『虞美人草』
 有名な夏目漱石の作品なのだが、ちゃんと読んだことがあるのは『三四郎』だけである。かねてから書いてあるように、『草枕』は、CD5枚組の音声を、2年ぐらい毎晩のように聞いていた。『こころ』は、同じく朗読CDを、10枚組を、やっとのことで一回聞き通しただけで、ひどく苦しかった。

 司馬遼太郎の公演で言っていたが、サイデンステッカーに会ったときに、夏目作品でどれが好きか聞かれたそうだ。(試験ですな)『三四郎』と答えると、相手も「僕もそうだ」と言ったので、お互いにホッとした。そんな話も聞いていたので、『三四郎』以外は、変な小説ばかりだなと思っていた。

 「吾輩は猫である」は、自分のことを猫が見た自虐ネタのようなものだし、「ぼっちゃん」は痛快小説のように言われているみたいだが、これほど世渡りのヘタな人間の話は読んでいて苦しい。『三四郎』にもちょっとそういうところがある。

 先日偶然、茂木健一郎が漱石について講演しているのを聴いた。漱石は紫式部以来の偉大な文学者と言っている。漱石は文章がうますぎるので、逆に分かりづらいが、英語に訳しても素晴らしい。日本の、たとえば芥川賞なんかは、日本語としての文章のうまさをみるので、たとえ小説として優れていても、日本語的に問題があると受け付けない。

 ドストエフスキーも、トルストイも、翻訳で読んでいるわれわれは、どちらも同じように優れた文学だと思っている。ところがロシア語で読むと、トルストイの文章は格調が高いが、ドストエフスキーの文章は未熟であるらしい。だから『三四郎』も、村上なんとかなんかも、英語で読んだ方がおもしろい。『三四郎』のなかでも、与次郎が抜群におもしろいそうだ。

 というわけで、

 漱石の『虞美人草』を読んだ。内容は大変おもしろかった。しかし、文章は「草枕」のように、漢文調の作者の意見がはさまっていて、お話が途切れ途切れになる。古い英文学には、いちいち作者が意見を述べる小説があるが、まだ口語文が確立していない100年前の文章が、今でも読めるのはすごいことだ。

 登場人物は、エキセントリックな美人である藤尾とその母親以外の人は、とてもいい人なので救われる。世渡りでしくじったりしない。物語としては、それまでの漱石の作品同様、実のところ、よくわからない。

 虞美人というと、思い出すのは当然、項羽の虞美人。漢文で習った。しかし、この小説との関連は、まったく分からない。『垓下の歌』(がいかのうた)は、楚漢戦争最後の戦いである垓下の戦いにおいて、項羽が虞美人に贈った詩。

力山を抜き気世を蓋う
時利あらず騅逝かず
騅の逝かざる奈何すべき
虞や虞や若を奈何せん

わたしは、『草枕』『虞美人草』『三四郎』が好きなようだ。
特に、『草枕』『三四郎』は、
絵になりますよ!、絵が完成、で終わるところが、なんだかとてもいい。


虞美人草 (角川文庫)
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[2017/06/25 12:45] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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