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もう、怒らない 2
もう怒ら2


  「他人のことは気にするな!」という意見も何度か採り上げましたが、私たちは普段の生活で、まわりの空気を読む、忖度する、迎合するなど、社会の同調圧力に流されて生きています。言いたいことがあっても、めったに言えません。嫌われているわけではないにしても、自分は阻害されている、慕われていない、愛されていないと感じることはよくあります。

 必ずしも、ウソをついた子どもを声を荒げて怒るようなことではなくて、自分の思ったようにならない負の感情がここで言う「怒り」なのです。

 仏教的な説明では、スリランカ上座部仏教、スマナサーラさんの怒らないことシリーズなどもありますが、小池さんの一連の本の方が、一般にはわかりやすいと思います。仏教系の本は、たとえこのようなタイトルでなくても、欲望の無情さや、今の現実に集中することで心の平安や活力を保つことが書いてあります。

 このようなブッダの言質、仏教の信条、そのままとしか思えない、今はやりのマインド・フルネスという瞑想法も、ほぼ同じでしょう。(瞑想用のCDなどは使っている)

 小池龍之介の『もう、怒らない』を再度、読んでみました。
読み返してみて、以前とは違うところが気になりました。

 「物事が退屈なのは、きちんと観察しないから」

人間の脳は、省エネに徹していて、一回見たものは、二度目はちゃんと見ないといわれています。過去の記憶を駆使して、見たことにしているようです。意識して見ようとしなければ、見ていないのです。今、見ている場所が、よほど以前と変わった状況になっていなければ、気づかないのです。

 まだパソコンの性能が弱かった頃の、動画録画システムに、前のコマから変化した部分のみ記録していくというのがありました。(使ったことがないので、うろ覚え)一秒間に何十コマの画像を連続して記録していくわけですが、当然ですが、前のコマと次のコマの画像の違っている部分は、ほんの僅かです。見比べてみても、ほとんど違いはわかりません。人が喋っている部分なんて、背景はずーっと変化がなかったりしますよね。その無駄をなくすのです。そうすると、ずっと前のコマからの記録がごっちゃになっているためか、編集時の制約があったはずです。(今でもあるのか、しらんけど!)

 人間の脳も、極力、過去の記憶で処理しようとします。見ているつもりでも、ザルのように盲点があったり、わざと現実を直視しないのようにしているのです。潜在意識の、現状維持メカニズムも強力ですね。

 昨年の展覧会に、どこかのテレビ局が来て、インタビューを受けました。いきなり「絵を習うと、いったいどういう役に立つんですか?」とマイクを向けられました。なんて哲学的な。「人生に目的はあるのですか?」みたいなことではないですか。

 そんなこと急に言われたって答えられるわけないじゃないか、「この世に、役に立つことなんてほとんどない」とか何か適当に言っておこうとあきらめてしゃべり始めました。(国会答弁みたいだが)その時の記憶はほとんどありません。

 後で、放映されたビデオを見て、なるほど!と感心しました。(編集のせいかも)展示されている絵画作品を写しながら、「絵は離れてみた方がいい」なんて、私が絶対に言わないセリフを、ナレーターが入れている部分もありました。
その時、映像の私はこう言っていました。

「私たちは普段、回りのものをちゃんと見ていません。絵を描くことによって、回りの物事を、正しく見るように努めるのです」

 芸術作品は、私たちに、正しくものを見、正しく感じることを教えてくれているものなのですと、小林秀雄が言っていたような気がします。


もう、怒らない (幻冬舎文庫)

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉

怒らない技術 (フォレスト2545新書)
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[2018/10/11 18:01] | おすすめの本 2 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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