レノン&マッカートニー頌
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『ビートルズの真実 里中哲彦・遠山修司』という本です。ありがちなタイトルです。ビートルズの本なんて何十冊も読んでいるし、だいたい文庫本なので、読んだことのある本の再発売かと思っていたら、昨年12月の新しい本でした。歴史の本を読んでいると、この話もその話も何度も他の本で読んだことがある、と思うことが多いが、不思議なことにこの本にはそんなところはない。それどころか、読んだことがある有名な本からの引用も、気づかなかったような話がたくさん出てきます。
以下、最初の方に出てくるところを書き出しました。


 ポールとジョンが主として才能の源であったことは疑う余地もない。音楽的な面から見ても私たち5人は対等ではなかった。二人の力が大きすぎ、残りの3人はたいしたものではなかった。(ジョージ・マーティン『耳こそはすべて』)ジョージ・マーティンはまた、ポールのことを『20世紀を代表する音楽の天才』とまで述べています。

 ビートルズの中ではポールが一番ミュージシャンとしての才能をもっていた。始めてあった頃、彼はピアノを上手に弾けなかったが、そこからレディ・マドンナまでは本当に短時間だった。ポールはまた、リンゴを含むほかの誰よりも技術的にうまくドラムを叩くことができた。(ジョージ・マーティン)

それ以前のディランは、「フォークの神様」を演じなくてはならなかったので、「ビートルズに夢中になっていることは、自分の胸にしまっておいた」らしい。2007年のローリング・ストーン誌のインタビューで、ポールのことを『自分が畏敬の念をいだいている唯一の人物』とまで語っている。


 ジョンはポールに完全に圧倒されたわけだ。ジョンは決心を迫られます。自分より実力のあるポールがクオリーメンに入ったら、リーダーの座が危ぶまれるのではないか。ひょっとしたら、ポールが自分のバンドを結成するかもしれない。そうしたら、自分たちのバンドはひとたまりもない。「ぼくはその時までは親玉だった。さて、あいつと組んだらどうなるだろう。要するに、ぼくはポールに惚れてしまったんだ」

 ポールはジョンと会う前から、作曲をしていました。さすがのジョンも驚いたようです。ポールはかなり早い時期からプロとしてやっていくつもりでいたのでしょうね。つくった曲はすべて二人の共作として発表することまで決めていました。

 ジョンのポールに対する嫉妬心が、二人を希代のソングライティング・チームにしたんじゃないかなあ。ジョンは演奏技術においても、流れるようなメロディを作曲する能力もポールにかなわないと思っていたんじゃないか。そこでジョンはポールにないものを探した。のちにジョンは「ぼくが音楽界にした大きな貢献は、ポール・マッカートニーを発掘したことだ」と語っています。

 世間が仲違いをしていると思いこんでいた頃、ジョンとポールはロサンジェルスで再開(74年)、二人にしかわからない昔話に花を咲かせたり、スタジオでのジャム・セッションを楽しんでいる。70年代の後半には、ポールはジョンの住むダコタ・アパートを何度も訪れています。ジョンは「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ。他の人間が言うのはゆるせない」とまで発言している。

 ソロになってはじめて、共作者の存在がどれほど大きなものだったかを痛感したようですね。ジョンにしても、ポールの存在がいかに大きかったかは、ソロ作品の数枚を聴けばわかります。ポールは90年のインタヴューで、「共作者がほしいね。実際ジョン・レノンを越える人間なんているはずがないと思っていたし、その考えに今も変わりがない。彼はベストだった。ベストの上はないんだよ」との心情を吐露しています。

ビートルズの真実 (中公文庫)
ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 <新装版>
メイキング・オブ・サージェント・ペパー

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[2015/04/17 16:54] | ビートルズ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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