四季のことば
 「四季」といえば、ビバルディのヴァイオリン協奏曲集「和声法と創意への試み」op.8(全12曲)の最初の4曲の総称ですが、森博嗣のミステリーを読んでいれば、真賀田四季に決まってます。

 最初の小説「すべてがFになる」(と10作目)の最重要人物です。このFは、パソコンに詳しい人だったら、すぐに連想することのできるFです。

 偶然借りたエッセイが気に入ってから、今年の夏以降、この人の本、現在の所、27冊読みました。どれだけ多作なんでしょう。どれだけ共感するところがあるのでしょう。

 最近読んだ、取り立ててストーリーらしきもののない小説4部作「四季」から。真賀田四季または周りの人のことば。ふだんから、なんとなく考えているようなことだ。あれっ、こんなこと今まで書いたことなかったけか、と思うぐらいだ。

 しかしこれは、作者の言葉ではない。確信のある意見を言っているわけではない。エッセイではなくて、小説なのだ。小説の中の登場人物がしゃべっていることだ。だから目くじらを立てて突っ込まれても困る。「人間は死なない」なんてことを言っているわけではないのだ。フィクションということで、自由にモノが言え、真実に迫れるということもあるだろう。



四季


 どこから来た。私は誰?どこへ行く。
貴方は、貴方から生まれ、貴方は貴方です。そして、どこへも行かない。

 私たちは、トラックを何周も回っているの。いくら走ってもどこへも行けないわ。

 外へ外へと向かえば、最後は中心に戻ってしまう。だからといって、諦めて、動くことをやめてしまうと、その瞬間に消えてしまうのです。それが生命の定義。

 死を恐れている人はいません。死に至る生を恐れているのよ。

 そもそも生きていることの方が異常なのです。死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね、機械が故障しているような状態。生命なんて、バグですものね。
 生きていることは、それ自体が、病気なのです。

 眠るときの心地よさって不思議です。なぜ、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう。眠っているのを起こされるのって、不快ではありませんか。覚醒は本能的に不快なものです。


 真っ当なビジネスが、いちばん人を騙している。


 メモリィが大きい、処理能力が高い、つまり賢いものほど、長い期間、子供である必要があるのです。動物の中では、人間がもっとも成長が遅い。何年も子供を経験します。

 考えることだけが自由なんだ。行動なんて些細な問題だ。考えたことを、僅かに具体的に、ほんの部分的に試すにすぎない。考えたことの100分の1だって実現することはできない。博士くらいの思考能力を持っていれば、行動はすなわち無駄だ。行動するだけで、時間やエネルギーが消費される。

 扇風機のように、前にしか風が来ないなら、こちらを向いてくれないと困ります。たとえば、太陽はどう? メキシコが晴れていれば、その分、日本は損をしますか。貴方が太陽を好きになったか、扇風機を好きになったかの差です。
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[2015/12/29 18:36] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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