転機にならないから結婚する
転機結婚

☆ 京都勧修寺の庭にある立て札 結婚は危険?


 いつものように図書館で本を探していると、変なタイトルを見つけた。
『傘の自由化は可能か 大崎善生』
エッセイ集のようだが、こんな作家聞いたことない。
中をパラパラめくって、とりあえず目についた見出しを読んでみた。
「転機にならないから結婚する」
バラエティに富んだ他の文を読んでも、転機にならないようなことがよく起こる人みたいだ。ずいぶんと変わった人だ。
アーメン。


『傘の自由化は可能か 大崎善生』
転機にならないから結婚する より

 この四月(二〇〇三年)に結婚をすることになった。四十五歳の中年男の小さな決断である。結婚や同居は初めてのことで、なぜ今までしなかったのかといえば嫌だったからだ。考えてみれば十九歳で親元を離れ一人暮らしをほじめて二十六年、人生の半分以上を一人で暮らしてきた。そうなればもう一人で生きていくことのプロフェッショナルのようなものである。

 人と暮らすのほ何かと面倒くさそうだし、女性は特にうるさそうだというのが結婚しなかった主な理由である。これだけ一人暮らしが長いと、生活のことで何か言われるような状況に耐えられる自信がない。わがままで小汚い独身中年親爺、それがある意味でほ自分の理想像でもあったのだ。

 しかしこのたび、晴れてというか憐れにもというべきか結婚することになってしまった。何故かと聞かれれば、まあ妙な話ではあるがこの結婚が自分の転機にはならないだろうという確信があったからなのだ。今までの人生の延長線上にあるような生活を続けられるような気が、彼女と話をしていてふとしたのである。

(中略)
 という訳で、生活パターンほ大きく変わらないだろうし、海外放浪もパチスロ代も確保できそうだ。つまり結婚が自分の人生の転機にはならなくて済むことが少しずつ明らかになっていったのだった。転機にならないのなら、まっ、いいか。
おそらく私はそのくらいの能天気な気持ちで決意したのである。

 人生の転機というものがあるとすれば、きっとそれほ何か大きなことを成し遂げたとか、作家でいえば賞をもらったとか考えがちだが、私はそうは思わない。転機というものほもっともっと小さな場所で見落としてしまいそうなくらいに密やかに訪れてくるものだと思う。

 私の場合は電話での一言だった。友人と私は共同であるノンフィクションの書き手を探していた。その友人が文字通り手塩にかけて、愛情を注ぎこんで育ててきた弟子が病気で急逝してしまった。その物語の書き手を探していたのである。なかなかピッタリとフィットする人が見つからない。そのとき、友人は電話口でぼそりとこう言った。「本当は大崎さんが書いてくれるとええんやけどなあ」。

 私が四十一歳のときのことである。その一言から私の人生は大きく変わっていった。その言葉を聞いた瞬間、二十歳の頃から夢見、それから二十数年も封じこめてきたはずの感情が爆発していったのである。何かを書いてみたい、書くことで何かを表現してみたい。

 聞き逃してしまいそうな一言。実は転機はそういうところにこそ、ひっそりとたたずんでいるように思うのだ。まるで酒場に転がっている灰皿のように。



傘の自由化は可能か (角川文庫)
大震災の後で人生について語るということ
スポンサーサイト

テーマ:オススメの本 - ジャンル:本・雑誌

[2012/07/19 20:04] | おすすめの本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<夏の終わりの静物 2 | ホーム | 孤島の鬼1-3>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://samotorakenike.blog91.fc2.com/tb.php/954-2128f411
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |