夢を見るために
 山にこもっていると、あまりやることがない。はたして組織に属していている人に、以下のことがピンとくるのかどうか不安がある。それでもインタビュー集である「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」から。

 私には村上春樹的生き方は、理想的と思われるが、どうやらうらやましがられてはいないと感じているようだ。会社で昇進した方がうらやましいのだろうか。どっちにしても本人の希望とは関係なく、人から求められる方向に沿った生き方しか選びようがないと思っているのだけれど。

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 僕自身、大学を出てからずっと、どこにも属さず、個人として生きてきました。就職もしなかったし、どのような組織にも属さなかった。日本社会でそうやって生きていくというのは、決して簡単なことではありません。どんな会社に勤めていて、どんな組織に属しているかで、人は評価されるところがあるからです。一般の日本人にとって、それはとても大きな意味を持つ問題です。

 いや、誰も僕のことをうらやましがったりはしません。多くの人々はそういう生活をずっと長いあいだ、当然のこととして送ってきた。実際それ以外の生き方を選びようもなくなっている。

 天才的な作家っていますよね。何も考えないでもどんどん着想がわいてきて、すらすら書けちゃう人。二十歳くらいでデビューする人というのは、たいていそうです。

 僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのようにふつうの人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。そしてもちろんその技術を、歳月をかけて大事に磨いてきたのです。

 僕は、自分の中にも底の方で物語が湧いてくるんだということを、たまたま偶然見つけた人間だから、その幸運に対して感謝する気持ちがすごくあるんです。もしかしたら見つからないまま、ごくふつうの人間として一生を終えていたかもしれないわけですからね。
 
 そのために大事なのは、きちんと底まで行って物語を汲んでくることで、物語を頭の中で作るようなことはしない。最初からプロットを組んだりもしないし、書きたくないときは書かない。僕の場合、物語はつねに自発的でなくてはならないんです。

 もし物語の結末がわかっているなら、わざわざ書くには及びません。僕が知りたいのはまさに、あとにつづくことであり、これから起こる出来事なんですから。

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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2015/08/04 19:23] | 美術の本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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