八月の雨、五月の忘れもの part1
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 今年のお盆はほとんど雨だった。生まれた土地を飛び出して生活を営んでいる者にとって、お盆に帰省するのは、国民の義務のようなものです。義務だと思っていると、楽しくありません。親戚回りと、お墓参りしなくちゃいけない。しかし偏屈な私は、電車や船が、人で混み合うのも、一本しかない道が普段はいない車で渋滞するのも大嫌いなので、お盆より早めに、あたかもリゾート地に出かけるかのように帰省するのが常だった。観光客気分で。

 ところが年月というのは不思議なもので、若い頃はあまり会いたくなかった親戚のおじさん、おばさんなども歳を取ってきた。自分に影響力を行使できなくなった親戚というものは、たまに会いたくなるものである。ついでに小学校や中学校の同級生などのことも思い出す。せめて高校生ぐらいで会っていれば、顔なんかもわかるのだろうが、中学生なんかだとまだ子どもで、今では面影もないに違いない。近所ですれ違っても気づかないだろう。

 親戚もそうであるが、両親も高齢である。このさい自分のことは考えない。毎年、いろいろなメンテナンスにほころびがあり、自分の部屋だったところも雑然としている。そういえば子供の頃の卒業写真、アルバムや年賀状などの手紙類など、どこにあるのだろう。絵もあるはずだ。蔵の中にでもしまってあるのだろうか。

 家の前の海は、テトラポットでがんじがらめに締めつけられている。潜ってみると、キレイな石があった海底は、砂漠のようになっている。比較的寒いのもあって、昔のように泳ぐ気にならない。時間があるので、扉の極めて開きにくい蔵の中にも入ってみた。何十年も使っていない布団や服や、食器や箪笥などがありすぎて目まいがした。ここにあるものは、誰が使うのだろう。各家庭の蔵にこんなに物資があるけど、使う人は少なくなる一方だ。

 押し入れの中のものを、ホコリまみれのものを、出してみた。自分の名前が書いてあるパネルもあったが、倍サイズのパネルにキャンバスを張って油絵を描いたものがあった。裏から見ると、パネルが二枚くっつけられていた。パネルの一枚にはクミコ、もう一枚にはミユキと書いてあった。小・中学時代の同級生の女の子の名前だ。このパネルは、中学校の美術の時間に使ったもので、それを高校生になってからもらったものだ。
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テーマ:散文 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2014/08/26 17:13] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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