グレギーナのトゥーランドット
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京都旅行前の『初めての衛星放送でトゥーランドットを見る。』のつづき。

 来春二月のマリインスキー歌劇場来日公演、これは『影のない女』がメインだろうが(わたしにとって?)、トゥーランドットもやる。昨年の「レコードニケデミー賞」の1位が、ザルツブルグ音楽祭「トゥーランドット」DVDで、指揮者がゲルギエフだった。この公演で指揮者の占める要素は少なめだと思うが、マリインスキーを見に行く動機にはなる。しかし会場が、天敵とも言えるNHKホールだ。(恨みはないが遠いだけ。)

 そして、メトのビデオでも歌っているグレギーナのトゥーランドット。グレギーナは最近、「仮面舞踏会」のアメーリアと「アンドレア・シェニエ」のマッダレーナで見た。マッダレーナは良いと思ったが、まあ、ほかはそこそこだ。マリインスキー、見るかどうしようか微妙なところだ。

 グレギーナって、最近有名になった歌手だとばかり思って、生で聴いてみなくちゃいけない!と思いこんでいたら。なんと。4年ほど前、神奈川県民ホールで、プラハ国立歌劇場公園「アイーダ」で聴いていた。過去のパンフを整理してみたのだ。

そして、なんと、もっと昔昔。1991年のサントリーホール・オペラコンサートシリーズでの「オテロ」と「トロヴァトーレ」で、レナート・ブルゾンと共に主役を歌っていたのだ。(過去形)
 20年も前なのに、「ミラノ・スカラ座で大活躍のマリア・グレギーナ」と書いてある。そんなに活躍していたとは知らなかった。(たいていのことは知らない私だが)

 でも、まあ、つまり、3回も聴いているのに、印象に残っていないってことか。
やめとこうかな。




 それでは、吉田秀和大先生の『トゥーランドット』についての文章から。

 ロイヤル・オペラ日本公演の第一曲『トゥーランドット』は、はるかに複雑な芸術である。私はプッチーニでは 『マノン・レスコー』とこの曲とがいちばん好きだが、好き方はまるでちがう。この曲は、きくたびに、大家の創造力の充溢にほとんど畏敬の念をおぼえると同時に、言いようのないいたましさを感じる。

 しかし実演で、その両方を満足さす舞台にぶつかったことは、まだ、ない。今度もそう。たしかにこの作品は第一幕からして、あまりに多彩なものがつぎつぎ導入されるのと、劇の性格上、とかく舞台を豪華に飾り立てる誘惑にかられるのは無理もない。が、そうなると第二幕も舞台の格に並外れた大きさが欠かせなくなるし、それだけ終幕のまとめがむずかしくなる。

 だが眼目はそこにあるのだ。氷より冷たく鋼鉄より硬い心をもったトゥーランドット姫を自分のものにしようと、危険な賭けに出て生命を失った若者たちは無数にいたのに、またしても彼女のかける謎解きに立ち向かったカラフは、三つの謎をみんな解決し、公約によって彼女と結婚する資格と権利を手に入れた。だが姫は必死になって、それを受け入れまいとする。

それをみて彼は、自分の方から謎をかけ、明朝までに答えをみつけたら、私の命をやるという。自分の愛した女を力ずく契約ずくでものにするのでなく、女の方から自発的に、心から喜んで、彼のもとに来て結ばれるようになるのを、彼は望むのだ。私は、いつも、この点に感動する。人間の偉大はここにある。   


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[2010/12/09 21:17] | トゥーランドット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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