自分の存在の耐えられない軽さ
entry_img_218.jpg


『存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ』西永良成訳を、偶然読みました。
『l'Insoutenable legerete de l'etre』(The Unbearable Lightness of Being)

 かつて日本人初のF1レギュラードライバーとなった中島悟はこう言った。普通の人が人生において、2度か3度しかしないような決断を、何度もしなければならない仕事だと。

 人生は限りのない選択の連続だと言えないこともないが、むしろなりゆき任せに流されて生きているつもりの人が多いのではないか。ちょっと昔の農村だったら、個人の意向とは関係なく物事が決められ、役割が与えられる。自分に合った仕事もへったくれもない。人と違ったことをやったり、自分で何か決めたければ、村を出て行く他はない。

 さいわい日本経済は豊かだったので、いちばん大切なはずの食料を生産する仕事よりも、街に出て、本来無くてもいいような仕事をする方が収入が多くなった。子供は田舎で育ったものの、大人になったら、やっぱり村を出て行く。能力のある人ほど、生産的な仕事に就かず、買ったり売ったり貸したりして利ザヤを稼ぐことに精を出している。

 そのような人生において、いろいろな決断をするが、どれを選ぶのが正しいのかは永遠にわからない。塞翁が馬の喩えにもあるとおり、今の成功が良いことなのかどうかはわからない。一人の人間が、同時に、複数の選択肢を試してみることはできない。

 作者の言っているのは恐らくこんなこと。決心が軽いのは、人生が一回しかないからだ。だから失敗の結果も一回だけだ。それなら軽く考えてもいい。大量に印刷される本ならば、誤植を丁寧に校正する。ぼくたちの人生は、あとになって誰も読みそうもない一冊の本だ。誤植があっても誰も気にしない。

 何万人という、大勢の人間が不幸になるようなことは、国家を上げて避けなければならない。だが、わたくし個人の苦しみを軽減することに、いっしょうけんめいになっていいものだろうか。そんなこと人に訴えて、改善することに一生をささげていいものだろうか。

 最後にヒロインが叫ぶ。あたしのために大都市の医者の仕事をなげうって、田舎で運転手をしている。悪くなった原因はわたしだと。それに対し主人公が言う。「ぼくには使命なんてものはない。誰にだって使命なんかないんだ。そして自分が自由で、使命なんかないと気づくのは、とてつもなく心が安らぐことなんだよ」


存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の軽さ
スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2014/10/04 16:11] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<裏ときのさと 2 | ホーム | ■ プラナリアの耐えられない軽さ  9月の図書 ■>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://samotorakenike.blog91.fc2.com/tb.php/1394-938581f5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |