までたどりついた、と明らかに「消え去ったアルベルチーヌ」を思わせる書き方をしているところがある。何より、倒錯者の事を書いている。この倒錯者という言葉は、この2つの本でしか見たことがない。もちろん、同性愛と、少女愛という、別のテーマであるが。

 そして主人公の男性が、アルベルチーヌとロリータの行動を嫉妬し束縛するところもひどく似ている。それから逃走してしまう。この二人の女の子、こんなに主人公を引きつけておきながら、読んでいて魅力が感じられない。性格はもちろん、性的にも、そばにいてほしくないような気がする。

 そこへいくと、「アンナ・カレーニナ」と「白痴」(と「1Q84」)はよかったな。女主人公が。主役がよければすべてよしと言いたいぐらいだ。やっぱり、芥川賞もノーベル賞もとらない文学者は違う。

 なにしろ「戦争と平和」の後に読んだ3作、ピンチョン、アーヴィング、ナブコフの作品は、お話の流れの必然性がよくわからない。この結末ではスッキリしないんですけど。

 これは、何度も読め!ということか。読書というのは、一度読んだなんてのは、読んだことにはならなくて、何度も読み返すことを言うのはわかっているが、あまりにわからないのも困ったものだ。

 小林秀雄も言っている。「『本居宣長』鎌倉のうなぎ屋の女将さんまで買ってくれたって。買ってくれればいいです。なにも買った本を読まなくちゃいけないという義務はありませんからね。読まなくったっていいんです。読まなくたって印税は入るんです。」「私の本は、一回読んだくらいじゃわかりませんからね。だから4千5百円は安いですよ」「みんな手っ取り早くわかりたいんです。でも、わかるってことと、苦労するって事はいっしょですよ」もしかして、何回読んでもわからないんじゃないの。

 音楽だと、100回以上聴くのはあたりまえだから、小説も10回くらい読んでもいいのかもしれない。南無~。

競売ナンバー49の叫び
第四の手
ロリータ (新潮文庫)
本居宣長〈上〉 (新潮文庫)
百年の孤独 (1967))


スポンサーサイト
[2014/06/25 18:09] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
<<琵琶湖疏水取水口 2 | ホーム | 三色富良野と美瑛の木のその後>>
コメント
わかりました
コメントありがとうございます。
いまごろわかりました。
編集と言うところをクリックすると、出てくるのですね。しりませんでした。

それと、写真を加工したのは、ここ半年で1まいか2まいだけです。
あとの写真はブログに合わせて縮小しただけです。
こっちからは、かわったようにはみえません。
そのうち原因がわかるかもしれません。
[2014/06/30 09:56] URL | にけ #- [ 編集 ]
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://samotorakenike.blog91.fc2.com/tb.php/1343-b3942178
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |