枕元に「草枕」
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To『The Three Cornered World』  なんて表紙だ。

 日本の有名な文学作品を、たまたま英語書籍の棚で見つけると、思わぬタイトルに驚くことがある。「The Ize Dancer」(伊豆の踊子)って、なんとなく分かるけど納得できない。「and Then」って何のこと?と思うと(それから)である。英語にすると拍子抜けするような語感になる。これで意味が通じているのが不思議なところだ。

 それで愛読ではなくて愛聴している『草枕』を見つけたら、タイトルが『The Three Cornered World』となっている。なんのことだろう。「三角の世間」だろうか。

 グレン・グールドが亡くなった時に、枕元に「聖書」と「草枕」が置かれていたというのは有名な話で、彼のラジオ番組では「草枕」の朗読もおこなっていたそうだ。その日本語のタイトルである「枕」と関係があるとは思えないが、ここ数年、寝る前に枕元で「草枕」の朗読を聴いている。何度聴いても飽きない。漢文みたいな日本語が多くて、意味がつかみにくいために飽きないのかもしれない。

 漱石は口語文の確立されていない時代に、当時の最先端の日本語を駆使していた。
「三四郎」ぐらいになると、現代から見て自然な日本語になるが、それ以前はちょっと古い文語っぽいところが見られる。そして「草枕」では、そんなこと気にかけないかのように、漢詩や文語体の詩などもふんだんに出てくる。そもそも語り手の主人公が「余は」と言っている。

 本文の前に着いている、訳者の「はじめに」の後半にこんなことが(たぶん)書いてある。『直訳すると "The Grass Pillow" になるが、それでは意味をなさないので、この作品のテーマと考えられる部分をタイトルにした』『「草枕」は漱石の他の本よりも、著者の心境を明瞭に知ることが出来る』

 さらにタイトルと「はじめに」の間のページに本文からの引用がある。
”An artist is a person who lives in the triangle which remains after the angle which we may call common sense has been removed from this four-cornered world.”SOSEKI
 「四角な世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」

 芸術家に限らず、天才とか偉人とかという人々は、いっけん普通の人よりも多くの能力を持っているかのように思われているが、実はそうではなくて、普通の人の持っている能力の一部を欠いていると考える人がいる。簡単に、ぼやかして言うと、普通の人が常識としてしなければいけないと思っていることを、社会に洗脳されていることと言ってもいいが、そんなこと意に介することはないと思っているのだ。

 だから英文のタイトルは、「芸術家の世界」という意味に取れる。そう思うと、読んでみようと思う人が増えるのではないだろうか。この本は、出だしが漢文調でとっつきにくいので、読んでない人も多いと思う。最初だけ書いてみます。


 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊とい。 


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[2016/02/06 18:35] | 美術の本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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