ほんとに忙しい?
忙しい
☆ 最近のイラン。


 わたしは忙しくない。そう思っているが、ここのところ、自分が時間があるせいか、周りの人々がやたらと「わたし忙しい」、「みんな忙しいからね」と言っているのが耳につく。

 なに、なんらかの責任逃れか、遅刻や不参加の言い訳に使っているのだろう。嫌いな相手と一緒にいたくないときにも、そんなことを言うだろう。だがそれだけでもないらしい。もちろん、子育て中の働く女性だったら、言うまでもなく悲惨なぐらい忙しいだろう。それは、わかる。(起業したばかりのマイクロソフトとか、ワタミとか?)

 しかし、通りがかりにちょくちょく見かけるのだが、近所の人と(無駄そうな)世間話をしている人たちでも、「忙しい」と言っている。スポーツクラブで1時間ぐらい自転車をこいでいる人たちもそう言っている。

「忙しい」という漢字は「心」が「亡い」ということです。時間が亡いということではありません。急いで何かをしたからといって、一定の時間内にできることは、そんなに変わるとも思えません。仕事だったらむしろ、落ち着いて確実にこなした方が、結果的に早くできるということも考えられます。

 想像するに、忙しい朝というと、テレビニュースを見ながら、おにぎりとコーヒーを口に入れて、それを噛みながら、ズボンをはいている、ような状態でしょうか。時間がないわけではなくて、心がない、つまり行動に心が入っていない。食べているときに、食べていることを意識していない。

 これで一定時間内に、たくさんのことをこなして、これが人生を生きていることになるでしょうか。こんな生活をして、節約したと思っている時間があるとして、いったい何に使っているのでしょうか。

生きていないと一緒です。
スポンサーサイト

テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

[2016/05/16 18:24] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<1997年の深井尊子 | ホーム | 道遊の割戸>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://samotorakenike.blog91.fc2.com/tb.php/1613-f6985330
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |