オスは生きてるムダなのか
オスはムダ



 さんまの「ホンマでっかTV」に、武田邦彦さんと池田清彦さんという重鎮がコメンテーターとして毎週出ている。環境や原発に詳しい武田邦彦さんは、最近ニュース番組によく出てくるが、池田清彦さんは、他の番組で見たことがない。

 以前の番組で、「女性は歳をとっても、孫を育てることによって意義があるが、男性は長生きしても何の役にも立たない」という主張で盛り上がっていた。特に武田邦彦さんが強く主張していたが、池田さんもこんな本を出していたのだ。



『オスは生きてるムダなのか 池田清彦』より
 
 海から川に上がってくる、サケなどの魚は、川に入るときに、消化器が消えていることがある。消化器を体内に吸収して、生殖のためにエネルギーに変えてしまうのだ。もちろんその魚は絶対に生き続けられない。エサをとらず、卵を産むだけ、もしくは精子をかけるだけだ。

 動物はそういう意味ではすさまじい。個体の命は重要ではないのだ。命は地球より重いなどとバカなことを言っているのは、人間だけだ。動物はもっと合理的にできていて、不要になった個体はすみやかに死ぬようにできている。兵隊になった個体はかわいそう、と考えるのは人間だけで、アブラムシはそんなことは考えない。兵隊アブラムシは巣を守り、敵がきたら、敵と闘って倒れてそれで終わりなのだ。


 生物にとって環境がどんどん変わるところでは、遺伝的な多様性がないと、生き残る可能性が低くなり、具合が悪いのであろう。種の個体数が小さくなると、どうしても遺伝的な多様性も小さくなる。そういうところで環境が変わってしまうと、絶滅してしまう可能性が高くなる。

 大きな個体群であれば一般的に遺伝的多様性は高い。しかし人間が農地を作ったり、都市を作ったりすると、個体群が分断されて遺伝子が混ざらなくなる。孤立集団になり、近親交配をし、最終的には環境がほんの少し変わっただけで滅んでしまうことが多いのではないだろうか。

 たとえばかつてのトキのように個体数がある程度以下になると、絶滅は避けられなくなってしまうのかもしれない。以上のような点から遺伝的多様性は生物にとって重要であるといえる。そこで私は文句がある。

 最近、台湾ザルが日本に人為的に放されて、日本ザルと交配して、遺伝子汚染であると問題になった。和歌山県では、台湾ザルおよび台湾ザルと日本ザルの混血ザルを駆除するといっている。

 それは人間の勝手な理屈で、サルにとってみれば遺伝的多様性を増した方が種の存続のためにはいいはずなのだ。台湾ザルが日本にきて、混ざって融合できるのは、その二つの生物が同じ種であるからにほかならない。別の種であれば共存するか片方が片方を駆除してしまうことは起こりえるが、融合はしない。

 世界は温暖化がすすむにせよ、寒冷化するにせよ、環境が急変している。人間がいくら固有種を守るといっても、固有種の遺伝的多様性が低ければ、環境が檄変すれば、種を守れないのだ。種を守るためには、遺伝的多様性を増やすことはむしろ良いことなのだ。
                                         現状を絶対に変えたくないといっても、環境は変わっていくのだから、生物もそれに従い変わっていかなければ生き残っていけない。固有種や固有亜種など固有個体群を現状のまま守ろうというのは、人間のわがままであって、生物には生物の論理がある。環境が変わるなかで、生物の多様性を守るためには、現状維持とは別の戦略を考えた方がいい。

 台湾ザルと日本ザルの混血ザルは生命力は旺盛だから、このままだと日本ザルは消滅するという主張がある。しかし生物にとって生命力が旺盛なのは非常に良いことだ。典型的な日本ザルがいなくなったところで、別に何か困るわけではない。性がないと遺伝的多様性を増すのは困難になる。性は最も簡単に遺伝子を混ぜる手段なのである。



  

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[2011/06/14 15:31] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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