五千歩くらいなら
吉川うしな時


久米宏と壇密が司会をしている図書番組に千住博が出てきて面白かった。
オークションに作品が出るということは、誰かが手放したということで、作家にとっては噴飯ものだそうだ。
弟は作曲家の千住明。何年か前、日曜美術館の司会を担当していました。
妹はヴァイオリニストの千住真理子。こっちは以前から有名です。
という偉大なる千住兄弟の兄です。千原兄弟の兄ではありません。
いちおう日本画家です。本もたくさん出しています。

『わたしが芸術について語るなら 千住博』より歩くことと才能。

 自分の体験、つまりリアリティがどれほど大切か。実際に出来ることならば、本当に体を動かしてやらないとだめなんです。でも、私たちのような年齢になってくると、みんな移動するのに車に乗るのです。

往復も全部車で、そうすると一日千歩くらいしか歩かない。人間は一日一万歩くらい歩かないと体の調子がくるうんですね。内臓も骨もおかしくなってくる。姿勢もおかしくなって、肺もおかしくなってくる。歩かないことで、どんどん体がおかしくなってくる。それで、どうしようもなくて薬ができてくる。

 これは人間がゆるやかに破滅に向かっていることだと気づくはずです。歩かなくなると歩けなくなる。これは、すべてのことにあてはまると思います。スポーツだって、人間関係だってそうかもしれない。

 でも、冬に寒くて暖房がほしいなら、最低限そこまでは良いじゃないか。顔を洗うときにお湯が出てほしいなら、そこまではいいだろう、と。

 そんなことをやったら、生きている実感も薄くなっていって、いろいろわからなくなってくるでしょう。動物的直感もダメになってしまう。生きている実感が弱まるということは、死に対する感覚も弱まっているのです。


 「自分で自分を知る」、これがとても大切です。
才能というのは、他のことには才能がないということがわかること。
まずは、他には才能がないことが大切なんです。
いつしかこの人には才能があったな、と思われるのは、
30年くらいたったあとの結果論です。


わたしが芸術について語るなら
わたしが芸術について語るなら―未来のおとなへ語る
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[2014/07/23 17:53] | 美術の本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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