未来の自分は他人
 『人を動かす、新たな3原則 ダニエル・ピンク』を読んで、思いついた。老後の備えをしないアメリカ人の話があったからだ。

 以前から、時間には過去も未来もない。錯覚だという説をとりあげている。死後の世界があるのかということと一緒で、解明できるとは思えない。だからといって、当然、持っているお金を、今日使い切ってしまうことはしない。明日、お金がなかったら困るに決まっている。そう思いこんでいるが、明日が来るとは限らない。

未来の自分は


 未来のことをどう考えようと、現在、何十年後の老後に備えて、全く準備をしていない人はいないだろう。日本人は特に貯蓄する民族みたいだが、そうでなくても家を持ったり、健康保険や年金を律儀に納めていることだろう。

 テレビでは、退職してから死ぬまでに何千万必要という試算をし、年金だけでは足りないとさかんに訴えている。決して私たちのことを心配しているのではなくて、そういうわけだから、株を買ったり、貯金をしたり、新築住宅を買ったりしておけと言いたいのだろう。

 ここのところの自己啓発本など読むと、常識に洗脳されて、未来の安定のために我慢なんかするな、人の意見なんて気にするな、今やりたいことをすぐにやれ、とハッパをかけるのが、むしろ普通だと思う。

 特に心配性な日本人には考えられないことだが、アメリカ人の中には、先の蓄えをする気のない人がけっこういるらしい。江戸っ子とおなじで、宵越しの金はもたない主義なのだろうか。

 心理学などの実験で、先の利益のために今の快楽をあきらめることができる子供は、大人になってからの年収が多いという傾向が見られたそうだ。他の子供は、たとえば今ほしいものを、すぐに手に入れたがるということだ。(わたしも毎晩ビールを飲みたいのを我慢しているが、実入りが良くなった気配は感じない)

 その宵越しの金を持たないアメリカ人(失礼!)は、先の人生に備えるなどということが想像できないのかもしれない。20年先の自分については、赤の他人とほぼ同じ現実感しか持てないらしい。

  しかし、何十年も先のことを心配して貯蓄に励むことは、計画的に生きているというよりは、妄想が激しい神経症みたいなものではないのか。武田邦彦さんの言う、目的は持たない、明日があるかどうかは分からない、も一理ある。

 どちらの国民も、なんとなく極端すぎると思われる。どちらかというと、現在にごく近い未来のことだけ考える方が普遍的な生き方だと思う。それだと家なんて持てないけどね。どの程度が、ちょうどいい生き方なのだろうか。
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テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

[2016/06/15 17:36] | カルトン | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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